いつかのように姫抱きで彼女を運ぶとそっと横たえる。ストッキングに包まれた足首を持ち上げ、そっとキスをする――その所作だけで、どれほど男が女を大切にしているのかが、伝わってくる。
山崎は目を凝らした。見たことのない夏妃の表情に。口許は自然とあがり、頬は紅潮。肌はしっとりと、熟成された桃のように、艶めいている。
「ああ……」
その麗しい声を聞いた瞬間に、どっと下半身に熱が集まった。……なんだこれは。こんなに……美しい顔をする女だったか?
足をさすられているだけだというのに、彼女の声は止まらない。するする、……と魅惑的な曲線をなぞる男の手つき。いかに彼が女を愛しているのか……愛撫とはまさにそういう意味だ。
口づけられるたびに女は声をあげる。そうして、何度も何度も口づけたのちに、男は女の足をM字に開き、――ぱくりと、そこに、口づける。それを見た山崎は思う。そんなところ……おれは愛したことがあったのか? と。
思えば夏妃は、濡れない女だった。ローションの力を借りたこともあった。山崎はそんな夏妃のなかに入ると、異様な窮屈さを感じていた。それがでもセックスだと……思い込んでいた。
夏妃の声が感度を増す。こんなに……声の出る女だったか? 別人と思えるほどの女がそこにはいた。ショーツ越しに男を受け入れるそこを愛しこまれ、どんどん……濡れていく。たまらず、山崎は近づいた。雌の匂いが広がっていた。そのかぐわしさに山崎は息をのんだ。……美しい。山崎はこころのシャッターを切った。
「ああいい……譲さん」恍惚のなかで訴える夏妃の姿。「ああ……あたしのなかが、あなたでいっぱい……もっともっと、欲しい……」
広坂がパンストごと夏妃のショーツに手をかけ、彼女の下半身をむき出しにする。広坂が下ろしやすいようにと、腰を浮かすタイミングも完璧だった。言うなれば、餅つきのような。阿吽の呼吸が二人からは……感じられる。
ぱっくりと開いたそこに山崎の目がくぎ付けになる。男を誘い込むそこはてらてらと雨露に濡れる花びらのように濡れていた。恐ろしいほどの愛の蜜を垂らす。蜜壺と言われるゆえんがよく分かる。
「夏妃……愛している」
直接、広坂がそこを愛しこむのを見届けた瞬間、山崎は射精していた。もう我慢出来ない。必死に山崎は自身を、しごいた。愛し合うふたりの姿をしかと目に焼きつけながら。
広坂は丁寧に献身的に、夏妃のことを愛しこんだ。こんなにも懸命なる愛撫は、いままでに聞いたことも見たことも――なかった。夏妃のあげる声はどこまでも自然で。艶めいた声色及び仕草で幾度もエクスタシーを表明した。全身がふるえるほどにそれは激しく。とうとう、二人がひとつになったときには、山崎は感動のあまり涙を流したほどであった。
――本物の、セックスが、そこにはあった。
自分のしていたことはなんだったのか……自身の価値観がひっくり返るほどの衝撃を受けた。
一度結ばれても彼らの欲望は尽きることがなく。後背位で、背後から愛しこまれる夏妃の、色気と情欲がないまぜになった姿を、山崎は凝視した。激しくどこまでも美しく、山崎の知らない女神がそこにはいた。
交接部を、山崎は凝視した。感じるあまり……何度も何度もセックスを重ねるあまり、広坂が抜き差しする都度、そこは精液と蜜を垂らす。二人の愛を、かき混ぜ合っているように思えた。セックスとは単なる行為で、手段ではない。愛そのものがなければ成り立たないものだと、思い知らされる。
彼らのセックスは、二時間にも及んだ。休憩を挟まず、そこまで持続出来る彼らの体力にも驚かされたが、もっと驚いたのは自分がそれを感動と興奮とともに受け入れているということ。もう、出る幕などない、と悟った。あんなに愛しあうふたりを見せつけられては……邪魔をするのも野暮というものだろう。
まだ交わる二人の叫びを背後に、山崎は倉庫を後にする。二度と、山崎は彼女の前に姿を現すことはなかった。
「……激しかったね」終わりの見えぬ情交の果てに、広坂は彼女の髪を撫でた。「とにかく、……無事でなによりだ。あいつに酷いことされてない?」
広坂に抱かれながら彼女は呟いた。「……むしろわたしのほうがひどいことをしたかも」
山崎は間もなく退職した。金原の計らいで、別の人間が彼の後処理を受け持った。
後日、会社の住所の夏妃宛てに手紙が届いた。
『広坂夏妃様
先日は、あなたに酷いことをしてしまい、申し訳ありませんでした。
あなたの教えてくれたことを、一生胸に刻み、生きていきます。
あなたのファンより』
「……てまたファンが増えたのぉ?」広坂は唇を尖らせる。「まったくもう。世の中は敵だらけだね……きみという麗しい花に群がる蜂だらけだ」
屈託なく言う広坂に、手紙をまた一段と大きくなった胸に当てて、彼女は笑った。
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