その頭の中には、お花畑でもあるんじゃないかというくらい、ご機嫌な表情。
たったそれだけのことでよくもまあ、喜べるものだ。
…こっちの心境も知らずに呑気な人。
急激に、その表情を崩してやりたい衝動に駆られた。
「あの…何か勘違いしてませんか?私が辞めないのは、店長が援交のことをバラさないって分かったからです。だったら、辞めて他の場所に就職するよりもこっちの方が楽だなって思っただけで。…分かってますか?店長、私に利用されてるんですよ?」
シートベルトをはずして、ドアを半開きの状態で店長に言う。
どう…?これが私の本性。そんな人間をここにおいておける?
そんな意味を込めてくすり、と嘲笑う。
店長は、口を開けたまま、しばらく固まっていたが、やがてはは、と自虐的に笑った。
「理由なんて、何だっていいよ。藤塚さんは、ここの大切な社員だからね。辞めないなら、それでいい。利用されるのは、店長である俺の力不足だし。」
「………」
心が、揺れ動く。どうして…いい子の私なら分かるけど、今の私にどうしてここまで言えるのだろうか。
何の、価値もなくなったのに。
(ううん。違う。ただ、人手不足だから私に辞めてほしくないだけなんだ。だから必死に引き留めてるの。)
そう、思っているはずなのに。何で胸が熱くなるんだろうか。
これは気のせい。自分に言い聞かせ、平常心を装って口を開く。
「そんなこと言われても、私…謝りませんよ。…けど。」
出ていく直前、店長の方を振り返る。
「今日、送ってくれてありがとうございました。実は…変なお客さんに待ち伏せされていて、恐くて…だから、店長が来てくれて、すごく…助かりました。」
最後に口から出た言葉に、自分が一番ビックリしている。そんなこと話すつもりなんかなかったのに…
(え?私…何言って…)
心臓はドクドク脈打ち、頬がじわじわと熱を帯びていく。
これは…計算して言った訳じゃない。じゃあ…本心…?頭の中がぐるぐると回転する。
「え、えぇ!?そうだったの!?大丈夫!?何もされなかった!?ごめん、もっと早く気づいていれば…」
「だ、大丈夫ですから…じゃあっ…!!私はこれで!!」
何も気づかない店長の言葉を遮るように、車の扉を勢いよく閉める。
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