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――彼が剣を置こうとした決定的事件
「峠の夜」
横浜近郊の山中
異能力者同士の小規模衝突
死者:1名
生存者:中里介山
記録上は、
「敵対異能力者を討伐」
ただそれだけ。
けれど実際は、あまりにも違った。
その夜、介山は剣を抜くつもりはなかった。
相手は若い異能力者。
粗削りで、怒りだけが先に立つタイプ。
異能が暴走し、
周囲を巻き込む危険があった。
介山は、剣に手をかけずに言った。
「戻れ。
ここは峠だ。
まだ引き返せる」
すると、異能が発動した。
霧が立ち、道が分かれ、
世界が“選択肢”に満ちていく。
若い異能力者は、
自分の未来を見た。
力を振るい続ける未来
何者にもなれず消える未来
誰かを守ろうとして壊れる未来
どれにも、救いがない。
彼は叫んだ。
「じゃあ……
どれを選べばいいんだ!!」
介山は、はっきりと言ってしまった。
「選ばなくていい道など、
最初からなかった」
その言葉は
正しかった。
そして、残酷だった。
若い異能力者は、
恐怖ではなく、納得で踏み出した。
「……じゃあ、
俺は、進む」
霧の中を、まっすぐに。
その瞬間、
介山の身体が勝手に動いた。
一太刀。
迷いのない、
完璧な剣。
倒れた相手の顔は、
恐怖ではなく、安堵だった。
「ああ……
これで、終われる……」
その言葉を聞いた瞬間、
介山は悟ってしまった。
自分は相手を止めたのではない
逃げ道を塞いだのでもない
「選ばせてしまった」
そして、
選んだ先を、剣で肯定してしまった。
介山はその場で、
刀を地面に置いた。
「……剣は、
人を導くために持つものではない」
それ以来、彼は言う。
「剣を抜くたび、
誰かの人生を終わらせている気がする」
刀は捨てなかった
鞘に納め、二度と磨かなかった
「使わない」と決めた
——使えるからこそ
そして現在。
本当に止めなければならない時だけ、
彼は剣を抜く。
その前には、必ずこう言う。
「それでも進むなら……
私は、止めない」
止めない。
斬るだけだ。
この夜以降、
中里介山は——
正義を語らない
救済を口にしない
未来を示さない
ただ、峠に立つ。
そして選ばせる。
進むか。
引き返すか。
それとも、ここで終わるか。