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私とあたしにとって、周りの全てが自分たちを傷付ける敵でしかなかった。
私たちの最も古い記憶は穏やかな微睡みの中で少しずつ体が大きくなっていく感覚だ。
これは想像でしかないけど、人間でいうと胎児が母親のお腹の中にいる感じに近いのかもしれない。
その感覚が膨れ上がり、もう少しでこの世界に生まれることができるのだろうと本能的に理解できた。
でも、事はそう上手く運ばないということなのだろう。
生まれる直前に何か大きな衝撃を受け、体がバラバラになってしまったのだ。
散り散りになってしまった自分の体を周囲から掻き集めて、何とか形を取り戻せた。
しかしそれは元通りとは到底言えないような体で、元通りになれなかった私は大きな喪失感に苛まれることになってしまった。
でも、すぐに私は見つけた。そして一目で分かった。私の片割れ、元は“一つ”だった存在を。
私たちは引き寄せられるようにお互いを求め合った。
違う個体としてこの世界に定着してしまったのか、再び“一つ”となることは叶わなかったけど、傍にいると心の内側に燻っていた喪失感が和らいでいくことを感じられて満たされる。
それからの私は喪失感を和らげるために、ずっとその子とくっ付きながら生きていた。
あの場所では他の魔物に襲われることなんて珍しいことではなかった。
本能的な危機感から震える片割れ。そんな彼女の前に立ち、引っ張ることで守ろうとした。
自分の存在が失われていく恐怖、それをもう一度味わうことが怖かったから。
――そう、怖いのは私も同じだった。でも、どっちも震えていたら生きていくことなんてできなかった。
でも所詮はスライム。
その多くが生まれてすぐに死ぬ種族な上、元々1つの個体が2つに別れた私たちは一般的なスライムの半分以下の力しか持っていない。
魔物から隠れるように生き続ける日々、上手くやってきたつもりだったけどとうとう終わりがやってきた。
ある日、隠れ処にしていた場所で縄張りを広げてきた魔物同士が縄張り争いを起こしたのだ。
今なら相手にもならないような相手だったけれど、当時の私たちにまともに抗える力なんてなかった。
あたしは片割れと一緒に逃げた。
あたしの目にはその子の背中しか見えない。怖くて、怖くて……ただただ必死だった。
自分だって震えているのに、そんな自分を押し隠してまで必死に抗おうとする健気な片割れ。でも、もう終わりだ。
この先に待っているのは、どっちが先に死ぬかの違いでしかない。希望なんてなかった。諦観が心を支配していく。
どうせなら一緒に殺してほしいとさえ思っていた。
そうすれば、あたしもあなたも失う苦しみを感じることなく逝けるのだから。
そんなあたしたちを救ったのは光だ。
――意味のある生き方を。
希望という名の甘い蜜。選択肢なんてあってないようなものだった。だから、あたしたちはそれに縋ったんだ。
そしてユウヒちゃんはあたしたちに名前をくれた。とても大切な名前を。
正直なところ、最初は戸惑いしかなかった。
だってあたしもその片割れもどこか自分と相手を同じ存在だと思っていた節があったから。
それなのにあたしたちには別々の名前が与えられた。
そこで初めて自分たちが異なる存在であると気付いたんだ。
でも決して嫌な物などではなく、自然と受け入れてしまう自分たちがいた。
それからあたしはシズクでその子はヒバナになったんだ。
ユウヒと契約を交わし、彼女たちに付いていった私たちは初めて外の世界を見た。
でも、私たちにはそれら全てが恐怖の対象でしかなかった。
人間の子供ですら、私たちを簡単に殺せる。契約を交わしたユウヒだっていつ危害を加えてくるかわかったものじゃない。
そう最初は思っていたのに、一緒に生活していくうちにいつの間にか絆されていて、無意識のうちにその温かさを求めるようになっていた。
だから、裏切られたと思った時は本気で失望した。
優しい言葉も居場所も全てが嘘で塗り固められたものとしか思えなかった。
そんな時にシズが居なければきっと、私は他人を信じることを諦めていただろう。
多分、シズは知っていたんだ。
私と違ってあの子はずっと警戒する心を持とうとしていたみたいだけど、私がユウヒ達と心を通わせることを絶ってしまえば後悔すると知っていたんだろう。
必死なユウヒ。
まるで迷子のように縋り付く目で私たちを見るものだから、疑うのも馬鹿らしくなった。
頼ってほしいなら、もっと胸を張ってほしいくらい。臆病なのはいったいどちらなのか。
我ながら単純なもので、気が付いたらまたその手を取っていた。
ただそれを素直に認めることができなくて、つい強がってしまうのだけれど。
私がこんな感じだからシズには苦労を掛けてしまうのだ。
あたしたちは生きるためにお互いの足りないものを補いながら生きてきた。
あたしが怯えるならひーちゃんが勇気を振り絞って前に立つ。ひーちゃんが気を許すのなら、あたしは警戒し続けていよう。
逆も同じだ。
そうやって2人で生きることを刻み込まれていたあたしはひーちゃん以外に頼りきる術を持たなかった。
心の全てを預けるということに恐怖して殻にこもっていた。
そんな殻を打ち破ってくれたのもユウヒちゃんだった。
みんなのことを信じていないわけではなかった。でも心を預けるのは怖い。
そんなあたしの手をユウヒちゃんは掴んで、その温かい場所へと連れて行ってくれた。
心の奥ではすぐに気を許しちゃっていたけど、突っぱねたまま踏み込めない私。
信じて踏み出すことを選んだくせに疑う目を持ったまま壁を残していたあたし。
矛盾を抱えた私たち。これが今までのあたしたち。
でも変わっていきたいと思う。
この心にはきっとみんなを信頼したいという気持ちと一歩を踏み出そうとする勇気が燻っているはずだから。