テラーノベル
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沙耶と一緒にデザートエルフを拠点に連れ戻ると、すでに拠点内にいる人たちが中央の広場にぎっしりと集まっていた。
いつもはそれなりにまばらな広場が、今日は人の熱気でむわっとしている。ざわざわとした話し声と、鎧や武器が擦れ合う金属音が混ざって耳に入ってきた。
「遅かったすね! 多分連れてくるって思ってたんで、説明のために全員集めておいたっす!」
広場の端で腕を組んでいた七海が、にやりと笑いながら手を振った。
「ありがとう、七海さん。手間が省けたよ」
沙耶が心底助かった、という顔で息をつき、そのまま壇上に向かって歩いていく。
広場の一段高くなっている場所に立ち、マイクの前に片手を伸ばした。
キーン、と軽くハウリングする音がしてから、沙耶は「チェック、チェック」と小声で呟き、音量を確認する。
喧騒が少しずつ収まっていき、何十もの視線が壇上に集まった。
「えーっと、七海さんから概要は聞いている前提で話を進めるね。今日から私たちの拠点で暮らすことになったデザートエルフの皆さんです」
沙耶が横に身を引くと、代わりに前へ出たのは、先ほどまで代表を務めていたデザートエルフの女性だ。背筋を伸ばし、胸に手を当てて、一礼する。
「一同を代表して挨拶させていただきます!! デザートエルフ族のリーンです!」
その瞬間、広場にざわめきが走った。
「エルフ!?」「今、エルフって言ったか?」などと小声が飛び交い、男たちの一部は目を輝かせている。
逆に、警戒するように眉をひそめる者もいた。新しい種族――しかも見慣れない肌色と耳の形をした存在に、戸惑うのは当然だ。
どよめきが波のように広がり、しばらく収まりそうにない。
そんな中、沙耶はマイクの前で微動だにせず、ただじっと皆を見渡していた。
……うん、どこからどう見ても生徒が静かになるまで待つ校長先生みたいだ。
ふとそんなことに気付いてしまって、私の口元も思わず緩む。
多分七海も同じことを考えている。肩を小刻みに震わせているのが視界の端に見えた。
やがて、ざわめきは徐々に小さくなり、耳に入るのは咳払いと衣擦れの音だけになった。
十分な静寂が戻ったところで、沙耶が再びマイクに口を寄せる。
「うん、続けるね。彼女たちは私たちのスキルで拠点の人間には攻撃できないようになってるから、種族が違うからって邪険にしないでね」
そう前置きすると、前列の方から、ぴしっと手が挙がった。
「隊長! 質問いいですか!!」
「いいよ」
沙耶がすぐに応じる。
挙手したのは、筋肉質で、いかにも前線職ですと言わんばかりの青年ハンターだった。目が爛々と輝いているのが、逆に不安を覚えさせる。
「彼女たちは皆フリーですか!?」
「……はぁ」
うん、そう来ると思ったよ。
あまりに欲望に忠実な質問に、沙耶がこめかみに指を当てて心底疲れたようなため息をついた。
周囲の男たちから「そこ聞く!?」「よく言った!」みたいな空気が漏れてくる。
七海はもう限界だったらしく、口を押さえながらも「ぶふっ」と吹き出した。
私は少し離れた位置からその様子を眺めていると、マイク越しの沙耶のため息に続いて、彼女の視線がすっと七海を射抜いた。
笑いを堪えきれない七海と、それを睨みつける沙耶。
完全にカオスの入り口だ。
このままだと収拾がつかなそうだなぁ、と眺めていると、沙耶がリーンの方へ顔を向け、小声で何か耳打ちをする。
どうやら「フリーですか?」の意味を説明しているらしい。リーンは一瞬きょとんとした顔をした後、すぐに表情を整えた。
「私たちは現在、全員付き合っている方は居ません。居た、者なら居ますが、もうその者はこの世にはいません」
はっきりとした声でそう答えると、広場全体が一瞬静まる。
その直後――若い男衆が固まっている一角から、押し殺したような歓声とも呻きともつかない声が漏れた。
「未亡人? マ?」
「おいおいおい……ここが天国か?」
「生きててよかった……」
小声のつもりなんだろうが、静まった広場には全部丸聞こえだ。
私に聞こえている時点で、沙耶にもリーンたちにも届いている。
おそるおそる沙耶の方を見ると――
そこには、般若みたいな顔をした私の妹がいた。こわいなぁ。
「おい、そこの男ども。無理やり迫ろうものなら何を、とは言わないけど大切なものを千切ってゴブリンに食べさせるからね」
さらっと、とんでもない脅し文句を口にした。
ひゅっ、とあちこちから息を呑む音が聞こえる。
かくいう私も、今はもう存在しないはずの“元・息子”が条件反射で縮み上がるような感覚がした。
……想像だけで痛い。
『愛の神が人族の多様性に賛辞を送ります』
頭の中に、場違いなほど軽い神々のコメントのウィンドウが現れる。
久しぶりに出てきたが、今相手をしてやる気分ではない。即座に意識の消して見えなくした。
微妙な静寂が落ちる中、リーンが、おずおずと手を挙げる。
「あの、沙耶さん……デザートエルフでは一度子を産んだ者は純潔ではないんですよ……?」
「……どういうこと?」
沙耶が眉を寄せて聞き返す。
リーンは少し言いづらそうにしながらも、真面目な表情で続けた。
「えっと、デザートエルフの婚姻の基準は魔力の質と、その者が純潔であるか……です。そのため伴侶を選べるのは、生きている中で一度きり……なんです。なのに、何故あちらの方々は私たちを舐めまわすような目つきで見ているのですか?」
くるりと首だけを男衆の方へ向けるリーン。
男たちは気まずそうに目を逸らしたり、逆に開き直ったような顔をしたり、反応はさまざまだ。
「人族の若い男どもはそんな些細な事気にしないんでしょ」
沙耶が、若干呆れ混じりに一蹴する。
それから、マイクを通して広場全体へと言葉を投げた。
「おい、男ども。彼女たちの気を引きたいなら強くなるといいよ。さっき言ってた魔力の質ってのは上げることができるし、上がれば魅力的な異性として彼女たちに一目置かれると思うよ」
その言葉に、男衆の一角から「おおっ!」と野太い歓声が上がった。
「隊長! 一生ついていくぜ!!!」
「おれ、強くなったら右から3番目の子に告白するんだ……」
半分泣きながら宣言している者もいて、端から見るとだいぶ惨状だ。
沙耶は「やれやれ」と言いたげに手を横に振り、首を振った。
「強くなりたい人は私のお姉ちゃんに色々教えてもらうといいよ。死んだ方がマシって思える痛みがある特殊な方法で強くしてくれるよ」
「えっ、私?」
話半分でぼんやり聞き流していたら、急に名前を出されて目が点になる。
周囲の何人かが、じろじろとこちらを見てきた。
……待って、どの方法のこと言ってるんだろう。心当たりが多すぎる。
「隊長のお姉様! 先日やっていた魔力増加法とどっちが痛いですか!」
最初に質問した、あの欲望に忠実な青年が、勢いそのままに問いかけてきた。
ここで「大丈夫だよ、ちょっと痛いだけ」なんて嘘をつくのは性に合わない。
頭の中で「一番痛かった訓練」をざっと並べる。
その中でも、今でも鮮明に脳裏に蘇る激痛――カレンにやってもらった魔脈の構築が、ダントツでトップだ。
「魔力増加法の痛みが蚊に刺されたぐらいの痛みだったと思えるぐらいには痛いよ」
正直に答えると、青年は一瞬ぽかんとした後、なぜか満足げに頷いた。
「ありがとうございます! 前向きに検討を検討します!!!」
政治家みたいな、意味があるようで中身のない言い回しをしながら、彼は元の位置へ戻っていった。
……前向きに検討してほしいけど多分誰も来ないだろうなぁ。
そのあとは全体的に詳しいルールの説明やデザートエルフたちの住居は亡くなった方たちの家を使うことなどの決め事を終えた。
ともあれ、拠点の連中とデザートエルフ達との「顔合わせ」と「最低限のルール確認」は、ひとまず終わった。
後は、彼らがこの場所でそれぞれの居場所を見つけていけるかどうか――それは、これからの日々の積み重ね次第だ。
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