ピンポーン。
これで三回目のチャイム。それでも開かない扉の向こうが気になって仕方なくて、頭では駄目だとわかっているけどドアを開けた。
ガチャ、と意図に反して容易く開いたドアに躓きながら、不用心すぎないか、と心配になる。
じっとりとねめつけるような熱い空気に刺されて、はくっと息を吸った。
靴を無造作に脱いで、きしむ床を歩く。
誰もいない?
疑問に思いながら、恐らくリビングに繋がるであろうドアを開ける。
むわりと熱気が押し寄せてきた。
それに伴って鼻をつんとさす、
むせるような、
なまぐさい、
「・・・・・・っは、」
ベランダを隔てるガラス窓に塗られた、赤、紅、あか。
そこに寄りかかって、うつろな目をして、血が、
「ッゾム!!!」
頭を打ち付けられたのか、血がこびりついた亜麻色の髪の毛。
刃物で切られたのか、赤が染みついたいつものパーカー。
青紫に変色した、細くて白い足。
こちらを映さない、曇ったガラス玉。
「・・・・・・ぁ、」
「・・・ぞむ、ゾムっ!」
視線を合わせるようにしてしゃがむと、僅かに揺らいだ瞳が此方を捉えた。
「・・・ら・・・だ、?」
「ゾム、病院、」
「せん、せー・・・」
弱弱しい力で握られた手を引き離すこともできなくて、震える手を抑えて救急車を呼ぶ。
その間にもゾムの体が冷えていくようで。
怖いのは、痛いのはゾムなはずなのに。
「・・・・・・ごめん、ごめんなぁ、ゾム、」
あぁ本当に、神様は、彼に微笑んでくれない。
なら俺が、青鬼が、守らないと。
「・・・・生きて、」
ぽたり、と自分の頬を伝った雫が、彼の傷口を癒すように落ちていく。
◇
「先生!!ゾムはっ、」
「会いに行けるん!?」
警察に通報し、救急車でゾムは搬送された。
手続きを終えて一旦学校に戻れたのが午後になってからで、話をしたのは彼と仲のいいロボロ、トントン、鬱、コネシマにだけ。
「命に別状はないらしい。詳しい話はゾム本人に聞くことになってる、一応はね。
君たちに事情聴取のお願いが来てる。どうする?」
意味を理解したのかしてないのか。
ぱちくりと瞬きをしてから、みんな大きく頷いた。
◇
なんでこうなったんやっけ。
最早痛みを感じなくなった体は動かせなくて、ぼんやりとした思考回路の中で考える。
少なくとも妹が産まれるまでは、ごく普通の家庭だったと思う。
きっかけは、父さんが自殺してしまったこと。
どうやら会社で上司からパワハラを受けていたらしい。
でも家族のことを思って、誰にも言わず相談もせず、一人で抱えてきたんだろう。
葬式では、それはもう泣いた。母さんに引けを取らないくらいには。
頭を撫でてくれる手が好きで、名前を呼ぶその声が好きで、休日にたまーに一緒にするサッカーは楽しかった。
母さんは、父さんの死を大分引きずった。
大好きだったらしい。親の決めたお見合い相手を振り切って、同級生の頃から好きだった父と結婚した。
最初は塞ぎ込んでたけど、父さんの分も頑張らなくちゃ、ってパートで働き始めたのが、小四くらいの時。妹は、母が負担しきれないので叔母の家に預けられた。
幸い父さんの残した遺産や死亡保険があって、最初の方は順調だった。
でもやっぱり、母さんは父さんがいないとダメだったみたい。
どんどん給料が落ちていって、それに伴って生活も苦しくなる。
あんなに優しかった母はもう笑ってくれなくて。
次第に「役立たず」って言われるようになった。
何をしても怒られて、部屋の隅で一日丸まってることが増えた。
こんなだから人見知りも激しくて、唯一の友達がロボロだった。
次第にトントンや大先生、シッマとも仲良くなって、こんな自分でも楽しいって思えるようになった。
だから、だからこそ、踏み込んでほしくないのに。
自分の中では別世界で、違う夢の話なのに。
「ッゾム!!!」
この声は、先生?
霞む視界でよく分からないけど、声と青色だけははっきり分かる。
「・・・ら・・・だ、?」
なんで先生がここに?とか、母さんは?とか。
聞きたいことはいっぱいあったけど。
今、離れたらダメな気ぃする。
握られた手があったかくて、猿のくせに安心してしまう。
もう、大丈夫?
薄れていく意識の中で、せんせーが零した涙がやけに綺麗に見えた。
◇
忙しい
next→♡800
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!