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十一月の放課後。
沈みゆく夕暮れが校舎の壁を淡い桃色に染め、風は少しずつ冬の匂いを帯び始めていた。指先に触れる冷たさが、季節が移ろっていることを伝えてくる。
私はその風を感じながら、最原さんの隣を歩いていた。
──たぶん、私は彼女のことが好きだ。
黒い髪に白い肌。凛とした佇まいの中に、ふとした瞬間だけ覗く幼さがある。そんな彼女を見るたびに、胸がきゅっと締め付けられた。
この感情は、きっとただの親友同士のものではない。
去年の彼女はどこか中性的な雰囲気をまとっていた。
梅雨が明け、夏の光が蒸すように強くなった頃、肩より長かった髪を突然切ってきたのだ。短くなった髪は驚くほど似合っていて、半袖のカッターシャツや水色のストライプのリボンと相まって、涼やかな少女の姿をより鮮やかにしていた。
あの時のショートヘアは今、肩に触れるくらいの長さに戻っている。
髪が伸びるにつれて、表情までどこか柔らかく、大人びて見えるようになった気がした。
冬の空気はいつだって彼女を美しく見せる。澄んだ冷たさの中で、その横顔は静かに光を宿していた。
* * *
「はぁ……寒い…」
吐いた息が白く揺れ、指先の温もりはすぐ空へ溶けていく。私は手を擦り合わせて、かじかんだ指をどうにか温めようとした。
「ほんと。急に冬になったみたい」
最原さんは肩まで伸びた髪を耳にかけ、淡い空の色を追うように見つめていた。
その何気ない仕草の一つひとつに、胸の奥を静かに揺らす。
時折、私の言葉に照れたように頬を染め、視線をそらす。
その小さな変化が、どうしょうもなく愛おしかった。
「ねぇ、最原さん」
「ん…?」
「好きな人、できた?」
風の音が、一瞬だけ止んだ気がした。
彼女は小さく息を呑み、目を丸くする。
顔がみるみる赤く染まり、こちらを見られないまま固まってしまった。
少しして、彼女は視線を落とし、ためらうように私の手に触れた。
指先がかすかに触れただけなのに、心臓が跳ねる。
「……うん」
小さく答えながら彼女は私の手をぎゅっと握った。
冬の空気が静かに冷える中で、その手だけが不自然なほど熱い。
相変わらず、言葉より先に行動が出てしまう人だなと思う。
「うん」が言えるなら「好き」も言えるはずなのに。
わかっている。
むしろ、それが最原さんの精一杯だ。
──そういえば、あの夏も。
夏休みが明けた頃、 彼女は突然髪を切ってきた。
その少し前、私が「短いのも似合いそう」と何気なく言った言葉を──
彼女はきっと、こっそり覚えていてくれたのだろう。
待ち合わせしていた放課後の、照れくさそうな笑顔を、今でも鮮やかに思い出す。
あの頃から、彼女は少しずつ変わった。
そして私は、その変化に気づくたび、目を逸らせなくなっていた。
彼女はやっぱり、冬に似合う。
頬を染め、言葉を飲み込んでしまう臆病さが、冷たく澄んだ空気の中で、静かに息づいている。
「好きな人って、どんな人?」
握られていた手にそっと力を返しながら尋ねると、最原さんの動きがぴたりと止まった。
「え……?」
震える声が、夕暮れの空気に落ちる。
知っている。
さっきの「うん」こそ、告白と同じ重さだった。
「言いにくい…かな」
「……」
彼女は言葉の代わりに、小さく頷く。
本当は、私が「好き」と言えばいい。
その一言さえあれば、この距離はきっと変わる。
けれど、その勇気はまだ胸のどこにも見つからない。
頬がじんわりと熱くなる。
それを冬のせいにして誤魔化すように、私はもう片方の手に息を吹きかけた。
夕暮れがゆっくりと沈み、
伸びていく影だけが、寄り添うように重なっていた。