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電車が遠くで鳴いてる。
ゴウンと音を立てて、高架をすべるみたいに走っていく。
それを聞きながら、俺は堤防沿いをとぼとぼ歩く。
アスファルトのひびに、小さなたんぽぽが咲いていて、そして見上げれば、満開にはまだ少し早い桜が風に揺れている。
日差しはあたたかくても、風はまだ冬を引きずっていて、
それがなんだか、季節の中に置いてかれたような、妙に寂しい気持ちになって、イヤホンの音量を少しだけ上げた。
ぼんやりと景色を眺めて歩いていると、突然スマホが震えて、現実に引き戻される。
ポケットから取り出して目をやると、画面に浮かんだのは、いつもの名前。
──弐十
そして、ひと言だけ。
「ひま!今から行く!」
突拍子もなくて、遠慮もない言葉に、
思わず、ふっと笑いがこぼれる。
「行ってもいい?」だろ、普通は……。
そう、呟くようにツッコミを入れながらLINEを開いて、「散歩」とだけ打って送信する。
すると、すぐに既読がついて、
「オッケー!そこ行くから」って返ってきた。
……お前、“そこ”ってどこだよ。
言ってねぇよ。笑
まぁ、でも、あいつのそういう適当さも、嫌いじゃなかったりするけど。
ちょっとだけ呆れながら、俺はスマホのカメラを起動して、目の前の風景を一枚撮る。
春の午後、ゆるい坂道。
桜の花びらが一枚、風に舞ってフレームに映り込んだ。
撮った写真をあいつに送って、スマホを左のポケットにしまった。
──ここ最近はずっと、
配信と編集と寝落ちの繰り返しで、生活が夜に偏ってた。
昼の空気は、まぶしすぎて、なんとなく苦手で、
いつのまにか、避けるようになっていた。
でも、あいつが──
なんのつもりもなく、俺を昼間の世界に連れ出すようになってからは、
このまぶしさも、前より少しだけ、心地よく思えるようになった。
まるで、隣にいるだけで、この景色まで、少し優しく見えるようになったみたいで。
「こんな時間に外を歩くのも、悪くねーな」
って、いつのまにか、思うようになってた。
……気づけば、それが当たり前になっていて、それも、きっと全部──、弐十のおかげだ。
それに……
俺のことを、何気なく気にしてくれるあいつのことが、
なんだかもう、ずっと前から、特別だった気がする。
それがどういう感情かなんて、
わかってたはずなのに、言葉にするのが怖くて。
……だから、今はまだ、心の中でだけ、
そっと、大事にしてる。
だけどもし、弐十が俺のことを
少しでもそんなふうに思ってくれたらって、
願ってしまうのは、
いや、……さすがに、ズルいか…。
そんな、誰にも聞かせるつもりのない気持ちを胸の奥で呟いていたら、突然、着信音が鳴った。
画面には、やっぱりあいつの名前。
「だいぶ、近くまで来たと思う! 今どこ?」
少し息を切らせながら言ってるのが、なんだかおかしくて。笑って、わざとらしくおどけて返す。
「はーい、どこでしょ〜? 探してーー?」
嬉しさを隠すには、ちょっとだけ意地悪になるのが手っ取り早い。
本当はすぐにでも場所を教えて、飛んで来てほしいくせに。
けど、それくらいの駆け引きは、今の俺にもできる。──お前が、ちゃんと、俺を探してくれるって知ってるから。
すると、弐十は
「わかった!すぐ見つけるから待ってろよ!」
そう自信ありげに笑いながら言って、
電話を切った。
あいつが、ほんとに俺を見つけ出すまで
──あと15分。
そのあいだ、俺はベンチにもたれて、なんでもない顔をしながら空を見上げていた。
けど心臓は、落ち着かなくて。
お前がどこから現れるんだろうって、目で追ってしまいそうになるのを堪えて、
もし、目が合ったらどんな顔すればいい?
会ったら、なんて言えばいい?
柄にもなくそんなことを考えてる自分が、
なんだか……ひどく、恋してるみたいで。
少しだけ、苦笑いが漏れた。
陽の光が、指先にあたたかい。
あいつを待ちながら、春の優しい空気をゆっくり吸い込む。
いつもより少しだけ特別で、ドラマチックな昼下がりだった。