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雨が強くなってきた。
俺は冷えてくる身体も気にせずに歩く。
吃音症…いや、それに近い症状。
俺は上手く喋ることが出来ない。
まぁそんな人間、恋愛なんて上手くできるワケないだろう。
『なんか、あなたといると疲れるの。』
そう言われ、つい先刻、俺は2年付き合っていた恋人と別れた。
彼女の性格が好きで、声が、浮かべる笑みが、全部、大好きで。
喪失感が。もう、心の1部が機能しなくなったみたいで。
んなの知らねぇよ、と呟きたくなる。
でも言葉は詰まるだけ。
昔から俺は喋ることが苦手だった。
無口なりに、たくさんの人に好かれるような態度を取っていた。
もうダメかもしれない。
別に彼女と同棲していたワケでも、結婚を考える仲でもない。
性行為だってしなかった。
彼女は、なんとなく、この人とずっといたいと思える人だったから。
多分、俺のそんな態度にも不満があったのだろう。
「…」
さっさと帰ろう。
元々雨予報で、こんな微妙な時間帯にバスに乗るヤツなんていない。
ぐしゃぐしゃになった髪が肌に張り付くが、それもどうでも良かった。
「…ぁ……?」
バス停に女の子が1人で、いた。
何してんだ…?
高校生ぐらいかな。俺よりは絶対に年下だ。
高校の時にいた、陽キャ風の女子グループにいそうな見た目をしている。
「…」
目が合った。正直めちゃくちゃ気まずい。
帰りてぇ。
まぁ別にいいか。俺があの子と話すことはないんだし。
だがあの子はジィッとこちらを見てくる。
まるで観察されているようだ。
視線をアスファルトに移した。
いつもよりも暗い色をしている。
「ぇッ…」
驚いたような声が聞こえてくる。
彼女の傍へ行くと、1度こちらの身体を凝視したあとに、自分が着ていたマウンテンパーカーを脱いだ。
「あの…これ、使ってください。」
屋根のおかげか、雨の音が妙に反響している。
「…」
軽く投げて渡してきた彼女のマウンテンパーカー。
かなり小柄…いや、女性から見たら大きい方なのだろう。
だが俺の腕にすっぽり収まる小ささだ。
このマウンテンパーカー、本当に俺の身体に入るのかな。
ていうかなぜコレを渡してきた…?
寒そうに見えたのかな。
「…ありがとう。」
手を開いてカバンを自分の足元に落とす。
小さく、トンッと音が鳴った。
腕を通すときに気づく。
白いシャツがベッタリと腕に張り付いていて、少し透けている。
だから渡してきたのか。
ありがたく着させてもらおう。
俺はなるべく汚さないように丁寧に着ていく。
少女…と呼ぶには大きいが、彼女は俺のことをジィッと、まるで小動物を観察する子供のようにジィッと見つめてきた。
どうしましたか、と聞きたかったが声が喉で詰まって出てこない。
もう一度視線をパーカーに戻し、しっかり前を閉じたあとに、濡れた前髪が邪魔だったので、髪をかきあげ後ろへと雑にまとめた。
そして彼女の目に視線を移す。
やっぱりこの子、ずっと俺を見てる。
「洗っ…て、返す、よ。お名前、うか、伺っても、いい…かな?」
「ふぇ、あ、佐藤藍です。」
伺う、が上手く出てこなかった。珍しい。
よりによってこんなときに普段言える言葉に詰まるなんて。
「さとうさん。」
とりあえず彼女の名前は覚えた。
濡れちゃったし、ちゃんと洗わなきゃ。
でも、彼女の住所を教えてもらうわけにはいかない。俺が危ない人だったらどうする?
彼女もそう易易と教えるワケない。
連絡先も…あまり良いとは言えない。
俺が首を捻りながら考えていると、彼女が「あの、」と俺に声を掛けた。
「SNSのDMとか…」
「あぁ、そ…れか。い、いいね。」
どうやら独り言か何かで声に出ていたらしい。
SNSか。あまり使っていないんだよな。
もう喋ることはないだろう。
カバンから乱雑にスマホを取り出し、SNSのアプリを開く。
友達追加のQRコード…?そんなのあるんだ。
タップして、彼女に差し出す。
慌てたように彼女が読み取った。
バスが近づいてくる。
雨は強くなってきていて、音が俺を包んだ。