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【Side 赤】
『明日ご飯行かん?』
その通知を見た瞬間、思考が止まった。
一文字も読めていない気がするのに、内容だけはしっかり頭に入ってくる。
れるさんだ。
れるさんからだ。
しかも、自分を誘ってくれている。
「……え?」
信じられなすぎて思わず声が漏れる。
ちゃんと画面に表示されて、何度見ても変わらない。
「えへへ……、」
たぶん今、めっちゃきもい顔をしている気がする。
嬉しいとか驚いたとか、そういう感情が全部一気に押し寄せてきていて。
『いく!!!』
指はもう勝手に送信ボタンを押していた。
既読をつけてから送信まで、この間おそらく3秒。
「……早すぎたかな」
と、ふと我に返る。
もっとこう、あったんじゃないだろうか。
よく、恋愛においてはすぐ既読を付けず焦らした方がいいとかいうじゃないか。
もう少し、落ち着いた返しができたのでは。
でももう、れるの既読もついているし取り消すことはできない。
なんだか落ち着かなくて、部屋の中をうろうろとしている。
歩いて、座って、また立って歩く。
今いるのがほんとに家で良かった。危うく通報されかけない。
にやにやは収まらないが、落ち着くために電話をかけた。
『もしもし』
聞き慣れたやさしい声が聞こえる。
「くにお」
『はいはい、どした』
「れるさんからご飯誘われた」
1…2…としばらくの沈黙が続く。
『……え?』
「ご飯誘われたの」
『れるちから?』
「うん」
『へえええええええええ?!』
「うるさ…」
『いやいやいやいや待って?!え?!ほんとに?!』
「ほんとだよ」
くにおは、まるで自分事かのように嬉しそうに話してくれて。
ここ数日ずっと心配をかけていたのも知っている。
自分は人に恵まれたな…とつくづく思った。
『よかったじゃん!』
「でも何話せばいいの〜〜」
『普通にご飯食べれば?』
「天才?」
『バカ?』
そんな阿呆みたいな会話を交わす。
でもこれはほんとにそうで、ご飯に誘われたはいいものの、何を話せばいいのか分からない。
あの日のこと?告白のこと?気まずかった期間のこと?
考えれば考えるほど、ますます分からなくななってしまう。
「また変なこと言ったらどうしよう」
ぽつりと漏らすと、電話の向こうでくにおが口を開く。
『れるちが嫌なら誘わないと思うよ。少なくとも会いたくない相手をご飯に誘う人じゃないでしょ』
それはそうだ。さすがに嫌いな相手に愛想だけ振りまくような人ではない。
『だからさ』
くにおの声が少しだけ柔らかくなる。
『とりあえず会ってきなよ』
その言葉を聞きながら、スマホを握り直す。
不安は消えないし緊張もしてるけど、なんだか背中を押されたような気がして。
「……うん」
小さく返事をすると、
『頑張れ〜』
どこか楽しそうな声が返ってきた。
その後も少しだけ雑談なんかをして電話を切る。
スマホの画面には、即答した自分のメッセージがまだ残っていた。
明日が楽しみで。
でも同じくらい怖くて。
そんな感情を抱えたまま、スマホを胸の上に乗せて目を閉じた。
待ち合わせ場所に着くと、れるはもう来ていた。
スマホを見ながら壁にもたれていて、自分に気付くと軽く手を上げる。
「お」
「お待たせ」
心臓は全然普通じゃないけれど、なるべく普通を装ってそう返す。
「別に待ってへんよ」
その微笑んだ顔を見て、少しだけ肩の力が抜ける。
避けられてないだけで、心が満たされていく。
並んで歩くのなんて何度も経験しているはずなのに、やっぱり今日は落ち着かなかった。
普段ならどうでもいい話を延々できるのに、話すことが見つからない。
お互い緊張しているのか、ろくに会話も交わさずお店まで着いてしまった。
席について、料理が運ばれてくる頃には少し空気も柔らかくなっていて、仕事の話やメンバーの話なんかをぽつぽつしていた。
くにおは相変わらず忙しそうで、ゆうくんがいつも通りどこか変人で、こったんはまた話聞いてなくて…
そんな他愛もない、いつもの話。
でも今日の目的はそれじゃないことぐらい、二人ともわかっていた。
不意にれるが箸を置くのを見て、自分も自然と口を閉じる。
「あのさ…」
冗談でも雑談を言うでもない声で、れるは話しはじめる。
「この前の話なんやけど」
「うん」
どの話と言われなくても、言いたいことは分かる。
緊張でどうにかなりそうで、思わず背筋を少し伸ばす。
「れる、正直分からん。こえくんのことは大切でずっと一緒にいるものだと思っとったから。」
その一言は想像していたよりもずっと静かで、拒絶でも否定でもなかった。
「恋愛的に好きかって言われたら、まだちゃんと答えられんけど。離れたくない、っていうのは絶対!」
そう言ってくれて、自分の中で突っかかっていたものが取り除かれたような気持ちになった。
嫌われてなくて…良かった。
「答えになってへんよな、ごめん」
れるは、少しだけ困ったように笑う。
「ううん、ちゃんと話してくれてありがとう」
「というか俺も…急にあんなこと言ってごめん」
怖かったのは答えそのものじゃなくて、何も知らされないまま距離が離れていくことだったから。
こうして言葉にしてくれたこと自体が、とてつもなく嬉しい。
「嫌われたかもしれないって思うのも、もう前みたいに戻れないかもしれないって思うのも、全部怖かった。」
「それはないで。ちむはずっと大切な存在やから…、」
そこまで言ったところで、れるは一度言葉を切って少しだけ視線を落としながら小さく息を吐いた。
少しだけ困ったように笑ってから、静かに続けた。
「これからもずっと、一緒におってくれたら嬉しい」
店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
先程と変わらずいつもより会話は少ないけれど、あの気まずい沈黙ではない。
「俺、これからもっとアピールするわ」
れるが本気で意味が分からない、とでもいうような顔をしていて思わず笑いそうになる。
「いやなんでそうなんねん」
「まだ可能性はゼロじゃないでしょ?」
「ポジティブすぎる…」
呆れたように小さく息を吐いていたけれど、少しだけ口元は緩まっていた。
「覚悟しといて。本気だから」
「はいはい」
なんて、適当にあしらわれる。
れるの耳が少しだけ赤くなっていたのは、夜風で冷えたからということにしておこう。
fin.