雨粒が窓を叩く音が聞こえる。突然降り始めた雨で外には傘を持たず慌てて走る人々が見える。終日人工照明の下で過ごしているキヨにとっては雨なんて当たるとどんな感覚だったかすら覚えていない。…なんて考えていればふと外に出たくなっ たキヨは後ろの人影に話し掛けた。
「…ねぇうっしー」
「んー?」
呑気な返事に窓に向けていた目を少し細め口角を弛めた。
「外、行こうよ。」
「……えぇ?雨だろ。」
「いーじゃん。ちょっとだけ散歩しよ。」
「…仕方ねぇな、早く帰るからなー。」
「やっさしー。そうと決まれば早く行きますかぁ…」
「途中どっか寄る?」
「寄らないよ。財布もスマホも置いてって良し。」
「リョーカイ。」
2人して家の机に財布やらスマホやらを置けば傘を手に外に出た。
「…蒸し蒸してんな。」
「雨だもんね。」
べったりと肌に張り付くジメジメした感覚はいつになっても慣れない。意味もなく手で腕を擦るも変な温さは残ったままで。
「…ほら、早く行くぞ。」
「ん、行こっか。」
適当に歩くだけ。そう、それだけなのだ。だけど雨の日、と言うだけで違うことは幾つかあるわけで。
傘を持って隣に並ぶ事で空いた距離、水溜まりに映る街並み、明るい時間帯から点く店の灯り、屋根から滴る水滴の音……。そのどれもが珍しく感じて、特別感を際立たせた。いつものルートだとしても違う光景が広がっていて、いつもは鬱陶しく感じる外の明るさもこればかりは感嘆するしかなかった。
人通りの少ない開けた道は1層変わった雰囲気で緑に囲まれた其処は神秘的だった。
「…キヨ。」
「んー…?」
緑に付いた水滴がキラキラと輝く様を眺めていたキヨはふと掛けられた声に緩く返事をした。
「…雨の日も悪くねぇな。」
ポツリと吐かれた言葉にキヨは思わず顔を向けた。そこに立っていたのは幼く笑う恋人の姿で。キヨはただ目を丸めた。
「ちょっと遊ぼうぜ。」
傘を放り投げた恋人はキヨの元へ走って来れば勢いよく抱き着く。その衝撃で傘を取り落としたキヨは雨に打たれ体温を失い、だけど恋人に抱きつかれた確かな温もりがそこにはあった。
「っ、あはは、何してんのうっしー!!」
成人男性2人が雨の日に傘を放り投げ緑が輝く神秘的な一本道で抱き締め合っていた。
「…、びちゃびちゃじゃん」
キヨはくすっと柔らかく笑えば雨に濡れた恋人の前髪を掻き上げる。掻き上げられた恋人はにんまりと婀娜やかに笑えば少し背伸びをした。
優しく触れ合った唇から別の熱を受け取り互いの抱擁を一層強くした。雨に奪われていく体温を補うように、寒さが入ってこないように身体を寄せ合い熱を分け合った。
「……悪くないしょ?」
「うん…悪くないわ。」
ふはっ、と2人して吹き出した頃にはすっかり雨が上がっていた。
「…また来よっか」
「またいつかな。」
傘を拾い上げ水気を落とす2人の遥か上には鮮やかな未来を思わせるかのように虹がかかっていた。
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