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王都レグノア第八区、廃ビル街の奥。 薄暗い路地裏に、少女の嗚咽が響いていた。
名はセラ・グレイ。14歳。
父親からの暴力を日常として受け続け、助けを求める声すら 感情過多 とされ通報されるこの国で、
泣くことさえ ノイズ とされてきた少女。
そのとき、壁に設置されたスクリーンに、ゆっくりと映像が現れた。
それは、漆黒の仮面をつけた男《ノア》。
「……君、名前は?」
セラは顔を上げた。画面の中の男は、まっすぐに彼女を見ていた。
まるで、画面の向こうから手を伸ばすかのように。
「……セラ。セラ・グレイ」
「セラ。君は、願ってもいい」
「この国がなんと言おうと、君の痛みは本物だ。君の願いは、誰にも奪えない」
「でも、どうせ……」
「私の願いなんて、届かない。信じても、無駄だった」
ノアは一瞬だけ仮面の奥で目を閉じた。
そして、低く、真剣な声で言った。
「だったら、俺に預けろ」
「……え?」
「君の願いを、俺が契る。
君のために、代わりにこの世界に叫ぶ。
代償は、君の 声 そのものだ。
けれど……君の願いが叶ったとき、君の声は、世界中に届くことになる」
セラの目に、何かが揺れた。
「……本当に?」
「契約だ。ノアの名において、誓う」
少女の指先が、空中に投影された契約ウィンドウに触れた。
その瞬間、眩い光が二人を包む。
画面の中のノアが、静かに呟いた。
「契約、成立」
契約者 No.1、セラ・グレイ。
彼女の声は、ノアの映像と共に全世界に流された。
その声は、澄んでいて、震えていて、それでも確かに「生きていた」。
一方、王宮の北翼塔《白冠騎士団 本部》。
ミレイユは、団長レオナールの元を訪れていた。
レオナールは書類の束を前に無言で座っている。
「団長、質問があります」
「……」
「ノアの演説…あれを聞いて、揺れた人間は多い。
ですが本当に 沈黙 だけが、この国の答えなんですか?」
レオナールはその言葉に、一度だけ目を細めた。
そして、机の上の懐中時計を閉じながら、口を開いた。
「我々は、秩序を守る者だ。
正義とは常に、不完全なものを選ぶ行為だ」
「……それは、民を 切り捨てる ことも含みますか?」
「沈黙は、死ではない。死を防ぐ最善の手段だ。
ノアは、感情で人を動かそうとしている。情は、必ず誤る」
ミレイユは言葉を返せなかった。
だが彼女の眼差しは、冷えた硝子のように揺れていた。
――同時刻、《箱舟》。
ノア――クロウ・ラディウスは、契約後の余波に肩を震わせていた。
彼の“能力”には、負荷がかかる。
一度の契約は、意識を一瞬奪うほどの精神的代償を強いる。
だが、彼は目を閉じながら、ある記憶を思い出していた。
あれは数年前。
国家に反抗し、逃げる途中で偶然たどり着いた“地下の図書館”。
そこには一冊の黒革の本があった。
『契約の魔法――魂と言葉を交わす術式』
それは、王国が禁書として封印していた古代文書だった。
「願いを力に変える」
「ただし代償として、相手の本質を“繋ぎ止める”」
「一度に一人との契約。再使用には時間が必要」
「契約を破れば、魂が罰を受ける」
クロウはその禁書を読破し、
そして、自らの手で――最初の“契約の儀式”を行った。
代償は、自分の時間。
契約を結ぶたびに、クロウの寿命は少しずつ削られていく。
だが彼は、迷わなかった。
「……母さん、俺はまだ、君の願いに答えられていない。
だから、せめて誰かの願いを救うために……この力を使う」
――箱舟の灯が、ひとつ点いた。
そしてそれは、白冠騎士団の影を引き寄せることになる。