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あわよくば君色に染めて。

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あわよくば君色に染めて。

3 - あの花みたいな桃色に〈めい〉

2024年10月19日

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_男なのに男が好きとか…ふざけてんの?


_え…ちょっ、と、冗談…だよね?


_あ、見てよあの子…噂の。


_白馬の王子様が迎えに来るとでも思ってんのかよ!



__気持ち悪い。




「…ッ、ぅ」


また、あの悪夢だった。最近はあの夢ばかりだ。ただでさえ現実でもこのことで悩まされているのに、夢くらいもう少し楽観的なものを見せてくれないものだろうか。

僕は確か昨夜も…そう思いながら自分の腕を見る。無数に並ぶ赤い線が僕の心をさらに重くした。

今の時刻は朝6時。今日も相変わらずの4時間睡眠だ。夜明けも近づき、薄暗い空の光と未だついている街灯の光がカーテンから差し込む。



あれは3年ほど前、小学校の先生が「君たちはもう最高学年になるんですよ」と言い出した時期のこと。いつものように、普通の生活を謳歌していた。


「××くん、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう、××さん」


その声が聞こえるたびに、視線がそちらに向いてしまう。微笑む彼が、誰よりも、何よりも愛おしい。あわよくば彼のいちばんになれればいいのに、と馬鹿なことを考えるくらいには、恋に浮かれていた。


「××くん、今日誕生日なんだねえ」

「あ、華崎くん。そうなんだよね…嬉しい」

「お誕生日おめでとう」

「うん、ありがとね」


本当は今日が誕生日だったことなんて、一ヶ月前から知ってて準備してたけど。

些細な会話でも、僕にとってはどんなときも思い出すだけで笑顔にさせてくれる魔法の時間。

共にしたこと、会話、何もかもが有意義で、無意味なことなんて一切なかった。彼の言葉を何度も何度も反芻しては、夢見心地に浸る。

その僕だけの密かな秘密が、世間的におかしい事だなんて。浮かれていた僕には到底わかるはずがなかった。


「ほんと、めいって××くん大好きだよね」

「うんうん。恋でもしてるの?なんて…」


いつもの女の子達が、健気に遊ぶ子供を見る母親のような目でこちらを見てくる。

その問いに、馬鹿正直に答えてしまったのが悪かったのだろうか。


「えへへ、実はそうなんだよね」

「え、冗談だよね?」

「え?違う、けど?」


浮かれていた僕でも、そこ一帯の空気が冷たくなったこと、やらかしたことを感じた。さっきまで暖かい目で見つめられていたのが嘘のように、冷たく痛い視線が身体に刺さる。

疑い、戸惑いが交じる、害虫を見るかのような、人間に向けてはいけないような。そんな視線。


「…気持ち悪い」


その一言が飲み込みきれずに。喉が詰まったように、呼吸が、止まった。



それからのことは、思い出したくもない。汚い言葉を浴びせられて、ペンケースやノートがいくつか犠牲になって、挙句の果てには要らなくなったおもちゃのように見放され、無視された。

あいつらの自分勝手さには吐き気がするけど、全部自分で言った僕が悪いから。だから、ひたすらに我慢するしかなくて。あの空気はこれほどまでに痛く冷たくなるのか、とまさに痛感したのを覚えている。



「…こんなの思い出したって、無駄だよね」


ぽろりと独り言が落ちる。全く、腕を血で真っ赤に染めておいて何をほざいているのだろう、僕は。どうせ今までもこれからも、一生この傷を引きずったまま生きていくしかできない可哀想な人間なのに。

家の前を車が通ったらしく、窓からエンジンの音と光が差し込む。何かがきらりと光ったのを視界の端で捉えた。見ると、雑な縫い目だらけの彼がこちらを見つめている。


_お願い、やめて、!やめてっ…!!


4時間前に発した言葉が脳裏によぎった。ああそうだ。僕は物に当たる癖があって、このぬいぐるみくんの傷も、僕がカッターで何回も何回も刺した跡なんだった。

彼をそっと抱き上げ、曇りのない青色の瞳を見つめてみる。

…なぜ傷つけるの。そう訴えかけているような、心做しか少し悲しそうなそれが、僕の心をさらに重くした。


ごめんね。わかってるよ。

自分も、みんなのことも、傷つけたって意味がないこと。

僕のことを全て受け止めて、笑ってくれる”王子さま”には、もう会えないこと。


(わかってる、わかってるのに…)


涙が、止まらない。視界が涙で煌めき、歪む。それは溢れ出してこぼれ、さっき謝ったばかりの彼にぽたぽたと落ちる。また、汚してしまった。


「ごめんなさい…ごめん、ごめんね」


もう、嫌だよ。

こんな身体で、生きたくないよ。

こんな性別で、こんな立場で。こんな価値観で、生きたくない。

僕が生きてても、誰も嬉しいなんて思ってくれないよ。

どんなに仲が良くても、打ち明けてしまえば全て崩れる。築いたものが壊れて、何もかもがただのがらくたになっちゃう。だから、無駄に足掻いて痛い目を見る、前に。


「…誰か、僕のことを、殺して……」


_そんなことないよ。

そんな風に、彼の目が煌めいた気がした。ふわりと、心が軽くなるような感覚になったが、それもすぐに無くなる。

だって、朝日が彼のプラスチックの目を照らしただけだったから。

やがて部屋が明るくなっていく。陽の光が、やつれているであろう僕の顔を照らす。

ああ、また始まっちゃったんだね。今日も、辛い現実と隣り合わせなんだね。

涙で霞む朝日を見つめて、1人静かに絶望した。



「行ってきまあす」


またいつものように、とぼとぼ学校に向かう。いつもより足取りが重く感じたが、とりあえず気の所為ということにした。

今日は修了式だ。中学校2年目は友達も増えたしそこそこに楽しめていたから、まああっという間と言える1年間だったのかもしれない。

視界が桃色に染まりつつある。もう花が咲き始める季節なのか。

周りの時間は移り変わる季節に合わせて色んな色に染まることができて、こんなにもカラフルに彩られているのに。どうしていつも自分の周りはどんよりとした灰色なのだろう。

あのお花みたいに、自分らしい色に染まれればな。

まあ、到底無理だけど。



なにかの式にいちいち校長先生のお話っているのだろうか、といつも考えてしまう。

だって長いもの。夏は蒸し暑いし、冬は寒くて手が冷える。もっとこう分かりやすく一言でまとめてくれればいいのに。

せめて椅子がほしい。なんで立って話聞かなくちゃいけないんだろう。口に出せば終わりの考えがくるくる頭の中を回る。

もう真面目に話を聞く気が薄れてきたので、辺りをきょろきょろ見回してみる。


あの子立ち寝してる。寄りかかられてる子大変そう。

あの先輩ずっと動いてない。真面目に話聞けるのすごいなあ。

あれ、あの人たち僕のこと見てる。顔きれい。

_ん?僕のこと、見てる?


僕とばっちり目が合った黒髪の男の子。ばっと僕から顔を背けて、隣に立っていた仲良さそうな男の子にからかわれていた。

仕方ないよ、見ちゃうよね。こんなに髪長い男の子。もし僕だったら2度見しちゃう。

耳を赤くした男の子_黒髪の方の、がこちらをまた見つめてくる。その挙動がなんだかかわいらしくって、少しからかいたくなった。

そっと微笑んでみる。お姫様のように、ほんの少し口角を上げて、上品に。…数年前必死に練習したから、もう染み付いてしまった作り笑顔だ。


「え」


そんな声が、確かに聞こえた。声変わりがもう終わっている、素敵な声。

かわいいなあ。思わず笑みがこぼれてしまう。

校長先生のお話、意外に悪くないかも。思わぬ出会いに何となくご機嫌な気持ちだ。起こった出来事を何となく思い返していたら、いつの間にか式は終わりを迎えていた。



帰り道は案の定1人。少し前までは寂しいと思っていたが、もう慣れてしまった。来た道をそのまま戻る、逆再生のような風景をひとり楽しむ時間がなんとなく好きだから、あんまり辛くはない。

今の僕もちょっとだけ、桃色に染まれていたりしてるといいな。

なんとなく軽い足取りで、家への道を辿った。



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