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『溶け始めた愛ス』
夏の帰り道、コンビニの前で立ち止まるのが、私たちの習慣だった。
「今日は何味にする?」
そう聞く君は、いつも同じバニラを手に取るくせに、わざわざ私に選ばせる。
私は悩んでいるふりをして、結局いちご味を選ぶ。理由なんてない。ただ、隣で笑う君の顔が、少しだけ柔らかく見える気がしたから。
「またそれ?」
「いいじゃん、好きなんだから」
他愛もないやり取り。
でも、その時間が、私にはなによりも大切だった。
――溶ける前に、急いで食べなきゃ。
そう言いながら、私たちはいつも少しだけ急いで歩いた。
本当は、時間なんて止まればいいのにって思ってた。
ある日、君はバニラを選ばなかった。
代わりに手に取ったのは、私と同じいちご味。
「どうしたの?」
「たまにはいいかなって」
それだけだった。
でも、胸の奥が少しだけざわついた。
それから、少しずつ変わっていった。
帰り道にコンビニに寄らない日が増えて、
メッセージの返信も遅くなって、
隣を歩く距離も、ほんの少しだけ離れていった。
「最近、忙しい?」
聞いた私に、君は少し困った顔で笑った。
「まあね」
その笑顔は、前と同じはずなのに、
どこか遠く感じた。
気づいてた。
私たちの時間が、ゆっくり溶け始めていること。
アイスみたいに、形を保てなくなって、
気づいた時には、もう元には戻らないこと。
最後に一緒にコンビニに寄った日。
君はまた、バニラを選んだ。
「やっぱこれだな」
そう言って笑う君に、私はなにも言えなかった。
――ああ、戻っちゃったんだ。
私はいちごを選ぶ。
でも、その味は、前よりずっと甘く感じた。
喉の奥が、少しだけ苦くて。
「溶けるよ」
君が言う。
「うん」
私は頷いて、少しだけ急いで食べた。
でも、本当は。
溶けてほしくなかったのは、アイスじゃなくて。
君と過ごした、この時間だった。
手の中で、最後の一滴がこぼれ落ちる。
それを見つめながら、私はやっと気づく。
――もう、とっくに溶けてたんだ。
私たちの“愛ス”は。