長閑な田園を抜け、山道を走る。途中、朱華がリュックから少し顔を出していたが、俺はそれを咎めなかった。
ピンク色の髪を靡かせ、朱華は気持ちよさそうに風に当たっていた。
片側一車線の、曲がりくねった山道。
空から降り注ぐ鮮烈な光も、道を覆い尽くすような木々に遮られ、無数の光のラインがレーザー光の様に降り注いでいる。山肌を滑る風は、木々の間を抜けて冷やされ、涼しい。
原付を軽快に走らせながら、俺は森の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「白鳳、これ、なんて言うんだ?」
朱華は、小さな指を空に向ける。
頭上には木々のカーテン。そこから漏れる木漏れ日は、下から見上げるとエメラルドを鏤(ちりば)めたように美しく輝いている。
俺は路肩に原付を止めると、朱華をリュックから出した。
「どれ?」
「あれ! あれだあれ!」
一生懸命指を指す先には、やはり木のカーテンしかみえない。
「光ってるやつ」
「んと……」
言葉を話せるようになったが、まだ語彙が少ないのだろう。彼女は、見たものを指しているのか、それとも、「綺麗」「美しい」そういった形容詞的なことを指しているのだろうか。
「あれは、木漏れ日って言うんだ。木の葉に光が遮られていたり、葉っぱの間から差し込む光のことを言うんだ」
俺は朱華を木漏れ日の下に連れて行った。
「眩しい」
木漏れ日を受け、朱華は顔をクシャクシャにした。
「キラキラしている事を、綺麗とか美しいって呼ぶこともある」
「キラキラ? キラキラ好き。綺麗、美しい」
朱華はこちらを見て微笑む。
「小さくても、女の子なんだな」
「白鳳、他に、どんな言葉があるんだ?」
「綺麗とか、そういったことか?」
俺は原付に跨がった。
「そうだな……」
俺は背中にいる朱華に、大声で怒鳴るようにして様々な言葉を教えた。
幸い、対向車も後続に車がなかったため、思う存分声を張り上げる事が出来た。俺に負けじと、リュックの中で朱華も大きな声で俺の言葉に応える。
街中に差し掛かったところで、俺は朱華にリュックに入るように指示を出した。
一口に『街』と呼んでも、所謂ここは地方の街であるため、それほど栄えてはいなかった。郊外に大型スーパーが建ち、駅前はシャッター街となっている。昔は沢山あったおもちゃの個人店も軒並み潰れており、やはり街から少し離れた場所に、外資系のおもちゃ屋が大きな店舗を構えていた。
俺は少し寂しい街を通り過ぎ、目的のおもちゃ屋に到着した。
「いいか、声を出すなよ」
後ろ手にリュックを叩くと、「わかった」と、くぐもった声が聞こえてきた。
久しぶりのおもちゃ屋に入った俺は、ゲームやプラモデルのコーナーを横目で見ながら、女の子のおもちゃコーナーへ向かう。
俺は人形の売り場へ行くと、朱華に会いそうな服を見た。
「今は、こんなに種類があるのか」
昔、麒麟の買い物に付き合ってきた事はあったが、当時はこんなにも種類はなかった。俺の知っている定番の物から、見たことのないキャラクターの衣装まである。カラフルなドレスから、チャイナ服、水着、など多種多様すぎて目移りしてしまう。
「結構高いんだな……」
一つ服を手に取った俺は、値段を見て目を見張った。二〇〇〇円。もしかすると、俺の着ているシャツよりも高いかも知れない。生地の必要量からいったら、断然俺が着ているシャツの方なのだが、値段はこの小さな服一つの方が高かった。ご丁寧に、パンツや靴下、手袋まで揃っている。
「…………いいのあったか?」
気になるのだろう、リュックの中で朱華が動いた。
「あ? ああ……」
金はある。あるにはあるのだが、これを買ったら俺の手持ちが全て消える。
「カードもないしな……」
ニートである俺は、カードを持っていない。もちろん、定職についてなくともカードは持てるのだが、両親が「働いていないのにカードなんか使うな」の一言で、俺はカードを持つことを禁じられている。
断っておくが、ニートだってカードを持てる事を知っている。だが、俺にもプライドという物がある。両親にそう言われてしまった手前、黙ってカードを作るわけにもいかない。それに、俺自身が金を稼いでいないという、後ろめたさもある。
「仕方ないか」
俺の小遣いを減らしても、ここは朱華に服を買うのが優先だろう。それに、いざとなったら、玉依から生活費を貰えば良い。あれでも、朱華の母親なのだ。
「…………アイツ、金があるのかな」
玉依は期待できない。俺は自分で自分の考えを即座に否定した。仮にも、彼女は神様だ。だとしたら、人間のお金などという、俗物な物を所持しているはずもないだろう。もしかすると、お金や資本主義という概念さえ知らない可能性もある。
俺は溜息交じりに、いくつかの服をピックアップした。
カラフルなドレスも必要かと思ったが、朱華には似合わないように思える。俺の勝手なイメージだが、朱華には着物などの和装が似合うような気がする。幸い、着物もあったため、一着購入しておいた。
これで、ひとまずは俺も朱華も落ち着ける環境ができあがるだろう。
ホッと一息ついた俺は、会計を済ませて再び原付で自宅へ戻った。
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