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現代が叫ぶ多様性はどこまで利用できるのか、試すつもりだった。いや、利用でもしなきゃもともと可能性は微塵もなかった。
一瞬の静寂すら許さないかのようにセミが鳴き、靴下が足を気持ち悪くする程かかった水も、シャツににじむ汗も乾いてきて、頭は使い物にならないほど鈍っていた。うつむいた君の顔は見えない。縋るような声で君が言う。
「ごめん。今日は一人で帰りたいな、、なんて。」
少したまった言葉がこちらの機嫌をうかがってる。バカな頭じゃ意味が分からなくって2秒ぐらい間があった。先に口を開いたのはあかりちゃんだった。
「そ、それじゃ、またね。」
置き弁もしない真面目な性格がわかりやすく出ている重そうなスクバを、そそくさと持った君が教室から出ていく。揺れる肩まで付かない黒髪を目で追っていたが、焦っていたから、あかりちゃんはドアの隙間に少しよろけながらも走っていった。かわいい。ずっと大好きだった人に振られてなお、かわいいなんてのんきに思える自分は異常だ。
異常なのだ。
悲しみも怒りも感じることができず、放心状態で教室に一人ぽつんと残った。プールの掃除で、バカみたいにはしゃいだ時間がなかったかのように空虚が押し寄せる。日は傾き始めていた。今日最後のチャイムがそろそろなる時間だ。重い体を持ち上げ、何も考えないようにして家へ帰った。
翌日、あかりちゃんはホームルームにも出ていなかった。皆勤賞、目指してたのに。元凶の私が絶対に言えることではなかった。一時限、二時限と授業が進む。私はずっと上の空だった。近代史、あかりちゃんにノート見せてもらわなきゃ、、いないのか。その瞬間、当たり前の毎日が送れなくなってしまう恐怖を、信じたくない己の状況を、理解してしまった。私が一人、底知れない恐怖に絶望していても、時間は進む。たすけて。嫌だ。いやだ。
「今時さ、多様性の時代なのにさぁ、、、___」
「受け入れられないとか、マジヤバイ、、。山田さんほんとかわいそお、、、___」
教室の隅からそんなひそひそ声が聞こえる。否、こちらに聞こえるよう、わざと声を張り上げている。外面だけは同情していても、感情なんて乗っていない。
、、、そもそもなぜ昨日の出来事がクラス全体に回っているのだろうか。可能性としてはあかりちゃんが情報を拡散した。ぐらいだが、あの子はそんなことしない。というしょうもない信頼があったので、それはない。
じゃあ、誰?昨日学校に残っていたのは、、そうだ。副生徒会長の野木山さんだ。生徒会があると言っていたのに、会長のあかりちゃんがプール掃除に来たから、間違えたのかな?ってあかりちゃんは控えめに笑っていたのだ。それなら、犯人は彼女しかいない。いつものテンションなら彼女を問い詰めることぐらいはしていたかもしれないが、あいにく、こっちはそんな心のゆとりはない。理由だって、どうせくだらない嫉妬があったのだ。先生に気に入られて、いつもクラスの中心にいて、勉強もできるようなあかりちゃんが会長の座を占領し続けていたからとか、いや、あかりちゃんがふさわしかったんだから、しょうがないだろうとは思うが。同情するところもちょっぴりあったから、悔しかった。あかりちゃんと一番長くいて、遊んだ回数も一番で、周りから日頃からペアとして扱われるほどの仲はあった。それなのに、あの子の眼中に私はいない。多様性とか、そんなんじゃないんだ。ずっと一緒にいたんだもん。わかるよ。色眼鏡を外しても、私のことは好きじゃないんだ。あの子にもあの子の想い人がいたんだって。
なのに、私はやっぱり最低だ。泣くふりをして、周りの同情を誘っている。一度ついてしまった火が、消えないように、忘れられないように、油を注ぐ。多様性を捻じ曲げて、利用するのだ。こんなの許されない。多様性じゃない。違うとわかっていても、一途の希望に望みをかけてしまう、とんだバカだ。ほら、心配の声が聞こえてくるでしょ。
火は形を変え、炎となる。そこまで来てしまえば、いくら火を拡大させた張本人であっても、止めることができない。分かっていたはずなのに、逃げていた。こんなにも自業自得が当てはまる奴なんていないだろ。またそうやって自嘲する。自分が壊れてしまわないように、軽く流そうとして、逃げようとして。
ねえ、神様。いまの私はどうなってもいいから、あの時にまた戻りたいの。おねがい。