黒い石が角二つと七割を占め、白い石が三割程度の埋まりきっていないオセロ盤。
「──という訳で、貴方はここに」
半ばやれやれという心と、もう半分の薄い嬉しさに包まれて頬杖を着くのは、家主─ミア・ティ=ニットルコトル。彼女(もしくは、彼)は、正面の「一手」に悩む男を見てニヤニヤと微妙に気色悪い顔で嗤っていた。一方、嗤われているのは、赤いジャケットにオレンジのタンクトップ、若干色落ちている茶髪と、強気な容姿をした男─九海ギューヤだった。
「チキショウ、わらうこたあねえだろ?」
九海は、本職であるシンガー・ソングライター活動が上手くいかず、どうにか一色違った仕事がしたいと、ジャーナリストに身を転ずる事を考えていた。家主・ミアとギューヤは中学時代からの友人であり、連絡を取れる人間が少なくなったことに加え、彼がはじめに書き起こそうとした「ある事件」について知っていそうな者はミア一人しかいなかった為、泣く泣く現状に至っている。
「私はボード・ゲームに特別通な人間ではないのですがね」
「煽るのはいい、いらねんだ、とっとと”例の事件”に関することを教えてくれよ!」
「…例の事件ですか」
「当時、事件現場に足を運ばせて貰ったことがあります。まさか、ここまでタブー視されてしまう事態になるとは」
「事件周りの話は後でいい、俺は事件の内容が知りたいんだ!」
「いいでしょう。」
「……」
「ですが、どうやら客人が来たようです」
遠い遠い窓の向こうを、少しばかり眺めて呟いた。
「少し席を開けます、すぐ戻りますから」
九海は絶妙な間に首を傾げつつ、空いた角を取る事にした。
──その後、家主のミア・ティ=ニットルコトルが帰ることは無かった。
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九海はこのあと帰りました