現時刻は、午前四時。普段の起床時間よりも四時間ほど早く目を覚ましてしまった。窓の外を覗くとあたりは一面雪が降っていて、静寂に包まれていた。
もう一度眠りにつこうとも、腹がチクチクと痛むので中々寝付けず、そのまま朝を迎えてしまった。
『おいっ!貴様ッッ!何時だと思っている!?遅刻も大概にせいっ!』
電話の向こうで怒鳴り散らかすのは国木田君。私がいつも寝坊をするとのことで毎朝怒りのラブコールを贈ってくれる何ともお節介が好きな上司だ。この上司をあまり待たせすぎると、火を吹くし後輩が心配をするので仕方なく痛みを堪えて出社した。
朝出社する前に痛み止めを飲んできたのでお昼休憩まではいつも道理過ごすことが容易にできたが午後はそうも行かなかった。
次第に痛みがひどくなりおまけに目眩もしてきたとても立って居られないので自席で大人しく書類をまとめていた。すると皆が目を丸くし、黙り込んでしまった。
時間が立つに連れ痛みはどんどん増していき目眩もひどくなり吐き気もして体も火照っている。はぁはぁと息遣いが荒く汗が一滴首筋を伝った。ふっと目の前が暗転し机に突っ伏すその瞬間。誰がが私の肩を掴み支えてくれた。
「大丈夫?」
「乱歩さん…」
「全く、君は。いつからそう無理する癖がついたのか」
皮肉を言いつつ乱歩さんは背中を擦ってくれた。
「敦くん与謝野さん今日非番だけど呼び出してくれるかい?ついでに医務室開けといて」
乱歩さんは敦くんに指示をしてこちらに目線を戻し説教を始めた
「君ねぇ業務に励むのはよろしいことだ。しかし体調を崩してまでやることじゃぁないでしょう。君の昔の職場は大層なブラック企業なのは知っているけどここは探偵社だ。ちゃんと正直に言いなさい。人を救う仕事がしたいならまず自分を労りなさい。でないと元も子もないでしょ。」
返す言葉もない…ド正論を突きつけられた私は心のなかで呟いた。
「乱歩さん!与謝野さん今来れそうにないみたいです。棚の二段目にある痛み止めを使ってくれと」
乱歩さんはわかりきっていたようで溜息をついた。pcとにらめっこしている国木田くんを呼んで私を医務室に運ばせ敦くんに看病を任せたあとせっせと殺人現場にむかっていった。
「済まないねぇ敦くん。」
「いえ、そんなことは。それより乱歩さんどこに行っちゃたんですか?」
「与謝野先生のところだよ。ツッてて」
「痛みますか?」
「一寸」
嘘…本当は喋るのもままならないぐらい痛い。どこが天井で、どこが床かもわからない。
「太宰さんの嘘つき」
「えっ…?」
「そのぐらいの嘘僕でもわかります。ちゃんと正直に言ってください。」
敦くんは私の目を真っ直ぐ見つめて微笑んだ。敦くんにバレてしまうほどの嘘をついていた自分が少し恥ずかしくなった。と同時に敦くんの成長を感じられて少しだけ痛みが和らいだような気がした。
「痛いけど大丈夫だよ。痛み止めでやわらいできた。」
「わかりました。眠かったら休んでてください。僕は、鏡花ちゃんと任務に行ってきますので。なにかあったら国木田さんが残って事務作業してるので呼んでくださいね。」
そういえば今日は祝日だったな。探偵社に来ていたのは、私と、敦くんと、鏡花ちゃんと、乱歩さんと、国木田くんか。
敦くんはぱちっと電気を消して医務室を後にした。 あたりが暗くなったのか、薬の副作用かだんだんと眠くなったので私はその生理現象に逆らわずそのまま、意識を手放した。
ふわっと香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。卵と、ちょっと焦げたお米の香り。電気がついて眩しくなったので目を開くと、国木田くんが口をとがらせて片手に茶碗を持っていた。国木田くんが桃色のフリフリのエプロンを付けていたので私は堪らず大声を上げて笑った。すると腹に今までとは比にならないほどの激痛が走ったので猫のように丸く縮こまった。国木田くんは呆れたのか、はぁとため息をついて手に持っていた茶碗を置き私的には残念だがフリフリエプロンを脱いで私の背中を擦った。
「莫迦なのか?貴様は。」
「ははっ国木田くんが笑わせるからだよ。いててっ」
「そうかもな。飯食えそうか?貴様のことだからどうせ朝からろくに食ってないんだろ?」
国木田くんは無愛想な返事をした後茶碗と匙(さじスプーンのこと)を私に差し出しぷいっと向こうを向いてしまった。私を心配しているのかどうでもいいのか。よくわからない(わかってる)
国木田くんが作ってくれた卵粥は、丁度いい温度に冷まされていて薄い塩味だった。生姜も少し入っていたのか食べ終わった頃には体の芯まで温まっていた。
痛み止めを飲んでもう一度夢の中ヘ行こうとしたがなぜか寝付けない。痛み止めを飲んだといえどズキズキと腹は痛むし一向に眠くならない。医務室の硬めのベットでしばらくゴロゴロとしていると片付けの終わった国木田くんがぬっと入ってきて私の腹を優しくポンポンと子供をあやすように撫でた。。
「痛むか?」
小声で聞いた国木田くんに私は、頷いて返事をした。
「今度から無理はするなよ。」
母親のような心配の仕方をする国木田くんがその時は可笑しくて仕方なかった。
ポンポンポンっとリズムよくあやされた私は次第に力が抜けていってまぶたを閉じた。
『いい人たちに恵まれたな。太宰』
でしょ?織田作。羨ましいかい?いつかそちら側に行けたら紹介してあげる。
『気長に待つから、すぐには来るなよ。』
さぁ。どうかね。
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あんら可愛い