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開始の合図が響いた瞬間、タンクの男が肺の奥から絞り出すような雄叫びを上げた。
鼓膜がびりっと震える。観客席からも「おおっ」とどよめきが上がった。
そして――鉄塊みたいな重装備のくせに、信じられないほどの勢いで、一直線に私へ突っ込んでくる。
(なるほどね……)
見れば分かる。
【盾術】の技能【雄叫《ウォークライ》】で防御を底上げしつつ、【突撃《チャージ》】で移動速度と攻撃力を肩代わりさせた、教科書通りのオープニングだ。
【突撃】は、ただのダッシュ強化じゃない。
移動中だけ攻撃力が防御力に加算される、タンク職にとっては必須級の技能。
重い防具をまとって「当たっても死なない」ことに全振りした型だ。
肉薄してくるタンクの男。
木剣を握る手に、ほんの少しだけ力を込める。
(技能ナシ、魔脈も加速ナシ……このくらいなら、沙耶でも七海でも小森ちゃんでも普通に避けるし、もらっても立て直せるはず)
突っ込んでくる男の懐へ、すれ違いざまに踏み込んで――
私は、可能な限り“普通の速さ”を意識しながら、木剣で二十発ほど、コンパクトな連撃を叩き込んだ。
――おかしい。
手応えはある。
だけど、反応が、ない。
避けもしない、ガードもしない。
まるで、私の攻撃が「見えていない」かのように――。
タンクの男は、そのまま勢いを殺せず、私とすれ違って数歩。
がくり、と膝から崩れ、前のめりに顔面から地面へと倒れ込んだ。
「へっ?」
予想外に打たれ弱くて、間抜けな声が漏れた。
こっちは技能も使ってないし、魔脈も回してない。
“あの程度”の速度と威力なら、うちの三人は当たったところで「いっっってー!」って文句言いながら反撃してくるレベルだ。
私はてっきり、立ち上がって再度突っ込んでくるものだと思っていた。
ところが、倒れたままピクリとも動かない。
(……何かの作戦? 死んだふりとか、カウンター狙いとか?)
そう思って、木剣の先で鎧の腹部あたりをつん、と突いてみた。
……やっぱり、反応なし。
ふと顔を上げると、大スクリーンには私の腑抜けた顔がドアップで映し出されていた。
慌てて表情を引き締めるが、時すでに遅し。
沙耶と七海は、ベンチで肩を震わせて笑っていた。
「えっと、解説の島田さん。何が起きたか分かりますか?」
『……ごめんなさい、わかりません』
「分かりやすい解説ありがとうございます!! では何が起きたかスーパースローで見てみましょう!!」
司会者のテンション高めの声とともに、スクリーンにさっきのシーンのスロー再生が流れた。
かなりフレームを落とした映像のはずなのに、すれ違いざまの私の木剣は、ただ“線”になって残像を引いているだけで、一本一本の軌跡が全く見えない。
「え? これ以上遅くできないんですか? スローですら木剣が移動した軌跡が見えないんですが……島田さん、何か分かりますか?」
『恐ろしく素早く攻撃しているのは分かりますね』
「そうですね、見れば誰でも分かるコメントありがとうございます!」
(解説の人に辛辣すぎじゃないかな……)
心の中でツッコミを入れていると、スクリーンの端で慌ただしく動く人影が映った。
「あ、今の映像を見て救護班が駆けつけましたね……気絶してるそうです! 1戦目、勝者『銀の聖女』!!」
場内が一瞬ざわめき、その後、拍手と歓声が爆発した。
続く二戦目は、後衛の魔法使いの女性。
再び、開始のアナウンスが響く。
(タンクであの程度なら、かなり、レベル差あるなぁ……)
このまま“フルパワー”で押し潰してしまうのは簡単だけど、それだとただの処刑だ。
できれば、この試合を見ているハンターたち全員にとって「何かのヒント」になるような戦い方をしたい。
(そうだね。少し、教えてあげるつもりでやろうか)
そう考えていると、ふっと周囲の魔力の流れが歪んだ。
空気の層が、一枚薄く捻じれたみたいな違和感。
魔法陣の構築が始まっている。
私は木剣に少量だけ魔力を纏わせて、一歩踏み込み――
ちゃんと「目で追える」程度の速度で、形成途中の魔法陣を斬り払った。
ぱりん、とガラスが砕けたみたいな澄んだ音が、会場中に響く。
「ほへっ?」
女の子は、魔法陣が壊されるとは思っていなかったのか、目を丸くして情けない声をあげていた。
どこか、ハンターになりたての頃の沙耶を思い出して、少しだけ微笑ましい気持ちになる。
なら、ここからは――少しだけ“お姉さんムーブ”でいこう。
「構築が遅いっ!!」
「ひゃいっ!?」
「何も考えずに技能を使うんじゃなくて、技能が発動した時の“形”を頭の中でちゃんとイメージして! どういう魔法を出したいのか、具体的に!!」
「えっ、はっ、はい!」
彼女の周りの魔力が、さっきよりもはっきりした流れを持ち始める。
魔法陣の展開速度も、ほんの少しずつ早くなっていくのが肌で分かった。
ハンターになったばかりの頃は、みんなそうだ。
手探りで、失敗して、怪我をして、それでも試行錯誤を続けていく。
回帰前の私だって、剣を振っては倒れ、スキルを試しては頭を抱え……そんな日々だった。
先人がいない苦しみは、よく知っている。
(タンクの子には悪いけど……せっかくの“舞台”だし、少しでも道標を見せておこうか)
「多重詠唱も、もっとできるはずだよ。四重なんかで満足しないで。百も二百も、理屈の上では可能なんだから、上を目指しなさい!」
「はいっ!!」
「近接スキル持ちの“間合い”を覚えること! 剣の届く範囲の中で魔法を使うんじゃなくて、届かない位置に魔法陣を置きなさい!」
「ありがとうございます!!」
私は、彼女が構築した魔法陣を片っ端から木剣で砕きながら、その都度、気づいたことを口にしていく。
魔法陣が破壊される度に、彼女の体から魔力が抜けていくのが分かる。【魔法】スキルの魔法陣は、一度壊されると使った分の魔力は戻ってこない。
額に汗が浮かび、肩で息をし始めている。
杖を支えに、かろうじて立っている、という感じだ。
最後の魔法陣を砕き、彼女の目の前まで歩いていって、そっと木剣の切っ先を向ける。
「まだ、続ける?」
「ありがとう、ございました……降参します……」
蚊の鳴くような声でそう言って、糸が切れた人形のように、私の胸元へと倒れ込んできた。
私は慌てて抱きとめ、そのまま駆け寄ってきた救護班へと預ける。
誰もいなくなったフィールドの中央で、小さく息を吐いた。
そして、『開拓者』のベンチの方へ視線を向ける。
「次は誰?」
三戦目の出場者なのだろう。
一人の男が、静かに手を挙げて立ち上がった。腰に帯びているのは――刀。
(刀、か。【剣術】持ちだね)
スキル的には、剣も刀も同じ【剣術】で括られる。
私も、昔、一度だけ刀を試したことがあるけど……手に馴染まなくて、すぐにやめてしまった。
「……よろしく頼む」
「同じスキル同士だね、よろしく」
軽く会釈を交わすと、三回戦目開始のアナウンスが鳴り響いた。
男は、刀を正面に構えた。
背筋に一本、まっすぐな線が通っているような、綺麗な構え。
(ああ、剣道上がりかな)
人間同士、あるいは自分と同じくらいのサイズの人型モンスターと戦うなら、武道はよく通用する。
ただ――あくまでそれは「想定内の敵」と戦う場合の話だ。
いざという時は、型を捨てて、泥臭く戦う覚悟が要る。
彼は、刀を真っ直ぐ振り上げ、そのまま私の頭上目掛けて斬りかかってきた。
――がら空きの腹部へ、私は遠慮なく前蹴りを叩き込む。
重い手応えとともに、男の体がふわりと浮いて、来た方向へそのまま吹っ飛んでいった。
「あまり防具を過信しちゃ駄目だよ。ダンジョンは戦場なんだから、泥臭く戦わないと」
磨き上げられた武道を馬鹿にするつもりはない。
ただ、想定している“敵”が変われば、型そのものも変える必要がある。
回帰前でも、一度武道は低迷したけれど、やがて魔物用に独自進化して盛り返した――それだけのポテンシャルがあるのは知っている。
「……あれ、また加減間違えた?」
視線の先、逆側の壁に衝突した刀の男が、そのまま動かない。
救護班が駆け寄り、しばらく様子を見てから、審判へ向けて手でバツ印を作った。
それを確認した司会者が、三回戦目終了のコールを叫ぶ。
会場からは、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がっていた。
(……やっぱり、力加減って難しいな)
カレンが魔力も技も「制御しない」のをポリシーにしている理由が、少しだけ分かった気がした。