テラーノベル
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主とユーハンは1ヶ月ちょっと目を覚まさなかった。
その間執事達は身体中に負った怪我の手当てをしてもらい、なんとか日常生活を送れる程度には回復したものの、骨折や捻挫は1ヶ月程では治ることはなく、主が居てくれたらすぐに治してくれるのに…ともどかしそうにしていた。
これでは依頼にも行けないし、怪我をしたままできる仕事など無いに等しい。
ナックは貯金を切り崩して食費や薬代、服を作り直すための布代、天使の襲撃でガラスが割れたり壁に穴が開いたりしたところの修繕費…その他諸々をなんとか捻出した。他の執事達も依頼でお金が貰えないことは重々承知していたのでしばらく給金は要らないと口々に言った。
酒好きのルカス、ボスキ、ハナマルも断酒すると公言した。皆の協力的な反応を見てナックは主様が絡むと大好きな酒を断つことも惜しまない執事達に感動して何度も深く頭を下げた。
比較的軽傷だった執事達は1週間ほど休んで働けると判断して街で日雇いの仕事を始めたり、本格的に働くために就活を始めたりして仕事を決めてきた。
あんなに執事達を忌み嫌って襲撃してくることさえあった街の人達は手のひらを返したように執事達を英雄として称え、給料のいい日雇いの仕事や福利厚生がしっかりしている銀行や図書館の仕事などを紹介してくれたので、来月からは貯金を崩す額はかなり減りそうだと銀行の仕事に応募して即採用されたナックは深夜まで仕事部屋で屋敷の経理をして、寝不足なのを誤魔化すために濃く淹れたコーヒーを飲んでいた。
ルカスが点滴を替えていると主が目を覚まして矢継ぎ早に天使達はどうなったのかとルカスに疑問をぶつける。
『……ここって…屋敷の中!?天使はどうなったの!?皆無事だよね!?』
「はい、治療室です。天使はしばらく様子見になりますが、恐らくもう現れることは無いと思われます。骨折、打撲、捻挫などはしていますが、どれも命に別状はないのでご安心ください。全員無事ですよ」
『よかった…でも骨折とかしてるなら治してあげないと…』
主が寝巻きのまま今にも部屋を出ていきそうなのをルカスが止める。
「いけません。まだ本調子ではありませんでしょう?さっきまで1ヶ月以上眠っていたのですから急に動くのは危険です」
『でも……でも、私は私にできることをやりたいの。確かに魔力は完全には回復してないけど、皆が痛い思いをしてるのを放っておけないよ』
主がベッドからゆっくりとした動作で降りる。
ルカスは主がまた倒れることになってでも皆の怪我を癒したいと思っていることは痛いほど分かっているのでこれ以上主を止めることはできなかった。
主は靴とカーディガンをルカスに持ってきてもらい、治療室から出た。
『どんな順番で回ったらいいかな?骨折とか重傷の執事達から治してあげたいの』
「それでしたらまず2階の執事室に行くのが良いかと。知能天使と戦っていたわけではないですが、全員天使が屋敷や主様に近づかないように必死で戦ってくれていましたから。アモン君が片腕を骨折して、フェネス君は足の骨にヒビが入ってしまっていて、ハウレス君は全身の打ち身と手足の捻挫、ボスキ君は頭からの流血でかなり消耗していました。どうか少しだけで良いので楽にしてあげてください」
ルカスと一緒に2階に下りて執事室のドアをノックする。
「はい…え、主様!?お目覚めになられたのですか!?」
手首に包帯が巻かれたハウレスが扉を開けて驚いたように叫ぶ。その声にベッドでうだうだしていたボスキが飛び起きて、ソファで本を読んでいたフェネスが本を投げ捨てて片足を引き摺りながら歩いてきて、アモンは部屋に飾る花を生けるのを放り出して駆け寄ってきた。
「主様、よかった…魔力切れで死ぬ人間もいるらしいから心配したんだぞ?」
ボスキが主の頭をポンポンと叩く。
「そうっすよ。人間は獣人に比べたら生命力も回復力もすっごく劣るっすからね。主様がちゃんと目が覚めてくれて安心したっす」
アモンはギプスを着けた腕で抱きしめてくれる。
「こらこら、あんまり主様に近づきすぎるな。主様には適度な距離感をだな」
ハウレスがアモンと主の間に割って入る。
「なんっすか、ハグもダメなんっすか?ただの愛情表現っすよ?」
アモンはハグを邪魔されて不機嫌そうな顔になってハウレスを睨む。
「まぁまぁ、今日くらいはいいんじゃないかな?主様が無事に目覚めてくれたことを喜ぼうよ」
フェネスの言葉でハウレスはそれもそうか、と納得してアモンから離れた。
『ねぇ、アモンは腕が折れちゃったんだよね?すぐ治していい?』
「俺からで良いんっすか?先輩たちからやるもんだとばっかり思ってたっす」
『折角ハグしてくれたし、ついでにと思って』
「じゃあお願いしますっす。片手が使えないだけでめちゃくちゃ不便だったっすから。天使のせいで庭の花も木もめちゃくちゃにされちゃったのに片づけるのにも一苦労だったんっすよ」
アモンがハグを止めてギプスを着けている腕を主に見せる。主はギプスにそっと触って、どの程度の骨折で、どの程度の魔力が必要なのか計算してゆっくりと魔力を譲渡していく。
アモンの腕は恐らく天使からの攻撃を防ぐために盾代わりにして折れたのだろうなと思うほどバラバラに砕けていた。主は1つ1つを魔力で動かして骨を再生させていく。
「…治療もなかなかに痛いっすね」
『痛い?ごめんね、もう少しだから我慢して』
パズルのように砕けた骨を無理矢理動かして繋げているのだ。痛いに決まっている。それでも主は魔力を少しずつ使って骨同士をくっつけていく。
『…これでいいかな?ルカス、診てくれる?』
主がアモンの腕から手を離すとルカスがギプスを外して触診を始める。
「ここら辺の骨がぐちゃぐちゃになっていたのですが…しっかり2本とも形になっていますね。これなら無理しない程度に庭仕事を再開して大丈夫だと思います」
「本当っすか!ありがとうございます、主様!」
次にフェネスが手を挙げて深刻そうな表情で主に訴える。
「足を怪我してしまったので、お風呂の掃除とか本の整理などが上手くいかなくて…治していただけますか?」
『うん、いいよ。とりあえずどっかに座ろうか』
アモンがそれを聞いて椅子を持ってきてくれる。フェネスは礼を言って座り、包帯が巻かれた足を見せる。主はまたどのように怪我をしているのかを探って、ヒビの入った部分に魔力を送り込み、骨をくっつけていく。
『よし、これでどうだろう…』
フェネスは椅子から立ち上がりその場で足踏みをして頷いた。
「痛みもありません。これで訓練にも参加できるし仕事もちゃんとこなせるようになりますね。ありがとうございます」
ルカスは念のためとヒビが入っていて内出血を起していた足の包帯を解いて湿布を剥がし、骨を押しても痛くないか確認していく。ルカスからもOKが出たので主とフェネスは嬉しそうに笑った。
「じゃあ次は俺の番か?…つっても仮面と髪で隠れる傷だから主様の負担の少ないときに回してもらえればそれでいい。それよりハウレスの全身の打撲を治してやってくれ」
ボスキは確かにこの4人の中では一番軽症だった。でもだからといって放置するのは…と主が渋っているとボスキはにやりと笑って主の頭をポンポンと叩く。
「主様がもっとちゃんと回復したら腕と目も治してもらうからな。その時についでに治してくれよ。な?」
『…うん、わかった。できるだけ早く治せるようになるね』
ボスキはそれを聞くと満足そうに頷き、近くのベッドに腰を下ろしてハウレスに早くしろと促す。ハウレスはちょっと恥ずかしそうに主に小声でどうして全身打撲したのか打ち明けた。
「実は…見張り台から天使を狩っていたのですが、横からの攻撃を受けてしまって手すりを壊して地面に叩きつけられまして…」
『よく生きてたね!?結構高さあるよね、見張り台って…』
「幸い頭を打つことはなかったのですが腰と背中で着地してしまってずっと痛むのです…」
『それは痛いよね。すぐ治すからハグしていい?』
「えっ…わ、分かりました」
主はハウレスに抱き着くと背中と腰に手を回して骨折はしていないことを確認して、痛みを感じているであろう筋肉や神経を優しく癒していった。
「すごい…体が軽いです。これなら屋敷の修繕に全力を尽くせます。ありがとうございます、主様。…ボスキ、手伝ってくれるよな?」
「はぁ?俺はインテリア担当だっつってんだろ。壊された家具とか花瓶の新調も金がないからできないし、俺の仕事はできねぇ」
こんな時くらいハウレスと仲良くしたらいいのに、と主は苦笑いする。
「…1人でやるのか…あの壁と窓の修繕を全部…」
ハウレスは遠い目でいつになったら屋敷の修繕が終わるのやら、と考えていた。
とりあえずルカスが怪我が重いと言っていた2階の執事達の治療が終わったので次の階に向かう。
「1階の執事達はバスティン君が隙を見せてしまったのをロノ君が体当たりして攻撃を躱したそうですが、思い切りぶつかったので打ち身に…ベリアンは本当に軽症で済んでいるのでもうほぼ治っていますからそこだけはご安心を」
そう言いながらルカスがドアをノックするとロノが調理着姿で部屋から出てきた。
「ルカス先生…と主様!?目が覚めたんですね!腹は減ってませんか?食べやすいものとか食べたいものがあったら作りますよ!」
ロノはまるで怪我などしていないようににこやかに笑うが、笑った後苦しそうに胸のあたりを押さえた。
「いてて…やっぱりこういう怪我って長引くんですね。バスティンも背中から転んで俺の下敷きになったのでかなり全体的に痛いらしいです」
『今バスティンはどこに?』
「馬小屋だと思います。馬の世話だけは譲れないってルカスさんの反対を押し切ってしてますからね…」
『じゃあ後で庭に行かないとね。とりあえずロノの怪我だけ治して次に行くね』
主はロノの手を退けて胸に手を当てる。ロノも骨折はしていない。ただの打ち身だ。ロノに痛む範囲を確認してそのあたりに魔力を集中させる。
『どうかな?痛み引いた?』
「はい!もう大丈夫です!…でも主様はしんどくないですか?主様も病み上がりなんだから無理したらダメなんじゃ…」
ロノは心配そうに主の顔をまじまじと見つめる。
「大丈夫だよ、主様の魔力はまだ少ししか減っていないからね。天使狩りの為に鍛えていたのがこんなところで役に立つなんて面白いですね、主様」
『そうだね。でも1ヶ月くらい寝てたんでしょ?もうリセットされてそうだけど…』
「魔力は増えることはあっても減ることはありませんからご心配は無用ですよ」
主はまだまだ知らないことばかりだなぁと考えながらルカスと共に今度は地下に向かった。
「いらっしゃい、主様。無事に目が覚めて安心したよ。皆の手当てをして回ってくれていると聞いているよ。私はそこまで怪我はしなかったからもうほぼ治っているんだが、フルーレ君がね…知能天使にやられて腕も足も複雑骨折をしていて私達が治すことは不可能なんだ。主様、どうかフルーレ君を助けてくれないかな?」
主は勿論絶対に治してみせると宣言してベッドの上で両手両足にギプスを着けられて寝ているフルーレの横に立ってまずは右腕から治していく。
「い゛っ!?痛い、痛いです!…え、主様?どうして…」
『ミヤジに頼まれたの。フルーレが動けなかったら魔道服を作れる人が居なくなっちゃう。それは私達には致命的だから…』
右手が終わったら左手、右足、左足、と順番に治して、ルカスとミヤジがギプスを外していく。
「フルーレ君、痛くないかな?」
ルカスが骨折していた箇所を押さえてみたり叩いてみたりして痛みがあるか確認する。
「大丈夫です。痛くありません」
フルーレのその言葉に安心していると、主の視界の端に包帯を巻いた両腕が見えてその腕が主の肩に回されてホールドされてしまった。主が驚いて抱き着いてきた人物を確認するために振り返ると、くふふ、という独特な笑い方をしたのでラトだと分かった。
『どうしたの?ラトもどこか痛いところある?』
「いいえ、私はもう治りましたから。ですが主様が1ヶ月も目を覚まさなかったのは心配していたのです。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと…でも、主様のお声が聞けて幸せです」
『心配かけてごめんね。これからはきっともう天使狩りみたいな危険なことをしなくてもいいんでしょ?やっと皆好きなことを出来るようになるんだよね?』
「あぁ、そうだね。でもグロバナー家の所有物だということまでは覆せなかったんだ…」
ミヤジがルカスに視線を送ると、ルカスが説明を始める。
「もう天使が現れなくなった世界に悪魔執事は存在価値が無いと言う貴族も多かったので、今まで以上に貴族からの扱いは酷くなるかもしれません。
ですが、街の人達は私達を忌み嫌って天使に我が子が消されたことなどを恨んでいましたが、今では街の英雄になっています。手のひらを返すのが早いですよね」
『あんなに私達に嫌がらせしてきたのに?』
「人間とは現金なものですからね。まぁそのおかげでベリアンは紅茶屋さんの店員になったし、ナック君は銀行に勤めるようになって、ラムリ君はカエルの研究所からお呼びがかかって最近通っているみたいだし、ハナマル君とベレン君は保育士の資格を取ろうと勉強を始めていますし、テディ君はカフェのウエイターになったし、シロ君は絵画のコンクールで賞を取って賞金を屋敷に全部入れてくれましたし…悪いことだけじゃありませんよ。怪我が治ったので他の執事達も勉強や仕事を始める執事達が増えるでしょうね。皆がこれからどんな人生を送るのか…かなり面白そうだと思いませんか?」
ルカスの説明を聞いて軽傷で済んだ執事達は屋敷を維持するために、自分たちが食べていくために、仕事を始めているのを知って驚く。貴族からの依頼がほぼ来なくなる可能性が高いから1月の間によくしてくれる街の人達に頼み込んで働かせてもらうようにして、生活基盤を作っているという仕事の速さに主は執事達を尊敬するとともにそのタフすぎる心身がちょっと怖くなった。
「ねぇ主様、私も仕事が決まったのです。どんな仕事だと思いますか?」
ラトが主を後ろから抱きしめたまま耳元で囁く。
『え!?ラトができる仕事…?』
「正解は屠畜の仕事です。豚さんや牛さんをお肉にするお仕事ですよ。綺麗に壊さないといけないのはちょっと難しいでしょうが、練習すればできるはずですから」
ラトはそう言って主から離れてフルーレに近寄る。
「フルーレは服を作る仕事が向いているでしょうね。手も腕も主様のおかげでもう不自由はしないでしょう?」
「それはそうなんだけど…俺はお店になじむまで時間がかかりそうだから…どうしよう…」
ベッドから起き上がって考え込むフルーレ。そんな様子を見ていたミヤジは嬉しそうに笑った。一番重症で手足を潰されても最後までレイピアを離さなかったフルーレの成長が嬉しかったし、やっと痛みに呻いて泣き出すこともあったフルーレがもう痛い思いをしなくていいんだという安心感で笑いながら涙が滲む。その様子を見てルカスがミヤジを茶化す。
「こんなことで泣いていたら、病院や孤児院で先生になったときに毎日泣かないといけなくなるんじゃない?」
「うるさい。私は子供たちが無料で通える学校を作るつもりだから関係ない」
「そんな夢があったんだ。それなら貴族たちに金を出すように根回ししようか?今なら民衆が悪魔執事を崇拝までしているっていう強いカードがあるからきっと出し惜しみもしづらいはずだし、天使狩りを終えたことでグロバナー家から報奨金を貰ってもいい。1人で全部やらなくてもいいんだよ?少しは周りを頼ってほしいな」
ルカスがにんまりと笑ってミヤジの顔を覗き込む。
「ルカス…そうだな、金銭面は自分で稼いで…と思っていたが貴族に出させてその地域ごとに学校を作れるならそれ以上良いことはない…それに教師という仕事も増えるから経済的にも楽になる人たちも増えるはずだ。ルカス、貴族に孤児院や病院でも勉強できるし健康な子ならいつでも通えるような学校を作るように言ってくれないか?」
その言葉にルカスは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「それじゃあ早速書類作ってくるよ。定期的に定額払わせるっていう契約でいいよね?」
「あぁ。頼む」
ルカスがウキウキで地下から出て行ってしまったため、3階の執事達は大丈夫なのか聞きそびれてしまったが、ラムリもナックももう仕事を始めていると言っていたし、3階は大丈夫なのだろう。
そうなると残るのは別邸の執事達。最後まで知能天使と戦ってユーハンから魔力の供給を受けたことで生き残れたメンバーだ。
主は別邸の執事達に会いに行ってくるとミヤジに言ってから地下から上がり、庭に出た。
庭は折れた木々や踏みつぶされた花の残骸が至る所に落ちていて、とても綺麗だった薔薇の木も枯れかけていた。
アモンが庭の片付けが終わらないと嘆いていたが、1人でこの庭を管理できるのだろうか?最悪別邸の執事を駆り出して手伝ってもらえるのなら大丈夫なのだろうか?
ぐちゃぐちゃになった庭の一部だけ別邸に向かっての道ができていた。アモンはきっとこの道を作るために1ヶ月の間片腕で作業していたのだと考えると、もっと早くに目覚めて回復させてあげられたら良かったのにと主は少し落ち込んだ。
でも先にバスティンの様子を見に行かなくては。主は獣道になっている馬小屋への道を歩き始めた。
馬小屋に着くと、バスティンは馬の餌やりをしているところだった。
『バスティン、打ち身はまだ痛い?』
主がそう問いかけると、バスティンはびっくりしたように振り返った。
「どうしてそのことを…いや、ベリアンさんとロノなら言いそうだな…
単純に言えば痛い。でも1ヶ月で大分回復はしているから安心してほしい」
『そっか…ねぇハグしていい?』
「治してくれるのか?病み上がりで辛くないか?」
『バスティンが体が痛いままずっと頑張り続けるほうが嫌だよ』
そう言うとバスティンは主を包み込むように優しく抱きしめてくれた。
主はその背中に手を回して強打したという背中と腹部を癒していく。
『他に痛いところはない?』
「ふむ…体が軽いな。痛みもない。ありがとう、主様。これで効率よく世話が出来そうだ」
バスティンは名残惜しそうに主を抱きしめていた腕を下ろして笑って見せた。
「今度お礼に木彫りの小物を作ってプレゼントする。楽しみにしていてくれ」
バスティンに別れの挨拶をして、今度は別邸に向かった。
別邸の扉をノックすると、テディの元気な返事が聞こえて扉が開いた。
「はい!…ってえぇ!?主様!?」
その声を聞いて1階からも2階からもどたどたと足音が聞こえて執事達が玄関に集まってきた。
「主様、目が覚めたんだな?具合悪いとかどこか痛いとか無いか?」
ハナマルは主の体調をとても心配して体のあちこちを触って抱きしめてくれた。
「主様に俺の手当てをしてもらったから余計に魔力を使わせちゃったよね。俺がもっとしっかりしていればここまで寝込むことはなかったんだろうと思うんだ…」
ベレンがその様子を見ながら悔しそうに呟いた。そんなベレンにテディがにこやかに爆弾を落とす。
「そんなことないですよ!ハナマルさんだって死にかけて主様に回復させてもらったんですから!ベレンさんだけじゃないですし、なんなら内臓まで修復してもらったのでハナマルさんのほうが魔力を消費させてますよ!」
それを聞いてベレンはハナマルから主を引き離し、主を後ろから抱きしめる。
「ハナマル君の怪我も治して俺の怪我も治してくれたんだね。本当にお疲れ様。感謝してもしきれないよ」
その様子を少し離れたところから見ていたシロは主に近づき、顔を覗き込む。
「顔色も悪くないな。それだけルカスの治療が功を奏したか。あれだけの天使と知能天使を相手にして死者を出さなかったお前は称賛に値する。誉めてやろう。よく頑張った」
シロから褒められるなんて思ってもいなかった主と別邸の執事達はびっくりしたようにシロを見つめる。
「…我は客観的に見て事実を伝えただけだ。思い上がるなよ」
『う、うん…ありがとうね、シロ』
「ふん…」
シロは鼻を鳴らして返事をすると2階に戻って行ってしまった。
『…ところでユーハンは居ないの?』
主がユーハンからのお出迎えがないのを不審に思って尋ねる。いつもなら尻尾をぶんぶん振ってご機嫌な様子で出迎えてくれるし、抹茶や和菓子を持ってきてくれるのに。
「あぁ…ユーハンはな…魔力の使い過ぎと悪魔の力の代償でいつ目覚めるか分からないらしい」
「俺みたいに食事をするだけで終わる代償だったらよかったのに…眠り続ける代償だなんて、ユーハンさんが一番願っていない代償でしょうから…変わってあげられるなら変わってあげたい…いや、ハナマルさんに代償を払ってもらったほうが良いですかね?」
「え?俺?俺、ユーハンを助けるために盾になったんだぞ?もうちょっと評価してくれない?」
「うーん…確かにそうですね。でもきっと主様の魔力を使えばすぐに目が覚めてくれますよ!ラッキーを信じましょう!」
『そうだね。今は治療室に居るのかな?』
「うん、そうだよ。俺が言えたことじゃないけど…ユーハン君をよろしくね」
ベレンの言葉に頷いて、主は本邸の3階に一目散に向かった
『ルカス!ユーハンが目覚めてないって本当!?どうして最初に言ってくれなかったの!?』
眠っているユーハンの点滴を変えていたルカスにそう尋ねると、ルカスは困ったように眉を下げる。
「別邸で気づかれたのですね?ユーハン君は酷い怪我はなかったけど魔力切れと悪魔の力を使いすぎた代償で眠り続けているよ。魔力切れなら主様が癒してくださればすぐ治るのですが、悪魔の力の代償となると私も未知数ですから…」
『でも、でも私試してみる!もしかしたら浄化みたいになって目が覚めやすくなるかもしれないし!』
主は点滴の刺さっていない方の手を握って魔力を送り込む。いつもなら遠くでもどこに居るか分かるほど強い魔力を持っていたのに、今は殆ど魔力を感じ取れない。
主は全身から魔力をかき集め、限界まで出し切った。
ふらつく主をルカスがベッドに寝かせ、濡れタオルで汗を拭いてくれる。
「これならきっとユーハン君が眠る時間が大幅に短縮されると思われます。ですから魔力に余裕があるときは魔力を分けてあげてください」
それから1週間ほど主はユーハンにありったけの魔力を譲渡して目が覚めることを祈った。
「…?あるじ、さま…?」
掠れて力のない声が聞こえて主は泣きそうになりながらユーハンに抱き着いた。
この1週間、ずっと何も反応を返してくれなかったユーハンが目覚めて、冷え切っていた手が死を彷彿とさせていたのがだんだんと温かくなっていく。
『もう目が覚めないかと思った!よかった!』
主は今まで我慢していた涙が一気に溢れてきてユーハンの胸で号泣した。
ユーハンはそれをそっと抱きしめながら治療室の外から2人を心配して来てくれた執事達に静かにしてほしいとジェスチャーで伝えたのだった。
終わり
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コメント
1件
やっと目が覚めた主と、ゆっくりでも前に進もうとする執事たちの姿にじんわりきました。特に、怪我を負いながらも新しい仕事を探したり、夢のために動き出している様子がいいですよね。「手のひら返し」からも街の人たちの変化が感じられて、天使襲撃後の空気がちゃんと描かれているのが好きです。ユーハンを起こす場面では涙をこらえきれなかった…本当に待ち望んだ再会でした。