テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#追放
紅葉まんじゅう@桜ノ国🌸
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「話があるんだけれど……いいかな?」
セラが、ためらいがちな調子で言ってきたのは、温泉で休息をとった日の夕方だった。
「話?」
慧太は思わずおうむ返ししてしまう。
銀髪のお姫様は手を後ろにまわし、視線に落ち着きがなかった。
何か大事な話か、皆の前では言い難い話なのだろうと慧太は察しをつける。妙に改まった態度なのが気になった。
「急ぎか?」
「ううん。……後でも、いいんだけれど」
野宿に備え、適当な野営地を決めていた時だ。食事の支度を分担を割り振るが、慧太はユウラへと言った。
「オレ、セラと水汲みに行ってくるわ。後は任せる」
「行ってらっしゃい」
青髪の魔術師は特に気にする様子もなく頷いた。慧太はセラに行こうかと仕草で示せば「水桶」とセラが指摘した。
「お、おう……」
アルフォンソの身体から分離した身体をバケツ代わりに変化させ、それを持って、すぐ傍のアーテム川へと向かう。
無言。
いつもなら、何かしら話しかけてくるセラが黙り込んでいるのは珍しい。話があると言った割りに、すぐに言い出さないのはよほどの案件なのだろうか。
『セラさんのことは、どうします?』
ユウラが温泉で言った言葉が脳裏をよぎる。……ひょっとしてライガネン王国に着いた後の話ではないか? アルゲナム奪還に手を貸して欲しい、とか。
それならそれで、否応もない。
傭兵団の再建という仕事があるが、それはどちらか諦めなければならないというものでもないと思うのだ。アルゲナム奪還に協力しながら、傭兵団の再建か、あるいはその下地作りくらいはできるのではないか。
川の流れる音が耳に届く。林を抜ければ、そこは昼間はエメラルド色に輝いていたアーテム川がある。いまは夕日に照らされて炎の川のごとくオレンジ色に染まっていた。
ちら、とセラを見やる。美しき川をじっと見つめるお姫様。その横顔は、どこか寂しそうにも見える。何故、そう見えたのか慧太にはわからなかったが。
「なにか話があったんじゃないか?」
声に出していた。黙ったままでいたのが居心地が悪かったからかもしれない。セラは、うんと小さく頷くと、身体の向きを慧太へと向けた。
「いままで、ありがとう」
は? ――唐突な言葉に、慧太は間抜けな声を出してしまう。セラは伏し目がちに言った。
「あなたがいなかったら、私はここまでたどり着けなかった。……父の遺言も、使命も果たせず」
アルゲナムの窮状を伝える旅も終わり、故国は魔人の手に落ちたまま。
「……何を言い出すかと思えば」
慧太はバケツを持たない左手で、自身の髪をかく。
「まだ、ライガネンについてないだろう。まだ終わってないぞ」
「うん……そうだけど」
セラは、はにかむ。
「あなたには感謝してもしきれない。だからこそ、きちんとお礼を言いたかったし、私の気持ちを伝えておきたいって思ったの」
「気持ち?」
「ケイタ……私、あなたのことが好き」
「!?」
好き――それはつまり、恋とか、そういう好きのことか。
あなたが彼女に抱いている好意のことです――ユウラの声が聞こえた気がした。……いやいや、待て待て。その好きというのは恋愛ではなく、ただ好意の、そう友情レベルのお話の可能性も――
「ずっと、そばにいて欲しいって、思うくらい好き」
――お、おう……。
上目づかいに、頬を赤らめながらセラは言った。
慧太は途端に全身がカッと燃えるような熱を帯びた。どくり、と心臓が――ないのだが、跳ねたような胸の鼓動のようなものを感じた。
「オレも……」
頭の中は真っ白だった。だが何か言わなくては、という本能が、慧太の口を動かした。
「だけど――」
セラの言葉が慧太のそれを遮った。
「私は、アルゲナムの王族の生き残りで、魔人軍から国を取り戻さなくてはならない。それがどれくらい先になるかわからないけれど、できるだけ早く取り戻すために全力を尽くすつもり。だから……――」
セラは慧太をまっすぐ見つめた。慧太はじっと見つめ返す。彼女の紡ぐ言葉の続きを待つ。
「……だから」
銀髪のお姫様の視線が下がった。続く言葉が出ない。何を言おうとしているか分からないが、それを口に出すことに、彼女は何かしらの躊躇いを覚えているようだった。
彼女は何を迷っている? 何を口に出すことを恐れている?
好きだけど、一緒になれない――だろうか。
国の再興のため、亡き父の遺言のため、民のために、その身を捧げるから……個人の恋愛感情を封印しようというのか。
唇を噛み締め、俯くセラから、慧太は身体をそらし、アーテム川のほうへと見やる。
「随分と一方的なんだな」
好意を向けられたのは嬉しい。だが同時に恋愛を口にする前に否定されてしまうというのは……ちりちりと胸の奥が疼いた。
「オレも好きだよ、セラのこと」
ハッとしたような顔になるセラ。
「だけど……そうさな。オレはただの傭兵で、異郷人で――」
シェイプシフターだ。それを口に出すことを躊躇う臆病な自分。――そうだ。オレが、人間で、あったならっ……!
だが現実にはそうではない。
「オレには、君を抱きしめてやる資格はないからな」
空々しい響き。言ってて未練がましさがにじみ出ているようで、慧太は恥ずかしくなった。
「そんなこと――!」
セラが言いかける。だがその後の言葉は出なかった。
好意を持っているのに、それ以上に進めないという理由がお互いにあるという皮肉。何とももどかしく、意地の悪い運命だ。
――仮にオレがシェイプシフターでなかったら。
セラの使命が果たされるまで共に戦うと、より積極的になれたかもしれない。
何故なら、慧太自身、セラを好きだからだ。
そして彼女もまた慧太を好いてくれているなら、同じ人間であるなら、将来を誓い合うこともできたかもしれない。……身分差には目を瞑るとしても。
好きであっても、それ以上の関係は望めない。それは慧太が嫌と言うほど身に染みている。ユウラにもそう告げた。……むしろ、セラが使命を優先させるというなら、歓迎すべきことではないか。
この怪物となった真実を、彼女に明かさずに済むのだから。
「ケイタ、私――」
セラが何か言いかける。だが慧太はとっさに右手を出して、それを止めた。
「ライガネンまで、必ず送り届ける。……約束だからな」
慧太は彼女の顔を見なかった。夕日が西の果てに沈み、星空が瞬き始める空を見上げる。はたして今、セラはどんな顔をしているのかわからない。
「……ごめんなさい」
搾り出すような声だった。見なくても、唇を噛み締め何かに耐えているような顔をしているんだろうな、と慧太は思った。
「なんで謝るんだよ」
慧太は、オレンジから紫へと変わりながら、星の輝きを反射するアーテム川へと視線を落とす。
「オレこそごめんな。気持ちに応えてやれなくて」
「そんなこと……」
銀髪のお姫様の声が震えていた。どうやらまた泣いてしまったのか。慧太はゆっくりと振り向き、案の定、セラの目もとからこぼれたしずくを指で拭ってやる。
――ごめんな、セラ。オレが臆病で。
はっきり正体を明かすことができれば、彼女が涙を流すことなどないかもしれない。抱いた好意もすっぱりと消えて、セラの抱く後ろめたさを霧散させてやれるかもしれない。
だがそれができない慧太がいた。
好きになった娘から嫌われたくないという、誠に人間らしい感情ゆえに。