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綺麗なのは

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綺麗なのは

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2023年05月17日

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「はー……」

暗い部屋の真ん中で、夜春は大きなため息をついた。ここ数日、カーテンも窓も開けていない。エアコンの風に吹かれて、机の上に放っておいたゴミが落ちた。

(しんど………体…痛い……。でも動きたくない……)

いつから床に寝転がっているのかも覚えていない。とにかく夜春はなにもする気が起きなかった。カーテンを開けることも、大学の課題も、誰かにメッセージを送ることも、したくなかった。

(………あー……俺…死ぬのかな…………)

暗い部屋にずっと居ると、思考も暗くなるらしい。元々夜春は楽観的な方ではないが、更に後ろ向きな思考になっていた。

(…いいや……このまま死んでも…………誰も困んねーし)

ぐう、と腹が鳴る。最後にマトモな食事をしたのはいつだったか。夜春は床に寝転がったまま、そっと目を閉じた。

その時、だった。

ヴ、と短い音を立てて、スマホが鳴った。

「……誰…」

手を伸ばしてスマホを取る。スマホの光の眩しさに、夜春は目を細めた。表示される名前は『渋谷』。メッセージらしい。

「渋谷……?」

その二文字に、僅かに目を見開く。 渋谷は夜春の恋人だ。夜春が大学を休んでいるせいで、最近は全く会っていない。通知を知らせているアプリを、トンとタップする。急に何かと思ったが、至って簡素なメッセージだった。

『夜春、今何してる?』

「ふ、それだけ?」

軽く笑ってメッセージを返す。

『家で寝てる』

直ぐに既読が付いた。

『そっち行っていい?』

『OK』と適当に猫スタンプを返した。するとガチャリと音がして、トビラが開いた。

「え…?」

「うっわ、お前……いつからそのままなんだ?」

夜春は体を起こした。ゴミを拾いながら男が入ってくる。

「え、あぇ?渋谷……?なんで…?」

「はぁ?夜春が入って良いって言うから来たんだが?」

呆れた顔で、渋谷は言う。夜春は何度も瞬きをする。

「え、家の前でメッセージ送ってたの?」

「悪いか?確認取ってから入ろうと思ったんだ」

恋人なんだからいいじゃん、という言葉は飲み込むことにした。言ったところで「親しき仲にも礼儀ありだろ」と言われるだけ。 渋谷は話しながら慣れた手つきでゴミをまとめた。

「渋谷って変なとこ真面目だよね」

「褒めてんのか?」

「もちろん」

「そーか」

まとめたゴミ袋を玄関に放る渋谷。別のゴミ袋を引っ張り出して、机の上のゴミに手を付ける。

「夜春、飯は?」

「食べた」

「いつ」

「………」

肩をすくめてみせる。渋谷の目が鋭くなるのを見て、夜春はため息を付く。

「……怒る?」

「当たり前だ」

直後、渋谷のデコピンが夜春を襲う。

「ぁだっ!ねぇ何で渋谷のデコピンってこんな痛いの!?」

「やられたくなかったら飯を食え。なんでお前は食わねぇんだ」

パンパンのゴミ袋を玄関に放りながら渋谷が言う。

「なんでって………食べる気力が無いから……?」

「こんな暗い部屋にいるからだろ」

「えー……落ち着くのに……」

渋谷がカーテンを開ける。

「わ、眩し……渋谷、カーテンしめて」

「しめるわけねぇだろ。夜春もこっち来い。日光を浴びろ」

当然のように、夜春は動かない。渋谷の舌打ちが聞こえる。

「しょうがないな。強行手段だ。」

渋谷がずんずんと夜春に近づく。

「何さ―――ちょちょ、待って!タイムタイム!」

筋肉質な渋谷に細い夜春が勝てるわけがない。夜春は渋谷に抱えられた。

「ねぇ俺こんな状況で恋人っぽい事したくなかった!」

「文句言うな!お前が悪い!」

お姫様抱っこで運ばれる。窓を開ける渋谷。夏特有の暖かい風が吹き抜け、夜春は目を瞑る。

「夜春。目、開けろ」

「う……」

観念して目を開けた。


青空が広がっていた。雲一つない、澄みきった青い空だ。

「……………綺麗……」

「だろ?」

渋谷が笑う

「この景色を夜春にも見て欲しかったんだ」

「…………」

夜春は、ちらっと渋谷の横顔を見た。嬉しそうに頬を染めた横顔。細められた目は輝いている。

(あぁ……そういう所…好きだなぁ………)

「…………俺、案外単純だよね」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもなーい」

誤魔化すように笑い、渋谷の肩に手を回す

(やっぱり死ねないな……渋谷がいるから………)

「綺麗だよなー」

夜春が何も言わないからか、渋谷がそう言った。空を眺めていると思ったのだろう。

(俺が見てんのは、空だけじゃないよ)

「……ねぇ…渋谷。こういうのはさ、恋人と見るから、綺麗なんだよ」

そう言って、夜春は渋谷の頬にキスを落とした。






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