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さっきまでオレのことをスパイかと疑っていたのに、今度はお友達になろうときた。
フットワークが軽いのか、変わり者なのか。
信用は出来ない、出来るワケがない。
だが、『廃棄物』の力を使えばこの病は晴れる。テロリストの約束なんてどこまでがブラフでどこまでが真実なのか分からないが、『黄昏症候群』に対してほぼ手詰まり状態だったオレにとっては縋り付きたくなるような話だ。
「そんなことが出来るのかって不安になってんだろヒーロー。 でも君はもう既に『行方不明』を体験している。 このビルの非常階段を上がってくる時、鈴の音がしたろ? あれが発動の合図さ。 シュレーディンガーには、このフロアそのものを『箱』と捉えてもらってる。 だから、シュレーディンガーが許可した者しか、『廃棄物』の秘密基地が廃ビルの四階に存在している世界線に入門できない。 あの鈴は、許可された証拠ってことさ。 許可されなければ、どれだけ階段を上がり下がりしても空っぽのフロアにしか到達できない。 だから、ヒーローは『行方不明』の影響を受けてそこに立てているんだ。 これで、彼女の才能は本物って信じてくれたか?」
「……まだよく分かんねえけどよ、ビルのフロアを丸ごと移動させてんのか隠してんのか、そんなでけえ影響を周りに与えるような能力を人の身体に使って、問題ねえのかよ?」
「大丈夫大丈夫。 この取引、君に不利益が降りかかるようなことはないと約束するぜ。 だって俺たち、友達だろう?」
意外にも、ジョン・ドゥからは野崎のような黒い意思は感じられない。
混沌を覚悟し、その先の世の中が生きやすくなるよう望み、調整せんと画策する男。
思えば、『少数派』のような他を轢き潰してでも構成員の願いを叶え、ふざけた世の中に報復しようとするテロリストとは、行動理念に大差がある。
『廃棄物』は、ただ権能の存在を拡める。ただそれだけが狙いで、博物館を襲撃したりなんてテロ行為は狙っていない……、ようだ。
ジョン・ドゥは先の学校占拠事件はディオの単独行動で、『廃棄物』は利用されただけ、逆に被害者サイドなんて風な口ぶりをしていたが、見立て通りならこれも責任逃れの虚偽ではなかったみたいだ。
……権能なんて、危険なもんを拡めようとしてる点だけは褒めることは出来ないが、そこまで悪い奴らじゃないのかもしれない。
オレを二度も殺した御山秀次郎……、キャンディーだって、このジョン・ドゥというリーダーに言われて『少数派』との関係を警戒させられていたが故に、先手必勝の敵対姿勢を取っていただけで、日頃からあんな行動を撮っているわけではないようだった。
何よりアイツ、あの性格だしな……。何をしでかすか分からない危うさの上振れだったのだろう。
となれば……、『廃棄物』の力を利用して『黄昏症候群』を治せるというのは、かなり良い話な気がしてきた。
「……ひとつ、確認いいか?」
「どうぞ」
「条件は友達になること、だったよな? その言葉に含みはないだろうな? お友達イコール、『廃棄物』のメンバー入りを意味してたりとか、そういうの」
「おお、どうやら余程酷い修羅場をくぐってきたみたいだな。 疑い深いのなんの。 言ったろ、この取引、君に不利益が降りかかるようなことはないと約束するってさ」
「……分かった。 じゃあオレたちは、友達だ。 友達は友達を裏切ったり陥れたりしない、そうだよな?」
「ああ、勿論だとも。 やったぜシュレちゃん、新しい友達増えたよー」
「ん」
ジョン・ドゥは膝上で横になっていたシュレーディンガーの脇を掴んで座り直させて、
「さ、約束を守ろう。 ヒーローの病気を治す」
「なるべく早く処置してもらいたい。 どれくらいで治せそうなんだ?」
「10分ほどだな」
「10分!? そ、そんな簡単に治せちまうのかよ!?」
「なんだどうやら、かなりの難病に罹っちまってるみたいだな? でもその病気だって、元はと言えばラヴェンダーの権能だろ。 勇者に毒とかデバフかけるのが魔法ひとつで出来るんだったら、解毒もデバフ解除も魔法ひとつで出来なかったら、バランスブレイカーすぎるぜ? だからそこまで驚く必要ねーだろ」
寝ぼけ眼をこすりながら、白肌を晒したシュレーディンガーが立ち上がり、こちらへ向かってくる。
そのまま減速せず至近距離まで突入してきて、急停止すると思っていたために避けられず、胸板で彼女を受け止める次第となってしまった。
「う」
「こ、この子、一体なにを……?」
「ヒーロー、脱げ」
「はっ……?」
シュレーディンガーの白細い手が腰のベルトを外さんと、カチャカチャと試行し始める。
「おい!? 何してんだ、どうしてほぼマッパの女子に服を脱がされにゃならんのだ!?」
「何でって……、病気治すんだろ?」
「病気治すなのに一体全体どうして女子の前で脱ぐ必要があるんだよ!?」
「ほら、手術する時って服脱いで手術着に着替えるだろ。 それだよそれ」
「ぜってー適当なこと言ってんだろテメェ!! おい、ベルトの外し方分かんねーからってチャック下ろそうとすんじゃねえよ!」
「あーあー、大声出すなよ。 猫って大きな音でストレス抱えちまうもんなんだよ。 いいから、シュレーディンガーちゃんに身を任せてみろって」
「任せらんねえよ馬鹿か!!」
シュレーディンガーの手を掴み、なんとか強制脱衣から逃れたが、ジョン・ドゥはそれでは駄目だと言って、
「じゃあ分かった上半身だけでいいから脱げ。 シュレちゃんが『行方不明』を人体に使うのに必要なんだよ。 ヒーロー、このフロアを見てみろ」
床、壁、手が届き辛いであろう天井にまでびっしりと埋め尽くされた、おびただしい黒い数字たち。
「『行方不明』を使うためには、到達したい先の世界線のアドレスを正確に『箱』に書き込み、指定する必要がある。 つまりヒーロー、君の中にある病気を取り除いて、中身に病気の入っていない身体の世界線へ強引に送り込むためには、その皮膚に直接数字を書かなきゃいかんのさ」
「意味分からねえ……、くそ。 上半身だけな!? あと自分で脱ぐからあっち向いててくれよ!」
「どうせ数字書くのに見るんだから意味ねえのに……」
ほぼ裸の女子の前で、自ら服を脱ぐなんて経験はない。溢れんばかりの羞恥心に耐え、白シャツのボタンを外していく。
どうしてか、白猫が指の隙間からこちらをガン見してくるので、後ろを向いて上を脱ぎ、背を向けたまま、
「数字! 書くんだろ、早くやってくれ」
「…………」
「なんだよ、下も脱がねえと出来ねえってか?」
「……汗ばんでて書けね、きもい」
「テメェ!!!!!!」
―――――――――――――――――――――
「……完成」
「下はいいんだよな?」
「うん、いい」
借りたタオルで半身を拭いた後、筆でこしょぐられるようなペン先の感覚に耐えながら、10分間にわたって数字を書き込まれまくった。
ジョン・ドゥはこれを世界線のアドレスとか言っていたが、パッと見、何の法則性もないただの乱数の落書きとしか思えない。
本当にこんなので効果があるのか……?
「シュレちゃん、ほら」
「ん」
白猫は男に渡された白いヘッドセット頭に、引きずるコードを面倒そうに身体に巻き付けて再びオレの前に立った。
すると、白猫の寝ぼけ眼がパチと開き、途端にその黒目が赤く染まった。
その異常に驚いたが、よく思い返せば、ロビンソンもディオもキャンディも、権能を使っている時は目が赤に変色していた。
どうやら、この目の変色は仮面持ちの証らしい。
ヘッドセットの耳あての機構に埋め込まれたLEDリングが、レインボーに光り回転する。
カチューシャのようなヘッドバンドから生えた猫耳も、同様に虹色に光り始める。
「…………『行方不明』」
女の子がそう呟くと、オレの胸の中……、確実に体内から、チリリンという鈴の音が響いた。
骨や皮膚の伝導でも、空気の伝導でもないような、不思議な音伝播。
このビルの非常階段を上がる時に聞いたのと同じそれだった。
「おわり」
「……もう、これで治ったのか?」
「どっかいった」
シュレーディンガーは急に持っていたマーカーペンをその場に落としてウトウトし始めて、
「う……、ねむ」
急に力が抜けて座り込みかけた女の子の白肌を、駆け寄ったジョン・ドゥが受け止めた。
「おっと、危ね。 スヤスヤおやすみ、シュレちゃん」
「大丈夫か、その子」
「大丈夫大丈夫、シュレちゃんは才能使うと爆睡しちまうんだ。 代償だよ、この子の仮面の」
「眠くなるのが、仮面の代償……?」
「代償って言う割には、そこまで害がなくって意外か? 強制的に眠るってのは結構辛いもんだぜ、眠りが連続すれば栄養失調にもなるし、排泄のタイミングも選べなくなる。 時間は過ぎ去るし、睡眠の状態異常ってのはかなり厄介なもんさ」
白猫をソファに寝かせ、床を引き摺っていた長髪とコードを生腹の上にまとめて、「さて、」と仕切り直した。
「もう服着ていいぜ、ヒーロー。 君は体内に病原が無くなった世界線に入門した。 どんな症状なのか知らんが、きっともう治ってるぜ。 ラヴェンダーに治っていることが気づかれないように、しばらくは病気にかかったフリをしているといい」
「……マジかよ、ありがてえ助かるぜ」
「それとラヴェンダーの動向。 確実な情報が掴めたらまた教えてやるよ、ヒーローには近々『廃棄物』に仲間入りしてもらいたいし、何より俺たち、もう友達だからな」
「ああ、それは願ったり叶ったりなんだが……、お前ら仮面持ちってのは、どいつもこいつも友達になりたがるもんなのか? 季節外れなファッションの奴も多いし」
「まあ俺たち皆、社会の負け組みたいな奴らの集まりだからな。 陰キャ、コミュ障、訳あり、そんなのばっかだからあんま気にすんな。 あと俺は仕方なくこの服着てんだ、今が8月のど真ん中なんて理解してるって」
オレは汗ばんで女の子にキモいと罵られたっててのに、ファー付きのミリタリーコートを着込むなんて正気じゃない。
そんな正気じゃない理由……、仕方ないってのは恐らく、シュレーディンガーの眠気と同じ、仮面の代償のことなのだろう。
「……俺の才能はちょっと特殊でさ、寒いのがずーっと続くんだよ。 仮面を使えば使うほど、身体の芯から凍える。 辺りに冷気を放つレベルに。 ま、このデメリットのおかげで暑がり美少女のシュレちゃんに好まれてるから、最悪ってワケじゃねえんだけどな」
季節外れの男は、眠る白猫の頭からヘッドセットを外して胸の膨らみの上に置く。
「あ、ヒーロー君さ、帰る前にLINNE教えてよ。 ご飯とお茶誘ったりしたいしさ。 フルフルでいいか?」
「フルフル……?」
「フルフル。 LINNEの友達登録機能。 二人で近くで端末振ってると自動登録できるやつ」
「な、なんだそれ……」
「おい、自分の使ってる道具の使い方くらい知っとけって……。 じゃあま、QRでいいぜ」
―――――――――――――――――――――
「ただいま」
「おかえりおかえりお兄ちゃんっ! あのですね、今日もお母さんたち居ないから、私が晩御飯作ります! オムライス! オムライスにしようよお兄ちゃん! ケチャップでお兄ちゃんの好きなところ沢山書いてあげちゃいますよ? あ……、でもそれだとケチャップ一本じゃ足りないかも。 ここは妥協してTOP10だけにしようかな? それとも――――、」
帰宅一番に迎えに来た妹の口が止まる。
笑顔だった理紗の表情が停止したまま、すり足で靴脱ぎ終わりのオレに寄ってきて、鼻でスンスンと嗅ぎつけた。
「…………お兄ちゃん、今日は友達と遊んでくるって言ってたよね」
「え、ああ。 そうだけど……」
「シャツから女の子の匂い。 遥夏さんじゃない。 何者かな? 学校の人? 二人で会ったの? 今日一日中? どこ行ったの? 汗かいたみたいだし外歩いたりしたみたいだね? デート? デートなの? デートじゃないよねまさか? さすがにね? デートなんてまさかね? まさかね? まさかね?」
服を脱がされそうになったあの時。
シュレーディンガーにベルトごと下を強引におろそうと抱きつかれたのを思い出す。
「これは……」
「余罪確認します、お兄ちゃん。 服脱いでください」
「いやなんでだよ!?」
「服についた匂いの元を調査します。 これはとても大切なことです。 神無月家に激震です。 到底許すことのできない不当な行いです。 今すぐ余罪を調べあげる必要がありますゆえ」
「おい!? ボタンを外すなおい!」
まずい。
何がマズイって、服を脱げば首下は数字がびっしりだ。理紗におかしくなったと思われるのは避けなければならない!
「まさか! まさかまさか! そこまで嫌がるということはキッ、キスマークとか隠してたりするんですね!? そうなんですね!?!?!?」
「ンッなワケねえだろうが!! いいから離せ、汗臭いの恥ずかしいだけだっつうの!!」
「嘘! 嘘です!! しかも本当に汗臭いんだったら私にとってはご褒美です!!」
妹とのしばらくの押し問答のあとひと足早い一番風呂に閉じこもり、入念に数字の擦り落としを試みた。
ボディソープ、洗顔剤、石鹸を全部使ってぬるま湯で流したが、手の届く肩と腰まではほとんど消えたものの、タオルを糸ノコギリのように使ってでも背中は落としきることができなかったため、しばらくは家族に裸体を見せられない生活が続くことを覚悟した。
その後、プクーとむくれた妹の、ケチャップで「浮気」と描かれたオムライスを食べて、野崎に明日明後日あたりで報告のために会えないか、とメッセージを送って、疲れたのでその日はすぐに床についた。
クーラーの冷風を受けながら、天井を見つめる。
思えば、『いつもの場所』のメンバーには悪い事をした。ラヴェンダーと御山秀次郎を追うために、海に行く予定を飛ばしてしまった。
どうやらLINNEの履歴を見る限り、オレ抜きで遊びに行ってくれて構わなかったのに、海の予定はキャンセルしてしまったようだった。
だが、まだ夏休みの日数は半分以上残っている。友達関係の修復は、ここから挽回できるだけ挽回するしかない。
まずは明日、『いつもの場所』で皆に謝ろう。
暑い中で外を歩き回り、緊張する場にいたからか、疲労感ですぐに眠気に満たされた。
目蓋の裏で、今日一日のことを回想しながら、深みに落ちていくのを感じていった。
『椅子取り遊戯』
「――――っ」
息切れから目が覚めると、既視感のある朝が待っていた。
まさかな、と携帯を探して画面をタップすると、そこには8月1日 7時13分の表示。
「嘘だろ、なんで…………!」
どうしてまたループしちまってる?
『廃棄物』の拠点に行ったあの日は、夏の中盤あたりだったはずだ。8月31日じゃない。それなのにループさせられたって、どういうことだ……!?
つうか、ジョン・ドゥと取引して『黄昏症候群』は治療してもらったはずだった。あいつら、こっちが『仮面の引力』すら感じられない素人だからって大嘘つきやなったな……!
すぐ連絡を取ろうとLINNEを開いたが、夏が巻き戻されちまってる分、当然ジョン・ドゥの連絡先も消えてしまっていた。
奴を問い詰めるには……、あの廃ビルに直接向かわなければならない。
御山弟を捕まえて連れて行ってもらおうにも、また公園で張るところからカフェで事情説明すらやり直しなのは時間効率が悪すぎる。
報告も含めて野崎を呼びたいところだが、オレがあの拠点に入れてもらえたのは「ロビンソンを連れてこないこと」というジョン・ドゥから提示された条件を守ったからだ。
一人なのは不安だが……、兎に角、あの廃ビルに向かおう。
あの取引が正当なものだったかを確認しなければいけない。
――――――――――――――――――――
「キャンディー! ……いるんだろ、ジョン・ドゥ! シュレーディンガー!」
うろ覚えのルートを抜けて、ビルの四階まで上がったはいいものの……、中は蛻の殻だった。
残っているのはフロア中に書かれた無数の数字だけで、人気なんて一切感じられない。
たまたま留守……、にしては生活感がない。恐らく、あいつが言っていたシュレーディンガーの『行方不明』って権能の影響だ。
オレは今回、御山からの紹介でここに来たのではないから、”世界線への入門”だったか、『廃棄物』が拠点にしているフロアへ足を踏み入れることが許可されていないのだろう。
「くそ……、あのペテン師め……!」
そうして諦めて、来た階段を戻り、一階に降りた時だった。
ビルから出ていこうとしたところで、背後からの足音に振り向くと、同じ階段から降りてきたミリタリーコートの男と目が合った。
「ジョン・ドゥ! お前は――――」
「誰だお前は?」
ジョン・ドゥは青い塊をこちらへ向ける。
オレはそれが何か知っている。学校でディオが使った自作銃だ。
「動くな、今から言うことは嘘ハッタリじゃない。 これは――――、」
「自作銃だ、だろ? 言いたいのは。 撃たれたくなきゃ名乗れって、そう言いたいんだ」
「……へえ、じゃあ次に起こることは言い当てられるか?」
直後、背後にドサリ、と何かが落下してくる音がして、オレが振り向くよりも早くそれは後ろから飛びついてきて、腰に腕を回してきた。
「あんまり? チョット? 動かない方がいいカモですヨ? ジュージューされたいなら問題無しですけどネ?」
白い腕。
シュレーディンガーかと思ったが、あの子の仮面は白いヘッドセットだったはずだ。こいつが顔を隠しているのは、溶接工が使うような耐熱鉄マスク。デザインも声音も口調も違う。
腰まで伸びたブロンド髪……、素肌の上から着たオーバーオール、背中に当たる柔らかく大きな感触。
別人だ、別の仮面持ちだ。
恐ろしい凶器は、その指先。
何かを指さすみたいに伸ばされた指先から、青い炎がバーナーのようにヴオオオと音を立てて吐き出されていた。
「ホラー、ジュージュー。 モシモシかすると、火傷しちゃうかもネ? とってもデンジャラス? たくさん危険?」
「モシモシかしなくても火傷じゃ済まねえだろそれ!!」
「……才能の存在を知ってるな? それでいて、俺たちの名前を知っている。 自作銃のことも。 未来を予見するような能力でも持ってるのかと思ったが、背後から捕まるまでは予見できていなかった。 つまり、情報をかすめ取るような能力の仮面か、それともこちらの内情を知っている『少数派』の手先か……」
「違え、オレは――――!」
なんて言えばこの状況を抜けられる?
事情が複雑すぎて簡潔に話せねえ、このままじゃ『少数派』のスパイと思われてどうなるか分かったもんじゃない。
「どうした、何か言えよ」
「……シュレーディンガー」
「何?」
「シュレーディンガーだ。 あんたらと取引して、あの子の力を使わせてもらったんだが、効果が発揮されなかった。 ジョン・ドゥ、あんたはオレを知っているはずだ。 オレは、神無月煌。 ディオの一件で奴を止めたヒーローだ」
ジョン・ドゥは茶化しながらも、オレのことをヒーローヒーローと何度も呼んでいた。
もしオレという人物像にそういう印象があるなら、これでオレだと認めてはくれないだろうか。
「はは、自分をヒーローと言うなんて、まるでディオみたいだな。 だが取引してシュレーディンガーの力を使わせてもらったなんて大ハッタリ、そいつは駄目だ。 あの子はうちの大切な中核。 あんたが本当にあのヒーローだとしても、事情も知らない相手においそれと使う力じゃないんだ。 それにそんなことを俺が許した憶えもないぜ」
「……『行方不明』。 シュレーディンガーの権能の発動条件は、入れ物……、『箱』だったか? そいつに世界線のアドレスってのを書き込む。 大量の数字だ。 そして白いヘッドセットから鈴の音が鳴れば成功、そうだろ? 代償は唐突な眠気だ」
「……その情報、どこで知った?」
「拾ってきた情報じゃねえ、さっき言ったろ。 オレはシュレーディンガーの力を使わせてもらった。 その時に説明された全部だ。 ついでにあんたがその季節外れのコートを着込んでる理由も知ってるぜ、どうしようもないほど寒いんだろ? こんな真夏なのに」
権能の詳細、その代償を他者に知られるのは致命的。
あの時聞いたことは、ジョン・ドゥが取引相手として相手から信頼を得るために開示した情報だ。
それを並べられりゃ、嫌でも話を聞かなきゃならなくなる。
例え記憶がなくとも本当に取引をした相手なのかどうか、それともどこかから能力詳細情報が流出してしまっているのか。
「オレは『少数派』のスパイじゃねえ。 一旦、話を聞いてくれ、ジョン・ドゥ!」
「……聞かずに放り出す方が損害が大きそうだ。 二階へ来い、ここは外から射線が通り過ぎてる。 ジョゼフィーヌちゃん、そいつ離してやって」
「ジュージューしなくて大丈夫? エスケープ禁止にしたいデスなら、足焼いとくヨ?」
「ジュージュー駄目、絶対!」
なんとか話し合いに持ち込めた。
溶接工マスク女の拘束が外れた後も、背後に常に脅威を感じながら、非常階段を上がっていった。
―――――――――――――――――――――
「成程、信じ難い話だが……、あのラヴェンダーの能力なら有り得る話だ。 一応、辻褄も合ってる。 ここまでスラスラ語れるってことは、『少数派』の手先ってワケじゃなさそうだ。 奴らならもっと狡猾に近づいてくるはずだしな」
「そうナノ!? ごめんねヒーロークン、不審者カモ思うたノデ、脅かしちゃいましたヨ……」
「信じてくれるのか……、良かった」
「なにより君は、この場所を知っていた。 ここは『廃棄物』の仲間しか知らない場所だからな」
なんとか事情を理解してもらえたみたいだが、本題はここからだ。
「シュレーディンガーの『行方不明』。 あれが失敗したのか? それとも、お前らがオレを騙したのか……」
「いや、正規の手順を踏めば失敗は有り得ない。 これまで何度も彼女が才能を使うところを見てきたが、成功率は100パーだった。 ヒーローが話していた、身体に数字を書かれて鈴の音を聞いた件。 あれは、『行方不明』の正しい発動手順だ。 君がシュレちゃんに何か嫌われることをしていない限りは、ちゃんと正しい世界線に入門できているはずだが……」
「オレ……、何か嫌われることしたかな……」
「考えられる理由はもう一つある。 その『黄昏症候群』とやら。 それについて聞いていいか?」
「ああ、オレ自身、あんまよく分かってねえことばっかだから、知ってることしか答えらんねえが」
それでいい、とジョン・ドゥは続けて、
「『黄昏症候群』は感染症か?」
「…………は?」
「風邪やインフルみてえに、身近なヤツに感染しちまうような病気なのかって聞いてるんだ。 『行方不明』の効力は絶大だ。 なんせ、身体ひとつ、フロア一層、やろうとすればドームを丸々ひとつだろうと対象にして、入門する世界線を操作できる。 だからヒーローから『黄昏症候群』が取り除かれたのは確かだ。 そこで悩みは終わりのはずだが、もし感染症なら話が変わる。 他に『黄昏症候群』に罹っている奴が存在するなら、そいつのせいで夏がループしている可能性もあるんじゃないか……?」
そんなのは、考えたこともなかった。
オレが罹っていた『黄昏症候群』は消えた。それでも夏がループするというのなら、他に同じ病気に罹っている者がいてもおかしくはない。
他人が起こしたループを越えても、前の夏の記憶が引き継がれているのは、オレも罹患した経験があるからだ。
風邪やインフルに罹れば、抗体が出来るように。
「ラヴェンダーの仮面の能力は、相手の強い願いを転写した病を創り出すこと。 夏をループする『黄昏症候群』は、ヒーローの夏休みが終わって欲しくない、遊び続けたいって願いに呼応して生まれた病、そうだな?」
「……ああ」
「なら……、ヒーロー。 『黄昏症候群』の感染条件はきっと、夏休みを終わらせたくないと強く願っている者だ。 君の周りに、君に匹敵する、またはそれを超えるレベルに、夏休みに対する想いが強い友達なんかはいないのか?」
『黄昏症候群』の感染力は分からない。 だが風邪やインフルと同じようなものとして考えるなら、身近な人間、よく会ったり話す奴が可能性大となる。
家族……、神無月家?
神無月の両親は家にいないことの方が多い。有り得るなら、妹の理紗だが……、あの子は引きこもりで夏休みなんて関係なく、学校を休む日は休んでいる。
夏が終わってほしくないなんて思うきっかけは少ないはずだ。
なら次点は……、『いつもの場所』のメンバーだ。
最近は野崎と接触することがかなり多いが、あいつが夏に想いを馳せているとは思えない。
その点では仁も同様だ。
勝人はディオの一件で怪我をして、折角の夏休みだというのに、夏の頭は病院生活だ。
病室から抜け出してでも夏のイベントに参加しに来るほど夏を楽しんでいたが……、あいつは意外とサッパリした性格だ。五連勝伝説のような、熱くなれる物事には一直線だが、それ以外のことに強く執着することはあまりない。
となると、残るは……
”残念。 妹ちゃんと会うの、
楽しみにしてたんだけどなあ。
そのために煌には、仲良い人だったら
誰でも呼んできていいよって
伝えといたのに!
もう、次は呼んでよね。
来年こそは!”
”全員一緒の部屋で寝るの!
せっかくのお泊まり会なの!
恋バナするのーー!”
”やだやだやだやだやぁーーだ!!
幽霊でエンカウントするのーー!
夜中の学校を徘徊する妖怪と契約するのーっ”
”もーーーみんなむりじゃん!
夏休み最後の日なのにーーーー!”
”…………夏も、もう終わりだね”
今でも、しっかり憶えている。
花火と花火の隙間の沈黙を縫ったその一言。
光に照らされていた遥夏の表情は、数秒の暗みの内に陰り、次に青に染められた時にはもう、一面が寂しさに溢れていた。
”……何言ってんだ、
まだあと十日くらいあるだろ?”
”…………そんなの、すぐだよ”
遥夏はいつだって、誰よりも、『いつもの場所』のメンバーで夏を、青春を最大限楽しもうとしていた。
海も、宿泊会も、ボードゲーム大会も、夏祭りも、出店も、花火も、自由研究も、肝試しも、あの最後の集まれなかった日も。
全部……、全部。
オレ達を繋ぎとめてくれたのは、
青春の中心にいたのは、遥夏だった。
そんな遥夏だからこそ、
彼女の心には強い夏への未練がある。
もっと、もっと思い出を、と。
彼女の一ヶ月間からは、貪欲に青春を求め、『いつもの場所』の全員で楽しもうとする想いが感じ取れた。
どうして……、どうしてもっと早く気づけなかったんだ?
感染の可能性に。
遥夏の想いに。
「思い当たる相手がいるんだな、ヒーロー」
「……ああ」
「なら、その一般人を殺せ。 この世から『黄昏症候群』を根絶し、これ以上の感染を止めたいならな」