テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん

17,797
#シングルマザー
水羽凛
737
鷹槻れん

34,256
#大人の恋
月詠 涼
1,024
「なるほど、色付き、ね。――ホント勉強になるわぁ。じゃあさ、その先についてる乳首は?」
「ちっ、ちくっ!?」
動揺のあまり肩を跳ねさせた日和美が、手にしていた紅茶のカップを大きく揺らして、危うく中身をこぼしそうになる。
それを慌ててテーブルに戻すと、ギュウッとカップに添えた手に力を込めたのが分かった。
(少しばかり揶揄い過ぎたか?)
信武がそう思った矢先。
「……む、胸の先端の敏感な突起……」
日和美が消え入りそうな声でそう告げて。
耳まで真っ赤にした彼女が愛しくて仕方がないと思ってしまった信武だ。
「敏感な突起、ねぇ……」
わざとらしく日和美の言葉を繰り返した信武は、そんな敏感なとんがりなら乳首の他にもあるじゃねぇかと思って。
(いや、けどさすがにそいつは正常な状態で言わせるにゃ、ハードルが高すぎて可哀想か)
と思い直す。
信武が一人そんなことを考えていたら、
「あ、あのっ、信武さん! あらかじめ言っておきますけど……し、下の方のことを聞くのは無しですよっ? さすがにそっちは恥ずかしくて口に出来ないのでっ!」
と先手を打たれてしまった。
「なぁ、日和美。一応確認なんだけど……下の方のことって……パンツん中?」
本当は言われなくても分かっている。
日和美が避けたいのは、陰核とか陰唇とか膣口とか……そんな言葉たちのことを指しているはずだ。
元よりそんなところまで言わせるつもりはなかった信武だが、先んじてそこを封じてきた日和美が憎らしくも思えて。
意図的に含みを持たせるような言い方をしてニヤリとしたら、途端真っ赤な顔をした日和美に「わ、分かってて意地悪してますよね!? 信武さんのエッチ!」と睨みつけられた。
(いやいやいや。そりゃーさすがにこっちはお預け喰らいまくってんだ。少しぐらいエロいこと意識させてぇと思ったって罰なんざ、当たらねぇーだろ)
などと日和美にとっては全くもって理不尽なことを思ったのと同時。
信武は自分に噛みついてくる日和美の、不機嫌に歪められた顔さえ可愛いと思ってしまう自分のことを相当重症だと実感する。
「誉め言葉、どぉーも」
「褒めてませんっ!」
気恥ずかしい胸のうちをククッと喉を鳴らすように笑って誤魔化したと言うのに、日和美が頬をぷぅっと膨らませて一生懸命言い返してくるからたまらない。
信武は気が付くとテーブルに手を突くようにして身を乗り出して……日和美のあごをグイッと持ち上げて顔を近付けていた。
「し、のぶ、さっ……?」
急に距離を削った信武へ怯えたように瞳を見開いた日和美を間近に見て、信武は(ちょっと待て! 俺、こいつに何しようとしてた!?)と固まってしまう。
信武は今、日和美にキスをして、そのまま彼女を床へ押し倒して……そうしてそれからその先を……などと頭の中で想像してしまっていた自分を否定出来ない。
(日和美、まだ生理終わってねぇだろ!)
自分の中の激情が危うく決壊しそうになったことへ、正直戸惑ってしまった信武だ。
(……盛りの付いたガキかよ!)
脳内でピンク色の妄想ばかりがたくましく膨らんでいた、性経験のない子供の頃じゃあるまいに。
変にがっついてしまったことが信じられなくてチッと舌打ちすると、
「バーカ。いくら俺でも今の段階でそこまで言わせる気はねぇわ」
と吐き捨てて。
だってそんなの、情事の時に取っておかねばもったいないではないか。
吐息交じりにそう言い放った信武を見て、日和美が「でも……いつかは言わせる気なんですね……」と眉根を寄せた。
***
五月半ばの気持ち良い晴天の日。
今日は、日和美の勤める『三つ葉書店学園町店』で、十三時から立神信武のサイン会が行われる予定だ。
信武は正午に現地入りすることになっている。
そんな大切な日なのに、信武の心はモヤモヤとした荒れ模様。
だって仕方がないではないか。
せっかく日和美と両想いになって、彼女の生理が終わるのを待つだけと言う状態だったのに。
日和美とバカな会話をしたあの朝以降およそ三週間半、信武は日和美とマトモに会えていないのだから。
というのも――。
***
「ねぇ信武! 私の話、ちゃんと聞いてる?」
長い付き合いになる担当編集者に語気荒く名を呼ばれて、信武は不機嫌さを隠さず盛大な吐息を落とした。
「あー、うっせぇなぁ、聞こえてるわ」
「だったら返事ぐらいしなさいよね」
「返事して欲しけりゃ編集らしく先生って呼びやがれ、バカ女」
無駄だと分かっていても抵抗したくなるのは、あの日の朝、日和美と別れて仕事場――自宅マンション――へ戻ったと同時。目の前の女性に軟禁されたからに他ならない。
まぁ作家にはままある話だ。
締め切りまでに仕事をこなせそうにない時、どこかに缶詰めにされてしまうことは。
今回そう長い期間ではなかったとはいえ、出版社から提示されていた締め切りを守らず記憶喪失で姿を消していたこと。
日和美のそばにいたくて、それじゃなくても時間にゆとりがないのにマンションと日和美のアパートを往復する無駄時間を過ごしていたこと。
それらが仇になって珍しく原稿を落としそうになった信武だ。
デビューして以来、こんなことはなかったのだから一度ぐらい大目に見てくれてもいいのに、どうやら出版社側の判断は信武とは真逆。
〝原稿を落とさない作家〟と言う実績をどうしても守らせたかったらしい。
だが、タイミングが悪すぎて信武としては納得がいかなかったのだから仕方がない。
「先生って言うのはね、私ら編集に迷惑をかけない有難ぁーい存在に対してのみ使われる呼称なの! 分かる?」
「嘘つけ」
信武は締切り破り常習犯の作家仲間が、ご丁寧に○○先生と(時には猫撫で声で)編集者から呼ばれているのを知っている。
なのに自分はこの担当から締め切りを守ろうが守るまいが先生だなんて呼ばれたこと、それこそ公の場以外ではただの一度もないのだ。
そもそもこんな風に作家の自宅へ自由に出入り出来る――要するに合鍵を持っている――不届きな編集者がそんなに居てたまるか!というのが信武の言い分だ。
まぁそれもそのはず。
目の前の女・土屋茉莉奈は、父・立神信真の実姉・土屋沙耶香の一人娘。信武にとっては従姉に当たる、いわゆる身内なのだから。
六つ年上の茉莉奈は、幼い頃から頭脳明晰容姿端麗で、何かと面倒見の良い姉御肌。
実際信武は高校受験や大学受験の折、家庭教師として彼女に勉強を教えてもらったことがある。
茉莉奈は大学を卒業すると同時に信武の父親が社長を務める大手出版社『玄武書院』で編集者として働き始めていたから、信武が大学受験の時にはすでに社会人。
それなのに、時間をやりくりして信武の勉強を見てくれた、いわゆる恩人なのだ。
子供心にそんな茉莉奈のことを〝異性として〟意識していた時期もある信武だけれど、まぁいま思えばあんなの、一過性の流行病みたいなもの。
日和美のことを本気で想うようになったから余計に分かる。
憧れと恋愛は別物だ、と――。
***
Webpediaにも出ているように、信武は高校生のころ『丸川書店』が主催する『マルカワ雷撃文庫』で新人賞を獲って商業作家デビューを果たしたのだが、その当時すでに『玄武書院』で編集者として働いていた茉莉奈が、「信武のバカ! 何でよそに応募するのよ!」とすごく悔しがったのを覚えている。
信武としては信真や茉莉奈のいる『玄武書院』の公募へチャレンジすることだけはなしだと思っていただけなのだけれど……。
広いようで狭い業界。
いくらよその出版社に出しても、デビューが決まるほどの傑作を生み出してしまえば、素性にだって自然と気付かれるもので。
ましてや信武は本名(Shinobu Lichères Tatsugami)のミドルネーム、〝Lichères〟をちょっぴり変化させただけの〝リシュエール〟をペンネームにしてしまっていたから、余計にバレやすかった。
丸川書店の社長とも懇意にしていた父親に受賞と作家デビューのことがダダ漏れてしまった結果、茉莉奈にも伝わったのだ。
当時はまだ実家住まいだったため、どうしても受賞の連絡あれこれは家の方の連絡先を使わないわけにはいかなかったのだから仕方がない。
応募の際に記載したミドルネーム抜きの本名〝立神信武〟という割と目立つ名前も後押しして、丸川の社長もすぐに「おや、この名前は……」と気付いたらしい。
結局デビュー作の『ひとりぼっちの竜王と、嫌われものの毒姫さま』のみリシュエールのペンネームで丸川書店から。
以後は丸っと父親の出版社『玄武書院』へ引き受けられる形になって、ペンネームもその時にリシュエールから立神信武に統一した信武だ。
そうしたのにはちゃんと理由があって――。
父親の威光のせいで勝手に色々捻じ曲げられ、玄武書院へ無理矢理引っ張られたから。社長と同じ〝立神〟の名を冠して作家になることは、信武にとってある種の枷のつもりだったのだ。
あとで下手に他者から社長と血縁だと暴かれ、親のコネデビューなんじゃないかと言われたくなくて、あらかじめ最初から「そうだ」とあからさまにすることで、逆に人一倍努力もしたつもりだ。
書き下ろし作品『金魚鉢割れた』で、文学界では新進作家による純文学の中・短編作品から選ばれる芥木賞と並び称される大きな賞、直川賞――こちらは新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本から選ばれる――を受賞出来たのだって、その結果だと思っている。
直川賞を獲って以来メディアへの露出が増えたのは計算外の出来事だったが、玄武書院へ移った時から自分の担当になっていた茉莉奈の助言通り、嫌々ながらも取り澄ました〝不破譜和像〟を作り上げてオンオフを切り替えるようにしたのは、後で思えば僥倖だった。
作家としての〝立神信武〟と、一個人としての〝立神・リシェール・信武〟は別物だと線引きするのは信武にとってある種の鎧と盾で。
日和美の前での信武はもちろん後者だったから、彼女には自分の気持ちを演じたりせず、ストレートに表現出来ているはずだ。
ややこしくなるのが嫌で、便宜上日和美にもミドルネームはすっ飛ばして自己紹介した信武だけれど、彼女にはいずれそれも込みな自分を見て欲しいと思っている。
アメリカに住んでいた頃の友人は皆、信武のことをリシェールと呼ぶし、日和美にはあちらの友人も紹介したいから、立神・リシェール・信武として生きている自分のことも、ゆくゆくは受け入れて欲しい。
コメント
2件
ホント、しのぶさんってば意地悪すぎる(笑)
ゆめかだよ~!🌸 今回も胸がギュッとなるエピソードありがとう!! もう最初っから「色付き」「乳首」の流れで顔真っ赤にして読んじゃったよ!?😳🔥 日和美が「下の方」って先に封じるところ、めちゃくちゃ可愛い&賢いじゃんね…! それに対抗して「パンツん中?」ってニヤけながら返す信武、絶対わかってて言ってるやつだ~!😈💕 あと編集者の従姉・茉莉奈の存在もデカくて、信武の過去とか「立神・リシェール・信武」としての自分を日和美にちゃんと見せたいっていう本音にキュンと来た…。サイン会どうなるの!? 続きが気になりすぎるよ~!📚💫