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初めて書いた自作小説なので日本語がかなりおかしいですが、暖かい目で見てくれると嬉しいです。
『決まったー!ユウト選手、史上初、メロレイ界最高難易度の曲をALL PERFECTで終了!優勝賞金5億円を勝ち取ったー!』
…あれからどのくらいの月日が経っただろうか。元世界プロ音ゲーマー、神谷優斗(かみや ゆうと)はそんな事を考える。
いつからだっけ、何も考えずただミス表示を眺める時間が増えたのは。優斗は、元世界プロ音ゲーマーだった。十五歳にして始めた音ゲー、「メロディーレイディー」(通称メロレイ)は、優斗にとって無くてはならないものだった。 リリース当初から始めたメロレイ。ノーツを叩く度に鳴り響く軽快なノーツ音。フリック時の風を切るような鋭い音。そして何より、楽曲をフルコンボした時に流れるただのクリアとはちがう効果音が大好きだった。
やった、クリアした!
嬉しさのあまり飛び跳ねてみんなに自慢する程、誰よりもエンジョイしていた。
しかし、いつからだろう、ミスが増えていったのは。いつからだろう、スマホを投げ飛ばすようになったのは。気づけば優斗は、エンジョイなど全くしていなかった。フルコンボ出来なければ下手くそ。ミスが一つでもあれば引退覚悟。そんな気持ちに縛られ、ミス一つで暴言を吐くようになっていた。
現在優斗は二十三歳。引きこもりで一日二十時間は音ゲーに捧げていた。音ゲーの大会に出て、そこで獲得した賞金で食っていく。それが優斗の生き方だった。
しかし、ある大会をキッカケに優斗の音ゲー人生は終わりかけていた。
十一月二十日、この日に開催された全世界音ゲー大会では、世界中から集まったプロ音ゲーマーたちが賞金をかけて様々な楽曲をクリアしていく。優斗はその最前線に立っていた。二人一組になり、その中で一番スコアが高かったものだけが次のステージへ上がれる。周りは四本指勢が多かったが、優斗は親指、つまり二本指勢だった。大会でも数少ない親指勢に他のプロ達は笑い転ける。
Do you win by that?(お前、それで勝てんの?)
おいおい、親指勢にこのステージはまだ早いんじゃねぇの?
確かに、音ゲーは楽曲のノーツ数や密度によっては親指ではほぼ不可能な所もある。だが優斗には親指を交差させ、ロングノーツやフリックを捌くという得意技があった。身につけるのに三年、とても苦労した。もちろん馬鹿にした選手達は、その親指交差の素早さについていけず、優斗が圧倒的勝利を勝ち取った。 このまま優勝してやる。優勝して音ゲー界の神になってやる。
しかし、現実はそう甘くなかった。優斗が二十歳の時、いつもは出来ていた親指交差が引っかかってしまい、二秒弱で三十以上のノーツを取り逃してしまった。 もちろん相手選手の圧倒的勝利。大会時の過度な疲労と緊張、ストレスから怒りが爆発。相手選手にオート機能が入っているとイチャモンを付け審判に訴えたものの、もちろん不正は何一つしていない。選手と揉め合いになり、そのまま優斗は警備員に押さえ付けられ、気がつくと病院のベットの上だった。
後日、机の上に置かれていた新聞を見てみると、『世界プロ音ゲーマーユウト、年下選手に暴行』と、大きく書かれていた。それを見た優斗は何も考えられなくなった。確かに相手は年下の十五歳の選手だった。若くして世界プロ音ゲーマーに挑んだ時の余裕な表情に戸惑った。その少しの戸惑いが邪魔をしたのか、指が思うように動かなかった。音ゲーは、コンマ数秒を争うゲームだ。ノーツの位置を考えている暇はない。視界に入れた瞬間から自然に指が動かなければクリアなんて不可能だ。もちろん親指交差も簡単なものでは無かった。一秒で何十ノーツと流れてるく譜面に対し、親指だけで追いつくのはほぼ不可能に近かった。 分かっていたはずだった。大会では二千を超えるノーツが入った楽曲しか選ばない。しかも、曲は2分程度。一度引っかかってしまえば、もう上には上がれない。その苦難を乗り越え、決勝戦に向かった優斗はもう限界を迎えていた。集中力が殆ど切れ、親指も痙攣していた。汗は止まらず荒い息が続いていた。そんな中目の前に現れた若い選手の嘲笑うような表情、見下すような目、一言インタビューの時に放った言葉。
『まぁ、負ける気はしないっスね』
頭にきた優斗はイライラを最小限に抑え、舌打ちをしながらとにかく集中力を発揮した。
ぜってぇこんなクソガキに負けねぇ…。
しかし、そんなごちゃごちゃとした感情が全てを台無しにしてしまった。結果は、ベスト5だった。 昔の優勝映像を見ながら優斗は憂鬱な気分になっていた。あの揉め合いから四年、一つも結果を出せず、遂には所属していたある音ゲーの事務所を追い出されてしまった。
『もう四年も結果が出せていないんだぞ!給料も最底金額、大会予選では即落ち、そんなふざけた事をさせるためにここに入れた訳じゃない!』
事務所所長からかけられた最後の言葉を思い返し、事務所をクビになった。優斗はまたイライラした。次こそは必ず結果を出します、と何度も使ってきた言葉はもう通用しない。そんな甘っちょろい世界じゃない。むしろ四年も耐えたのが奇跡だ。
「何でこうなっちまったんだろうな…」
深いため息を一つ吐き、食べ終えたカップラーメンの空を部屋の適当な場所に捨てる。
1LDKのおんぼろマンションに住む優斗の部屋は、カップラーメンの空とその他のゴミで床が見えなくなっていた。陽の光が嫌いで窓もカーテンも開けず、明るすぎるのも嫌いだからと部屋の電気も付けず、あるのはスマホとテレビの光のみ。そんな環境でストレスが溜まっているのか、体重は減っており痩せている。 適当にメロレイを開き、適当に曲を選び、適当に流れるノーツを叩いていく。聞き慣れたALL PERFECTの効果音と音楽をさっさと飛ばす。
すると、外から男子高校生達の声が聞こえてきた。
「…なぁなぁ、昨日の世界プロ音ゲーマーの配信見たか?」
「見た見た!やっぱすげぇよな!『元』世界プロ音ゲーマー(笑)とは大違い!」
窓を開けてベランダから叫んでやろうかと思った。思いっきりぶん殴ってそのうるせぇ口を黙らせてやろうかと思った。しかし今の優斗にそんな気力はない。あったとしてもやれば犯罪で牢屋行きだ。
萎えていると突然スマホが鳴り出し、見ると優斗の実の兄、神谷駿斗(かみや はやと)だった。 駿斗は現在二十五歳で、決して上手くはないが音ゲーやFPSなどの実況をYouTubeで配信し、稼いでいる。自分よりも稼いで裕福な暮らしをしている事が悔しい。嫌いでもないが好きでもない存在だった。
何となく出てみると昔と変わらない煽り声が聞こえてきた。
『よーっす優斗ぉ、元気〜?あ、元気なわけないか!事務所追い出されたもんね〜!』
「黙れクソ兄貴!それ言うためだけに電話かけたんだとしたらさっさと帰れ!ぶん殴るぞ!」
『あれれ〜?電話越しなのにどーやって殴るのかなぁ〜?』
相変わらず煽り性能の高いクソ兄貴だ。俺のこの性格もコイツから受け継いだと言っても過言ではない。 そんな兄が電話をかけてきたのは、約一年ぶりだ。
「うるせぇよ!てか、なんで俺が事務所追い出された事てめぇが知ってんだよ。」
そこが一番の疑問点だった。事務所を追い出された事は誰にも言ってないはずだ。
『そりゃあ、一年近く大会映像出てなかったら大体察するでしょ。』
ヘラヘラしてんじゃねぇよ、うぜぇな。
その言葉をすんでの所で飲み込み、負けじと力強く返事をする。
「チッ、んだよマジで…。今に見てろクソ兄貴、俺はまたこのメロレイ界の頂点に立って、あの時煽ってきたクソガキに本当のプロってのを見せつけてやるんだ!」
『あーそれについてなんだけどさ…もう諦めろよ、そんな事。』
さっきまでの煽りボイスとは違う真面目な声と返事にハッとする。
『お前、もう二十三だろ?その歳にもなって音ゲー界の神とか頂点に立つとか子供みたいなこと言ってて、恥ずかしくないの?少なくとも俺は恥ずかしいよ。実の弟がニートで事務職追い出された上、こんな事言ってんだから。』
確かに優斗はもう二十三歳、普通ならサラリーマンや一般的な仕事に就いてそれなりに働いている歳だ。
だが優斗は、家に引きこもりアルバイトもせずゲームばかりの生活をしている。今まで優勝してきた時に獲た賞金を使って暮らして来たが、今はもうカツカツでペットボトルの水一本買うのに躊躇する程だった。 それに、兄の言葉には物凄く腹が立った。
「何でてめぇなんかに文句言われなきゃなんねぇんだよ!いいか?音ゲーってのは遊びじゃねぇ、これからの人生を賭け合い、それに勝利したものが大きな幸福を得られる。てめぇらみたいな庶民と違ってな!」
『でも、その賭け負けてんじゃん。』
「……っ、確かに一度は負けた、だがあれは、あれは…」
言葉が出なかった。そう、優斗は負けた。人生を賭け、今までの努力を一瞬で水の泡にした。正直辛かった。相手にに負けたからではなく、これからの生活の事などの精神面の辛さが大きかった。その大きさと重さに耐えきれず、平常心が潰されてあんなふうになってしまったのだ。
とにかく、もう兄とは話したくなかった。これ以上心の傷をえぐられたら自分でも何しでかすか分からなかったからだ。
「…もういいよ。だから、それ以上話しかけないでくれ。」
それだけ言って電話を切った。兄は何か言いかけていたが、かけ直して何の用だと聞くのも面倒くさかったので、メロレイのホーム画面を開いたまま放置した。
「何が子供だよ。あんな大会にも出られないような、低ランク共と一緒にすんじゃねぇよ…」
悔しげに独り言を呟くも、出てくるのはイライラとあの時の憎しみだけ。 外、出てみるか。
流石に襟も袖もヨレヨレになった服で出かける訳にも行かず、黒い長袖のシャツと黒いジーンズ、黒い帽子でどこぞの犯人のような色合いで鏡の前に向かった。目の下の濃いクマに無精髭、髪は全体的にボサボサで目付きまで悪いと来た。職質されてもおかしくないなと自嘲的な笑みを浮かべると、さらに犯罪者感が増す。
スタスタと玄関に行き、黒いシューズを履く。 ドアを開けると真夏の眩しすぎる太陽の光が襲いかかってきた。クラクラする。しかし、これからの食料や日用品を貯めておかないと今以上に苦しくなってしまう。 太陽に負けずスーパーに向かってぶらぶら歩く。
「なぁお前、ちょっといい?」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと同じく黒シャツ黒ジーンズ黒帽子を深く被った男性が立っていた。身長も年齢も同じくらいか。
途端、優斗の脳裏に『ドッペルゲンガー』という言葉が浮かんできた。ドッペルゲンガーとは、自分と全く同じ姿をした分身で、会ってしまえば最期、殺されてしまうというものだった。
反射的に逃げ出し、スーパーへ向かうも二十三歳の体力が一ミリもない引きこもりにはかなりしんどかった。 あれはドッペルゲンガーか?いや、そんなものは存在しないはず。じゃあ、なんだ? 思い出せば声も同じだった気がする。
自分と全く同じ姿の人間に大きな混乱が生じる。 他人にしても似すぎている。兄が変装して脅かしているのかと思ったが、口元、身長、声、雰囲気全てが優斗と同じだった。 百メートルぐらい走っただろうか。スーパーの裏口の壁にもたれかかり、優斗は肩で息をして必死に呼吸を整える。夏という事もあり、汗は止まらず、サウナにいるかのように蒸し暑かった。
必死に今までの物事を整理し、とにかく落ち着いてスーパーに入る。中はクーラーがガンガン効いていて涼しく落ち着くのには十分な空間だった。 適当にカップラーメンと水を買い、店の外に出た瞬間すれ違った。 あの時の男だ。いや、正確に言えば自分…なのか? ドッペルゲンガーだと信じきっている自分に恐怖すら覚えた。帰ろう。帰って頭冷やそう。
五ヶ月後に大会がある優斗はまた特訓しなければならなかった。情報過多と強い太陽の光で目眩がしながらも何とか歩いていた。
歩道までやってきた時とぼとぼ信号を渡っていると、突然キューブレーキ音と悲鳴が聞こえ、気がつけば優斗は宙を舞っていた。体の右側には殴られたような衝撃と痛みを感じる。目の前が真っ暗になる瞬間、信号手前にいる『俺』がニヤリと笑っていた。
目が覚めると、病院のベットの上に寝ていた。あの日の大会ぶりだと、どうしようも無い憂鬱感が湧いてくる。
何も考えられず、ぼーっと天井を見ているとガラガラと勢いよくドアの開く音がした。見るとそこにはいつものクールさは微塵も無い焦りに満ちた兄が立っていた。 早足で駆け寄って来てそうそう騒ぎ始める。
「お前、大丈夫かよ?突然車に轢かれたって電話来てびっくりしたんだからな!赤信号で渡るとか、元からだけど…どうかしてんのか?!」
元からという言葉にイラッと来たが、何も言い返す気が起きないので取り敢えず何があったか聞いていた。
兄によると、あの時俺は何を思ったのか赤信号を渡り始めたらしい。元から車通りは少なかったが、運悪く居眠り運転の自動車に思いっきり引かれた。
だがどういう事か、怪我はほとんどなかった。あるとしたら足部分の軽いか擦り傷と打撲ぐらいで脳にも体にも異常は全く見つからなかった。
「…不思議な事もあるんだな。」
「何が不思議な事も〜だよ。こっちは本気で心配したってのによ。んな事より、明日退院だから安静にしとけ。」
安堵しながら兄は病室から出て行こうとしたが、扉の前で止まり振り向きながらまた話しかけてきた。
「そういやお前、一昨日の朝何してた?」
「一昨日?別に一日中部屋の中で寝てたけど。」
そうか、と意味ありげな返事をし部屋を出ていった。ガチャリとドアが閉まると部屋の中に静寂が広がる。兄も気になったが、五ヶ月後のメロレイ大会の事を思い出しそそくさとスマホを開く。
誤タップでニュースアプリを開いてしまい、イライラしながら消そうとすると一つのニュースが目に止まった。[男女無差別暴行事件:一昨日、✕✕市の路地裏で男性二名、女性三名の遺体が見つかった。どの遺体も原型を留めていない程ボロボロにされ、身元不明。現場を目撃した人によると、犯人は全身黒一色でマスクをしており、目つきは悪く目の下にはクマがあったという。]
そのニュースを読んだ瞬間、あのドッペルゲンガーが思い浮かんできた。確かに優斗は外に行く時は全身黒物の服で統一している。マスクはしないが、消えないクマと目つきの悪さという情報から確実にヤツだと確信した。
一昨日は一歩も家から出ておらず、ずっと寝ていた。こればかりは事実だがもし身元を特定した警察が乗り込んでくれば、逃げ道はない。 何とかしなきゃと考えるも、今はとにかくメロレイの特訓をしなきゃなのでさっさと忘れて徹夜で朝を迎えた。
病院から出た後、優斗は夕暮れ時の路地裏を歩いていた。人が多い所を通って犯人扱いされるのだけは本当に避けたい。 いや、犯人なのか?ドッペルゲンガーはいわば分身、鏡の中の自分がひとりでに動き出したようなものだ。オリジナルのオリジナル…自分でもよく分からない思考に至ってイライラする。 すると、後ろから声がした。
「あ、優斗さん。久しぶりだね?」
自分と全く同じ声が聞こえまさかと驚きながらも後ろを振り向くと、予想通りそこには『俺』がいた。
「……お前か…。」
「落ち着いてくれて何よりだよ。前は話す前に逃げちゃったからね?」
「そりゃ、同じ顔に同じ声のヤツが急に現れたら誰だって逃げるわ。んで、何だよ。俺を殺しに来たのか?ドッペルゲンガーさんよ。」
もはやドッペルゲンガーだと信じきっている事に疑問はなかった。いてもいなくても変わらん。だがせめてメロレイ大会までは生かしてくれればいい。
だが目の前の俺はなぜか笑っている。
「おいてめぇ、何がおかしいんだよ!」
そう聞いて数秒後若干息を切らしながらも喋り出す。
「はぁ〜、殺すなんてそんな三流ドッペルゲンガーじゃあるまいし、全く、オリジナルの俺は想像力豊かで面白いなぁ。」
自分に自分を煽られるのはもはや気持ち悪いの域に達していた。同じ声に同じ挑発顔、煽る時のポーズの癖まで全て俺だった。
「まぁまぁ、そんなゴキブリを見るような顔しないで…とりあえず、オリジナルの家行くか。」
「家?お前家あったの?てか、オリジナルって言うのやめろ気持ち悪ぃ…」
「はいはい、というかドッペルゲンガーに家なんてあるわけないだろ?キミの家に行くんだよ。」
どうやって今まで生きてきたんだよ。
その言葉を抑え無言で家に帰る。
部屋に入ると、夕日の強い光がカーテンの隙間から漏れている。靴を脱ぎ入るなりコイツは文句を言い始めた。
「うわっ、部屋汚ぇ…換気もせず電気も付けず掃除もしないとか、キミ今までよく生きてこれたね」
「うるせぇよ、片付けるのが面倒なだけだ。文句あるなら別の場所に帰れ」
「帰る?あっはは、やっぱりキミは面白い事を言うな。今日から俺はここに住むんだよ?」
「…は?」
「相変わらずおもしれぇ顔。て事で、これからよろしく〜!」
ニコッと笑うソイツに呆気にとらわれている俺に目もくれず、そそくさとキッチンで料理を始めた。