ーー開演五分前
楽屋にはMIUさん。店長の堀江さん。俺とあおい。そして、相変わらずの目つきでこちらを睨んでくるしらべの五人が集まっていた。
「さあ、もうすぐ開演よ!アクシデントもあったけど、なんとか本番を迎えられたわ。正直ワタシも、日比谷おとねが何を考えているのかはわからないわ。ただ、彼女が何を考えていたとしても、お客様に最高のパフォーマンスを見せるだけ。てつやちゃん、しらべちゃん、そしてあおいちゃん。今日を最高の一日にしましょう!」
「はい!」
「はいっ!」
「うんっ!」
「では僕はPAブースに行きます。音響の方は任せて下さい」
堀江さんがそう言って楽屋を出て行く。
それに続き、ステージへ行く為しらべも楽屋を後にした。
PAとは、マイクや各楽器などの音量バランスを整えたり、照明の強さや色を変えたりなど、お客さんからは見えないが、ライブの出来を決定づけると言っても過言ではないほどに重要な役割だ。
リハーサルの段階である程度の設定は済んでいるが、お客さんの様子や演者のパフォーマンスなどを見ながら、リアルタイムでも調整していく。
他のライブハウスだと音関係を触る人、照明関係を触る人など、役割ごとに分かれている場合も多いが、ここでは店長の堀江さんが全て一人で行っている。
だからといってどれも中途半端になる事はなく、その一つ一つの技術が半端じゃなく高いのだ。
GOLDは決して豪華で派手なライブハウスではないが、MIUさんが大事なイベントでこの場所を選ぶのもうなずける。
そんな事を考えながら楽屋のモニターを見ていると、客席がしんと静まり返り、ステージに降りた幕がゆっくりと開いた。
今日のライブの一番バッター。
枚方しらべの時間が始まる。
彼女はギターを弾きながら歌う、いわゆる弾き語りスタイルのアーティストだ。
通常、ギター弾き語りの場合、そのほとんどがアコースティックギターである。
木で出来た本体に弦を張り、優しく柔らかな音が特徴だ。
だが、彼女が手に持っていたのはエレキギターだった。
楽屋にいる時は全く気づかなかったが、まぁ、彼女にはあまり近づかないようにしていたのだから仕方がない。
「だってあいつの目、こえーんだもんよ」
赤い髪から覗くあの鋭い瞳を想像した瞬間
ギュィィィーーーーン
爆音でエレキギターが鳴った。
同時に真っ赤なライトがステージを照らし、一瞬で彼女の空間を作る。
テクニックを見せつけるような速弾きこそないが、十六歳の少女がいかにギターと共に育って来たのか、その日々を感じさせるのには十分な音色だった。
そして、そのまま流れるように入った低く力強い歌声は、会場にいるまだ彼女の事を知らない人達の心を掴んだ。
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Over Days
作詞・作曲 / 枚方しらべ
このまま駆け出して
誰も知らない場所へ
過去を打ち砕く様に
誰も寄り付かない場所へと
未知、不安、恐怖
そんなものは頭のどこにもないわ
価値、創案、興味
クズどもの考えなんて知ったこっちゃない
泥だらけの靴のかかとを踏みつけて
歪な鳥籠の出口へ走れ
薄汚れた怪物どもの背を踏みつけて
光のない方へ向かって走れ
暖かさ温もり その全てを
殺せ
ーーーーーーーーーーーーーー
「……凄まじいでしょ?」
黙って楽屋のモニターを見ていた俺に、MIUさんがそう言った。
「あれでまだ十六歳って言うんだから驚きよね。まさに怪物よ。ワタシが思わず路上で足を止めたのも、わかったでしょ?」
「はい……凄い、才能です」
俺は息を呑みながら、言葉を続ける。
「女性には珍しい、低く力強い歌声。多少荒削りですが、年齢を感じさせない演奏技術。あのライブを見て凡才と言う人間は、恐らく日本中を探しても居ないはずです」
ただーーと心に思う。
少し、もったいないな。
この曲は彼女自身の作曲だろう。
十六歳でこれほどの完成度。
今まで途方もない数の作曲を重ねて来たであろうことは、想像に難くない。
だが、それ故にギターが負けてしまっている。
そこに彼女自身の声の良さも加わり、ギター単品の弾き語りでは、この曲の魅力を完全には引き出せていないように感じてしまうのだ。
俺は嫉妬心と同時に、惜しさにも似た感情を抱きながら、引き続き彼女の歌に真剣に耳を傾けた。
「フフ。あら、彼女とは仲が悪かったんじゃなかったかしら?」
「あ!いえ、まあ、そうなんですが……」
思わず痛い所をつかれ、バツが悪そうに答える。
「うそうそ。ちょっとしたイジワルよ。でも、さすがてつやちゃんね。もういっその事、プロデュースとかやってあげればいいじゃない」
MIUさんからのまさかの提案に、慌てて首を横にふる。
「いやいや!まさか!自分の事でいっぱいいっぱいなのに、そんなの考えた事もありませんよ」
「そう?冗談を抜きにして、ワタシは案外向いてると思うわよ。細かい所まで良く見えていたり、人の為に全力を出せるその性格だったり。でも、本人がそう言うんなら仕方ないわね」
「はは。一応、褒め言葉だと受け取っておきます」
俺は苦笑いをしながら答える。
MIUさんはどこからどこまでが冗談なのか、たまに分からなくなるからな。
しかしプロデュースは抜きにしても、もったいないと感じたことは事実だ。
もし、彼女が弾き語りではなかったら。
いや、もし彼女が”バンド”だったら。
俺は自分の想像に胸が高鳴った。
そうなれば曲の厚みが更に増して、より迫力のあるステージになるんじゃないだろうか。
間違いなく曲は合う。
彼女は……うーん、残念ながら性格的にバンドは無理そうだな。
でも、あおいとならどうだろうか?
いやしかし……
「やっぱり、てつやちゃんには良い刺激になったみたいね。あの子を呼んで正解だったわ」
「……えっ?なにか言いましたか?」
いけない、つい考えすぎて一人でブツブツ言っていたみたいだ。
「なんでもないわ。それより、次はてつやちゃんの番よ。人の事より、自分の事は大丈夫なの?」
そうだ。あまりのインパクトに思わずしらべの事ばかりになってしまったが、次は俺の番だ。
呼んでくれたMIUさんのためにも、しっかり頑張らないと。
「はい!精一杯歌って来ます!」
「フフ、頼んだわよ」
「それより、さっきからあおいちゃんの姿が見えないけど、どこに行ったのかしら?」
「ああ、あおいでしたら全員での掛け声が終わるや否や、客席の方に飛んで行きましたよ。広いところで聴くー!って」
「あらそう、残念。せっかくお姉さんが緊張をほぐしてあげようと思ったのに」
そう言いながら手をワシワシさせるMIUさんを横目に、いま若干性別がおかしくなかったか?と思ったが、俺は聞き流す事にした。
デリケートな所には触れない。それが一番の処世術だ。
「はは、あいつなら大丈夫ですよ。緊張とは無縁の性格ですから」
俺がそう言うと
「それもそうね。じゃ、応援してるわよ」
と手を振りながら、MIUさんは楽屋を出て客席の方へ向かって行った。
フロアの後方には、セパレートで区切られた関係者席がある。そこで聴くのだろう。
モニターを見ると、しらべは次の曲に入った様だ。
客席で生で聴けないのは残念だが、俺は精一杯自分のステージをやる事に専念しよう。
ーーそれにしても
「あいつ、MCへったくそだな」
堂々とした歌声と、ボソボソと何を言ってるのかわからないMCのあまりのギャップに、お客さんも若干困惑している様子だった。
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