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「本日は有り難うございました。」
深々と頭を下げるのは峰岸洋子三十六歳、三歳になる子供の母親である。
頭を下げると同時に湧き上がる拍手に心を満たす。
頭をあげるとライトが眩しいほどに自分を照りつけ、会場には一杯のお客が居た。
右から左へと見渡すと人々が笑顔で拍手をしてくれている。
峰岸はそんな光景を目に焼き付けるようにして眺めた。
「死ねば良いのに。」
ふとそんな声が聞こえた。何処から聞こえたのかと不思議に思っていると悲鳴が上がり拍手の音が聞こえなくなった。
峰岸の意識はそこで途切れた。
「刑事さん、誰か意図的にやった事なんですよね?」
黒髪短髪のアイロンが行き届いているのかピシッとしたスーツを着る若手の刑事に詰め寄る形で言う。
「峰岸さん落ち着いて下さい。」
刑事に両肩を抑えられるのは黒髪、長髪の女性峰岸洋子だ。
「だけど、あんな事があって・・・」
峰岸が震えながら言う。
無理も無い、峰岸が行ったセミナーが終わった直後上からライトが落ちてきたのだ。
峰岸は下敷きにならなかったもののライトの一部が後頭部に当たり数針縫う怪我をしたのだ。
「私聞こえたんです。死ねば良いのにって誰かが本当に言ったんです。」
「その話は何度も聞きましたが近くに居た司会者もそんな声はしなかったと言っていました。空耳とは違いますか?」
「違います!本当に聞こえたんです!!」
泣き叫ぶようにして峰岸が言う。
「碧葉さん本当なんです!!」
碧葉と呼ばれた黒髪短髪のスーツを着た刑事は少し困った顔をして
「分かりました。他に何か変わった事とかありますか?」
と聞いた。
「え?」
「他に何か身の危険を感じる事とかありましたか?」
「いえ、無いですけれど。」
「それだと何とも言えないです。他にも何か気になる点がありましたら何でも仰って下さい。今の状態だと誰かの仕業かどうかは何とも言えないです。現状ライトは誰かに切られた後とかは無くて設備の問題かと。」
「でも、本当に聞こえたんです!!嘘なんか吐いてません!!」
「分かっています。ただ他にも何か起きていないとこれだけでは誰かの仕業とかは分からな・・・・峰岸さん?大丈夫ですか?峰ぎぎぎぎぎぎぎっぎぎぎぎぎぎ」
「な!何を!!」
碧葉の顔は黒く歪み目が飛び出し口から臓器が出てくる。
「きゃあああああああ!!!」
峰岸はベッドから飛び下り悲鳴をあげながら床を這いつくばるようにしてドアの方に向かう。
「死ねば良かったのに・・・」
碧葉は臓器を口から出しながら腹の底から言った。
峰岸はその言葉を聞くとプツンと糸が切れたかのように気を失った。
「なるほど、そういう事が。」
紅茶を飲みながら茶髪の女が言う。目の前にはショートケーキが置かれており隣にはいつも斜め後ろに座って居る同じ茶色の髪色をした青年がケーキを頬張っていた。
「姉さん、このケーキ凄く美味しいよ!!!」
青年はケーキを頬張りながら笑顔で茶髪の女に言う。
「良かった。今日は上手にケーキが出来たの。お口に合うようで良かった!」
と笑顔で応える。
「柑奈さん、本当に腕上げましたね!とても美味しいです。」
「碧葉さん有り難うございます。京采も有り難う。」
ケーキを頬張っていた青年は笑顔で頷くとまた一口とケーキを口に運んだ。
柑奈は褒められて嬉しかったのか少し頬を赤らめて紅茶を再び一口飲んだ。
「それでその峰岸さんはどうなったんですか?」
「ああ、その後悲鳴を上げた後気を失いまして未だに時々悲鳴を上げて這いつくばって何処かに行こうとするので特別監視室の病室で入院されています。」
「そうなんですね。やはり最後まで言っていた死ねば良かったのにという声が鍵なんですかね。」
「分からないです。ただ峰岸さんがおかしくなるまでずっと言っていたのが、その声が聞こえたと。また気を失う前も耳を塞いで居たのでその声が再び聞こえていた可能性があります。」
「なるほど、その声がどこから来たのか気になりますね。ただの空耳だったら良いのですが。」
「ライトも誰かの仕業だという証拠もありませんし。警察では幻聴であると処理していますが・・・」
と碧葉が言い切る前に碧葉の携帯が鳴る。
「失礼します。」
と言うと席を外して電話に出る。
「はい、はい。・・・・え、消えた?どういう事ですか?忽然と消えた?ええ、分かりました。今すぐ向かいます。」
慌てて電話を切ると柑奈に
「すみません、峰岸さんが消えたと。すみません、動揺してしまって。」
「大丈夫ですよ。峰岸さんが忽然と消えてしまったのですか?」
「ええ。そうなんです。見張りも付けているのに。」
「もし良ければ一緒に同行しても宜しいですか?」
「え、でも霊の仕業かどうかなんて分かりませんよ。」
「ええ、でもどこか引っかかる所があるんです。木々達が騒いでる。」
柑奈は窓の外を見ると木々が風によって靡いているのが見えた。
「風ですか?」
「風によって木々達が靡いているのはありますが、私には木々達が助けなくてはと叫んでいるように聞こえるんです。」
「はあ、そうなんですね。私には聞こえないのですが。」
「フフフ、私も最初は分からなかったのですが霊媒師の仕事をしていくうちに段々と聞こえるようになったんです。」
「へ~そういうもんなんですね。」
と碧葉が窓の外を見ながら言う。
「それより、早く行かないといけないんじゃ無いんですか?」
と京采が紅茶を飲みながら言うと碧葉が慌てたように
「忘れてた!!柑奈さん一緒に行きましょう。」
「ええ」
柑奈が頷くと
「俺も一緒に行く。」
と京采が言い出した。
「でも」
と柑奈が言うと
「また姉さんが力を使い果たしたら困るから、今度は俺も力になれるように頑張るから近くに居させて。」
と懇願するように言った。柑奈は困ったという顔をしながら
「もう、あんな事にならないと思うけれど一緒に行ってくれると心強いわ。京采有り難う。」
「うん!!」
と大型犬のように笑顔で京采は頷いた。
「ここは何処?」
声を出そうにも声が出ない。
「ここは何処なの?」
周りを見渡しても真っ暗。
でも不思議と自分の姿は見える。辺りには何も無い。
さっきまで病院のベッドで横になっていたはずなのに。
「誰か居ないの?」
周りを見ても誰も居ない。
ベッドもいつの間にか消えている。
心細くなって下にしゃがみ込みたくなるが、ここで立ち止まっていても仕方が無い。
出口まで歩くしか無いのだ。
そう思うとふと足が軽くなった気がした。
あちこち身体が痛かったのも無くなった気がする。
「よし、前に進むか。」
そう思うと一歩、また一歩と前に向かって歩いた。
「それで峰岸さんを最後に目撃したのは何時頃ですか?」
柑奈が見張りについていた警察官に問う。
「はい、三時頃が最後かと。看護師さんが薬の時間だと言ってワゴンを持って来た時にベッドの上で目をこう、ぼうっとさせながら天井を見ていたのを見ました。」
警察官が峰岸の最後の表情を再現するように天井をぼうっと見た。碧葉はその様子を確認すると
「そうか分かった。消えた前後は分かるか?」
と聞いた。警察官はすぐに表情を元に戻し
「ええ、いつものごとく悲鳴が聞こえてまたかと思って居たのですが急に悲鳴が聞こえなくなって気になって病室を見たら、先程まで横になっていた峰岸さんが忽然と消えていて。どうしたら良いのか分からなくて署に連絡したんです。」
と答えた。
「なるほど分かった。きっとまたあの声が聞こえたんだろうな。・・・柑奈さん?」
ガラガラと柑奈が病室のドアを開ける。
「少し中を見させて貰いますね。」
柑奈は病室のベッドを見てすぐさま緑色の珠々を取り出した。
「姉さんこれって。」
「ええ、時空が歪んでいるわ。京采にも見える?」
「うん。こんなの初めて。」
「私も」
京采も珠々を用意する。碧葉が病室の中に入ってきて姉弟の会話を聞いて
「どうしたんですか?」
とオドオドしながら聞いて来た。
「ここの時空が・・・」
と京采が真っ直ぐベッドの枕の方を指を指しながら言う。
「時空?」
碧葉は二人が真っ直ぐ何を見ているのか必死に目を凝らすが何も見えない。
「お二人には何が見えて居るのかさっぱり・・・」
「これは私も初めての事です。」
柑奈は眉間に皺を寄せている。
「そんなに大変な事なんですか?」
今まで見ていた柑奈とは違う様子に碧葉の顔色も段々白くなっていく。
「これは黄泉の国へと繋がっています。こんな事初めてで呼び戻せるかどうか分かりません。以前祖母を黄泉の国から魂を取り戻したことがありますが、それでも半分だった。女性一人の身体を呼び戻すのにどれだけの犠牲を払えば良いのか。」
「犠牲?!!」
「ええ、黄泉の国はそう簡単に出入り出来る訳じゃ無いですしそこを行き来するのにそれなりに犠牲が伴います。祖母の時は私の髪でした。」
「髪・・・」
「ええ、まだ魂でしたし私の髪で十分理解して貰えたんです。」
「理解して貰えたって・・・・」
「ええ、碧葉さんもお気づきかと思いますが黄泉の国には門番がいます。その門番を通してでは無いと黄泉の国へと交信は出来ません。」
「交信って・・・・宇宙みたいな事をいきなり言われても。」
「ええ、私も言っててそう思いますが実際そんな感じなんです。私も一回しか黄泉の国の扉に関わったことないのですが、交信っていうのがふさわしい感じで。でも、今回のパターンは初めてでどうしたら良いのか。もし峰岸さんが黄泉の国に行ったのであればそれなりに犠牲が伴うはずなんです。犠牲が峰岸さん本人じゃ無ければの話ですが。」
「峰岸さん本人?」
「ええ、黄泉の国で峰岸さんを呼んだ人が居る可能性があった場合峰岸さん自身が犠牲となり黄泉の国に行ったと考えられます。」
「黄泉の国から人を呼べるんですか?」
「それは分からないです。ただ今回の感じだとそれが当てはまっているようにしか思えなくて。峰岸さん本人の意思で黄泉の国に行ったとは到底思えない。誰かが糸を引いているとしか思えないんです。あの、峰岸さんの事で一つ気になった事があってお子さんは今はどうしてらしているんですか?峰岸さんが入院中誰かが見ているんですよね?」
「ええ、話によると別れた旦那さんが今は引き取って面倒を見ていると聞きましたが。」
「その子供に会わせて貰える事って出来ますか?」
「黄泉の国は良いんですか?」
「今は情報が少なすぎて今の状態で峰岸さんを取り戻そうとしても効果が無いというより、私の力では峰岸さんを無事に連れ戻せるか自信はありません。なのでどうして今回このような事態になったのか少しでも知った方が対処が出来るかと。」
「分かりました。今すぐ峰岸さんの元旦那さんに連絡して息子さんに会わせて貰えるように手配します。」
「有り難うございます。私と京采は一旦家に帰って身を清めます。元旦那さんと息子さんに連絡が着いたら私達の家に来て頂くようにお伝え下さい。」
「分かりました。」
「有り難うございます、宜しくお願い致します。」
柑奈は碧葉にペコリとお辞儀をすると珠々をズボンのポケットにしまい病室を出たので、京采も同じように珠々を腕に付けて碧葉に柑奈と同じようにペコリとお辞儀をすると部屋を出ようとしたが、碧葉が京采の腕を掴んで
「柑奈さん大丈夫だよね?」
と聞いた。その表情は少し強張った顔をしていて緊張からなのか不安からくるものなのか分からないがどちらにせよ良い状況では無い事は伝わっているらしい
「大丈夫かどうかは分からないです。正直姉さんも言っていた通り今回の状況は未知の世界すぎてどう対応したら良いのか分からないのが本音です。黄泉の国に行くと言っても基本は魂が持って行かれる事が多くて身体ごと持って行かれるなんて俺は聞いた事無いです。よく漫画とかではあるかもしれませんが、実際はそんな簡単じゃ無い。前回祖母ちゃんの時は祖母ちゃんの魂が持って行かれました。その時は姉さんも力の使い方がまだ十分じゃ無くて俺は全然役に立てなかったんですけれど、試行錯誤してなんとか祖母ちゃんの魂を呼び戻せる事が出来たんです。でも一歩間違ったら祖母ちゃんの魂だけじゃなくて姉さんの魂も持って行かれる所でした。今回は身体全部だ。魂だけじゃない、それを姉さんの力だけで取り戻そうと考える事が不可能に近いんです。」
「じゃあどうすれば・・・」
「今回は俺も居る、それに祖母ちゃんの繋がりで手伝ってくれる人が居ないか探してみるつもりです。姉さんも同じ事を考えているはずです。」
「当てはあるのか?」
「まあ、祖母ちゃんの知り合いって言っても皆高齢者ばかりなので頼りになるかは・・・・」
「そこは任せて下さいって言ってくれよ。」
「そこは約束出来ませんよ。まあ姉さんもこれから籠もって自然の力を借りて身を清めるのに入ると思うので俺が出来る所はとことんやるつもりなんで任せて下さい。」
「よし、私も何か出来る事があったら何でもするから任せてくれ。」
「有り難うございます。あ、早速なんですけれどお願いがあって。」
「本当に早速だな、なんだ?」
「この病室は他の患者さんには使わせないで下さい。」
「え?」
「俺が見る限り時空は歪んだままでもし次の人が入ったときにその時空に飲み込まれる可能性があるので、この病室は使わないようにして欲しいんです。」
「なるほど、上に掛け合ってみてこの病室は峰岸さんが使用中という事で空室にしておくよ。」
「有り難うございます。」
「他に何か言いたい事はあるか?」
「そうですね、一日一回で良いのでお清めの塩をお皿に盛って、塩を三角にして枕元いや肩甲骨辺りの所に置いて欲しいんです。きっと一日で塩は塩水に変わると思いますが、それでも続けて清めておいて欲しいんです。」
「分かった、ここで見張りしている警察官に頼んでおく。」
「有り難うございます、後はこちらで何とかしますので。」
「ああ、分かった。また息子さんと旦那さんと連絡がついたら柑奈さん経由で連絡する。」
「はい」
碧葉は京采の腕を離すと京采はまた碧葉に一礼をして部屋を出て姉を追いかけていった。
「そこを何とか・・・」
京采が電話口で正座をしながら頼み込みをしている。
電話口の向こうは良い反応では無いのか苦戦しているようだ。
「はあ・・・」
ガチャリと電話の受話器を置くと京采は大きな溜め息を吐いた。
「やっぱり駄目だった?」
巫女の衣装を身に纏い長い髪も後ろで結い峰岸の病室を出た日からずっと身を清め続けてきた柑奈が京采の傍に寄る。
「うん、今回ばかりはただ事じゃない。首を突っ込むなという人ばかりで」
「無理も無いわよね、今回は今までの霊媒師で戦ってきた悪霊と違って悪さも何もしていない霊と戦わなくてはいけないんだもの。」
「ねえ、姉さんはあの時空を見てどう思った?」
「そうね、未知な力を感じたのは確かだけれどそれ以上に異常な寒さを感じたわ。」
「寒さ・・・・」
「ええ指先まで凍るような寒さを感じたわ。それに誰か覗いているような感じもあったの。」
「ああ、それは俺も思ったよ。誰か覗いていたよね。」
「京采も思った?やっぱり誰か覗いていたんだわ、だって影がチラついていたんだもの。」
「うん、俺が見たのは男の子だった気がする。髪が短かったし」
「あ~!!そこまで見てなかったわ!見落としてた!子供だったのは確かだったんだけれど」
「子供だったよ、でも目がギョロッとしてて血に飢えた子みたいな感じだった。」
「よくそこまで見てたわね。」
「うん、多分波長が合っちゃったんだと思う。」
「そうね、波長が合うと霊の姿も鮮明に見えてしまうし。」
「姉さんは波長は合わなかったんだね。」
「ええ、そうね。ぼやけてしか見えて無かったわ。」
「他にさ髪見えなかった?」
「髪?」
「うん、長い髪なんだけれどユラユラ揺れているのが見えて。」
「それって・・・」
「峰岸さんじゃないかと俺は思っているんだ。」
「黄泉の国の入り口の近くに峰岸さんが居たって事かしら」
「それは分からないけれど、髪がユラユラ~と・・・姉さん見えて無かった?」
「ええ、そこまでは見えて無かった。・・・・京采、今回の事件京采は席を外した方が良いかもしれないわ。」
「どうして?」
「だって波長が合いすぎているからよ、もしかしたら今回の犠牲に選ばれるのは京采自身かもしれないわ。」
「それは・・・」
「京采は守りの力は最大だけれども攻撃の力はまだまだだわ、今回黄泉の国の番人が峰岸さんの代わりに京采を選んだらどうするつもり?自分一人でどうにか出来る相手じゃ無いのよ。」
「それは姉さんも同じでしょ?」
「ええ、だから今回あの人に助けて貰おうと思っているの。」
「誰?」
「私にこの道を教えてくれたお坊さんよ。昨日連絡を取ってみたら二つ返事で了承してくれたわ。」
「本当?」
「ええ、ただ条件があって自己犠牲しないという事。これは京采にも当てはまる事よ。今回の敵は今まで以上に未知な世界にいるモノ。それと戦うのは至難の業よ。そこにノコノコと波長が全て合う貴方が出てきたらきっと峰岸さんの代わりに貴方を差し出すように言ってくると思うわ。それを防ぐ為に京采は今回参加しないで欲しいの。」
「・・・・・」
「京采・・・・」
「姉さんの頼みでもそれは出来ない。だって俺だって霊媒師の一人だよ。確かに守りの力は強くなってきているし力のコントロールも出来ているけれど、攻撃の方はてんで駄目だ。でもそれでもきっと姉さんの力になると俺は思っている。それに今回峰岸さんの息子さんと元旦那さんも一緒にお祓い見守るんでしょう?二人を守れるのは俺しか居ないと思うんだ。姉さんは峰岸さんの身体と魂を連れ戻すのに必死になってしまったら誰が二人を守るの?」
「それは・・・・」
「だから俺も一緒にお祓い同行させて欲しい。」
「・・・・・きっと京采の事だからそう言うと思っていたわ。でも危ないと思ったら真っ先に自分を守ること、後自己犠牲にならないこと。もし黄泉の国の番人が京采と引き換えと言っても交渉は不成立よ。峰岸さんの事も大事だけれど何より私は京采の事が大事なの、家族として。どちらかしか選べないのであれば京采を私は選ぶわ。」
「姉さん・・・」
「京采約束して、何が起きても交渉はしないって。」
「分かった。自己犠牲はしないよ。」
「良かった、そういえば今日よね?峰岸さんの息子さんと旦那さんが来るのって。」
「そうだった!!もう三十分しか時間ない。」
「あらやだ!部屋の片付けちょっと手伝って。」
「分かった!!」
(ピンポーン)
「え、まだ時間あると思っていたのにきっと早く着いちゃったんだわ。荷物押し入れにしまってお茶の用意するから玄関対応お願いしても良い?」
「分かった!!・・・今ドア開けます。車でお越しですか?・・・・そうですか、駐車スペースがありますので中で駐めて下さい。」
柑奈は適当にその辺に散らばっていた雑誌とかを押し入れにしまうと急いでお茶を入れにキッチンに向かった。
「こちらは息子の裕太と言います。私の名は新造、今はIT企業に勤めております。妻とは一年前に離婚しまして、親権は妻が持っています。離婚理由は些細な事でした。妻は、スーパーで働いて居たのですがTikTokというSNSで子育てや今日の献立という内容の動画を中心に挙げていた所色んな人に注目されまして、それから講義やレシピ本、テレビや雑誌にも載るようになりまして。そこからその仕事中心の生活になり最初は私や子供も一緒に参加していたのですが、段々とプライベートと仕事の境目が妻が分からなくなってきてプライベートでも動画を撮り始めたりSNSに挙げる写真を撮り始めたりで育児放棄ではないのですが似たような状態になりまして・・・」
「でも、裕太君の親権は奥様なんですよね?」
「ええ、妻がどうしても裕太と別に暮らしたくないと言って聞かなくて。私も裕太と離れて暮らすのは辛かったですし、妻があんな状態で裕太を一人で育てられるのかと不安でもありました。しかし、裕太は妻があれだけ裕太を構ってあげられなくても母親の方が良かったのでしょう最終的には酷ではありますが裕太自身に妻と私とどちらと暮らしたいか決めて貰ったんです。」
「そうなんですね。知っている範囲で構いませんので峰岸洋子さんの事について教えて頂けませんか?」
「妻の事ですか?」
「ええ例えば声が聞こえるとか。」
「声ですか・・・聞いた事無いですね。妻は本当にSNSで注目されるまで普通の主婦だったんです。スーパーで毎日パートとして働いて職場でも真面目さが取り柄で物欲も無くいつも黒髪を後ろに結ってネイル一つさえ節約だからと言ってしない人だったんです。ただSNSで注目されるようになってから身なりに気を使うようになりまして。元々何か熱中するとその事で頭がいっぱいになる性格なのですが、今回ばかりは人の言うことも聞かず息子の言葉すらも耳に入っていない状態でした。
例えば遊んで欲しいとか折り紙とか上手に出来て見せても美容の事に夢中になっていて見て見ぬふりをするとかですけれど。それでも息子は健気に妻にたどたどしく話しかけていました。それを見るのが辛くて、辛くて・・・
あ、刑事さんから聞きましたが霊の声が聞こえると言っていたとか。ただ妻は幽霊とかそういうの全く信じるタイプじゃないんです。
むしろホラー映画を観てもお化け屋敷に一緒に行っても怖がるどころか逆に笑っているような人でした。刑事さんから怖がっていると聞いた時は別人の話をしているのかと思った程でした。
でも、一つ気がかりな事があるんです。」
「気がかりな事ですか。」
「ええ、刑事さんから言われるまで思い出しもしなかったのですが妻は私と出会う前に付き合って居た元恋人との間に出来た子供を中絶しているんです。」
「中絶。」
「ええ、水子参りは毎年行って居ましたが裕太が生まれてからは神棚にエコー写真を置いていつも拝んでいました。妻に何をいつも声を掛けてあげているの?と聞いた所“お空から見守っていてね”と毎日言っていると言っていました。」
「そうなんですね。その水子は男の子だったんでしょうか?」
「いえ、性別までは。」
「そうですよね。」
「ただ妻はきっと男の子だったんだろうなといつも言っていました。裕太はその子の生まれ変わりなんじゃないかって。妻が中絶をした過去を話してくれたのは裕太を身籠もった時でした。最初は驚きましたが、中絶を選択した妻の事を考えると無言で抱きしめることしか出来ませんでした。だから裕太が生まれた時は心の底から喜び、これからの生活を支えていけるように頑張ろうって思ったんです。」
「そうだったんですね、お辛い話をさせてしまってすみません。」
「いえ、妻が受けた傷と比べたら私なんて全然。」
「洋子さんのお話が聞けて良かったです。後裕太君から見て洋子さんはどういうお母さんだったんでしょうか?」
「裕太から見てですか?」
「ええ、お子様の目線は大人は分かりづらいとは思うのですがどういうお母さんとしてお子様と接してらしたのか知りたくて。」
「SNSに夢中になるまではそれは子供と一緒に何かをするのが好きな母親でした。息子がダンゴムシに夢中になっていた時があって、ダンゴムシをプッチンプリンのカップ一杯に詰めて来た事があって私は虫が苦手なもんで悲鳴を挙げていたのですが妻は、息子と笑いながらダンゴムシと遊んでいたのを覚えています。また公園に行ってはバッタを捕まえたり夏になると蝉を捕まえたりと自然と触れ合う時間を息子に教えていたような気がします。自分が率先して自然と触れ合うことで子供がその背中を見て自ら自然と触れ合うようになる。そういう教育の方法だったんだと思います。」
「SNSに夢中になってからはどうだったのですか?」
「それまでの妻の姿から一変して、どうやったら視聴者が注目して貰えるのかを考えて息子に台詞を覚えさせたり行動まで指定するようになって虫を夢中になって捕まえていたのが今流行の物中心に子供に与えていました。最初は子供も珍しがって遊んでいたのですが、息子は今流行っている物よりも虫や自然と触れ合う方が好きみたいであまり積極的に好んで遊んだりはしていませんでした。」
「裕太君、裕太君はお母さんはどういう人なのか言える?」
新造が話している間大人しく絵を描いていた裕太に柑奈が話しかける。すると裕太はクレヨンを机に置くと柑奈をジッと見て
「こわい」
と言った。
「え?」
「こわい、ながい」
その言葉を言い終わると黒いクレヨンで紙をグチャグチャに塗りつぶした。
「どういうことなんでしょうか。」
裕太の言葉が信じられないという顔で新造が言う。
「裕太、ママの事このお姉さんに話して。いつもママはどんなだった?」
「・・・・・こわい、こわいひと」
「裕太?」
「ママちがう、こわい、ながい」
「失礼ですが虐待とかはありませんよね?」
「まさか!!」
柑奈は失礼というと裕太のシャツを捲り上げた。
すると複数の痣が見えた。
「これは!!」
新造は目を開かせて裕太の身体を隅から隅まで見る。足や背中お腹にも複数の痣があり中には煙草の火を押し付けた跡まであった。
「酷い。」
それまで柑奈の斜め後ろに座っていた京采が前のめりになって裕太の身体の痣を見て言った。
「この事はご存じだったんですか?」
柑奈は厳しい顔で新造に問う。新造は真っ青な顔になりながら顔を左右に振りながら
「まさか!!もし知っていたらすぐに裕太を引き取っています!!」
と言った。
「お風呂とかで見なかったのですか?」
「お恥ずかしながら私視力が弱くて、今はコンタクトを付けているのでなんとか見えますがコンタクトが無いと手元すらもぼやけて見えなくて。」
「なるほど、裕太さんのお体を触ったときとかに痛がる仕草は見せなかったんですか?」
「ええ、そんな仕草は全く。」
「そうですか、ただ気になるのは洋子さんが入院されてから日にちが大分経過していると思うのですがどうしてこんなにくっきりと痣があるのでしょうか。」
「それは・・・」
「そして先程からお母さんである洋子さんの話をし始めてから裕太さんが描く絵が全て真っ黒なのも気になります。新造さんのお家ではお絵かきなどはされていらっしゃいますか?」
「ええ、絵が最近は好きなのかよく描いています。」
「色はどうですか?」
「色ですか?」
「色んな色を使って絵を描かれていますか?」
「ええ、この間も私の似顔絵を描いてくれたり色んな絵を色んな色を使って描いています。」
「そうですか。」
「やはり妻の暴力が原因で黒色のクレヨンを使うんでしょうか?」
「ハッキリとした事は分かりませんが黒色を使うのは心理的に良い意味を持っていません。どちらかと言うと危険な心理状態を指します。一つ気になる事があるのですが洋子さんは昔はショートヘアーでしたか?」
真っ暗な暗闇にポツンと居る私。
誰も居ない。
叫んでも声が出ない、呼吸は出来ている。何時間いや何日経ったんだろう、ここは時計が無いから時間の進み具合が分からない。
「こんにちは」
先程からのっぺらぼうの人のような形をしたモノが私に話しかけてくる。
最初は怖くてペコリとお辞儀をするだけだったが、何度も同じ挨拶をしてくるので無視する事に決めた。
こんにちはの先が無いのだ。
「こんにちは」
壊れた機械のように強弱の無い声で挨拶をしてくる。
一体いつになったら外は明るくなるのだろうか。
早くSNSに上げる動画を撮りたいのに、あの子がまた悪さをしていないか見張らなくてはいけないのに
「なるほど、裕太君は日常的に虐待を受けていた可能性があると・・・・」
碧葉が珍しく無精髭を生やして七星宅にお邪魔しに来た。
「碧葉さん大丈夫ですか?眠れていますか?」
碧葉の目の下にはくっきりとクマが出来ている。
「いえ、正直徹夜続きで。」
「無理に来られなくても大丈夫ですよ。」
「いえ裕太君の痣の事も気になりますし。」
「ざっと電話で話した位の事しか私も分かりませんが。」
「いえ私達では気付かなかった事ですし、盲点でした子供を虐待しているなんて」
「仕方ないですよ、今一緒に暮らしているお父さんでさえ気付かなかったのですから」
「・・・・隠そうとしていたんですかね」
「裕太君がですか?」
「ええ」
「きっと必死に隠していたんだと思いますよ。」
碧葉が目頭を押さえる。
「大丈夫ですか」
「すみません、私がもっとしっかりしていれば峰岸さんを黄泉の国に連れて行かれなかったんじゃ無いかとか考えたら・・・・」
「峰岸さんが黄泉の国に連れて行かれたのは碧葉さんのせいじゃないですよ。」
「でも・・・・」
「大丈夫です。碧葉さんのせいではないです。」
「すみません、有り難うございます。」
「いえ私は・・・」
「それで峰岸さんの黄泉の国から呼び戻す方法は分かりましたでしょうか?」
「それは、正直実際に峰岸さんの身体と魂に触れてみないと分かりませんがお祓い当日は私の恩師であるお坊さんも同行させて頂きたいと思っています。」
「恩師ですか?」
「ええ、私がこの道に行くきっかけを作ってくれた人です。」
「柑奈さんに前から聞きたかったのですが、力は生まれた時からあったんですか?」
「いえ、ただいつの間にか人間じゃ無いモノを見るようになって、最初は生きている人間なのか霊なのか分からなかったのですが段々分かるようになってきてでも生きている人間に悪さをする悪霊のことは見て分かっても、祓い方が分からなくて恩師に泣きついたんです。あの時は救えたかもしれない命を救えなかった事への罪悪感でいっぱいで。でもあの時の事が起きた事で力のコントロール出来ましたし、今はその力を使って人を救えるようなりましたし。」
「そんな事が、怖くないんですか?」
「え?」
「だって今までだって身を削るようにして悪霊と戦って来てもしかしたら命を失うかもしれないと思ったら怖くないんですか?」
「怖いですよ。いつも珠々を持つ時に手が震えています。」
「だったら・・・」
「だけれどこの力を持って生まれたという事は意味があると思いますし、その力を使うのにもきっと意味があると思うんです。」
「意味ですか」
「ええ、きっと神様が居てその神様に力を使うように使命を受けて生まれたんだと思うようになったんです。でも最初は嫌でしたよ。皆が見えないモノが見えるのは変だし、その見えるせいで命が何個あっても足りないくらい危険な目に遭ったこともありましたし。
何度この力が無ければ良かったのにと思ったことか。」
「そんな事思った事があったんですね。」
「それは誰でも思うと思いますよ。特別な力があればあるほど悩みも増える、でもそれを人に相談できない。相談したところで変な事を言っていると思われるか嘘を言っていると思われるか相手を困らせてしまうだけですから。だから恩師に会えて私は救われたんです。人に言っても良いんだって思わせてくれた。それだけで私の心は救われました。」
「恩師の存在は柑奈さんにとってとても大きな存在なんですね。」
「ええ今回の事も真っ先に相談したんです。私一人では扱えない事でしたから。」
「今日恩師の人来るんでしたっけ?」
「ええ、少し顔を見ておきたいって言われて。なんで知っているんですか?」
「京采君ですよ、昨日電話があって恩師が来るから一緒に会って欲しいって言われて」
「京采が・・・・全く心配性なんだから」
「心配性だけでは無いとは思いますけれどね。」
「え?」
「いえ、こちらの話です。・・・恩師の人とはよく連絡を取っているんですか?」
「ええ、頻繁に文通で」
「文通ですか?」
「恩師は携帯持っていないんです。」
「それは!困らないんですかね」
「恩師も木々達の声が聞こえるんです。」
「え?」
「前に碧葉さん木々達の声が聞こえるって言ったら風が靡いているからですか?て聞いたじゃないですか、私と恩師と祖母が木々達の声が聞こえる人なんです。木々が騒ぐと何かが起きるぞって分かるんです。そしてこの人が今はこう過ごしているって事が木々達を伝って分かるんです。」
「例えば?」
「例えば私は母の事を気にしています。一人で暮らしていて身体を壊していないかとか困った事が無いかとかLINEでは聞けない事を木々達を通して気にしています。」
「へ~私の事も分かったりするんですか?」
「ええ、碧葉さんが来る時も木々達が騒ぎますよ。また事件を持って来たぞって。」
「ハハハ!!お見通しなんですね。」
「ええ、来る前にザワザワってするから何だろうと思おうといつも碧葉さんが来るぞ!て言われるんです。」
「じゃあ前もって連絡しなくても分かるって事なんですね。」
「ええ、いつも来る前に連絡をして頂きますがその前に分かっている訳です。」
「そうなんですね、今度突然訪問してみようかな」
「良いですよ、ちゃんと準備しておきますから」
「よし!!今度来るときは連絡しませんね」
「京采は木々達の声は聞こえないみたいなので京采が怒らない範囲でお願いしますね。」
「そうだ、ここには番犬が居るんだった。」
「ふふふ、京采本当に番犬みたいですよね」
「ええ、いつも怖いです。」
「私の前では大型犬みたい例えばゴールデンレトリバーみたいな感じなんですけれど、碧葉さんの前では番犬みたいになりますよね。バイトではどんな感じなのか知りたいんですが連れて行ってくれなくて」
「え、行った事無いんですか?」
「無いんですよ。いつも行っても良い?て聞いても他のお客に絡まれるかもしれないからお酒が入って面倒なお客がいる可能性が高いから来ないで欲しいて」
「前に行ったことありますけれどそんな絡んでくるような居酒屋みたいな感じじゃ無くてお洒落な所だから大丈夫だと思うんですけれど」
「行った事あるんですか?」
「ええ、京采君に呼ばれて」
「京采に呼ばれたんですか?」
「ええいつも家に来すぎだって言われて柑奈さん抜きで男同士話しましょうって言われて。怖かったですけれど」
「どんな話したんですか?」
「柑奈さんには言えないですよ~」
「え~聞きたかった。」
「そこは男同士の約束なので、まさか柑奈さんの事が気になっていないか聞かれただなんて言えないですし」
「何か言いました?」
「いえ、こちらの話です。」
「今日の碧葉さん独り言多いですね。やっぱり疲れているからですか?」
「そんな事無いですよ。あ、そろそろ恩師来ますかね。」
「ええ、木々達も騒いでいます。」
と柑奈は窓の外を見た。庭に生えている木が風によって揺れているのが分かるが声など聞こえない。碧葉は目を擦ってまた見るが木に変わった様子は無い。
「分からないです。」
「フフフ、いつか碧葉さんにも分かる時が来ると良いですね。」
「分かる時が来ますかね。」
「さあ、どうでしょう。」
(ピンポーン)
「あ、来た。」
「私出ましょうか?」
「いえ、碧葉さんもお客さんなんですからそこに座ったままで大丈夫ですよ。」
「それじゃあお言葉に甘えて」
柑奈はインターホンの画面の前に立つと
「あ、師匠来て下さったんですね。」
「いや~今日は木々達はお祭り騒ぎだな。」
「今門開けますね。」
「ああ、有り難う。」
柑奈はソワソワする。
「落ち着かないですか?」
と碧葉に聞かれてソワソワしている事に気が付いたのか顔を赤らめて
「少し緊張します。会うのはとても久しぶりなので、本当は私の方から出向かなくてはいけないのに。」
「こっちまで緊張が移ってきました。」
と手を擦り合わせる。すると再び
(ピンポーン)
と鳴った。
「はい!!」
柑奈は小走りで玄関に向かった。
真っ暗。
何も出来ない時間がもどかしい。
裕太は何をしているだろうか。
新造も・・・・
離婚をしてから元旦那の事なんて考える暇なんて無かった。
むしろ居なくなってせいせいした。
いつも仕事仕事の人なのに子供の事になると口を出してくる人だった。
それでもパートで働いている時はパートだけでは生活が出来ないから我慢していたけれど、私がSNSで注目を浴びるようになって自由なお金が入ってくるようになってからは一人でも裕太を育てられると思って離婚を決意したのだ。
「あの人が居なくなって良かったのよ。」
そう思えば思う程裕太は塞ぎ込むようになった。
そんな裕太を見て私は・・・私は・・・
なんだっけ、何を考えていたんだっけ。
ああそうだ翔太の事を考えていたんだった。
翔太は良い子だ。私の子、あの人との子供。颯太は私の子。隼人は私の子。
あれ何を考えていたんだっけ。
考えれば考えるほど分からなくなる。
「こんにちは」
またアレだ。
また私の前にのっぺらぼうが現れる。
こんにちはの先は無い。
「こんにちは、ここここんにちは」
こんにちはが言いにくいのか時々言いにくそうに言うこんにちは。
「今日こうして柑奈ちゃんに会えて良かった。」
「師匠本当に今日は来て頂いて有り難うございました。」
師匠であるお坊さんは着物を着て柑奈宅にやって来た。
中に入るように促したが玄関先に碧葉の靴を見てここで良いと言って中に入らなかった。
「良いんだよ、仕事のついでもあったから」
「それでも私の方から行くべきだったのに」
「こうして会いに来たのも何かの理由があるかもしれないね。」
「フフフそうかもしれませんね。」
「柑奈ちゃん大丈夫?今回は不安なんじゃ無い?」
「正直言うと不安です。祖母の時に起きた事を繰り返しするんだって思うと怖くて」
「そうだよね、お祖母様の時は髪の毛を切ったんだっけ?」
「ええ、そうです。あの時はそれしか思い付かなくて」
「それが正解だったんだよ。お祖母様の魂も元に戻ったんでしょ?」
「半分。」
「半分でも戻ってきたのであればお祖母様も救われたんじゃない?」
「そうですかね、祖母は救われたって言ってましたけれど本当かなって思っちゃうことがあって。あの時苦しい思いをさせてしまって他に方法があったんじゃないかと思うと悔やみきれなくて。」
「あれが柑奈ちゃんにとってのベストだったんでしょう?そうしたらお祖母様も分かっていたはずだよ。大丈夫だよ。ただ今回は身体まるごとだから怖いね。」
「ええ、魂が身体の中に入って居れば少しは楽なんですけれど」
「そうだね。魂が別にされていたら二つを取り戻さなくてはいけなくなるからね。黄泉の国の門番がそれを無償で返してくれるとは考え難いよね。今回の犠牲はどうするつもりなの?」
「私の身代わりです。」
「人形に込めたのかい?」
「まだ作っては居ませんが人形の中に髪の毛と血肉を入れようかと。」
「痛いね。」
「でもこれで黄泉の国と交信出来るのであれば一番簡単かと」
「そうだね、でもあまり人形に情を込めてはいけないよ。人形と糸が結ばれてしまったら柑奈ちゃん自身を差し出すのと同じになってしまうからね。」
「難しいですね、人形をただ差し出すだけじゃ意味が無い。少しは私との思い出を作らないと意味が無い。私の身代わりになるのだから私の魂と同等の価値にしないといけない。だけれど人形と糸で結ばれてしまったら私の本体が狙われて私自身の魂を黄泉の国の番人が求めてくるかもしれないと思うとギリギリですよね。」
「ええ、今回は慎重にならないといけない。まず峰岸さんが戻りたいかどうかも大事になってくる。お祖母様の時はお祖母様自身が戻りたいという気持ちがあったから黄泉の国から戻れた。峰岸さんが戻ってきたいと思わない限り連れ戻すのは厳しいかもしれないね。元旦那さんは峰岸さんとの最後のやり取りで裕太君について何を言っていたか分かったの?」
「最後まで手放さないと言っていたとは言っていましたが、裕太君とも今回の事件が起こるまで満足に会わせて貰えなかったみたいで会う度に裕太君の表情が曇っていったのは気になってはいたけれど、それはお母さんが忙しくて構ってあげられないからかと思っていたと言っていました。」
「そうか。虐待の事も旦那さんは何て言っていたの?」
「自分のせいだと言っていました。自分がもっと気にしていれば気付いたかもしれないのにって。一緒に暮らすようになってからお風呂は毎日一緒に入っていたそうなんです。でも服を脱ぐ前にコンタクトを外してしまうから見えなかったと。」
「辛いね。峰岸さんはどうしてそんなことをしてしまったんだろう。例え元に戻ってきたとしてまた裕太君に手を挙げるようでは良いことは無いよね。峰岸さん自身が呪いを起こしてしまったという事は無いのかな。」
「どういう事ですか?」
「いや、峰岸さんが黄泉の国に行ったのも自分の意思で行ったのかもしれない。日々募る自分への嫌悪感が呪いに変わって自分自身気付かずうちに自分を呪っている事も考えられるなって。」
「確かに・・・峰岸さんの印象SNSで注目浴びる前と後では聞いている限りでは全く違うんですよね。SNSで注目される前はアクティブな印象だったんです。昆虫捕まえに行ったり外で自然と触れ合う事が多かったようで、SNSで注目されてからの記事を見てみたのですが今流行の物を取り入れたり時短クッキングをしてみたり主婦層に向けての記事が多くて。でもそれが主婦には人気があったようでコメントも主婦からと思われる言葉が多くて。」
「そうなんですね。ごめんね根掘り葉掘り聞いて」
「いえ、お祓いに協力して貰うのにどんな人物なのか知っておいて貰った方が良いので。」
「知れて良かったよ。今日は刑事さんも居るようだしここでお暇させて貰うよ。」
「中には入られないのですか?」
「お客さんが来ているのに悪いよ。」
「碧葉さんなら気にしないと思いますよ。それに師匠に会いたがっていましたし。」
「いやいやこの後お客さんが来るみたいだから寺に戻らないと」
「お客さん今でも沢山来られるのですか?」
「ああ毎日ひっきりなしに来るよ。木々達が教えてくれるんじゃないか?」
「まあ多少は知っていますけれど。」
「相変わらず心配性だね。」
「え?」
「噂のことも気になっているんでしょ。」
「・・・・」
「気にしなくて良いよ。龍王寺柑奈が修行した寺って言うのはある意味私達にとっては有り難い事だから。」
「本当ですか?」
「私は嘘は吐かないよ。」
「それは知っています。」
柑奈は微笑むと師匠は満足したのか足早に帰って行った。
「大丈夫だったんですか?私お邪魔だったのでは。」
と碧葉がヒョコッと客間から顔を覗かせる。
「いえ、師匠も急ぎの用があったみたいで大丈夫ですよ。」
「それなら良かったですけれど、挨拶したかったな。柑奈さんの修業時代とか聞きたかったし。」
「そんな恥ずかしい時の事を聞かれなくて良かったです。」
「誰でも下積み時代はありますよ」
「碧葉さんの下積み時代はどんな感じだったんですか?」
「今と同じで熱血でしたよ。」
「今も熱血なんですか?」
「意地が悪いな~柑奈さん。」
「フフフ、少し揶揄っただけですよ。」
柑奈は碧葉の前に座ると冷え切ったお茶を飲んだ。
「今日は喉がよく渇く。」
お祓いするまで後数日。
考えるだけでも震えが止まらなかった手が師匠と話したことで少し治まった気がした。
「それではこれから峰岸さんの身体を黄泉の国から取り戻すお祓いをしたいと思います。」
柑奈はいつにも増して緊張した面持ちだ。
「柑奈ちゃん大丈夫かい?」
師匠が斜め後ろで紫色の珠々を左手に持ちながら聞いてくる。
柑奈は無言で頷くと胸元で珠々を持った左手が震えているのが分かる。
「震えが止まらない。」
ボソッと言うと
「柑奈ちゃん私が付いている大丈夫だよ。それにしてもこんな時空の歪みは滅多にお目に掛からないね。」
「師匠は何度か見て来たんですね、私は初めてで。京采は大丈夫?」
京采は峰岸さんの元旦那さんである新造さんと息子裕太君を背中で守るようにして珠々を左手に持ち構えている。
「大丈夫だと言われたら嘘になるけれど、今は虚勢でも良いから大丈夫と言わせて。」
「そうね、私も同じ気持ちだわ。でも峰岸さんと新造さん、裕太君の為にも頑張らなくちゃね。京采最初にも言ったけれど自己犠牲はしちゃ駄目よ。分かったわね。」
「うん。分かっているよ、姉さん。」
「さあ始めるわよ。」
その合図に師匠と柑奈、京采が一斉にお経を唱え始めた。
暫くするとゴゴゴゴゴゴゴと枕元から音がした。
「門が開く。新造さん裕太君の耳を塞いで下さい。きっと悲鳴が聞こえると思うので」
と柑奈が素早く言う。新造はその言葉を聞いて裕太の耳を両手で塞いだ。
それと同時にきゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!と悲鳴が上がる。
「柑奈ちゃん門が開いた!門番と話が出来るまでお経を唱え続けるよ!」
と師匠が言う。柑奈は振り向かずにお経を唱えながら頷いた。
「観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時、 照見五蘊皆空、 度一切苦厄。
舎利子。 色不異空、 空不異色、 色即是空、 空即是色。 受・想・行・識・亦復如是。
舎利子。 是諸法空相、 不生不滅、 不垢不浄、 不増不減。
是故空中、 無色・・・・・・」
10周はしただろうか、まだ門が開いてから門番が出てくる気配がしない。柑奈は師匠の方に向くと師匠は口から血を流していた。
「師匠!!」
柑奈は近寄ろうとするが師匠は右手で柑奈を制し
「続けろ・・・」
と言った。柑奈は前を向きお経を唱えるのを続ける。
すると背後から
「ぎゃああああああああ!」
という悲鳴が聞こえた。柑奈はお経を唱えながら後ろを振り向くと新造が苦しそうにもがいている。
京采は真っ青な顔をしながら柑奈の方を見る。柑奈はこれ以上は危険と判断したが師匠が
「続けなさい。大丈夫」
と言った。
柑奈は頷くとまた前を向いてお経を唱えた。
暫くすると新造の悲鳴が止まる。
それと同時に柑奈の背後から声がした。
「何用だ?」
振り向くと白目を剥いて泡を吹いている新造がこちらを見ている。京采はすぐさま裕太を新造から離して距離を取った。
「貴方が黄泉の国の門番?」
柑奈が震えながら聞く。
「震えているな、怖いか?」
「答えろ、門番なのか?」
「虚勢を張るな、どうせここに居る者全員私が殺す。」
「虚勢など張っていない、私が問いているのだ答えろ。」
「しつこい奴だな、そうだと答えれば貴様は満足か?」
「答えろ!!」
「は~人間というのはせっかちな生き物だ。・・・・・そうだ。私が門番だ、それがどうした?」
「門番に用がある、峰岸洋子はそこに居るな?」
「居る。それがどうした?」
「返して欲しい。」
「そちらから寄越しといて返せだと?」
(やはりこちらから峰岸さんを黄泉の国に連れて行ったのか。)
柑奈は思うが声には出さない。新造はチラリと傍らに居た京采を見た
「コイツをくれるなら返してやってもいいぞ」
「やるか!!おい門番これと引き換えはどうだ?」
柑奈は懐に入れていた女の子の形をした人形を右手に持った。
「人形だと?私を舐めているのか?・・・・・いや貴様の血肉が入って居るな。・・・・・・・ただそれだけでは返せない。」
「何だと?」
「それだけだったら峰岸洋子の身体しか返せん。魂はこのまま彷徨い続ける。」
柑奈の額は汗が大量に流れどうすれば良いのか必死に考えた。
すると
「それならば私の両手はどうだ?」
と師匠が言った。柑奈は真っ青な顔で
「師匠!!何を!!」
と言ったが門番が
「ハハハハ!坊さんの腕か!なかなかの修行をしてきた腕だな。惜しくないのか?」
「惜しくないと言えば嘘になる。ただ私の愛弟子が困っているのだ、この両腕で足りるのであれば喜んで差し出そう。」
「師匠!いけません!!そんな事をしてしまったらもう・・・」
言葉が続かない、師匠の両腕が無くなれば師匠は今までしてきた力をコントロールする事が出来なくなり人々の為に悪霊と戦うことが出来なくなる。
「大丈夫だ、ここに来た時から覚悟をしていた。」
師匠の顔は優しく微笑み菩薩のようだった。
「交渉成立だ!良いだろう、その坊さんとその人形で峰岸洋子の魂と身体を元に戻してやろう。」
「有り難うございます。」
師匠は深々とお辞儀をし、柑奈は両目に涙を溜めて師匠を見る。
すると足下から無数の紫色の血の気が引いた手が何本も伸びてきた。
「な!!」
と後ずさりをしようとするが両足首を手で固定されていて動けない。その手達は柑奈が持っている人形に向かって伸び人形を捕まえると病室の枕元に向かって動き出した。
それと同時に
「うぐっ」
と呻き声が聞こえる。師匠の身体に無数の手が伸び両腕に絡みついている。
「師匠!!!!」
師匠は前屈みになり倒れメキメキメキと音がすると師匠の両腕から大量の血が溢れだし両腕は人形と同様枕元に向かって移動し始めた。
「ギャアアアアアアアアア」
と師匠は悲鳴を上げる。
柑奈は動かない足を思いっきり蹴り飛ばそうと藻掻くが動かず
「師匠!!!!師匠!!!」
と叫ぶ事しか出来なかった。
「その節はお世話になりました。」
深々と頭を下げるのは髪をばっさり切った峰岸洋子である。
「いえ、私は何も・・・・」
小さい声で言うが峰岸には聞こえたのか
「夫が柑奈さんとお師匠様、京采さんのお陰で私がまた生活を送れるようになったと。夫とはあれから話合い復縁することになりました。私も一人で育てるのに必死になって裕太が泣けばキツく叱りつけ時には手を出してしまう事があったので、夫の手を借りて育てる方が私の為にも裕太の為にも良いと考え直しやり直すことにしたんです。」
「そうなんですね。」
「お師匠様の事は残念でなりません。私の為に両腕を・・・・」
「いえ、師匠が決めた事ですから・・・」
師匠はあれから救急治療室に運ばれ一命は取り留めたが両腕は肘辺りから捥ぎ取られて無くなっていた。
師匠にはあれから何度か様子を見に行ったが面会を拒否されて会える事が出来なかった。
「柑奈さん?」
ぼうっとしていたのだろう峰岸に不審がられた。柑奈は、めいいっぱい今出来る作り笑顔で
「大丈夫ですよ、それより峰岸さんが無事に戻ってこられて良かった。」
と言った。
「本当にありがとうございます。ただ私黄泉の国に居た時の事殆ど覚えていなくて、覚えてなくてはいけない事だったのに忘れてしまった。私が黄泉の国に連れて行かれたのは何でだったんでしょうか?」
「それは・・・」
言葉が詰まる。
それは、峰岸洋子の子供である裕太が鍵だった。
裕太への虐待が酷くなるにつれて裕太が母親を拒否したのだ。その気持ちと母親を恋しく思う水子の霊が結びつき裕太の知らず知らずのうちに黄泉の国への門番を開いたのだ。
それを母親に伝えるのは酷だと柑奈は判断し言葉を濁した。
峰岸も少しは分かっていたのだろう、自分の虐待が今回の事件の引き金になった事を・・・。
「私SNS辞める事にしたんです。」
唐突に峰岸が語る。
「どうしてですか?」
「やっぱり画面越しの子供の顔よりちゃんと子供の顔を見たくて。それにイイネの数ばかり気にしてて子供の事意外にも家事や家族の事を蔑ろにしていたのに気が付いて、それで気を引き締める為にアカウント消したんです。」
「勇気入りましたよね、アカウント消すのに。」
「ええ、最初は投稿を休止するという方向に話を持って行こうと思っていたんです。でも、それだと意味が無いってまたあんな風に取り憑かれるようにして投稿するのは危険だと思って」
「そうなんですね、でも投稿の時間を裕太君に使えるようになって逆に良かったかもしれませんね。また昆虫採集するんですか?」
「さては夫から聞いたんですね」
「フフフ」
「昆虫採集はしません。」
「え、どうしてですか?」
「裕太が今度は鉄道にハマってしまって虫に興味を示さなくなったんです。」
「子供の興味はすぐに変わりますからね」
「ええ、本当に成長が早い。絵に夢中になっていたと思っていたら今度は電車に興味を示すようになって鉄道のプラモデルが欲しいとか言いだして・・・お金がいくらあっても足りないです。」
「本当ですね、それは大変だ。でも今の峰岸さんとても楽しそう。」
「そうですか?」
「ええ、とてもキラキラした笑顔で話していらっしゃる。」
「自分では気付かないな~」
「自分の表情は自分では気付かないものですよ。」
「そうですかね、柑奈さんは少し疲れている顔していらっしゃいますが大丈夫ですか?」
「はい大丈夫ですよ、弟も家事のサポートしてくれていますしちゃんと良く食べて良く寝ています。」
「それなら良かった。弟の京采さん、今日はいらっしゃらないんですね」
「ええ、大学に行って居ます」
「今大学何年生なんですか?」
「今二年生です」
「じゃあもう再来年したら就活ですね、どこに行きたいとか決めてらっしゃるんでしょうか?」
「ん~なんでも今働いて居るバイト先で正社員にさせてくれるそうでそこで働きながら霊媒師の仕事をしたいと言っていて・・・でも本当は警察官になりたいんじゃないかと思っているんです。」
「警察官ですか?」
「ええ、実は少し前に刑事さんからそういう事を考えているんじゃないのか?て言われてて・・・私に遠慮して警察官にならないんじゃないかと思うと心配で」
「何で柑奈さんに遠慮するんですか?」
「それが前にお祓いの仕事をした時に力を使い果たしてしまいまして、それで倒れた事があるんです。その事を気にしているようで、私は私の修行が足りなかったからだと思っているんですが京采は私の傍で支えたいと言って聞かなくて・・・」
「お姉さん思いなんですね。」
「そうでしょうか、少しは自分の事を考えてくれても良いのに・・・・」
そう不貞腐れる柑奈を峰岸は口元に手を当てて笑った。
「姉弟仲良くて羨ましいです。」
「そうでしょうか。京采は、弟は秘密主義な所があるので。」
「そうなんですか?」
「ええ、実はバイト先にも行かせて貰えないんです。辞めないでって言われるくらい信頼されているバイトなのに働いている姿見せてくれないんです。」
「恥ずかしいんじゃないんですかね?」
「そうですかね。姉として寂しくて」
「腹違いって言うから私てっきり淡泊な関係なのだと思っていましたが、結構仲良しになるものなんですね。」
「最初は淡泊でしたよ、私が拒否していたので。やっぱり腹違いの姉弟がいるのは気分的に受け止められなくて。」
「そうですよね、私が同じ立場でも拒否しちゃうと思います。それがどうして今みたいに仲良くなれたんですか?」
「弟のお陰です。弟が諦めずに私に積極的にコミュニケーションを取ってくれたから。そのお陰で今があるんだと思います。」
柑奈はフフフと笑うと峰岸もつられて笑った。
その笑顔は憑きものが落ちたような清々しい笑顔だった。
「この間の一件有り難うございました。」
碧葉がカステラを持って柑奈と京采宅にやって来た。京采はバイトまで時間があるため一旦帰宅したら碧葉が居たため驚愕していたが、今は落ち着きを取り戻している。
「いえ、私は本当に何も出来ませんでした。」
「そんな事ありません。お師匠様も柑奈さんの活躍が無ければこんな形で収まらなかったと仰ってましたし」
「師匠に会われたんですか?」
「え、ええ」
「私は何度か会いに行ったのですが面会拒否されてしまって会えなくて。なんで碧葉さんは会えたのに私は会えないのだろう・・・・」
「柑奈さんには今の姿を見られたくないんじゃないですかね」
「え?」
「お師匠様の考えは分かりませんが、弟子の前で弱った姿を見せたくないんだと思います。」
そう言うと碧葉はお茶を飲んだ。柑奈もお茶を飲み師匠の事を考える。
本当にもう会わないつもりなのだろうか。
「ここは心機一転新しい仕事を持ってきたのでお力貸して頂けませんでしょうか?」
「碧葉さん!姉さんはまだ十分力が戻ってきていません!」
と京采が制するが柑奈は
「分かりました。引き受けます。」
「姉さん!」
「今の状態のまま家に居ても師匠の事を考えて落ち込むだけだわ、だから少しでも何かしておいた方が良いと思うの」
「でも姉さんの力完全に元に戻ってきてないじゃないか!」
「大丈夫よ、この間みたいに黄泉の国の番人とのやり取りじゃ無ければ大丈夫よ。」
「悪霊を祓うのも凄く力を使うじゃない。」
「そうだけれど、今は何かをしていたいのよ。分かって京采。」
「・・・・・見るだけなら良いよ。」
ボソッと京采が言う。
「え」
「見るだけなら良いよって言ったの。見に行くだけなら力を使わなくても良いし、それに碧葉さん今すぐ解決しなくてはいけないものじゃないんでしょ?」
と碧葉に聞いた。
「ええ、未解決事件として資料が残っているのを我々妖霊専門課が担当しているだけなので」
「妖霊専門課?」
「京采君は初めて聞くかな、私が所属している所は霊感を主に取り扱っているんだ。お祖母様も同じように管轄からお願いされた事件を捜査協力してくれていたんだよ。」
「そうなんだ。祖母ちゃんも」
「ええ、お祖母様はイタコだったけれど柑奈さんは霊視能力で事件を解決してくれている。今までも未解決事件を何個も解決してくれててとても助かっているんだ。遺族の人達も事件を解決する事で少しはホッとしてくれていると思うよ。だから柑奈さんの力は私達にとってとても重要なんだ。お姉さんの力を頼りすぎてしまうのはとても申し訳無いことなんだけれどね。」
「そっか、遺族の人も早く事件が解決してくれるのを待っているんだもんね。」
「うん、一日でも早く事件が解決してくれるのを待ち望んで居ると思うよ。」
京采は頷くと
「じゃあ、俺が見に行くよ。」
「え?」
「京采何を言っているの?」
「姉さん一人が霊媒師じゃないんだ、俺だって霊媒師なんだから霊視くらいなら出来るはず。祓う力は無くても捜査の協力は出来るはずだよ。」
柑奈と碧葉が見つめ合いお互い困った顔をした。
「心配なら姉さんも来たら良いよ。でも、絶対に無理しないで。」
「分かったわ。いざとなったら私が協力するけれどそれでも良い?」
「うん、さっきも言ったように祓う能力は俺には無いからね。」
「碧葉さん今回は京采を中心に捜査協力させて貰えませんか?」
碧葉は困った顔をしながら少し考えた後
「柑奈さんが一緒ならば大丈夫でしょう、でも京采君これから行くところは殺害事件が起きた所だから無理をしないでね。」
「はい!!」
「ここが事件現場です。」
碧葉の車で千葉県にある事件現場までやって来た。時刻は既に六時を回っていて辺りは暗くなっている。
「一見普通の住宅な気がしますが。」
柑奈が事件現場になった家を見ながら言う。
「ここは一家殺人事件で犯人はまだ捕まっていません。事件があったのは今から二年前、大晦日の日でした。事件推定時刻は深夜零時頃最初に殺されたのは母親の敬子さん三十二歳、次に殺されたのは長女六歳、次はお父さんの下敷きになっていた次女三歳、最後が父親の健一さん三十六歳です。」
「死因は?」
京采が聞く
「長包丁による刺殺だと考えられています。父親の胸に刺さっていました。」
「目撃者は?」
「それが居ないんです。1階にあるお風呂場から侵入したと思われるのですが、証拠が他には無くて。指紋も手袋をしての犯行だったのか家族以外の指紋は見つかりませんでした。他の住人によるとガシャンという音は聞こえたものの他の音は聞こえなかったと。大晦日でテレビを付けていたというのもあって悲鳴も聞こえなかったと。」
「ご家族の間で何かトラブルは無かったの?」
「トラブルと言えば父親がギャンブル依存症で借金があったのは確かだけれど、父親も母親も共働きだったから返せない額では無かったけれど。」
「無理心中の可能性は?」
「それは無いよ、だって侵入された窓は外から割られて居たからね。それに家族中はとても良かったとの話が出ていたよ。」
「それじゃあ中を見させてよ。」
「ええ、どうぞ」
碧葉は鍵を開けると京采はゾワッとした空気に包まれた。
「大丈夫?」
柑奈が声を掛けるが頷く事さえ出来ない。
「京采?」
柑奈が声を掛けると
「お父さんもう止めてよ。」
と京采が涙を流しながら言った。
「京采??」
「お父さん!!!!」
「京采!!!」
強く両肩を揺さぶられて京采は意識を取り戻した。
「大丈夫なの?」
「ごめん、意識持って行かれてた。」
「ええ、何か見えたの?」
「父親が包丁を振り回してた。」
「父親が?でも無理心中の可能性は無いってさっき碧葉さんが言っていたよね。女の子は何て?」
「分からない、ただ女の子は父親に助けを求めていた。」
「助けを?父親が包丁を振り回していたのに?」
「うん、二人男の人が居たんだ。」
「二人」
「うん、大きな男と少し背が小さめな男。ねえ碧葉さん父親の写真って無いの?」
碧葉が手に持っていた大きめのタブレットで検索して健一の遺体写真を見せてきた。
上半身裸の青白い顔をした男を京采は
「この人!」
と言った。
「この人が何?」
柑奈が聞くと
「この人が刃物を振り回してた。」
と京采が答えた。
「でも、この人の胸には刃物が刺さっていたのよね?もう一人の男の可能性もあるってことかしら?」
「分からない、でもそこに居る女の子に聞けば何か分かるかもしれない。」
「京采、お経を唱えなくても被害者と話が出来るの?」
「分からないけれど、さっきからあの女の子が呼んでいるんだ。」
「京采また波動が合っているんじゃないの?」
「波動が合っていると何かいけない事があるんですか?」
姉弟の会話を聞いていた碧葉が聞いてくる
「波動が合うという事はそれだけその霊に近いという事。付き纏ってくる事もあるんです。」
柑奈が神妙な面持ちで京采を見ながら言う。京采は一点を見つめながら
「でも、姉さんあの子はそんな子じゃないよ。」
「京采駄目よ、霊はあくまで霊なの。心を持って行かれちゃ駄目よ。本当に取り憑かれてしまうわ。線引きをちゃんとしないと」
「分かっているよ。でも本当にあの子は伝えたいだけなんだと思うんだ。近くに行って話を聞くだけ聞いてみるよ。」
京采は柑奈の制止を聞かずに玄関の中に入っていった。
「そこは・・・・」
碧葉が京采が玄関口で何かと話しているのを見ながら言う。
柑奈はその言葉を聞いて
「ここが殺人現場なんですね。」
と言いながら懐から緑色の珠々を出した。
「柑奈さんも見えるんですか?」
「私が見えるのは殺人後です。男性が小さい女の子を覆い被さるようにして倒れているのが見えます。京采が見えて居る女の子がその子なのか分かりません。まだ力が戻っていないからなのかしら。それとも京采しか見えないのかしら。」
「そういう事あるんですか?霊媒師の人って皆が同じ霊が見えるのかと」
「人によって違います。私はお経を唱えて霊を呼び戻す方法をしていますが、京采みたいに呼び出さなくても話せる人も居るんです。今まで京采はそういう事は無かったのにもしかしたら黄泉の国と接点を持ったことで新しい力を手に入れたのかもしれません。」
「そんな事ってあるんですか?黄泉の国と接点と言ってもこの間チラッと触れただけですよね。それでも何か変わる事ってあるんですか?」
「私もちゃんと黄泉の国と接点を持ったのは初めてですし、門番と話したのは初めてだったので何とも言えないのですが、木々達の様子を見るに少しは変わっていると思います。」
「柑奈さんは何か変わったのですか?」
「私は今の所何か特別な事は気付いていないです。特別に見えるモノが増えたとか、お経を唱えなくてもお祓いが出来るとかは無いです。」
「まあでもまだ本調子じゃないんですもんね、これから何か変わる可能性もあるって事ですよね。」
「ええ、まあ」
「京采君は変わったという事ですね。」
「様子を見る限りは更に霊感が強くなったんだと思います。・・・・・・」
「何か心配な事でも?」
「私がそうだったのですが、死んだ人間と生きている人間の区別をするのが難しいんです。私も未だに時々死んだ人間に話しかけたりする事もあります。死んだ人間で悪霊だったりすると死へ招き入れようと。仲間にしようとする霊も居るんです。京采がどこまで判断出来るのかそれが不安で。」
「柑奈さんも間違える事あるんですか?」
「まだまだありますよ。この仕事をするようになってからは気を付けるようになったのですが、それでもまだ気付かず死んだ霊と話している事とかありますよ。・・・京采、何か分かったの?」
と玄関先でしゃがみ込む京采に柑奈は話しかけた。京采はすぐに振り向き
「やっぱりお父さんが無理心中をしたって話しているよ。」
と言った。碧葉はそんなと言ったが京采と柑奈は耳を貸さなかった。
柑奈は珠々を持ってお経を唱え始めた。
「姉さん?」
京采は立ち上がり柑奈を見る。柑奈はお経を唱え続けて誰かと話し始めた。
「初めまして、こんばんは。今は痛く無いですか?大丈夫ですか?」
「柑奈さん誰と話しているんですか?」
碧葉が隣で突然お経を唱え始めて誰かと話し始める柑奈に困惑しながら話掛ける。
「敬子さんです。」
「奥さんですか?」
「はい、次女の記憶では朧気もありますでしょうし、見間違いもあると思ったので奥さんに聞いてみようかと。京采の言っている事合っていると思うのですが念の為小さい背の男の事も聞けるかと。」
「それで何て言って居るんですか?」
「すみませんが、背が低い男に見覚えはありますか?・・・・・え?」
「柑奈さん何て?」
「見覚えが無い男だって。」
「それじゃあ、これから見せる画像の中に男が居るか教えて貰えますか?」
「碧葉さんその情報聞いてませんよ。」
「すみません、先程言おうと思っていたんですが先に京采君が当てちゃったので言うタイミング逃してしまって・・・・それでこの画像なんですがここ付近で監視カメラで写っていた数人なんですが。」
ぼやけた写真を拡大して碧葉が柑奈と京采に見せる。
車のテープレコーダー動画を流す。
そこに映っていたのは一人の男とその後を歩く男、またその後を歩く男、そして小走りで歩く男の四人だった。
「こんなに人通りがあったのに殺人事件が起きるだなんて信じられない。」
「姉さん、この中に奥さんが言っていた人居た?俺の方はいたよ。」
「ええ、居たわ。この人よ。」
柑奈と京采は一人の男を指さした。
その男は猫背で頭には赤色の毛糸帽子を被っていて黒のジャケットに手を突っ込んで歩いている。
「この男・・・・」
碧葉の顔に緊張の汗が流れる。
「ええ、この人です。この人がお父さん、健一さんの胸に包丁を刺した。奥さんである敬子さんの事を娘さん二人を刺したのは健一さんですが健一さんを刺したのはこの男だと言っています。京采同じよね?」
「うん、こっちも言っている。愛菜ちゃんそうだよね?」
「その子愛菜ちゃんって言うの?」
「うん、まだ三歳なのにしっかりしているよ。」
「あまり意識を持っていかないでね。気を付けて子供でも霊は霊よ。」
「分かっているよ、姉さん。大丈夫意識はしっかりして・・・・・」
京采はグルンと目を白目になったと思うと意識を失ってその場で倒れた。
「京采!!」
柑奈が支えようとすると同時に碧葉が倒れかけた京采を支えて頭を打たずに済んだ。
京采の顔色は青白く鼻から血を出していた。
「この間の男見つかったんですか?」
碧葉が京采のお見舞いも含めて柑奈と京采宅にやって来た。
あれから三日が経ったが京采の意識は戻らず自宅のベッドで横になっている。
碧葉の協力を得て病院に連れて行ったが何の異常も無くただ寝ているだけだと診断を受けた。
「いえまだ手がかりが見つけられなくて。」
「そうですか、またあの家に行っても良いですか?」
「え?」
「あの男と接点があるお父さん、健一さんと会話が出来たらその男の正体を知ることが出来ると思うんです。」
「そうか!お父さんの霊を呼び戻すんですね!・・・・・でもお力は大丈夫なんですか?まだ本調子じゃないんですよね?」
「ええ、ですが先日行った感じだと悪霊にまではなっていないと思うんです。」
「京采君はあのままで良いんですか?」
「落ち着いている様子ですし大丈夫です。」
「そうですか、それなら一緒に事件現場まで行きましょう。」
「はい。お願いします。」
柑奈と碧葉は一緒に家を出て碧葉の車で事件現場がある千葉県に向かった。
暫く運転すると碧葉が
「今まで京采君は死んだ人間の霊を見た事は無いのですか?」
「ありますよ。ただ死んだ人間と生きた人間を区別出来る程の差が分かる程度でしか見た事はないと思います。」
「その差ってどうやって分かるんですか?」
「死んだ人間の霊は虚無感というか少し気が沈んだような面持ちをしているんです。ただそれ程生きた人間と変わりが無い、生きた人間も疲れ切っていると虚無感になったりするでしょう。それと同じです。」
「そうしたらそんなに差はないじゃないですか!」
「ええ、でも見極める力をつければそれなりに見分ける事が出来ます。まあ私もそんなに見極める事が出来ないんですけれどね。間違える事しょっちゅうで・・・」
苦笑いする柑奈に碧葉が
「そんな苦笑い出来る事なんですか!怖いじゃないですか!!」
「まあ怖い思いすることはしょっちゅうですけれどね。」
「そうですよね!!私だったら怖くて街歩けないですよ。」
「フフフ、怖がる碧葉さん見てみたい気がしますけれど」
「意地が悪いな~柑奈さんは・・・はっ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「今悪寒が!!」
「何で?」
「きっと京采君からの危険信号ですよ、姉さんと仲良くするなっていう」
「またまた~大丈夫ですよ、京采はそんな事言わないですよ。」
「柑奈さんが気付いていないだけで京采君結構独占力強めですからね!!」
「そうでしょうか~」
「もう!!!!本当に分かっていないんだから!!」
「碧葉さん何に怒っているんですか?」
「もうっ!分からないなら良いですよ!」
ぷんすか怒って碧葉は運転に集中した。
暫くすると事件現場である住宅に着いた。
「やっと着いた~」
と碧葉が車を下りながら言う。
ぷんすか怒った後柑奈が何か話しかけても碧葉は運転に集中するだけで、何も答えてくれなかったのだ。
「珍しく運転に集中してらしたものね。」
「すみません、これ以上柑奈さんと密室で仲良くしてたら京采君の生き霊が怒ってきそうな気がして怖くて。事故にならないように集中していました。」
「フフフ、そうだったんですね。」
と柑奈は少し安心したように口に手を当てて笑った。
「少し不安にさせてしまいましたか?」
「ええ、だって何を話しかけても無視するんですもの。」
「すみませんって~」
「もう良いですよ、理由が分かって良かったです。」
ハハハと笑うと碧葉もつられて笑った。
「さあ中に入りますか。」
碧葉は玄関の鍵を開けると中に柑奈を誘導した。
柑奈は玄関に置いてある子供用の黄色い傘を見た。
「あの日は雨が降っていたのかしら。」
「もう覚えていませんがテープレコーダーの動画では傘を差している人は居ませんでした。」
「その頃には止んでいたのかもしれませんね。」
「傘がどうかしたんですか?」
「いえ、いつもの日常をただ送っていただけなのにあんな惨殺な殺害されなくてはいけなくなるだなんてと思っただけです。」
「そうですね、こんな仕事をしていると何でそんな事件に巻き込まれなくてはいけないんだろうと常に思うんです。」
柑奈は師匠の事を思いだした。柑奈が頼まなければ師匠は今でもお祓いが出来ていたのかもしれない。常に人の為に行動してきた人だ、そんな人から力を奪うような事をしてしまった事を今でも悔いている。ぼうっとしていたのか碧葉に
「柑奈さん大丈夫ですか?」
と聞かれてハッとして
「すみません、考え事していました。」
と答え今の事件に集中しなくてはと気を引き締めた。
玄関の中に入ると二人の遺体が重なって見える。
本物の遺体では無く霊なのだが柑奈の目には事件後の様子が手に取るように分かるのである。
柑奈は上着のポケットから珠々を取り出し左手に持った。
裾から見える包帯を目にして一瞬師匠の事を考えたが頭を左右に振って今出来る事を集中しなければと思って集中力を高めた。
無い遺体を踏まないように中に入ると左手に二部屋あり寝室なのかベッドが置かれている。
子供部屋と大人用の部屋に分かれている。
何か変わった様子は無い、只の部屋だ。
廊下の奥に行くと侵入されたと思われているお風呂場があった。
そこも窓が割れている以外何も変わった様子は無い。
柑奈は2階に上がるとムワッと鼻につく匂いがしているのに気が付いた。
「碧葉さん何か匂いませんか?鼻につくような匂いというかツンとした匂いなんですけれど」
後ろに居た碧葉に聞くと碧葉はスンスンと匂いを嗅いだが
「いえ、していませんけれど」
「何だろう、焦げ臭い匂いとはまた違う。」
柑奈は匂いがする方に足を向ける。
進むごとに匂いがキツくなる。
「ここは・・・・」
トイレだ。
「中開けても大丈夫ですかね。」
「ええ大丈夫ですけれど、中はただのトイレですよ。」
「ええ、でもここから匂いがするんです。」
「私は何も匂いしないですけれど・・・・」
「酸っぱい匂いがするんです。こんなの初めて、今までは焦げ臭いとかはあったのですが酸っぱいのは・・・とりあえず開けてみますね。」
そう言うと柑奈はドアを開けようとした。しかし鍵が掛かっているのか開けられない。
「開かない。なんで?」
「ちょっと貸して下さい。」
と碧葉が今度は開けようとするが開かない。
「ちょっと署に連絡してみます。多分中は調べたと思うのですが、鑑識に連絡取れるか確認してみます。」
「分かりました。私は先程から一緒に同行してくれているお母さんに話を聞いてみます。」
「同行していたんですか?!」
「ええ」
「もっと早く言って下さいよ。怖いな~」
「フフフ、すみません。」
そう言うと柑奈はお経を唱え始めた。碧葉はその様子を見届けると少し離れた場所で署に連絡をした。
「貴女は関係者ですよね?」
「・・・・・ええ」
お経を唱え始めて暫くすると女性が話始めた。
「事件を起こしたのは夫の健一さんですよね。」
「ええ」
「その時の事を詳しく教えてくれませんか?」
「ええ」
ふと不思議に思う。この女性は「ええ」しか話さない。
「教えて欲しいんです。」
「ええ」
「貴女ここの関係者じゃありませんね。」
「・・・・・」
「貴女は只の地縛霊ですね」
「・・・・・・」
「はあ~地縛霊と話している暇無いのに・・・」
そう言うと柑奈はお経を唱え始めた。しかし女は消えない。
「何で・・・・」
柑奈はお経が効果が無いのが分かってポケットに入れていた塩を掛けた。
しかし塩を掛けても効果が無いのか痛みさえも感じていないようだ。
どうしたものかと考えていると碧葉が
「どうしたんですか?」
と聞いてくる。
「お経が効かなくて・・・」
「え?どうして・・・」
「力は大分戻ってきていると思うのですが、なんで・・・」
「どうします?鑑識も来るのが遅くなりそうなので後日にしますか?」
「ええすみませんが、後日また来ても良いですか?どうして力が使えないのか分からなくて。」
「地縛霊はそのままで大丈夫なんですか?」
「仕方ないです。悪さをするような霊ではないので。」
「そうですか、それなら戻って・・・・ちょっと待って下さい、下で物音がしませんか?」
「え?」
碧葉は声を潜めたので柑奈も声を潜める。
耳を澄ませると
「そう・・・・・だい・・・・・俺が・・・・」
男の声が聞こえる。
「誰?」
男の方に碧葉が近寄ろうと階段の方に向かって歩いた。
柑奈は碧葉が腰をかがめて声のする方に行くのを見守っていた。
暫くすると
「京采君???」
と碧葉がビックリする声がする。柑奈はその声を聞いて急いで階段を下りた
「京采???」
柑奈の声は大きく碧葉がビックリする程だった。
「どうしてここに・・・」
ここは千葉県で七星宅から車で一時間以上は掛かる。
「京采?」
京采の意識がしっかりしていないのか柑奈の方を見ない。
「京采!!」
京采は口から血を流しその場で倒れた。
碧葉が再び支えたが今度は頭を強く打ったので警察が管理している東京の病院に少し遠いが行った。
「大丈夫?京采・・・」
目を覚ました京采に柑奈が涙を流しながら話しかける。
「姉さん・・・ここは?」
「病院だよ、覚えてない?あの家に来て鼻血出しながら倒れたの。」
「いつ?」
「三日前よ。」
「一緒に行った時のだよね?」
「違うわ、一緒に行ったのは二週間前。それからずっと眠っていたのに三日前にあの家に来たの。覚えていない?」
「・・・・・俺があの家に一人で行ったの?」
「うん、車があったから自家用車で来たんだと思う。免許取り立てだったのによく長時間運転出来たね。」
「覚えていない。俺運転して行ったの?」
「そうよ、ドライブレコーダーもちゃんと残っていたわ。それに碧葉さんが監視カメラでも確認してくれたわ。」
「俺ちゃんと運転出来てた?」
「ええ、ちゃんと出来ていたわ。でも記憶に無いのは怖い事ね。」
「・・・・・うん、意識が無いのは怖いね。よく事故にならなかった。」
「本当よ、これからは気を付けてね。まあ何かに意識持って行かれて来ちゃったんだろうけれど。」
「そうだ!!俺意識失う前に聞いた事があったんだ!・・・いてっ頭痛いっ」
「頭打っているから暫く痛いわよ、気を付けて。それで聞いた事って何?」
「いてて、そうだそう!気を失う前におじさんまた来たの?って言っていたんだよ。あの女の子。」
「その女の子本当にあの被害者の女の子?」
「なんで?」
「あそこ地縛霊出るから、私もお母さんだと思って話してたら只の地縛霊だったの」
「そんな!でも本当にあの子被害者の子だと思うよ。だって事件の事詳しく話してくれたし。」
「何の話を聞いたの?」
「お父さんがお酒を飲んでいたら急に暴れ出していつも通りの暴れ方だから逃げようと思って、部屋に向かって行ったらお母さんの悲鳴が聞こえてその後お姉ちゃんの悲鳴も聞こえて急いで助けに行こうとしたらお父さんとおじさんが目の前に立って居て急にお腹を刺されたって言ってたよ。」
「その話碧葉さんに話せる?」
「え?うん話せるけれど何で?」
「私じゃそこまで掴めなかったの。力が無くなったのか祓う力が無いのよ。」
「どういうこと?姉さんもう力戻ってきても良い頃じゃない?」
「そうなの、でもこの間地縛霊を祓おうと思ってお経を唱えても消えてくれなくてそれに塩をかけても意味が無くて。力が無くなったしか考えられなくて。」
「霊は見えるんだよね?」
「ええ見えるわ。」
「じゃあ完全に無くなった訳じゃ無いんだね。・・・・師匠に話できた?」
「実は昨日退院日だったらしくて無理矢理会って来た。話したらビックリしていたけれど、それは次のステップになっただけだから大丈夫て言われて・・・・・分からなくて」
「次のステップ?」
「それが謎なのよね。次のステップって何だろうって。」
「そうだよね、師匠も意地悪しないで教えてくれたら良いのに。」
「フフフそうね、師匠らしいけれどね。」
すると碧葉が病室に入ってきた。
「京采君目が覚めたんだね、良かった。」
「碧葉さん有り難うございます。」
「京采君にお礼言われるのむず痒いよ。」
「今までもお礼くらい言ってますよ。」
「そうだけれど、何かむず痒い。何でだろう」
と言いながら笑う碧葉に京采は
「もうお礼言いません。」
とツンとして言っていた。柑奈はその様子を見て少し安堵した。
京采が目を覚まさなくなってからもう目覚めなくなるのでは無いかと不安だったのだ。
黄泉の国と接点を持ってから師匠の腕と言い、京采の新しい力も取り返しがつかない事を柑奈は巻き込んでしまったのだと思うと何度詫びても足りないくらいだと思っていた。
その気持ちを師匠に伝えたら自らの意思で協力したのだから気にするなと言われてしまったのだが京采はどうなのだろうか、気になるが怖くて聞けない。
でも今の表情を見る限り柑奈を恨んでいるようには見えない。
それだけでも少し安堵した。
「これからどうするの?」
柑奈が考え事している時に京采が聞いて来た。
「京采は来ない方が良いわ。思った以上に波動が合っているのよ。意識まで持って行かれるなんて普通じゃ無いわ。」
「でも姉さん今祓う力無いんだろう?」
「・・・・そうだけれど。」
「じゃあ俺が少しでも力になれたら違うじゃないか!」
「でも・・・・・」
「大丈夫、今度は意識持って行かれないように家に入る前からお経を唱えて構えるから。」
「少し考えさせて。」
「・・・・・分かった。」
柑奈は病室から出ると病院の中庭にある木の所に向かった。
「困った時には木に頼ると良い。」
そう教えてくれたのは師匠だった。
「木々達が教えてくれる。」
そう教えてくれたのだ。
「師匠・・・・」
両腕を包帯で巻かれて弟子に荷物を持って貰っていた師匠の姿を思い出す。
木の所に着くと柑奈は木に右手で触れた。
「師匠教えて下さい。」
そう呟くと木から声がする。
「大丈夫、大丈夫。」
「私力無くなっちゃったのかもしれないんです。」
「大丈夫、大丈夫。無くなったりしていないよ」
「でも祓えなかったんです。」
「祓い方が変わったんじゃないかな」
「祓い方が変わった?」
「うん、私もそこまで分からないけれど今までお経で祓っていたのが変わったんじゃないかな。」
「変わった・・・・」
「強い力を持つ者は触れるだけで祓うことも出来るそうだよ。」
「触れるだけで?」
「もちろん念じなくてはいけないけれどね。柑奈ちゃんが当てはまるか分からないけれどね。」
「私がそうかもしれないと・・・・でもやらなくてはいけないんですよね。祓う力が無くなったと思うと怖くて、今までこんな力が無ければ怖い思いなんてしなくて良いのにって思っていたのにいざ無くなると怖くて仕方ない。力が強い悪霊が来ても払う事が出来ない、無力だって思うと怖くて。」
「それは特別な力を持って生まれて来た者が必ず通る道だよ。柑奈ちゃんも最初から力を持っていた。それを気付いたのは最初はお母さんだったんだって。知っていた?」
「知らなかった。お母さん何も言ってこなかったもの、私が霊媒師をしている時でも何も気にしている様子は無かったわ。」
「霊媒師の仕事をしている事は知らなかったみたいだけれど、見える事は知っていたみたいだよ。小さい頃何も居ない所で話したり見えない誰かと遊んだりしていたと聞いた事があるよ。霊媒師として京采君と活動し始めた頃に相談しに来たんだよ。お母さんからは内緒にしててって言われてたけれど伝えた方が良いと思って。最近龍王寺って名乗っているのもお母さんの影響だろう?」
「そこまで知っていたんですか。」
「木々達は何でも話してくれるよ。今みたいにね」
「木々達はお喋りだ。」
「そう不貞腐れるな、京采君は黄泉の国に気に入られたみたいだね。とても力が強くなっている。でもあの子は攻撃出来る力は持って居ない、あくまで守りの力だよ。それは忘れないで」
「やっぱり守りの力なんですね。あの子本人は攻撃の力が欲しいみたいですけれど」
「人によって当てはまるのが何かは違うからね。京采君は守り、柑奈ちゃんは攻撃。お祖母様からも言われてたんじゃない?」
「ええ、祖母からも言われてました。私は祓う力が特化されているけれど誰かを守ることは出来ないって。でも京采は祓う力は微力だけれど守る力は特化しているって。私は本当に誰かを守ることは出来ないんでしょうか。」
「守れない事が怖くなったのかい?」
「怖いです。だって前回みたいに師匠を守れなかったのは私の力が無かったからと」
「思い上がるな、柑奈ちゃんのせいでこうなった訳じゃ無いって言っただろう」
「でも・・・」
言葉が詰まる。
「思い上がるなと言っただろう。自分がそれだけ強いと思うな、柑奈ちゃんは何度も言うけれどまだまだ未熟なんだ。」
「未熟・・・でも私・・・・・」
「しつこいぞ、私の事なら大丈夫だ。こんな事になったのも自分の意思だ、柑奈ちゃんが気にすることはない。」
「・・・・・・」
「今は次に向かって頑張れ、柑奈ちゃんの力を必要としている人達の為に頑張れ。私はそろそろ部屋に戻るよ。いいかい、もう一度言うが私の事は気にするな。もう前を向いて歩くんだ。」
「・・・・・はい、師匠。」
柑奈は知らず知らずに涙を流していた。
「前を向いて行かなくちゃ。師匠の為にも私の力を信じてくれている人達の為にも」
「本当に京采来て大丈夫だったの?」
柑奈と碧葉と京采は再び事件現場である家に来ていた。
あれから強く頭を打っていた為、念の為に精密検査をしたが異常は無く退院出来たのだ。
「大丈夫だって姉さん。」
京采の強い願いもあって一緒に来る事になったが、これが本当に良かったのか柑奈は不安だった。
また意識を持って行かれるのでは無いかと思うと気が気じゃない。
「姉さん、碧葉さん念の為に玄関開ける前からお経唱えても良い?」
京采が緊張した面持ちで言う。
碧葉と柑奈は
「勿論。」
と言った。京采はその合図と共に珠々を腕から外し左手に持ち替えてお経を唱え始める。
暫くすると落ち着いて来たのか京采の表情が落ち着いてくる。柑奈は碧葉に合図をして鍵を開けた。
京采のお経に反応したのかムワッとした酸っぱい匂いが広がる。
柑奈もお経を唱え始めた。
玄関には相変わらず父親と子供の霊が倒れている。
ただお経に反応したのか起き上がってきた。碧葉は気付いていないみたいだが、柑奈と京采は目でこのままお経を唱え続けようと合図を送る。
なかなか中に入らない二人に対して何か気付く碧葉は、ただジッと二人を見守るだけだった。
「柑奈さん大丈夫ですか?」
碧葉が声を掛けたのは玄関先で十分ほどお経を唱えていた時だった。
「今目の前までお父さんとお子さん愛菜ちゃんが来ているんです。」
「お父さんとお子さんが?」
「ええ、お経に反応して起き上がったんです。」
「それって大丈夫なんですか?」
「ええ、悪霊になる一歩手前なので今ここで祓いたいのですがその前にどうしてこんな事をしたのか聞きたくて。」
「話せるような状態なんですか?」
「・・・・・お父さん、子供と奥さんに手を掛けたのは本当ですか?」
「・・・・・」
お父さんの霊は目が虚ろで何処か別の所を見ていて反応が無い。
起き上がったのもお経を聞いて無意識に起き上がったのだろう、起き上がった事に意味は無いのかもしれないと思っていると
「私が殺した。」
諦めて居た時にふと父親がそうガラガラ声で言った。
「反応してくれた。・・・・・どうして殺したんですか?」
「借金」
「共働きだったですよね。返せない額では無かったとか。どうして無理心中する必要が」
「無理心中など考えていなかった。私をそそのかし私を殺した人が計画を立てたんだ。」
「無理心中を考えていなかった?なら何故殺したんですか?」
「保険金だよ、妻にはそれなりに金額を掛けていたし。子供達は妻を殺したのを見られたからね巻き添えかな。」
「そんな理由で三歳の子も六歳の子の命を奪ったって言うんですか?」
「仕方無いだろう。」
「そんな身勝手な・・・・貴女は天国には行けません、でもこのままで良いわけじゃ無い。私が地獄の道に連れて行きます。」
「そんな事がお前に出来るのか?」
「出来なくてもやります。」
柑奈は珍しく怒っていた。傍に居る三歳の子供が父親の裾を持っている。
殺されたのにも関わらずまだ父親を想っているのだ。
それなのに父親は死んでもなお反省は勿論の事、子供に手を出した事も当たり前のように語る。
「姉さん大丈夫?」
憤りが伝わったのだろう柑奈の心の中で沸々とした思いが生まれてくる。
「ユルサナイ」
「姉さん!!」
「絶対ユルサナイ」
言葉がたどたどしくなるが構わない。霊に持って行かれているのかもしれないがそんな事に今は構っている暇などない。
柑奈は父親の頭を鷲掴みにすると強く心の中で念じた。
「消えろ」
今まで見る事は出来ても触れる事は出来なかったが、今は違う触れる事が出来た。
後は師匠の教えの通りだ、無意識にお経を唱えながら柑奈は念じていた。父親に消えろと。
「うぎゃあああああああああああ」
父親は石膏化した。碧葉にも見えるのか
「うわ!」
と急に現れた父親の姿に驚愕する。
「消えろ」
再び言うと悲鳴を挙げて父親はボロボロと頭から崩れていく。
三歳の愛菜ちゃんはそんな父親を黙って見ていた。
「突然現れてビックリした。」
そう言う碧葉に
「私も碧葉さんに見えるだなんてビックリしました。ビックリさせちゃってすみません。愛菜ちゃん大丈夫?」
固まっている愛菜に問うと愛菜は小さく頷く
「ビックリしちゃったよね、お父さんは皆を殺したから地獄に送ったの。まあ最終判断は黄泉の国の番人に任せる事になるけれど」
「黄泉の国に送られるの?」
「ええ、そうよ。怖い場所では無いわ、何も無ければ極楽浄土・天国に送られるわ。」
「天国ってどんな所?」
「さあ私も行った事無いから分からないけれど、師匠は温かい場所だって言ってたわ。師匠も行ったこと無いけれどね。」
とテヘと言うように舌を出すと愛菜はクスクスと笑った。
柑奈はホッとした。愛菜が隣に居た父親、例え自分やお母さんや姉を殺した張本人だとは言え地獄に送られる姿を見て柑奈を怖がらないか心配だったのだ。
「愛菜ちゃん準備は良い?」
「お母さんもお姉ちゃんも後から来るよね?」
「ええ、ちゃんと送るわ。約束する。」
「良かった、じゃあお願い。」
柑奈はその合図と共にお経を唱えて愛菜の頭にソッと触れて強く念じる。
お経の意味があるのか分からないが、お経を唱えていた方が自分の気持ちが落ち着いて念じる事に集中出来るのだ。
お経を唱えて暫くすると愛菜はホウッと白い光に包まれた。
「温かい」
そう愛菜は呟くと
「有り難う、お姉ちゃん。それとお兄ちゃんも、一杯迷惑かけてごめんねお兄ちゃん。」
と後ろに構えていた京采に向かって言うと愛菜を包んでいた光が強くなり愛菜は消えた。
「迷惑だなんて掛けて無いのに。」
京采は言いながら涙を目からすうっと流した。
「意識をコントロールした事を詫びたのかもしれないわね。」
柑奈はそう言うと
「さあ、お母さん達も成仏させなくちゃね」
と言って中に入った。すると地縛霊が出てきて柑奈の前を立ち塞がる。
「貴女また出てきたの?どうしたいの?成仏したいの?」
と聞くと地縛霊は
「あの男を捕まえて。」
と言った。
「あの男?」
「背が低い男」
「その人と何か関係があるの?」
「・・・・・・」
「関係が無いの?」
「ある」
「じゃあそれを話して」
「あの人の妻なの」
「それ本当?証明出来る?」
「証明は出来ない、でもあの男は人を殺すのに躊躇いも無い。私もあの人に殺された、遺体は山に埋まっている。刑事さんに伝えて茨城県の山に埋まっているって。」
「碧葉さん茨城県の山に遺体が埋まっているそうです。探して貰いたいんですが出来ますか?」
「茨城県?」
と何の話か分かっていない碧葉が上ずった声で聞き返してくる。
「そうです、今地縛霊が私の前に現れたのですが小さい男。刑事さん達が追っている男の妻だそうでその男が妻を殺害し茨城県の山に埋めたと証言しているんです。」
「それは本当ですか?」
「地縛霊の言う事なので本当かどうかは怪しいですが一応調べて見て下さい。後地図を見せて頂く事出来ますか?」
「地図ですか?マップを開くのでちょっと待ってて下さい。」
と言ってタブレットを操作するとすぐにマップを開いて柑奈に渡して来た。
「有り難うございます。あの地縛霊さんこのマップの何処に貴女は眠っているのですか?」
「・・・・・この辺。」
緑で生い茂っている所を指さす。
「ここら辺だそうです。」
碧葉に伝えると碧葉は電話で署に連絡して、千葉県警に捜査して貰えるように連絡するよう伝えた。
「地縛霊さんは少しこのまま成仏するのを待った方が良いかもしれないですね。」
と柑奈は言う。
「どうして?」
と地縛霊が言うと
「貴女の遺体が見つかり次第お祓いをしますが、遺体が見つかるまでは少しこのまま待った方が良いと思うんです。小さい男を捕まえるのに貴女の遺体が鍵になるかもしれませんからね。」
「・・・・分かったわ。私を成仏させるのはもう少しだけ我慢する。でも早くお祓いしてね、私だって好きで地縛霊になっている訳じゃないの。早く成仏がしたいわ」
「その気持ち凄く分かりますが、もう少しだけ待っていて下さい。千葉県警と協力して探して貰いますから。」
「ええ、分かったわ。」
「それじゃあ、後はお母さんと長女の霊を鎮めに行きますね。良いですか?」
と柑奈は地縛霊に聞くと地縛霊はコクンと頷いた。
柑奈は地縛霊の隣を通って階段を上がった。
階段上では先程のお経につられてか母親と長女が立って居た。
「愛菜ちゃんが待っています。これからお祓いしますが何か言い残した事ありますか?」
「あの男と知り合うまでは夫は普通だったのよ。全部あの男のせいだわ。」
「あの男とは。」
「あの背が低い男よ。」
「やはり関係があるんですね、その男については今刑事さん達が必死に捜査してくれていますので安心して下さい。」
「そうなのね、夫の事は子供の事を考えると恨む気持ちはあるけれど本当はああいう事をする人じゃなかったの。それだけは分かって欲しい。」
「分かりました。・・・・それではお祓いをしていきます。良いですね?」
柑奈がそう言うと母親は静かに目を瞑り頷いた。
柑奈はお経を唱えながら母親の頭に手をかざす。
母親も愛菜と同様光に包まれて成仏した。
最後は長女だ。
柑奈は長女を見ると長女は震えていた。少し足下が黒くなっている。
「悪霊化になり始めているわ。京采塩持って来てる?」
「え?うんあるけれど。どうしたの?」
「塩をこの子に掛けてあげて少しでも悪霊化を押さえ込みながら成仏させてあげたいの。」
「分かった。」
そう言うと京采はポケットに入っていた小さいジップロックの口を開けると塩を一掴みして長女の足下に蒔いた。
「もっと!」
柑奈はお経を唱えながら長女の頭に手をかざし、京采にもっと塩を蒔くように言う。
「ちょっと待ってて」
と言って京采は柑奈の背後をするりと抜けて台所に向かい塩を持って来た。
塩をめい一杯長女に掛けると
「痛い!!足が痛い!」
と泣き叫んだ。
「ちょっとの我慢よ、今足が痛いのは悪霊化が進んでいた証拠。その痛みももう無くなるわ。」
そう言ってお経を唱え続けながら柑奈は悪霊化を防ぐ事と成仏を念じた。
暫くすると長女の足元が綺麗になってきた。
「姉さん!!」
「ええ、悪霊化を防げたわ!これからお母さんと愛菜ちゃんの所に行かせてあげるからね。」
と言うと
「有り難う、お姉ちゃんお兄ちゃん」
と言って光に包まれて成仏した。
「やっと終わった~」
と柑奈がその場に座り込むと碧葉がサッと支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、すみません。力が抜けちゃって。」
「京采君、そんなに睨まないでこれは不可抗力だから。たまたま私が後ろに居ただけだから。お願いだからそんなに睨まないで」
柑奈の位置から京采を見ると京采はこちらをジッと睨み付けていた。そんな顔初めて見たと思って柑奈は吹き出して笑った。
「京采もそんな顔をするのね。今まで見た事無かったから少しラッキーかも」
「姉さん、揶揄わないでよ。それより大丈夫?力貸そうか?」
「平気よ、碧葉さんに支えられているから階段から落ちなくて済んでいるし、もう少ししたら普通に歩けるようになると思うから。」
そう言うと柑奈は深い溜め息を吐いた。
「それで犯人は捕まったんですか?」
柑奈が家にある約束のために来ていた碧葉に聞いた。
あれから二週間が経ちそろそろ春の季節になってきた。
枯れ木だった木に少しずつ葉がついてくる。
「それが、千葉県警が必死にあの地縛霊の女性の遺体を捜しまして身元がやっと分かった所なんです。これから旦那、いえ元旦那に令状が出ると思います。でも捜査からも少しずつですが例の男について情報が入ってきていて今は神奈川県に身を潜めているのが分かっています。」
碧葉は少し溜め息交じりで答える。
「情報は分かっていても証拠が無い限り逮捕が出来ないのはもどかしいものですね。」
「そうなんです。でも今回も柑奈さんが地縛霊となった奥様の話を聞いて下さったお陰で捜査も進展してきていますし、逮捕まで後もう少しの我慢ですね。」
「そうですね、焦っても良いこと無いですもんね。でも、あの子供達の事を考えるとあの男本当に許せないです。」
「あの男とは父親の事ですか?それとも背が低い男の方ですか?」
「両方ですね!!本当に師匠に怒られないのなら呪いをかけてやりたい所ですよ!」
「父親の方は地獄に送ったんじゃなかったでしたっけ?」
「送りましたよ。でも足りないくらいですよ。地獄で苦しめば良いんですよ。」
「そういや柑奈さんの口から天国や地獄という言葉聞くの珍しく感じました。」
「そんなに普段から言っていませんでしたもんね。」
「ええ、天国ってあるのですか?」
「さあ、私は行ったこと無いので分かりませんが師匠は極楽浄土はあるって言っていました。まあ黄泉の国の番人が審査するんですけれどね。」
「やっぱり、長い巻物みたいなので罪を暴かれて地獄行きか天国行きか決められるんですかね。」
「何です?それ」
柑奈はぱちくりとした目で聞く。
「知らないんですか!天国か地獄に行く時に巻物みたいなのがあって、そこにはどれだけ罪を重ねてきたのか書いてあるんですよ。その罪の重さで地獄行きが決まるんですよ。」
「へ~」
「ちょっと、興味無いみたいな顔しないで下さいよ。」
「フフフ、すみません。」
「あ、そろそろじゃないですか?京采君のバイトまで」
「せーので中に入りましょうね。」
「なんかワクワクしてきたな~」
「碧葉さんは後で京采に怒られて下さいね。私を京采のバイト先に連れて来たことを。」
「やっぱり怒られますかね~」
「さあ~」
柑奈と碧葉が居るのは新宿二丁目にあるBARの前である。
新宿のキラキラした町並みの中にシックなBARの扉の前で柑奈と碧葉は弟京采のバイト時刻まで待っていた。
まだ開店しないお店に少し列が出来る程人気なお店らしい。
柑奈はそんな人気なお店に弟京采が働いている事に感心していた。
きっと忙しいだろうから少し働いている姿が見られたら静かに帰ろうと思っていると、中から一人の男性が現れた。
「さあ、皆様お待たせ致しました!お店開店するわよっ!」
「いえーい!現哉さんまた来たよ~」
「現哉さん~!」
後ろで並んでいた人達が歓声を挙げる。
何事かと思って後ろを振り向いていると
「あら、新顔さん?」
と現哉に声を掛けられた。
碧葉が
「私は一度来た事があるのですが、彼女が初めてでして・・・」
「あら、カップルで来てくれたの?まあ、嬉しい!!ささ、早く中に入って頂戴!春先とは言えまだ寒いんだから、身体冷やしちゃうわ!」
と言って強引に店の中に案内された。
「いらっしゃいませ~」
と中に居たバイトさん達が声を掛けてくる。
柑奈は現哉のキャラクターに圧倒されて頭が真っ白になり、バイトさん達に誘導されて一つのテーブル席に案内された。
外も静かな感じだったが、店の中は黒を基調した大人なBARという感じでお洒落な店だという事が伝わってくる。
店の中はあっという間に満員になる。
「今日は凄い人だわ~」
と大きな声で現哉が言う。
「現哉さん、ボトル一本頂戴!」
とあちこちから注文が殺到している。
「ちょっと待ってて、今から順に注文を受け付けるから~」
と言って楽しそうにテーブルを順に回っていく。
バイトさん達は大慌てでビールやおつまみを作っていく。
「ここの卵焼き美味しいんですよ。」
と碧葉がメニュー表を見ながら言って来た。
「他におすすめありますか?」
「何だろ~後は焼き肉どんぶりとかもありますよ。」
「そんなのがBARにあるんですか?」
「ええ、何でも新メニューらしいです。ほら」
と言って柑奈にメニュー表を見せてきた。
柑奈はメニュー表を見ると
「本当だ!それ頼みましょうよ!」
「柑奈さん、食べられるんですか?結構ボリュームありそうですけれど」
「最近食欲が凄くて・・・体重も六キロ太ったんですよ~」
「そうなんですか?見た感じ全然変わらないですけれど」
「本当ですか?結構家でも食べちゃって毎日体重計乗っては落ち込んでいるんです~」
「今普通くらいですよ!それ以上痩せたら骨ですよ!京采君も言っていませんでしたか?」
「京采はもっと太った方が良いって言っていました。京采は私に甘いんで」
「それ自覚しちゃっているパターンなんですね。確かにもう少し太られても良いと思いますよ。」
「そう言われたら焼き肉どんぶり食べなくちゃいけないじゃないですか~」
「ハハハ確かにこの流れだったら食べなくちゃいけないですね。私も食べようかな。焼き肉どんぶり」
「そういや、碧葉さん最近自分の事私って言う様になりましたね。」
「へ、変ですか?」
「いえ、言葉使い綺麗だなって思って。」
「先輩に言われたんです。聞き込みに行くときとかに私って言う様にしたら情報手にしやすいよって言われて。実際警察ですっていうだけでも圧力があるのに俺って言うと余計に圧力をかけちゃっていたみたいで、私と言うようになってからは相手も話やすくなったからか情報が手に入れやすくなったんです。」
「へ~そんなに違うんですね。」
「結構違いますね、毎日聞き込みとかするので日頃から気を付けようと思ってプライベートでも私って言う様にしているんです。咄嗟の時にも言えるようにしとかないといけないって先輩に教わったので。」
「素敵な先輩がいらっしゃるんですね。」
「私はその先輩に憧れていまして、女性警察官なんですが男の私より力が強いんじゃ無いかと思うくらい腕力がありまして。筋トレも毎日欠かさずしていて刑事って事件があると休みが無くて事件を追っては空いた時間で睡眠や食事をするんですが、その人いつ寝ているのかっていうくらい体力があって私もそんな先輩の姿を見て学ぼうと思って真似をしたのですが、全然足元にも及ばなくて・・・」
「そんなに凄い刑事さんがいるんですね。会ってみたいな~」
「今度柑奈さんの所に行く時に西村さんも連れて行きます。」
「西村さんって言うんですか?」
「ええ、西村志穂さんです。私より四つ上なんです。」
「大人の女性って感じですね。」
「ええ、でも性格は男の人より男っていう感じなんで。昔流行りませんでした?漢と書いておとこと読むみたいな。」
「夜路死苦みたいな感じですか?」
「ちょっと違う感じがしますけれど、大体そんな感じです。」
「そんな感じの人なんですね。お会い出来るの楽しみです。」
「ちょっと~何が楽しみなの~」
と現哉が会話に入って来た。
「お二人さん、付き合ってからそんなに経ってないでしょ~まだ初心って感じがするもの~」
と碧葉と柑奈を揶揄うように人差し指をクルクル回しながら見てくる。
「違いますよ!私達はそんな関係では!!」
と碧葉が青白い顔をしながら否定する。
「そ、そんなに慌てて否定しなくても彼女さんに失礼じゃない~」
「いえ、ここは強く否定させて頂きます!勘違いされたらこの後の私の生命が危ういので!!」
「あら、そうなの~?新しいカップルの誕生かと思って張り切って来たのに~残念だわ~それより何を頼む?最初はビールからする?」
「いえ、ハイボールで」
と柑奈が言うと現哉は目を丸くして
「お姉さん、ハイボールから攻めて行くの?大丈夫?お酒強そうには見えないけれど」
「大丈夫です、お酒こう見えて強いんです。」
「そう?それじゃあ貴方は?」
「私はビールでお願いします。・・・後焼き肉どんぶり二つお願いします。」
「はいは~い、焼き肉どんぶりね!これもボリューム結構あるけれど食べられる?お残しはこの店禁止なんだけれど」
「大丈夫です。」
と柑奈が言うと
「ねえ、もしかして七星ちゃんのお姉さんじゃない?」
と現哉が言ってきた。
「ええ、七星京采の姉です。どうして分かったんですか?」
「そりゃ~この店では有名だもの。弟のロッカーにあれだけ写真が貼られていたら分かるわよ~」
「写真?」
「ゲホゲホ、いえこっちの話よ~。でも七星ちゃんのお姉さんにやっと会えるだなんて夢のようだわ~それでこの隣のイケメンさんはどなた~?」
「いつも捜査で頼りにしている刑事の碧葉さんです。」
碧葉は現哉に
「どうも」
と言うと現哉は顔を真っ赤にして
「きゃー!!素敵だわ!ちょっと明るい所で顔を見せなさいよ!彼女持ちかと思ってあまり顔を見ていなかったのだけれど、私の元彼にそっくりじゃない?」
と近くに居たバイトさんを捕まえてはしゃぎ始めた。
バイトさんはいつもの事かと言う様に
「いつもそれ言ってますけれど、どの人も顔全然似てませんからね。いつもイケメンを見つけては元彼に似ているって言ってて。本当にすみません。」
と碧葉に謝る。
碧葉は現哉に圧倒されていてバイトの声が届かないようだったので柑奈が代わりに
「そうなのですね~」
と返事を返した。
暫く現哉は碧葉に夢中になっているとスタッフ専用のドアから一人の青年が現れた。
その姿に客からは悲鳴が挙がる。
スターでも現れたのかと思うくらいの悲鳴に柑奈はビックリした。
「ど、どうしたのかしら。」
と現哉に聞くと
「あら、七星ちゃん!」
と悲鳴の的になっている人物に話しかけた。
「け、京采???」
と柑奈は振り向いてその人物を見ると無表情で立って居る京采の姿があった。
「七星ちゃーん!!こっちこっち!」
京采はこっちに気付くと顔を真っ赤にして小走りで柑奈の元にやって来た。
「ね、姉さんなんで!!」
「京采君ごめんね~約束破っちゃった!」
とてへっと言うように舌を少し出して碧葉が言うと
「碧葉さんが連れてきたんですか?」
と碧葉に圧力をかけるが柑奈がその間を割って
「私が頼んだのよ。京采が働いている姿が見たいって言ったの。碧葉さんを責めないで。」
「そ、そうなの?」
「ええ、そうよ。私が頼んだの。でも京采凄い人気者なのね、私ビックリしちゃったわ。」
「今日は特別だよ。」
と言う京采に現哉が
「いつもの事よ。」
と付け加えたので京采は現哉を睨んだ。
「まあ、怖い怖い。」
と言って現哉は他のテーブルの注文を聞きに何処かに行ってしまった。
「姉さん、ここに来て何か良いことあった?」
「どうして?」
「凄い笑顔だから」
「そりゃ、京采がこんなにも人から好かれているって知って嬉しいからよ。」
「そうなの?」
「ええ、そうよ。もっと早く来れば良かった。京采がこんなにもバイトの人達だけでは無くてお客さんからも好かれているだなんてもっと早く知りたかったわ。」
「でも姉さんそんなにお酒飲まないでね。」
「あら、なんで?」
「だって姉さんお酒入ると霊媒師の仕事について語り始めるんだもん。俺の姉だけでも注目浴びるのに霊媒師の事まで知られたら仕事が増えちゃう。姉さんやっと休めているのに、もう少し休んだ方が良いのに。」
「あら、私の事を心配してくれるの?大丈夫よ、二週間きっちり休んだら元気になったから。」
「そう?それなら良いんだけれど。あ、呼ばれたから俺行くね。くれぐれもお酒を飲み過ぎないように!!」
そう念を押すと京采はバイト先の先輩にあたる人に向かって小走りで行った。
「ちぇ~お酒飲みすぎないようにって言われちゃった~」
と口を尖らせながら柑奈は水を飲むと碧葉が
「京采君に殺されなくて良かった。怖かった~」
と言って水をゴクゴクと飲んだ。
冷や汗をかいているのか額は汗ビッショリである。そんなに京采が怖かったのかと柑奈は思った。
「そういや、柑奈さん最近龍王寺って名乗ってますけれど何でなんですか?京采君が心配していましたよ。なんで七星って名乗らないのかって」
「それは・・・母の影響です。木々達が騒いでいたんです。母に私が七星の姓を名乗っているのが伝わったんです。母は気にしないだろうと思っていたのですが、複雑な顔をしていたようで。七星って父方の姓なんです。私にとっては旧姓なんですが、旧姓を名乗っているのが母は良い感情を持たなかったみたいで、それで龍王寺と名乗るようにしたんです。でも京采にも心配かけちゃっていたんですね。」
「そういう背景があったんですね。京采君には柑奈さんから伝えますか?それとも代わりに私が伝えておきましょうか?」
「いえ、これからは七星の姓で名乗っていくので伝えなくて大丈夫です。龍王寺って名乗るようになってから異母姉弟だって事を全面的に出している感じがして私も違和感あったので。」
「色々と複雑ですね。」
「そうですね、でも私は京采が弟で良かったって思っています。」
「そうですね、お二人は姉弟の絆以上の絆がありますもんね。」
「何ですか~それ~」
「私は真剣に言ったまでですよ」
「何か照れますね。姉弟以上の絆か~本当にあったら良いのに。」
「何か、言いました?現哉さんがさっきから叫ぶんで聞こえなくて。」
「いえ、何も言ってません。さあハイボールとビールが来ましたよ!飲みましょう!!」
「ほどほどにして下さいよ~」
と言って柑奈と碧葉は乾杯をした。