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クレハ様は今頃、殿下からフィオナ様の事をお聞きになっているのだろうか。クレハ様……取り乱しておられないといいけれど。
ミシェルさんと共にクレハ様の向かいの部屋に入ると、そこには先程殿下に紹介して頂いた2人の軍人さんがいた。部屋の中央にあるソファに座っている。ご兄弟って言ってたよね……あんまり似てない。
「殿下にこってり絞られたかなぁ? おふたりさん」
「あのなぁ……俺らが遅れたのにはちゃんと理由があんだよ」
ミシェルさんは遅刻したおふたりを軽くなじりながらソファに座った。私も一緒に座るように手招きされたので、ミシェルさんの向かい側の空いていたスペースに腰を降ろした。
「えーと……リズちゃんだったね、クレハ様のお友達の。飴食べる?」
「あっ、はい。頂きます」
テーブルを挟んで私から向かって斜め右に座っている、薄茶色の髪をした男性……彼は確かレナードさん。ズボンのポケットから可愛らしい包み紙のキャンディーを数個取り出し、私の手の平に乗せてくれた 。
「ありがとうございます」
「ささやかだけど、お近づきの印ってことで。これから長い付き合いになりそうだからね」
レナードさんは長いまつ毛で縁取られた瞳をパチリと閉じて、完璧なウィンクを飛ばす。送られた視線にドキッとした。何故かレナードさんは上半身裸で、その上に隊服の上衣を羽織っただけの状態だ。彼の胸板とか腹筋が惜しげもなく晒されていて、目のやり場に困る。何でこんな格好してるの? さっき会った時はちゃんとしてたのに。でも流石軍人さんだなぁ……腹筋バキバキ。
「あっ、ミシェルちゃんも飴いる?」
「いるー! ありがと、れー君」
ミシェルさんもレナードさんからキャンディーを受け取ると、その場ですぐに食べ始めた。苺の甘い香りが微かに周囲に漂った。ミシェルさんはレナードさんの格好は特に気にならないようです。
「リズも遠慮しないで食べな。美味いよ?」
「あ、はい! それじゃあ……」
遠慮していた訳ではないのだけど……キャンディーを握りしめたまま食べようとしない私を見て、隣に座っていた弟のルイスさんが声をかけてきた。いそいそと包み紙を開いて、キャンディーを口の中に入れると、彼は満足そうに目尻を下げた。
「殿下がクレハ様とお話をしている間に、あの事伝えておきましょうか?」
「そうだな。リズも念の為、聞いておいてくれるか? ボスに許可は取ってあるから」
あの事……? 私とミシェルさんは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「……不思議な光るチョウチョねぇ」
「ふたりは見たことない? 私達以外の目撃者を探してるんだけど」
「残念ながら。リズちゃんはどう?」
「私も……そんな蝶は見たことありません」
レナードさんとルイスさんが語ったあの事とは、奇妙な光る蝶についてだった。彼らはクレハ様の近くでそれを発見したらしい。菫の間に来るのが遅れたのは、その蝶を見張っていたからとの事だ。
「ボスも正体がはっきりするまでは、あんまり騒ぐなって言ってるし、一応耳に入れといてくれって程度のもんだけどな。でも、見つけたら直ぐに報告してくれ」
殿下はその蝶を誰かしらの魔法によるものだと考えているらしい。それは、コスタビューテの人間ではないかもしれないと……。しかし、魔法使いは少数な上に、国外に存在する魔法については分からない事も多く、詳しく調べる必要があるらしい。
「ボスは蝶については『先生』に聞いてみるっつってたぜ。ほら、今店に住んでる」
「あっ、それってルーイ先生のことね」
クレハ様が仰っていたカッコいい魔法の先生か……ミシェルさんは会ったことあるんだ。
「ミシェルちゃん、もう先生に会ったの?」
「マジか! どんな人だった?」
レナードさんとルイスさんも先生の事が気になるのか、ふたり共食い気味に質問をしている。
「素敵な人だったよ。気さくな感じで……しかも若くて男前だった!」
やっぱり美形なんだ……。王宮関係者の方々と短期間で何人もお会いしたけど、目見麗しい人が多くて驚いたんだよね。いま目の前にいるご兄弟も素敵だもん。採用基準に『顔』のチェック項目でもあるんだろうか。
「セドリックさんとも上手くやってるみたいよ……色んな意味で♡」
ミシェルさんは目を細め、にやにやと薄笑いを浮かべている。
「何だよ、気持ち悪い笑い方しやがって……」
「その先生とセドリックさんがどうかしたの?」
「あのふたり……ただならぬ関係かもしれない。デキてるかも……」
「はぁ?」
デキてる……それはつまり、恋愛的な意味で関係を持っているという事で……セドリックさんとその先生が!? でっでも、どちらも男性ですよね……いや、そういう嗜好の方もいらっしゃるだろうし。えーー……そうなんだ。先生とお会いする前からとんでもない話を聞いてしまいました。どうしよう。
「ミシェル、お前さぁ……当人がいないからって適当な事いうなよ。どうせお前がなんか勘違いしてんじゃねーの」
「セドリックさんは一応否定してたけどさ……」
「ほら、みろ」
「でっ、でもね。ルーイ先生、セドリックさんの事親しげに『セディ』なんて呼んでるし……厨房の床でふたりが絡み合いながら、寝そべってるの見ちゃったから……」
ルイスさんが私の耳を両手で勢いよく塞いだ。何も聞こえないよ……いいとこだったのに。
「何それ詳しく! 濡れ場? 濡れ場だったの!?」
「色めき立つな、ハゲ!! おい、ミシェル! いい加減にしろよ。子供がいるんだぞ。ちったぁ、場所考えろ」
「あぁ……ごめんっ! つい。そうだね……私が悪かったよ。この話は聞かなかった事にして」
「……ったく。大体、ホントかどうかは置いとくとしても、面白おかしく吹聴するような話題じゃないだろ」
ルイスさんは私の耳から手を離した。ミシェルさんはしゅんとした様子で俯いている。話の続きはどうなったんだろう。気になる。でも、ルイスさんが何やら怒っているので、話は中断されてしまったみたいだ。
「真偽不明の情報に踊らされるのは愚かなことかもしれない……しかし、それを踏まえた上でもそのネタ……非常に興味をそそられるね!! なので、後で私にだけこっそり教えて、ミシェルちゃん」
「レナード!!」
「あ、いてっ」
ルイスさんにより、頭頂部を手の平ではたかれたレナードさん。私も続きをちょっと聞きたいと思っていたなんて、絶対に言えませんね……