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「私はね〜、学校に行くことが夢なんだ」
ふわっと白いカーテンが揺れ桜の花びらが入ってくる。
そんな中僕は不思議でたまらなかった
何故そんなに笑顔でいられるのか、
何故どんな治療を受けても笑顔でいられるのか、
そして
“どうして僕を好きになってしまったのか”
コンコン
ドアを叩く音ではっとする
色々と考えていたらお昼になっていた
「はい、」
軽く返事をすると看護師が机にお昼ご飯を置く食欲なかったら林檎だけでも食べてねと言うと病室を出ていった。
スマホを見ると母親からメールが2件来ていた。いつもの事だろうと開くと案の定、今日は仕事で行けない。ごめんねと来ていた。
「今日は、じゃなくて今日も、だろ、」
ぼそっと呟いてはトレーの上の林檎をひと口かじる。ため息をついてご飯を戻そうと重たい足を上げ靴を履いて点滴スタンドに手をかけ立ち上がる。ゆっくりと歩き扉の取っ手に手をかけると僕がドアを開けるよりも前に誰かがドアを開けた。
「やったー!今日の検査おっわりー!」
「うわっ、」
ドアを開けたのは僕と同室の水崎雪だった。
胸の下まである長い髪。長いまつ毛。母親譲りの高い鼻。すらっとした体型で身長168cmとモデル体型。ふんわり香る甘い花の香り、誰が見ても完璧美少女。彼女と同室と言えば誰もが羨むだろう。だが、僕は彼女が苦手だった。元々陽キャは苦手だし、僕に絡んできたり、彼女いるかとか好きな子はとか聞いてくるのが正直ウザかった。
「びっくりした!いたんだ!」
「病室以外にいるところないし、」
「ご飯今日も残すの?もったないー!」
「りんごは食べたし、」
「え!りんご食べたの!?えら!」
「、、行っていい?」
「あ、ごめんごめん!」
彼女を押しのけるようにして廊下に出て、看護師にトレーを渡す
「りんご食べれてるじゃん!えらいね!」
軽く会釈をして病室に戻る
病室に戻ると、雪はもう自分のベッドに座りこんで足をぶらぶらさせていた。
検査帰りなのに、息ひとつ乱れていない。
ほんと、なんなんだよこの体力。
「ねえねえ、今日さ、桜見た?廊下の窓からめっちゃ綺麗に見えるんだよ〜!」
「見てない。」
「もったいなっ!あとで一緒に見よ?」
「……いい。」
即答すると、雪は「えぇ〜〜!」と大げさに倒れ込んだ。
ベッドのシーツがふわっと舞って、花の匂いがまた漂う。
「ねえ雪」
「ん?」
「……なんでそんなに笑ってられるの?」
言った瞬間、空気が少し動いた。
雪の笑顔が、一瞬だけ揺れた気がした。
「え、なに急に。こわ〜い。」
冗談っぽく返すけれど、目が笑ってない。
僕が息を飲むと、雪は視線を自分の指先に落とした。
「笑ってないと、泣いちゃうからじゃない?」
ぽつり。
その声は、さっきまでの明るいの雪とは別物だった。
「ほら、私ってさ。検査、毎回結果ギリギリでしょ。先生も“前より悪くなってるかもね”とか言ってくるし。
そんなの気にしてたら……怖くてしょうがないじゃん。」
はじめて見る雪の横顔だった。
細い肩が、少しだけ震えている。
「だからね、笑っとくの。
怖いって思ったら負けちゃいそうだから。」
僕は何も言えなかった。
言葉を探そうとするたびに、胸の奥がきゅっと痛くなる。
「……でもね」
雪は顔を上げて、またいつもの“完璧美少女”の笑顔に戻った。
「君がいるとね、ちょっとだけ楽なの。
なんでだろうね?むしろ塩対応なのに!」
「……知らない。」
「ほら!またそれ!
でも、なーんか安心するだよね、君の声」
心臓が跳ねた。
雪は笑ったまま、真っすぐ僕を見ていた。
「ねえ、あとでさ。看護士さんにお願いして
桜見に行こ?」
「……わかったよ。」
そう返すと、雪はぱぁっと顔を明るくした。
許可を取るのは意外と簡単だった。いや、むしろ看護師さんの方から提案してくれた。「今日は体調も良さそうだし、二人で少し外の空気でも吸いに行きましょうか」と。
僕たちはそれぞれ車椅子に乗り、並んで廊下を進んだ。少し後ろを、看護師さんが静かについてくる。 タイヤが床を転がる音が二つ、微かに響く。自分の腕で車輪を回す感覚は、まだ少し重たい。隣を見ると、雪も細い腕で懸命に車椅子を漕いでいた。同じ病気、同じ不自由さ。僕たちは似た者同士なのだと、改めて思い知らされる。
エレベーターを降り、一階の自動ドアを抜ける。 その瞬間、春特有の、暖かさと冷たさが混じった風が頬を撫でた。
「うわぁ……!」
雪が小さな歓声を上げる。 病院の中庭には、樹齢数十年はあろうかという立派な桜の木が一本、鎮座していた。満開の桜は、風が吹くたびにさらさらと身を震わせ、薄紅色の花びらを散らしている。
「すごいすごい!見て、地面がピンクの絨毯みたい!」
はしゃぐ雪の声に合わせて、僕たち二台の車椅子はゆっくりと進む。 桜の木の真下、木漏れ日が揺れるベンチの横に、二人は並んで止まった。看護師さんは少し離れた場所で、僕たちを見守るように立ち止まった。
「……久しぶりに外の空気吸ったかも」
雪が大きく深呼吸をする。車椅子の上で空を見上げるその横顔は、病室で見せる「完璧美少女」の顔とも、さっき見せた「泣きそうな」顔とも違っていた。 ただただ、年相応の無邪気な少女の顔だった。
「ねえ」
「ん?」
「私、嘘ついてた」
雪が舞い落ちる花びらを自身の膝の上で受け止めながら、独り言のように呟く。
「学校に行くのが夢、って言ったけど。本当はもっと贅沢な夢」
「……贅沢?」
「うん。制服着て、友達と購買でパン買って、授業中にこっそり手紙回して……放課後は寄り道してクレープ食べて。そういう、“普通”がしたいの」
僕にとっては退屈で、面倒で、逃げ出したかった日常。 それが、僕たちのような体の人間にとっては、手を伸ばしても届かない「贅沢」なのだと突きつけられる。同じ痛みを知っているからこそ、彼女の言葉が胸に刺さった。
「君はさ、もし病気が治って学校戻ったら、何したい?」
雪が車椅子を少し回転させて、僕の方を向く。 同じ高さの視線。大きな瞳に、桜と、同じように車椅子に乗った僕が映っている。
「……別に。普通に過ごすだけだ。退屈な授業を受けて、適当にサボって」
「ふふ、君らしいね。でもさ、その“普通”の中に、私も混ぜてよ」
雪が悪戯っぽく笑う。
「もし奇跡が起きて、二人で学校に行けるようになったらさ。 君が案内してね。私の知らない“普通”の世界」
ドクン、と心臓が音を立てた。 自分たちの病気が、そんな簡単に奇跡を起こせるような代物じゃないことは、僕も彼女も痛いほど知っている。 それでも、彼女は未来の話をする。「怖い」という感情を押し殺して、希望を語る。
「……ああ。わかった。約束だ」
僕が答えると、雪は今日一番の笑顔を見せた。 その笑顔があまりに眩しくて、僕は視線を桜へと逃がす。
風が強く吹いた。 ザァッという音と共に、無数の花びらが僕たち二人に平等に降り注ぐ。
「わっ、すごい!ねえ見て!」
膝の上に積もる花びらを集めながら、雪が笑う。 桜吹雪の中、車椅子に座る彼女だけが光っているように見えた。
不思議でたまらなかった。 同じように辛い治療を受けて、同じように未来が見えないはずなのに。 どうしてそんなに笑っていられるのか。どうして僕なんかを構うのか。
その答えはまだわからないけれど、一つだけ確かなことがある。
(……綺麗だ)
僕は、隣で笑うこの少女の笑顔を失いたくないと、強く思ってしまったんだ。
「そろそろ戻りましょうか。風が出てきましたし」
背後から看護師さんの穏やかな声がかかる。
「えー!もうちょっとだけ!あと5分!」 「だめよ雪ちゃん。風邪ひいちゃうわ」 「むぅ……ケチー!」
文句を言いながらも、雪は素直に車椅子を反転させる。 僕たちはまた並んで、ゆっくりと病院の建物へと向かって漕ぎ出した。
帰り道、タイヤが回る音に紛れて、雪がそっと呟いた。
「ありがとね。……大好きだよ」
風の音に消されそうなほど小さな声。隣にいる僕にしか聞こえない距離。 聞き返す勇気なんてなくて、僕は「うるさい」とだけ返して、車輪を回す手に力を込めた。
耳が熱いのは、きっと夕日のせいだ。 そう自分に言い聞かせながら、僕は彼女の横顔を盗み見た。