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全員が頷いたのを見て、青木は歩き始めた。
「では、入ります。自分の前には絶対出ないように」
躊躇なく異界に踏み込んだ青木。何度も入ったことがあるのだろう。俺たちも続いて入っていく。
「なんか、空気が違いますね! これが異界、凄いです!」
楽し気に声を上げる乙浜。確かに空気が変わった。
「しッ! ここはもう異界です。まだ浅い場所なので大丈夫ですが、大声を出して歩くと危険ですからね」
「あ、そうですよね! すみません! 気を付けます!」
小声でもうるささを感じるのは最早才能だな。
「それと、皆さん。もう武器は構えておいてください。ここからは常に気を張るように」
そう言いながら、青木も槍を構えた。何というか、向こうには無かった現代っぽさを感じる槍だ。他に気になったのは杖珠院が持つ杖だ。魔術士だろうか。因みに、俺も服の中から出したように見せかけて剣を虚空から取り出した。
「あー、青木サン。別にここって雑魚しか出ないんでしょ。そんなにビビんなくても良くねぇ?」
「いえ、雑魚しか出ないことはありませんし、弱い魔物でも一般人にとっては脅威に違いありません」
青木の肩に手を乗せながら言う砂取。引率、大変そうだな。
「ッ、来ますよ」
砂取の手を振り払い、青木は槍を木々の奥に向ける。生い茂る植物に隠されているが、確かにそっちには魔物が居る。ゴブリンだ。
「おぉ、良いじゃん。オレがやっちゃおうか?」
「下がっていてください。最初は自分がやります。許可を出すまでは、皆さんは攻撃しないように」
瞬間、茂みからひょっこりと現れたゴブリン。青木の目がスッと鋭くなる。
「グギャッ!?」
八人。その数に驚いたゴブリンは逃げようとするが、遅い。
「背を向けた相手を殺すのは簡単です」
グサリ、槍の穂先がゴブリンの後頭部に突き刺さった。深くまで刺さり、そして引き抜かれる。完全に脳幹を断ち切っているだろう。慣れているな。
「うーわ、グロイ」
美咲が目を細めて言う。確かにグロイが、慣れすぎている。親の顔より魔物の死体を見た回数の方が多い。
「今回は直ぐに倒せましたが、ここで逃すかてこずれば仲間を呼ばれていた可能性もあります。皆さんもゴブリンを相手にするときは迅速な処理を心がけましょう」
「はーい!」
元気に手を上げたのは乙浜。あの死体を見ても楽しそうにしているのは中々大物だ。
「さて、次は倒した後です。今回は殆ど死体を損壊させずに倒せましたので、脳を除いて必要部位を剥ぎ取ることが出来ます」
青木はゴブリンの死体にしゃがみこみ、懐からナイフを取り出した。反射の無い灰色の刃で、現代感がある。
「皆さん、集まって良く見て下さいね。この剥ぎ取りが出来ないようでしたらハンターをやるのは難しいですよ」
ハンターとは特殊狩猟者のことだ。大抵の人間はそう呼んでいるらしい。
「ゴブリンの必要部位は爪、心臓、脳。討伐証明部位は耳であることが多いです。必要部位と討伐証明部位の違いは分かりますね?」
「必要部位は売れる部位、証明部位は協会に提出する部位。よね?」
塩浦が長い髪をかき上げながら言った。青木は剥ぎ取りを進めながら笑顔で頷く。
「正解です! 一応、証明部位について補足しておきますが証明部位を提出することでポイントが貯まっていき、昇格試験を受けられるようになります。狩猟者のランクを上げればより制限の強い異界にも入れるようになりますし、協会からの支援も充実します」
異界にはランクがある。ここ旧白浜異界は特殊狩猟者免許を持つ者であれば許可証を発行するだけで誰でも入れるが、そうでない場所も多くある。そういった高難易度の場所は狩猟者側もランクを上げることで入れるようになるのだ。
「それと、必要部位に関してですがゴブリンの爪、心臓、脳は協会で買い取っていますので皆さんも討伐した際には是非。ただ、心臓と脳については管理に注意しなければ換金出来ない可能性があります。心臓はビニールで包んで袋に入れておけば大体なんとかなりますが、脳はかなり管理状態に気を使う必要があります。その上、そこまで高く売れることもありません。協会としては売ってくれると助かりますが、初心者の皆さんは爪と耳だけを剥ぐのが一番簡単でしょうね」
なるほどな。俺は私用空間《プライベートスペース》があるから保存には困らない。深く考える必要は無いだろう。
「それと、余った死体は何もなければその場に放置するしかありませんが、処置が可能ならしておいた方が良いです」
そう言って青木は銀色のスプレー缶を取り出した。
「このような消臭剤も協会で販売されているので、余裕があれば買っておくことをお勧めします。死体を放置すると他の魔物を呼び寄せてしまいますから」
シィー、消臭スプレーから液体が噴射され、ゴブリンの死体に雑にかけられる。早くも漂っていた死臭が抑えられた。このレベルの消臭剤は俺の居た時代には無かった気がする。
「それに、自分自身の匂いを消すのにも使えます。鼻が利く相手の潜む異界なら、それだけで生存力が上がります」
なるほどな。これが地球の冒険者……いや、狩猟者か。面白いな。向こうでも臭いを消すくらいは当然やっていたが、ここまで手軽で完璧に誰もが使える手段になっているのは素晴らしい。
「さて、先に進みましょうか」
青木はスッと立ち上がり、森の奥へと歩み始めた。