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第148話「攻める者と守る者」
【異世界・転移した学園/体育館・夜】
雨音は弱まらない。
だが、体育館の中の空気は、
さっきまでの混乱から少しだけ形を取り戻していた。
毛布にくるまる生徒たち。
列ごとに座らせる先生たち。
小声で名前を呼び合い、返事を確かめる声。
怖さは消えていない。
それでも、“次に何をするか”を決められる空気が戻り始めていた。
その中央で、レアはまだ結界の中にいた。
膝をつき、全身を走る青白い数列を忌々しそうに見ている。
片方の黒い目の端から、薄い影がこぼれては消える。
飛び出せる状態ではない。
だが、完全に終わった相手でもない。
ダミエが両手を前に出したまま、低く息を吐いた。
「……保ってる」
短い。
だが、それだけで今の状況がどれほど危うい均衡の上にあるか分かる。
ハレルは主鍵を握り、サキはスマホを見下ろす。
回線はまだ安定していた。
《LINK / STABLE》
リオが肩口の傷を押さえながら、教頭とハレルを見た。
「行く先は決まった」
「問題は、誰が行って、誰が残るかだ」
その言葉に、体育館の空気がまた一段重くなる。
教頭が低く聞いた。
「この中で、今すぐ動けるのは」
ハレルは視線を巡らせた。
自分。サキ。リオ。
そしてダミエ。
だが、ダミエは今、レアの結界を一人で支えている。
「……ダミエは動けない」
ハレルが先に言った。
「今この人を離したら、また体育館の中が崩れる」
ダミエは何も言わなかった。
ただ、低く目を伏せる。
否定しないことが、そのまま答えだった。
リオが結界の方を見た。
「他の結界術師に引き継げるか」
ノノの声がイヤーカフ越しに返る。
『王都側に回してる。けど、すぐは来ない』
『今すぐ学園を離れられるのは、ダミエ本人でも厳しいと思う』
サキが小さく息を呑む。
「じゃあ、ダミエはここに残るんだ」
「残る」
ダミエが短く言う。
「……学園は、人が多い」
「顔を借りる相手も、穴も、まだある」
一拍置いて、さらに低く続けた。
「ここを空けると、後ろが消える」
その言葉に、教頭が静かに頷いた。
学園はただの避難所ではない。
現実から来た生徒たちがいて、先生がいて、
顔を借りる影が紛れ込める場所でもある。
ここを崩せば、全部が崩れる。
ハレルはダミエを見る。
「……頼んでいいか」
ダミエはレアから目を離さず、ただ言った。
「……任せて」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/ホーム・夜】
駅では、ようやく獣影の押し込みが一段落していた。
外の森にはまだ巨大な四足影がいる。
だが、ホームの正面へ踏み込んでくる勢いはさっきより弱い。
照明、補助灯、売店のライト。
使える明かりを全部使って、駅員と術師たちが“明るい場所”を保っている。
ヴェルニが濡れた髪をかき上げ、焦げた外套を払った。
「……ったく、ようやく息がつけるな」
アデルはホームの外と中を交互に見ていた。
外の獣影。
構内に残る人型の影。
避難した現実人。
どこも終わっていない。
だが、今ここで決めなければならないことがある。
ノノの声が通信に入る。
『駅、聞こえる? 学園と繋がってる』
『オルタ・スパイア最深部が対応地点で確定』
ヴェルニがすぐに笑った。
「行くぞ、アデル」
返事が早い。
迷いがない。
戦う場所が変わるだけで、気持ちはすでに前に出ていた。
アデルはその即答に、少しだけ目を細める。
「お前は当然そう言うと思った」
「当然だろ」
ヴェルニは肩をすくめた。
「塔の最深部なんて、どう考えても面倒な敵がいる」
「だったら俺が行かない理由がねえ」
軽口に聞こえる。
だが本気だ。
それをアデルも知っている。
リオのいない今、駅の線をどう保つか。
そこだけが問題だった。
アデルは残っている術師たちと兵士たちを見る。
治療班の光癒を使える術師。
駅員に光の使い方を教え始めている兵士。
外周の簡易結界を重ね直している者。
戦える者は減ったが、ゼロではない。
「駅周辺の警護は、残存兵士と術師で維持する」
アデルがはっきり言った。
「外周は“押し返す”より、“明るさを切らさない”に切り替える」
「獣が再度押したら、深追いせずホーム中央へ寄せろ」
「人型の影は単独追跡禁止。二人一組」
駅員たちも、その指示に耳を傾けている。
今では彼らも、自分たちがただ守られる側ではないと知っていた。
ヴェルニが低く笑う。
「つまり、ここは持ちこたえろってことだな」
「そうだ」
アデルは短く返す。
「私がオルタ・スパイアへ向かう」
一拍。
「お前も来い、ヴェルニ」
その一言に、ヴェルニの顔がはっきり明るくなった。
「言われなくても行く」
だがアデルは続けた。
「ただし、勝手に突っ走るな」
「塔の最深部は、お前の爆裂だけで済む場所じゃない」
ヴェルニは口元だけで笑った。
「分かってるよ」
「……たぶん」
アデルはため息をつきかけて、やめた。
今はそれでいい。
【異世界・転移した駅周辺/ホーム中央】
アデルは残存兵士と術師、それに駅員を前にして、最後の確認をしていた。
「明るい場所を保つ」
「影を見つけても、単独で追うな」
「ホーム中央を捨てるな」
「何かあればすぐノノ班へ」
術師の一人が頷く。
「了解です」
駅員も緊張した顔で言う。
「売店とホームの照明、交代で見ます」
ヴェルニはその横で、砕けた支柱に腰掛けるようにして待っていた。
まだ戦い足りない顔だ。
だが、目だけはちゃんと駅の空気を見ている。
その時、構内の暗がりの奥で、また“普通の声”がした。
「本日の運行は――」
ヴェルニが舌打ちする。
「まだ残ってやがる」
アデルはそちらへ視線だけ向けた。
「だからこそ、残す者に手順を渡す」
「ここは終わってない。だが、私たちがずっと留まる場所でもない」
その言葉が、次の段階への線引きだった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夜】
ノノの通信が、学園と駅を繋いだ。
『アデル、聞こえる?』
『学園側、ダミエは残留決定』
『レア拘束維持と学園防衛優先』
アデルの声がすぐ返る。
『了解』
『こちらは、駅の防衛を残存兵と術師に引き継いで、私とヴェルニがオルタ・スパイアへ向かう』
ハレルはその報告を聞いて、小さく息を吐いた。
形が決まり始めている。
ノノが続ける。
『学園側からは、ハレル、サキ、リオ』
『ダミエは残る。イデール班はイルダ維持』
『アデルとヴェルニは駅から王都中央へ合流』
教頭が腕を組んだまま低く聞く。
「つまり、学園から出るのは三人か」
「はい」
ハレルが答える。
「俺とサキとリオです」
教頭は少しだけ目を閉じ、それから頷いた。
「分かった」
「ここは、こちらで守る」
先生たちも、小さく頷いていた。
怖くないわけではない。
だが今は、行く者と残る者を分けなければならない。
サキはスマホを握り直す。
「リオ、また一緒だね」
リオは肩口の傷に軽く触れ、苦く笑った。
「まあな」
それから結界の中のレアを見る。
「こいつを置いて行くのは、正直気持ち悪いけど」
ダミエが低く言う。
「……置いていっていい」
「逃がさない」
その声は、静かだが確かだった。
リオは少しだけ頷く。
ダミエがそう言うなら、今は信じるしかない。
レアは結界の中で、三人のやり取りを聞いて笑った。
掠れた声。
だが、前よりずっと細い。
「分けるんだ」
「いいね」
「分けると、壊しやすいから」
ハレルはその言葉に反応しなかった。
もう、レアの挑発に引っ張られる段階ではない。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・夜】
イデールの班は、まだ雨の中で光を繋いでいた。
市場通り。
北通り。
宿屋裏。
どこも完全には片づいていない。
だが、通りは保っている。
ノノの通信が、イデールにも届く。
『アデルとヴェルニがオルタ・スパイアへ向かう』
『イルダ側は維持継続。イデール班、そのまま街を保って』
イデールは遠くの塔を見上げ、小さく頷いた。
「あの子たちが行くのねえ」
近くの術師が不安そうに言う。
「王都中央の守りは……」
イデールはやわらかく返す。
「だから、こっちは崩さないの」
「街が暗くなったら、あの塔へ行く道まで細くなるでしょう?」
その言葉は正しかった。
塔へ行く者たちのためにも、街は保たなければならない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー前・夜】
木崎は、レンズ越しにタワー外周をもう一度見ていた。
綺麗に敷かれた石畳。
抽象的なオブジェ。
ベンチ。
植栽。
再開発の景観としてはよくできている。
だが、レンズを通すと、その配置が一つの円陣として浮かぶ。
外周ごと、中枢を守る殻。
普通の人間は気づかない。
気づかないまま、その上を歩き、買い物をし、働く。
「……本当に趣味が悪い」
イヤホン越しに、城ヶ峰の声。
『向こうはどうだ』
木崎は短く答える。
「異世界側、動く連中が決まったらしい」
「アデルたちが塔に行く。学園には、結界を維持できる仲間の術師が残る」
一拍。
城ヶ峰が低く返す。
『アデルは隊長クラスと聞いた。妥当だな』
『塔の底へ行くなら、アデルたちは必要だ。
学園を保つ側も外せない』
木崎はレンズを下ろし、オルタリンクタワーを見上げた。
向こうもこちらも、行く者と残る者が決まっていく。
もう、後戻りしない配置だ。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夜】
最後に、ノノが全体へ確認を流した。
『異世界側の割り振り、確定する』
『学園残留:ダミエ、教職員、生徒』
『学園出発:ハレル、サキ、リオ』
『駅残留:残存兵・術師・駅員』
『塔へ向かう:アデル、ヴェルニ』
『イルダ維持:イデール班』
『現実側はオルタリンクタワーへ準備継続』
短い沈黙のあと、各所から短い応答が返る。
それぞれの場所で、それぞれが覚悟を決める音のようだった。
ハレルは主鍵を握った。
サキはスマホを見た。
リオは肩を回した。
ダミエは結界を保つ。
アデルは塔へ向かう。
ヴェルニはその横で笑っている。
イデールは街を明るくする。
現実側では、木崎たちがタワーの顔を剥がしにかかる。
雨はまだ降っている。
だが、進む者と残る者の輪郭は、ようやくはっきりした。