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「おはよ。」

前の席から振り返り、白い歯を覗かせてニヤリと意地悪そうに笑う眼鏡っ子。私はその顔で陰鬱な一日が始まったことを悟るのだ。

「なに?」

「消しゴム貸して。」

紗夜が悪びれずに言う。私は仕方なく、昨日買ったばかりの新品の消しゴムを貸した。

「ありがと〜」

紗夜はその後も何かを話したそうにしていたが、授業のチャイムが鳴ったため、クルリと前を向いた。

私は先生が教壇に立つと同時に、顔を伏せる。先生の話す声がだんだんと遠くなっていく。それは次第にバラードのように聞こえるようになり、目の前に幾何学模様が現れ始めた。私は今が一番心地いい、という感覚に襲われた。この感覚が長く持続してほしいとも思った。昨日彼氏にアレを頼んで正解だった。朝、家を出る時にアレのタブレットを飲んだけど、効果は感じていなかった。でも今はアレの効果を5感全てで味わっている感じがする。もちろん、私の思い込みかもしれないけど。あー、起き上がれない。でも、これで良かった。私は陰鬱な一日、いや、退屈な日常から脱出できたのだ。少なくとも効果を感じている間は。


幼稚園での記憶が走馬灯のように頭をよぎる。近所に住んでた男の子。いつも笑顔だった。拓也だっけ。幼稚園の卒業式が終わった後の、大人たちの余興に飽き飽きしていたところに、拓也が来て、私は手を引っ張られ幼稚園の裏のチューリップ畑に連れて行かれた。時刻は覚えてないけど夕方だった。私はそこで生まれて初めて男の人に告白された。

「俺、親の転勤の都合で遠くに行くんだ。だけど、本当は俺は心愛(私の名前)が好きなんだ。」

懐かしいな。あの時の拓也のまっすぐな目を今でもかっこいいって思っている私がいる。

「私も。」

私がそう答えると、拓也の目に涙が滲んだ。それでも、私の目をまっすぐ見て、こう言った。

「俺はお前といつか必ず結婚する。だから、俺が戻るまで待っててくれ。2人だけの約束にしよう。」

その言葉に感銘を受け、私も泣いた。2人で泣く姿を、今にも地平線に沈みそうな太陽が温かく見守ってくれていた。

だけど、私は拓也との約束を破った。中学で孤立していたこともあって、高校では交友関係に必死になり、大事なことを疎かにした。沢山友達がいてもどこか寂しかった。私はその寂しさを埋め合わせるために、白馬に乗った王子様のように現れた彼氏と関係を持った。すぐに別れ、また別の男と付き合って、を繰り返した。今の彼氏は紗夜に紹介された。他校に通っていて、私の悩みを漏らさず聞いてくれた。それでも、私は孤独だった。そして私はアレにまで手を染めてしまった。


アレの効果が切れたみたいだ。気づけば2限が終わっていた。休み時間。女子たちの騒がしい声。爆音で流れる音楽。私は耐えきれなくなって、教室を出た。そのまま階段を上がり、屋上に向かう。屋上のドアを開ける。風が強く当たる。でも、それが気持ちいい。爽快感ってやつかな。私は、屋上に先客がいるのに気づいた。彼はテストをちぎって捨てていた。テストは桜の花びらのように宙に舞う。

「何冴えない顔してんの。」

私がわざと目を合わせず、声をかける。彼が素っ気ない感じで私の方を振り返る。

「誰?」

「私は成神心愛。あんた、サッカー部の松本秀作でしょ。」

「そうだよ。俺ってそんなに有名なの?」

「勘違いしないで。」

秀作はまた前を向く。晴れた日に屋上に男子と2人。私は少し青春を感じていた。彼にその気があるかはわからないけど。

秀作は持っていたバッグから分厚い本を取り出し、座って読み始めた。私も本の山に溺れたい。現実を見るより、本の世界に浸っている方が楽しい。グリとグラ、読んでて楽しかったな。本は無限の可能性を私に教えてくれた。でも、私は高校に入ると同時に読書をやめた。なぜかは未だにわからない。私は勇気を振り絞って、秀作に尋ねた。

「ねえ、何の本を読んでるの?」

「罪と罰。なかなか面白いよ。」

「なにそれ。法律の本?」

秀作が目を丸くしてこちらを振り返る。

「知らないんだ。」

私は本当に知らなかった。シートン動物記くらいしかまともに読んだことがない。それに私は記憶するのが苦手だから、途中まで読んでも、すぐにあらすじを忘れて最初から読む。その繰り返し。

秀作は私に目を合わせずに、本を差し出した。

「君はもっと本を読んだほうがいい。この本、貸すよ。」

私は少し戸惑ったが、受け取った。

「ありがとう。」

私はその時初めて秀作の顔をまじまじと見た。顔はまあまあ整っていて、イケメンだ。だが、陰のオーラが凄すぎて、近づき難い。もうすぐチャイムが鳴る。私は本を抱えて、屋上を後にした。これが私と秀作の運命的な出会いだった。

物語は始まった。

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