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前垢の上げ直しです。
内容全く一緒です。
鍾離に初恋をかっさらわれたタルタリヤが悶々としながら告白して振られちゃうお話(ハピエン)タルタリヤが女々しいかも
恋が必ず叶うとは限らない。
愛が通じ合うなどそもそも稀なことで、好きな人と結ばれて幸せに暮らしました、なんて物語の中にだけあるものなのだ。
…だから、この結末も当然のことだった。
「…好き、なんだ。先生」
好きになってしまったのだと、結ばれるとは露ほども思っていないが、どうしても伝えておきたかったのだと。タルタリヤは酒の入った席で鍾離へそう告げた。
場所は瑠璃亭。高級店であるこの店を予約して、鍾離を招いて、最後まで言うか言うまいか迷いながら、それでも何とかその言葉を紡いだ。
「…いつから…」
「…そんなの、わかんないよ。気づいたら、好きだった」
そう、本当に気づいたら、だ。
気づけばその姿を目に追うようになって、会って話せたら一日中舞い上がるくらいうれしくて、反面自分以外に向ける笑顔にもやもやして。
恋だと気づいたのはごく最近。それでも、見るだけで満足しようとしていた。
―――鍾離への、名家の娘の嫁入り話が耳に届くまでは。
かわいらしい女性だった。
傷一つない肌に軽やかな声。高い教養。どれもタルタリヤにはないもので、隣り合う二人を見ているだけで苦しかった。お似合いだという市井の声を聞くたびに泣きたくなった。
きっとこれからは、自分ではなく彼女が先生に誘われて食事を共にするのかと思うと、胸をかきむしりたくなるほどの嫉妬に駆られた。
「…公子殿、その気持ちはうれしい。俺もお前のことは好ましく思っている」
だが、と前置きして告げられた言葉は、予想通り。
「本当にすまない。お前をそういう対象としては見られない」
「…うん、わかってたよ。ありがとう」
ちゃんと、振ってくれてありがとう。
タルタリヤの言葉に鍾離は申し訳なさそうに続ける。
「できれば、このまま友人であってほしいと思っている。公子殿はどうだろうか」
「あははっ、ありがたいよ。友人としては、先生に好かれてるってことだもんね」
ほっとしたように安堵の息をつき、ほおを緩める鍾離に胸がずきずきと痛む。
わかっていたことだし、覚悟してのことだったが、やはり失恋は苦しく悲しい。
これからもお友達でいましょう、なんて、そんなのふざけるなと言ってやりたかった。そんなの無理だと、本音を告げてしまいたかった。
…けれど、どうしても言えなかった。
そんなわがままを言って、愛しいこの人を困らせたくなかった。今以上に幻滅されて、友達であることすら放棄されたくなかった。
友人でいいじゃないか、と自らに言い聞かせる。
たとえ友人で会っても、この人と関わっていられるのなら。
それではまるで満たされないだろう心に蓋をして、タルタリヤは鍾離の再開された薀蓄に相槌を打つ。
顔に張り付けた笑顔はとても美しく整っているが、ずきずきとした痛みはさらにひどくなっていった。
鍾離と会食する回数が減った。
本当に、鍾離はあの女性と結婚するらしい。商人たちはその話で持ち切りだ。
みんながそれを祝福し、よかったよかったと笑っている。一度、タルタリヤ自身、鍾離に祝いの言葉を贈ったが、彼は微妙な顔で流すだけだった。
否定、しなかった。
「…苦しい」
ずき、ずき、とした痛みはさらにひどくなっている。
「…ははっ…こんなことなら…恋なんてしたくなかった…」
恋とは良いものだと姉は言っていた。
世界が色づいて、毎日が楽しくて。愛しい人の隣にいられることが心地よくて。
いつかあなたも恋をするのかしら、それはどんな素敵な人かしら、と彼女はコロコロ笑っていた。
ああ、けれど一度だけ。真剣な顔で言っていたことがあった。
『恋に溺れてはだめよ、アヤックス』
…ごめん、姉ちゃん。俺、恋に溺れちゃってるみたい。
苦しいんだ、すごく、苦しくて、痛くて、笑えないんだ。なんで俺じゃないのと、大好きなあの人とをなじってしまいそうになるんだ。あの女性さえいなければ自分を見てくれるんじゃないかなんて、そんな馬鹿なことばかり考えてる。
北国銀行のみんなにまで心配されてしまって、どうしたのかと聞かれた。
けれどとてもじゃないが本当のことは言えず。笑ってごまかして逃げてきた。
「はぁ…」
裏路地で膝を抱えてうずくまっていれば、今一番聞きたくない声が聞こえた。
「公子殿?そんなところでどうした、体調でも悪いのか」
「…そんなんじゃ、ないよ」
おそらく、今の自分はすごくひどい顔をしている。とてもじゃないが好きな人に見せられなくて、膝に顔を埋めたままくぐもった声で答える。
そのまま立ち去ってくれればいいのに、鍾離は近づいてきてタルタリヤのそばに膝をつく。
そして、鍾離の指先がタルタリヤの首筋を伝った。
「ひっ!?」
「…熱は、なさそうだな」
「な、ないから!ねえ、なにしてるの…」
「大切な公子殿に何かあっては困る。だから触診している」
さらりと言われた”大切”という言葉に勘違いしそうになる。
わかっている、これは友人として、という意味だ。
「い、医者みたいなことを言うんだね」
「事実、知識はあるからな。同様のことはできるぞ」
「へえ…あの子にも、同じことするのかな…」
言ってしまってから、その言葉で自ら傷つく。それがあまりにも馬鹿らしいと思うのに、傷つく心を止められない。
鍾離はしばらく黙り込んだ後、静かにつぶやいた。それはあまりに小さな声で、一瞬幻聴かと思うほど。
「…しない。俺がこうしたことをするのは、公子殿に対してだけだ」
「…えっ…?」
どういう意味、と問いかけようとしたが、それより早く鍾離によって膝から上げた顔をのぞき込まれ、顎をとられ、顔を近づけられる。
ちゅっ、という小さな音とともに、唇に触れる熱。
「えっ…ぁ…え…ぇ…?」
「…公子殿」
一体何が起こったのかと、状況がまるで理解できない。
さっき、先生は俺に顔を近づけて…それで、何かが唇に触れて………………まさか、キス…された…?
恐る恐る自らの口元に指先で触れる。どきどきと胸が高まり、顔に熱がたまるのを抑えられない。わずかな期待が、ほのかな喜びが、心の内で巻き起こる。
じわり、と涙が浮かんできた。ああ、人間ってうれしすぎると泣けるんだな、なんてのんきなことを考える。
「…な…なんで、先生…」
「………すまない、間違えた」
顔をしかめてそう告げる鍾離に、一瞬浮足立っていた気持ちは冷水をかけられたように一気に冷え込む。鍾離は本当に苦々しくため息をつくと、すまない、ともう一度謝った。
間違えた、と彼は言った。
何と、誰と?自分は誰へのキスと間違われてキスされたのだ。
初めてだったのに、とっても、うれしかったのに。それは間違いだったと彼は言う。
…なんて、ひどい。
「…すまない、公子殿。話を」
「………………どっかいって」
わなわなと身を震わせ、タルタリヤは震える声で何とかそう告げた。けれど鍾離はなかなか離れて行こうとせず、心配だからとタルタリヤに寄り添おうとする。
それが、あまりにつらい。
「お願いだから、放っておいて!!」
「だがっ…」
「っ…触らないで、近寄らないでっ…!」
大好きな人だ。大好きな手だ。
けれど、今はそれに触れられたくなかった。
その手であの子にも触れたんでしょう、なんて、そんなどうにもならないことを詰ってしまいそうな自分が嫌だ。
「公子殿!!」
「ついてこないで!!」
鍾離の声が背中から聞こえたが、タルタリヤはそのまま街中を駆けて北国銀行に戻ってくる。銀行の手前でちらりと振り返れば、鍾離はいなかった。
「…おってきて、くれなかったな」
ついてこないでといった手前、当然のこと。けれどそれに傷つく自分が、ひどく滑稽だった。
ため息をこらえて中に入れば、銀行内がひどく騒がしい。
「何かあったの?」
「こ、公子様!いえ、それが…先遣隊が調査していた件で魔物が大量発生したらしく、救援をと…」
「…俺が行くよ。どこ?」
ある意味、ちょうどよかった。心がぐちゃぐちゃで、事務作業などできそうになかったから。
体を動かせば、この晴れない気分も多少は晴れるだろう。
「しかし…」
「救援部隊を構成するのにも時間がかかる。俺が先に行くから、あとから来て」
「…承知しました。ご武運を」
ぺこりと頭を下げるエカテリーナに見送られ、銀行を出る。
「…いい天気」
心のうちは雨模様なのに、皮肉な程の快晴にタルタリヤは苦笑した。
救援のため駆け付けたその場所には、確かに魔物が大量にいた。しかも。
「アビス…!」
ケタケタと笑うアビスの魔術師たち。それに追い詰められじりじりと後退する先遣隊たちの前にかばうように立つ。
「公子様!」
「よく頑張った。あとは俺に任せて、君たちは撤退しろ」
「…はっ!」
タルタリヤの言葉に彼らは手早く動き、撤退していく。それを見送り、タルタリヤは双剣を構えた。
「―――準備運動くらいには、なってくれよ」
アビスの連中を何事もなく掃討し終え、こんなものかとあっけなさに拍子抜けした時だった。
「…地震…?」
地面の揺れは気のせいとは思えないほど強くなっている。いったい何が、とあたりを見回し、ふと、見覚えのあるものを見つけた。
「禁忌滅却の札…!?」
全部処理したはずのそれ。よくよく見ればレプリカがアビスどもの懐から覗いていた。近づき確かめれば、おぞましいほどの数をため込んでいる。
「…待て…最近この辺りでアビスを頻繁に見かけるって…。それに、この辺りは魔神が封じられて…まさか!?」
タルタリヤがある可能性に気づくと同時、近くの山が崩れ去る。落石を何とか水の壁で防ぎ、それらの先にあるものを呆然と見上げる。
「---魔神…」
それがいったい何と呼ばれるものかはわからない。鍾離なら知っていたかもしれないが、少なくとも、タルタリヤの知識にはない。
この地域一帯の空を完全に覆い隠すような巨体。それが空に浮かび上がってこちらを見下ろしている。
「ははっ…いいね、悪くない」
感じる。この魔神は璃月へ敵意を向けている。そこに生きるもの、そこに在るもの全てを壊さないと気が済まないと、そのぎらぎら輝く瞳が叫んでいる。
大きな咆哮が響き、その開かれた口元に熱が集まっていく。
タルタリヤはその巨体に向けて地面を蹴り上げると、大きく槍を振りかぶった。
「さあ、俺を楽しませてくれ!!」
あの人の大切な場所を、壊させはしない。