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雪乃の言葉に老人は首を傾げる。
「加島さんと会う前から、ムウマはあの木のそばに居たんですよね?」
雪乃のふとした疑問に、老人は「確かに」と答える。
「…あの中庭の木はね、学園ができる前からあそこにあるらしいんだ。神が宿る神木らしく、ポケモンたちを守る不思議な力があると言い伝えられ大切にされてきた。…もしかしたらムウマは、あの木のそばが安心するのかもしれない」
神木。
神が、宿る。
「知りませんでした。確かにあの木の周りには、いつも野生のポケモンたちが集まってきてました」
確かに、そばにいるだけで包まれるような安心感を感じていた。
「…私、何とかしてみます。必ずあなたとムウマを会わせてみせます」
「ありがとう。けど無理はしないでください。これも神からの天啓かもしれない」
諦めたように俯く老人。
「…そんなものありません」
雪乃は立ち上がる。
「定められたことなんて、誰かに決められたことなんて、何もありません。自分の手で掴んで、自分の足で歩くんです」
まっすぐな意志、力強い言葉。
老人は何かを感じ取った。
「だから、待っていてください」
雪乃は立ち上がり、病室を出ようとした。
その背中に「ちょっと待ってください」と老人は呼び止める。
「気になっていたのですが、草凪という苗字…もしや草凪兄弟とご関係が?」
雪乃は振り返り、「はい、妹です」と答える。
「妹さん…そうか、妹さんがいたのか。知らなかった。あの兄弟はいつも2人だったから」
老人の言葉にピクリと反応する。
「あの兄弟は聡明で賢く強く、とても勇敢だった。…あなたもよく似ていらっしゃる。いい家族を持ちましたね」
「…はい、自慢の兄たちです」
雪乃は微笑む。
そして病室を後にした。
翌日の放課後。
雪乃は美希とミナミに声をかけ、中庭の木の前に来ていた。
「で、どうするつもり?」
美希が腕を組んで雪乃に聞く。
「わからん」
雪乃ははっきり一言。
は?と言う顔をされるが、構わず雪乃は木のそばに立つ。
「でも、二人を会わせてあげたい。そんで、ミーナが安心して自分の夢を追いかけられるようにしてあげたい」
雪乃は振り返りミナミを見る。
ミナミは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。私も同じ気持ち。もうムウマに泣いて欲しくない」
「…そうね。ずっとここにいるのも寂しいだろうしね」
二人も同じ気持ちでいてくれる。
それだけで勇気が湧いてくる。
雪乃は大樹にそっと手を添えた。
どこか、あたたかさを感じる。
全て見てきたこの木なら。
二人の出会いからずっと見てきたこの木なら、知っているはず。
「…お願い、勇気をください。ムウマに、泣かないための明日を、一歩踏み出す勇気を」
二人が出会い、笑い合って過ごした時を。その穏やかで優しい時間を。
全部、見守ってきたんだよね。
願うように、額を幹に付けた。
瞬間、
ーーーーーーーキィィィィ
何かを裂くような音が響いた後、木の幹が割れ、亀裂が走った。
亀裂からは光が溢れ出し、何かが飛び出してきた。
「な、なに、何が起こってるの!?」
「木が、光ってる!!」
「…あれは」
雪乃は一歩下がり、そこから飛び出してきたものを見つめた。
「…ときわたりポケモン、『セレビィ』ーーー」