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「第一試験会場……?」
「じゃあ、さっきのは本当に“入口”だっただけか」
西ゲート周辺は、一瞬でざわめきに包まれた。
朱紋盟華は、人の流れから少し距離を取った場所で、その様子を眺めていた。
彼が通過を告げられてから、ほんのわずかな時間。
だが、その間に――状況は完全に変わっていた。
「なあ、さっきのやり方覚えてるか?」
「“ここは西ゲートですか?”って聞くやつ」
「同じ質問すればいいんだろ?」
一人が試験官の前に出る。
受験生A「質問いいですか。『ここは西ゲートですか?』と聞いたら、あなたは“はい”と答えますか?」
試験官は、特に抑揚もなく答えた。
試験官「……はい」
受験生A「よし、証拠は今の返答です。ここは西ゲートです」
試験官「正解。通過してください」
それを皮切りに、同じやり取りが連続して起こる。
「行けた!」
「簡単じゃん!」
「急げ急げ!」
まるで、答えが“共有された暗号”みたいに。
西ゲートは、雪崩を打ったように突破されていった。
盟華は、その光景を静かに見ていた。
(……やっぱり、こうなるか)
一度“解法”が露出すれば、
考える必要はなくなる。
盟華(でも、それはもう“謎解き”じゃない。それは、本当に正解なのか?)
彼は、走らない。
人波に流されながらも、歩く速度は変えなかった。
試験官が、学園内へと続く通路の前で足を止める。
「では、ここから説明します」
声は淡々としている。
「これより学園内に入ってもらいます。
第一試験会場は、この敷地の中央部にあります」
そう言って、試験官は束になった紙を配り始めた。
受験生一人一人に手渡される、一枚の地図。
「……簡単すぎないか?」
誰かが呟いた。
だが、すぐに違和感に気づく。
「いや、待て……」
「この地図、途中で切れてるぞ」
描かれているのは、学園全体の一部。
廊下や回廊、広場のような場所はあるが、
肝心な“繋がり”が抜け落ちている。
地図の下部には、短い一文。
《この地図は、最短を示さない》
試験官
「移動経路は自由です。地図を信じても、信じなくても構いません」
「ただし――」
試験官は、少しだけ間を置いた。
「第一試験会場には、正午までに辿り着いてください」
空気が、引き締まる。
「それを過ぎた場合、どうなるかは……想像に任せます」
説明は、それで終わりだった。
西ゲートの先は、長い通路になっていた。
壁は白く、床には細かなタイルが敷き詰められている。
数メートル進んだところで、受験生たちは一斉に立ち止まった。
道が、途切れている。
正確には、正面の壁に巨大なレリーフが刻まれていた。
――円と三角、四角が複雑に絡み合った幾何学模様。
その下には、無数の数字と矢印。
そして、壁の横に小さな端末が埋め込まれている。
盟華「……なるほど」
盟華は、端末の横に刻まれた一文に目を留めた。
『正しい順路を導け』
地図はない。
説明もない。
あるのは、この壁だけ。
多くの受験生が、数字を追い、矢印を追い、頭を抱えていた。
だが盟華は、逆に視線を引いた。
壁の下部。
レリーフの影になって、ほとんど目立たない場所。
そこに、床のタイルだけ、わずかに色が違う部分があった。
盟華は、壁全体を一つの「地図」として見た。
円は広場。
三角は分岐。
四角は行き止まり。
盟華は、すでに答えを出していた。
数字は距離ではない。
“通過回数”だ。
矢印の向きに従うのではなく、
「同じ形を何度通るか」を示している。
盟華は、頭の中で順路を組み立てる。
――円、三角、円、四角、三角、円。
その順で、床のタイルを踏む。
一歩。
何も起きない。
二歩目。
床が、わずかに沈んだ。
盟華「……合ってる」
盟華は、そのまま歩き続ける。
最後の一歩を踏んだ瞬間、
壁が音もなく左右に開いた。
その様子を見ていた受験生たちが、一斉に息を呑む。
「おい、今の見たか?」
「踏み方だ……!」
「順番があるんだ!」
盟華は振り返らない。
だが、その背中を見て、同じ動きを真似る者が現れ始めた。
円、三角、円――。
次々と、壁が開いていく。
西ゲートに集まっていた受験生の多くが、
盟華と同じ解法にたどり着いた。
それを、東ゲート側でも、別の人物が見抜いていた。
東ゲートの壁は、全く違う模様だった。
だが、本質は同じ。
刻まれていたのは、文字列。
――A、B、C、D。
それぞれに、小さく書かれた注釈。
「最短」「最大」「逆」「反転」。
少女は、腕を組み、壁を見上げていた。
「……これ、順番の問題じゃないわね」
視線は文字ではなく、
文字の“配置”に向いている。
AとCは上下。
BとDは左右。
なら、答えは操作。
最大の逆。
最短の反転。
少女は、端末に入力する。
D → B → C → A。
次の瞬間、東ゲートの壁も開いた。
少女は、小さく息を吐き、前へ進む。
巨大な扉の向こうに広がっていたのは、
天井の高い、円形のホールだった。
まるで講堂と競技場を掛け合わせたような空間。
壁面には無数の時計が埋め込まれ、すべてが同じ時刻を刻んでいる。
盟華は、足を止めた。
――先客がいる。
ホール中央。
長椅子の端に、一人の少女が座っていた。
背筋を伸ばし、静かに前を向いている。
こちらに気づいていないのか、気づいていて無視しているのかは分からない。
だが、その姿勢には、待たされている者特有の焦りが一切なかった。
盟華は、ほんの一瞬だけ彼女を観察する。
(……早い)
自分より先に辿り着いている。
それだけで、彼女がこの試験を「正しく」突破してきた人間だと分かる。
盟華が一歩踏み出した、その音で――
少女は、ようやくこちらを見た。
視線が合う。
ほんの一秒。
互いに言葉を探るような、奇妙な間。
少女は小さく首を傾げ、先に口を開いた。
少女「……そっちも?」
盟華は頷いた。
「ここが、第一試験会場だと判断しました」
少女は、短くうなずく。
「うん。ゴールっぽい場所、ここしかなかったし」
その言い方に、盟華は内心で感心していた。
“場所”ではなく、“構造”で見ている。
盟華はホールを見回した。
「まだ、始まりではなさそうですね」
「時間指定、されてたでしょ。
たぶん、それまで待ち」
そう言って、少女は視線を前に戻した。
盟華は壁の時計を見る。
(……早く辿り着いたこと自体に、意味がある)
盟華は、彼女の言葉が頭から離れなかった。
会話は、それきり。
沈黙が、しばらく続いた。
壁の時計が刻む秒針の音だけが、やけに大きく響く。
――そのとき。
ホール入口の扉が、軽い音を立てて開いた。
足音は、ひとつ。
落ち着いていて、乱れがない。
「……へぇ。もう二人もいるんだ」
現れたのは、一人の少女だった。
息は切れていない。
制服も乱れていない。
むしろ――楽しそうだった。口元に浮かぶのは、不敵な笑み。
盟華は、思わず相手を観察する。
(……迷ってない。しかも、かなり削ったルートだ)
少女はホールを一周見回し、壁の時計に目をやる。
「ふーん。
まだ、余裕あるね」
そのまま、少女の方を見る。
ほんの一瞬、視線が交差するが、少女は特に反応を示さない。
少女は肩をすくめて、盟華に視線を向けた。
「あなた、西から?」
盟華は軽く頷いた。
「はい。そちらも、突破してきたんですね」
「うん。
正面から行くの、ちょっと面倒だったから」
さらっと言って、少女は一歩だけ距離を詰めた。
「……あ、そうだ」
どこか思い出したように、少女は言う。
「名前くらい、言っとく?」
少女と盟華の視線が、自然と彼女に向く。
少女は口元に笑みを浮かべたまま、名乗った。
「陰陽幻悪」
「よろしく、って空気じゃないけどね」
一拍置いて、英薔が静かに続ける。
「英手英薔」
それから盟華を見る。
盟華は一瞬だけ間を取ってから、答えた。
「朱紋盟華です」
三人の名前が、静かにその場に落ちる。
幻悪は、満足そうに頷いた。
「うん。これで、やっと話しやすい」
盟華は、無意識に三つの姓を頭の中で並べていた。
(陰陽、英手、朱紋……)
(ただの偶然にしては、少し出来すぎている)
英薔が、横から一言だけ挟む。
「……地図、かなり読んだ?」
幻悪は笑う。
「読んだ読んだ。
でも、信じすぎない方がいいよ」
盟華は、その言葉を頭の中で反芻した。
(……地図の“嘘”に気づいたタイプか)
三人が揃う。
だが、空気は均等ではない。
三人が揃ったまま、しばらく時間が流れた。
壁に埋め込まれた時計が、静かに分を刻む。
盟華は視線を落とし、床に描かれた幾何学模様を眺めながら考える。
(……早く来た、だけじゃない)
(この三人は、“辿り着き方”が全部違う)
正攻法で詰めた自分。
環境を読んだ、最短距離の少女。
そして――ルールの隙間を抜けた、不敵な笑みの少女。
幻悪は、壁にもたれかかるように立ち、ふっと口を開いた。
「ねえ」
英薔でも盟華でもなく、
空間そのものに投げかけるような声。
「この試験さ」
「ちゃんと考えてる人と、
“たまたま解けた人”、最初から分ける気だよね」
盟華は、わずかに目を上げる。
(……気づいてる)
英薔も、ちらりと幻悪を見る。
「……なんとなく、そんな感じはする」
幻悪は、楽しそうに笑った。
「でしょ?
じゃなきゃ、こんな回りくどいことしない」
その視線が、盟華に向く。
「あなたも、分かってる側でしょ」
盟華は一瞬、答えるか迷ってから、曖昧に言った。
「……試験の作りが、そういう風だなとは」
それ以上は言わない。
だが、その反応だけで十分だったらしい。
英薔は、少し間を置いてから盟華を見る。
「……君、
こういう仕組み、前から知ってた?」
盟華は、ほんの一瞬だけ言葉に詰まる。
父の顔が、脳裏をよぎる。
家で聞いた、断片的な話。
学園が、何を“見ているか”という話。
「……詳しく、じゃないですけど」
そう答えると、英薔はそれ以上踏み込まなかった。
「そっか」
それだけ。
だが、盟華には分かった。
彼女もまた、“知っている側”だ。
(この二人……)
(たぶん、自分と同じ場所を見てる)
――そのとき。
ホールの扉が、再び開いた。
一人、また一人と、受験生が入ってくる。
息を切らしている者。
必死な表情の者。
どこか安堵したような者。
数が、増えていく。
盟華は時計を見る。
(……十五分)
一次試験の制限時間が、終わったのだ。
先ほどまで静かだったホールが、徐々にざわめき始める。
だが、最初にいた三人の周囲だけ、妙に空気が違っていた。
幻悪は、やってくる受験生たちを眺めながら、ぽつりと言う。
「……ふふ 最初に来た人たち、ちょっと得しそうだね」
盟華は、その言葉を否定しなかった。
やがて――
ホール全体に、低い電子音が響く。
天井から、スクリーンが降りてくる。
試験官の声が、淡々と響いた。
「全受験生に通達する」
「これより、第一試験会場での次の試験を開始する」
スクリーンに、大きく映し出される文字。
――『○ ×』
盟華は、静かに息を整えた。
(……ここからが、本番だ)
第二話 完