数日後。
「じゃあね~」
「ばいばい~」
わらわらと生徒たちが教室を出ていく中、俺は一人黒板を掃除していた。
一か月に一度回ってくる日直の仕事である。
「大変ね。もう一人の日直が欠席して、一人で仕事する羽目になるなんて」
腕を組みながら声をかけてくる一ノ瀬。
「そういう日もあるだろ」
「私が手伝ってあげようか? 一人の仕事も二人で分ければすぐ終わる。そうでしょ?」
「誰かに手を借りるほどの仕事量じゃないから大丈夫だよ。ありがとな」
「っ! ありがとうって……そ、そう。ならいいわ。じゃ、また明日」
一ノ瀬はそう言い残すと、教室を出ていった。
また明日。その意味深な言葉に疲労を感じる。
いつになったら容疑は晴れるのだろうか。
「……ま、考えても仕方ないか」
窓の外を見る限り、いつ雨が降ってもおかしくない。
傘を持っていないので、一刻も早く日直の仕事を終わらせるとしよう。
「…………」
♦ ♦ ♦
※一ノ瀬雫視点
一人帰り道を歩く。
頭の中で考えていることは当然、あの男の人のことだ。
あれからいつも、あの人のことを考えてしまう。
その度に胸が締め付けられて、体がきゅんとする。
「絶対に見つけないと……ふふふっ♡」
一応今のところ当てはある。
それは同じクラスの――九条良介。
証拠はないけれど、背格好や雰囲気、それから匂いがあの人に似ていた。
それに話し方や立ち振る舞いにどことなく似通っているところを感じる。
しらばっくれているところもまたすごく怪しい。
「でも確証がないのよね……実際半信半疑だし。こうなったら、出会った場所に張り込むしか……」
もちろん手がかりがないといって諦める私ではない。
必ず見つける。
そして、私が彼に……えへへ♡
「突き止める日が楽しみね」
「グフフフフ……ひ、久しぶり。雫たん」
ふと目の前に立ちはだかる、見覚えのある巨体。
さらに後ろから複数名の男たちが下卑た笑みを浮かべてやってきた。
「あ、あなたは……」
そう呟いた瞬間、ぽつぽつと雨が降り始めた。
♦ ♦ ♦
「ふぅ、これで終わりか」
綺麗になった黒板を眺める。
満足げに頷いておくと、鞄を手に取り教室を出ようと足を踏み出す。
「……ん? あれは一ノ瀬のだよな」
ふと一ノ瀬の机の横に弁当箱がかけられていることに気が付いた。
どうやら忘れて帰ったらしい。
別に見て見ぬふりをしてもよかったのだが、弁当箱の中が腐ったら大変なことになる。
最近話すことも多いし、以前のようにまるっきり他人だと割り切れなかった。
「しょうがない。今から走って追いかければ間に合うか」
幸い、こないだ一ノ瀬に無理やり家の場所を教えられ、どう帰るかは頭に入っている。
「雨降りそうだな……急がないと」
弁当箱を鞄の中に入れると、地面を蹴って廊下へ飛び出した。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
スマホがピコんと鳴る。
『一ノ瀬雫、予定の場所に到着しました。これから実行します』
メールに『了解』と返すと、スマホをポケットにしまった。
「クックックッ……ようやくか」
俺が立てた作戦が動き始めた。
ということはつまり、一ノ瀬が俺の手に落ちるのも間もなくということ。
「あの強情な雫が俺を見てとろんとするのが楽しみだな……アハハハハハハッ!!!」
思わず笑みがこぼれる。
この日をどれだけ待ちわびたことか。
俺の辞書に敗北、そして失敗の二文字はない。
俺はあの須藤北斗。
欲しいものは全部俺のもの。
特に女は……俺のものだ。
「待ってろ雫。俺が救ってやるからさ」
♦ ♦ ♦
※一ノ瀬雫視点
「いたっ!」
埃っぽい地面に背中を打つ。
両手が縛られているせいで、上手く受け身を取ることができなかった。
「雫たんが無防備な姿に……グフフフ。最高の景色だぁ!!!」
下卑た笑みを浮かべながら私を見下ろす男。
間違いない。こないだ私を襲ってきたあのストーカー男だ。
「どうしてあなたがここにいるの? 警察に連れていかれたはずよね?」
「ほ、保護観察処分になったんだよ」
「なら大人しく家にいるべきじゃないかしら?」
「……そんなこと、できるわけないだろォッ!!!」
急に声を上げる男。
「僕は雫たんと一つになる予定だったんだ! なのにあの男に邪魔されて……くっ! ……でも今は邪魔者はいない。だってここには誰も来ないからね」
辺りを見渡す。
天井が高く、荷物がバラバラと積まれている。
しかし、どれも埃をかぶっていることからおそらくここはもう使われていない倉庫。
そういえば、近くに倉庫があった気がする。
それに外からはザーザーと雨の降る音が聞こえてきて、薄暗い空間と相まって異様な雰囲気に包まれていた。
「それに、僕は一人じゃない」
男の背後から複数人の男たちが現れ、私の体を舐め回すように見てくる。
「覚えてるか一ノ瀬。半年前、お前にこっぴどくフラれた男だよ」
「お、覚えてないわよそんなの」
「ハッ! そうだろうなと思ったぜ。ここにはな、お前にこっぴどくフラれた奴らが集まってるんだ。つまりさぁ……全員お前をめちゃくちゃにしてぇって思ってんだよ」
「ひっひっひっ……これだけいれば好きにし放題だなぁ」
「ほんとにヤっちゃっていいんだよな?」
「あぁ。どうせバレやしない。だってよぉ、こいつに自我が残らないくらいにブチ犯してやるんだからなァ!!!」
「っ!!!」
体がぞわりと震える。
あの時にも感じた嫌悪感。
脳裏によぎる、最悪のシナリオ。
「さ、最初は僕でいいよね? ね?」
「ジャンケンで決めたんだ。仕方ねぇ。でも使えるとこ全部使うからな? 同時に四人くらいはいけんだろ」
「じゃ、じゃあ……グフフフ」
男が近づいてくる。
さらに私を取り囲むように、男たちが迫ってきた。
「ち、近づかないで! こんなことしていいと思ってるの⁉」
「ぐへへへへ……雫たぁん」
私の言葉なんて聞かずに、私の太ももに触れてくる。
「っ! ちょっ……やめっ!!」
「動くなッ!!! じっとして、ね? 大丈夫、安心して? すぐに気持ちよくなるから。僕に全部身を任せるだけでいい。僕と一緒に気持ちよくなろう? ねぇ?」
「っ!!!」
さらに男が近づいてくる。
ゆっくりと手を動かしながら、徐々に手は上がっていき……。
「……僕と一つになろうね? 雫たぁんッ!!!」
私はこのままこの太った男に犯されて、さらには他の男たちにも回されて。
まるで暗闇に落ちていくみたいに、何もかも……。
「い、いやっ!」
でも、やっぱりあの人に会いたい。
あの人が、あの人が来てくれればッ……!!!
――ガタンッ。
扉が開く鈍い音が倉庫内に響き渡る。
訪れる静寂。
「何してんだよ、お前ら」
彼の声が、重く突き抜けた。
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