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─あの夏の日、生暖かい風の中、どこかに君の面影を感じた。
数年前に突然転校し、俺の前から姿を消した。ずっと想いを寄せていて、恋人同士にもなれた。それなのに。ずっと遠い東京の学校に転校するって。何も言われていなかった。その日は、夜な夜な泣き叫んだ。母さんも俺を労わってくれて、数ヶ月ほど学校は休んだ。
「………ここが、東京!」
地元にはないような高層ビル、タワマンの数々。新生活に胸を弾ませていた。テレビでよく見る、スクランブル交差点の横断歩道を渡っている時だった。横を通った男の人に、少しだけど、君の面影を感じたんだ。思わず振り返って、手を掴んだ。
「……須貝さん?」
「……ぇ。…伊沢?」
覚えててくれた。思わず涙が溢れ、道の真ん中で大泣きしてしまった。泣く俺を慰めながら、須貝さんは自分の家に俺を呼んでくれた。相変わらず綺麗に整えられていて、須貝さんらしい。
「すまん、ちょっと汚いけど。」
「え、全然綺麗ですよ。」
気まずい沈黙が続く。何を話そうか、と頭を巡らせていた時、須貝さんが口を開いた。
「伊沢ってさ…まだ俺の事好きなん?」
「え……」
そんなの、当たり前だ。好きに決まってるだろ。今まで、告白も全部断って、須貝さんのことを忘れられなかったんだ。
「もちろん…好き、ですよ」
そう返答した時、ガチャとドアが開いた。入ってきたのは、センター分けで、髪が首くらいまであり、メガネをかけた男の人。いかにも大人って感じの人だった。
「須貝さん、この人誰ですか?」
「河村。こいつは伊沢。俺の同級生。」
どうやらこの男は河村と言うらしい。すぐに分かった。この2人、多分付き合っている。心なしかさっきよりも須貝さんの顔は明るかった。俺はこの状況に耐えられなくなって、家を出ていった。
「ぇ、ちょ伊沢っ……!!」
俺を呼ぶ須貝さんの声が聞こえたけど、無視した。ただ走った。現実から逃げるように。
近くの公園で、ぼーっとしていた。遠くから、さっきの河村というやつが近付いてくるのが見える。クソ、慰めに来たのかよ。
「はぁ〜〜……」
着くと河村は俺の隣に座り込んで、口を開いた。
「俺、須貝さんのこと好きなんです。」
わかってるよ。そんなこと。いかにも楽しそうだったもんな。
「でも、須貝さんは、貴方のことが好きみたい」
「……え?」
まさかの言葉に目が飛び出る。須貝が?まだ俺を?そんなわけが無い。だって、河村さんと須貝さんは、付き合って……?
「俺と須貝さんは、ただのルームメイトで恋人同士じゃないですよ。俺がただ一方的に、須貝さんを好きなだけ。」
「……!」
「俺、1度告白したんですけどね。河村の気持ちは嬉しいけど、俺には好きな人がおるんよ。って、頭を撫でられたんです。本当に、あの人はどこまでも優しい人だ。」
悲しそうに微笑みながら、河村さんは俺の方へ向き、真剣な顔をした。
「……須貝さんを、幸せにしてください」
ぽん、と背中を押され、俺はそのまま須貝さんの家へ走った。最後に見えた河村さんの顔には、ほろりと頬を伝う1粒の涙が見えた。
ガチャ。急いでドアを開け、須貝さんに駆け寄る。
「須貝さん……!!ごめんなさい、俺、勝手に勘違いして…!!」
一瞬びくりと肩を跳ねさせた須貝さんが、俺の頭を撫でて、次にキスをする。
「……っ!」
「…俺も、好き。伊沢のこと好き。だから…俺と、付き合って。」
「…………もちろん、です」
ああ俺、もう絶対にこの人を離したくない─。