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「皆様、到着いたしました」
「うむ。ご苦労」
そう言って運転手さんが車を停めたのは、これまた大きな門の前。
この門、ウチよりでかくね……? 俺が『神在月かみありづき』家の財力に押されていると。父親がシートベルトを外してくれた。なので、一緒に車を降りる。
「イツキ、初めての車はどうだった?」
「楽しかった!」
「そうか。お前が5歳を迎えれば、また乗れる日も来るだろう」
いや、何なんだよその『七五三』のたびに何かがランクアップしていく方式。
「なんで5歳までダメなの?」
「うむ。『廻術カイジュツ』……イツキにも分かるように言うとだな、これは魔力を操る技術なのだ。これが使えないと、外には出られない。危険なのだ」
「パパが使ってた魔法とは違うの?」
「その手前の技術だな。『廻術カイジュツ』は体内の魔力を操る技だ。その後、魔力を外に飛ばす『絲術シジュツ』という技を学び、晴れて魔法が使えるようになる」
「むむ……」
きゅ、急に難しくなってきたぞ。魔法が。
もうちょっと簡単に使えるようにならないのか。『ファイア!』って言ったら火が出てくるくらい簡単だと思ってたのに……。
と、俺が顔を曇らせていると父親が大きく笑った。
「わはは、そう急くな。これからイツキは『廻術カイジュツ』の練習をする。5歳までに使えるようになれば良いんだ。すぐ出来るようになる必要はない」
「4歳で『廻術かいじゅちゅ』が使えたら、外でれるー?」
廻術カイジュツ、と言いたかったのに俺のろれつはまだ完璧ではないらしい。だが、父親にはちゃんと伝わったみたいで、父は「おっ」と言いたげに片眉をあげた。
「そうだな。使えるようになれば……だがな。聞いたか、楓かえで。イツキはもう『廻術カイジュツ』を学ぶ気だぞ!!」
「えぇ、聞いていましたよ。あなたがイツキに熱をあげるのも分かりますけど。あまり詰め込みすぎてもダメですよ」
「う、うむ。分かっている……。しかし、イツキは生まれて一月でおぼろげながらに『廻術カイジュツ』を使っていたりしていたしな……」
「もう。そんなのたまたまじゃないですか」
我がお母様は父と違って細身の日本美人という出で立ちの方なのだが、そんな女性ひとに父親が丸め込まれているのを見ると人って本当に見た目によらないんだな、と思う。
てか、さらっと流れちゃったけど『廻術カイジュツ』って俺がずっと使ってたやつだよな?
『魔喰い』の恐怖から逃れるために、体内の魔力コントロールは毎日毎時間毎秒やっていたと言っても過言ではない。なんということだ。俺は身体の中の魔力を操る『廻術カイジュツ』を知らず知らずのうちに覚えていたのだ。
逆に俺が意外に思ったのは、魔力を身体の外に出す方法がちゃんと『あれ』以外にあったということだ。知らなかった。ずっと、うんちをすることだけが身体の外に出す方法とばかり。
しかし、冷静に考えてみれば魔力という概念があるなら魔法を使う時に魔力を使うことくらい普通に思いつく。なんで俺はあんなにうんちにこだわってたんだ……。
俺は自分に軽くショックを受けながら『神在月かみありづき』家の門をくぐると、立派な階段が目の前に出迎えてくれた。
……門の先に石階段???
どんな家なんだよ、『神在月』家……。
俺がそれにビビっていると、横から母親が優しく語りかけてきた。
「イツキは石の階段みるの初めてだもんね、びっくりしたでしょ〜。ひとりで登れるかな?」
「ぼく登れるよ!」
母親にそう言われて、俺はうなずいた。
しかし、こんな立派な家の門をくぐるときにうんちのことを考えていたのは多分俺が最初で最後だろう。心の中で謝っておこう。
「イツキ。この『七五三』にはお前以外にも他の家から子供が来ている。仲良くできるか?」
「うん。仲良くする」
俺はうなずいたが……正直、ちょっと気後れする。
何しろ俺は人見知りなのだ。
いや、相手は俺と同じ3歳児か。
緊張する方がおかしいな。
早速、自己解決した俺は父親と母親にそれぞれ手を持ってもらって、ぴょんぴょん跳ねながら石の階段を昇りながら『他の家』という言葉を心の中でリフレインしていた。
どんな子がくるんだろう?
わんぱくキッズかな??
「確かイツキと同じ歳のお子さんがいらっしゃるのは皐月さつき家と霜月しもつき家ですよね?」
「あぁ。だが、両家とも女の子らしい」
「そう、ですか。まだ、男の子には恵まれていらっしゃらないのに……」
「側室を入れるという話も出ているそうだ」
「大変ですね」
俺を挟んで父と母が大人の話をしている。
話からして皐月さつき家も霜月しもつき家も祓魔師ふつましの一族だろう。
如月うち以外にも祓魔の家があるということは聞いたことがあったので、別に驚くことはない。
驚くことではないのだが、2人とも女の子か……。
祓魔師は長男が後を継ぐので、やはり子供に1人は男の子が必要なんだそうだ。
……ってかいま、側室って言わなかった? 側室ってあれだよな? 本妻とは別の奥さんだよな?? ……重婚????
生まれてこの方、彼女どころか母親以外の女の人と手を繋いだことすらない俺からすればあまりにも信じられない概念だ。
「さいごー!」
俺が勢いよく声をあげて最終段を踏み終えると、運転手とは別の黒いスーツの男性が立っていた。
「お待ちしておりました。如月きさらぎ家の皆様。既に皐月家、霜月家の方々がお待ちです」
「すまぬ。急ごう、イツキ」
なんと、俺たちが最後か。
遅刻したみたいでなんか申し訳ないね。
階段を上りきったところにあったのは、石畳が敷かれた庭と大きな屋敷。
如月の屋敷も大概にデカいと思っていたが、『神在月かみありづき』家の屋敷はそれの比じゃない。数倍くらいあるぞ……!!!
しかし、そんな屋敷には目もくれず黒服の人は、庭の奥へと進みだした。
「こちらです」
「なにするのー?」
「魔力総量の測定でございます。これは『神在月かみありづき』家の当主しかできないですから」
いや、あの、具体的に何をするんですか……。
という俺の質問が入るよりも先に、目的の場所が見えてきた。
木組みかつ四角形の台座。その中心には炎が灯っている。
キャンプファイアーを簡素にしたもの、というのが最も近いか。いや、雰囲気がお寺っぽいからお焚き上げの方が近いのか?
とにかく、そんな感じで燃えている台座の周りに2つの家族がいた。
「遅いぞ、宗一郎そういちろう」
「おう、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
宗一郎、というのは父親の名前だ。
名前を呼んだのは、父と違って細身の男性。顔はにこやかな笑みが浮かんでいるが、その顔には縦に大きく切り傷の痕が走っている。祓魔師だ。
その男性の影に隠れるようにして、小さな少女が俺の方をじっと見ていた。
長い髪の毛が日本人形みたいな女の子で俺も思わず見つめ返すと、さっと影に隠れてしまう。さては人見知りだな? 俺もだよ。
一方で言葉使いが粗野の方も、ひと目見て祓魔師と分かる体格だ。
その肩にはこれまた女の子が肩車されているが、人見知りの女の子と違って父親の髪の毛を引っ張って遊んでいる。うーん、将来は絶対陽キャだな。
そんなことを考えていると、女性の声が俺たちの間を抜けた。
「おうおう、よう集まったの。三家とも」
巫女のような姿に金髪の女性が現れた瞬間、祓魔師の男たちの身体に緊張が走る。
……え? この人偉い人??
「さっさと始めてしまおう。『廻術カイジュツ』も覚えてない子供を外に長く置いておくのは危険じゃからの。順番は到着した順でええじゃろう。おい、霜月しもつきの」
「アヤ、こっちにおいで」
その女の人が偉そうに命令すると、人見知りの女の子が父親に抱き上げられて、その後ろにいた女性がアヤの髪の毛を切る。
「火に焚くべるんじゃ」
そして、金髪の人の指示通り髪の毛を炎に投げ入れた。
次の瞬間、ごうっ! 激しく炎が燃え上がった。
その高さは2階建ての一軒家ほど!
あっついな!!!
先ほどまでのキャンプファイアーと打って変わって、信じられないほど熱量に圧倒されて俺は思わず黙り込む。
燃え上がった炎で前髪が舞い上がったぞ、いま!!
「悪くない。『第三階位』といったところか」
「……ありがとうございます」
なるほど。炎の大きさで判断しているのか。
てか、階位かぁ。いまいち分かりづらいな……。
ゲームみたいに、『S』とか『A』とかで教えてほしい。
「次、皐月さつきの」
「ほら、リンちゃん。降りて」
「やー!!」
肩車されている女の子が、男性の上で暴れる。
「分かった分かった。乗ったままでいいから。ママ、お願い」
「はいはい」
しょうがないなぁ、と言いたげな優しそうな女の人がリンちゃんの髪の毛を同じように切って、同じように火に焚くべた。
ドウッ!!!!
先ほどと同じように炎が舞い上がったが、その大きさはアヤちゃんの2倍ほどある。信じられないほどの火の量。それだけの魔力を持っているということか。
「ほう……。皐月のは『第四階位』じゃ。今年は恵まれとるのう」
やはり、これだけ火が舞い上がるのは凄いことらしい。
金髪の女性もテンションが高めだ。
「最後。如月きさらぎの」
「は、はい!」
思わず俺が挨拶すると、金髪の女性がにやりと笑った。
「イツキ。髪を切るぞ」
「……うん」
父親に髪の毛を切ってもらいながら、俺は自分の心臓が否応なく早まっていくのを感じた。これまで3年かけて魔力総量を増やすトレーニングをしてきたのだ。全ては祓魔師として、死なないために。最強になるために。
今、その努力の結果がわかる。
ドクンドクンという心臓の音は加速して、今はもうドッドッドッと早鐘のように鳴っている。
そして、父親がその髪を火に焚くべた瞬間、
ドォォオオオンンンンッッッツツツツツツツ!!!!!!!!
大爆発が起きた。