放課後、図書室を立ち寄れば、いつも君がいる。
性格も、声も、名前さえも知らなかった。
君は、なんだか儚くて、少しでも触れてしまえば消えてしまいそうで。
だけど少し、安心感を感じるような。
ただずっと、君と少し離れた席で本を開く。
それがどこか嬉しくて、心地よくて。
気付けばずっと目で追ってた、なんて、ベタすぎるけど。
ネクタイの色的に同学年なんだな、とか、今日は勉強してるんだな、とか。
そんな小さくてどうでもいいような発見が、
私にとってどこか嬉しかった。
…✩.。…✩.。…✩.。…✩.。…✩.。…✩.。
「………あれ、」
その日も同じだった。
がらり、通り慣れたその扉を抜ければ、いつもと少し違う光景に目を疑った。
「………一番乗りだ…」
放課後、ひとりきりの図書室でいつもの席に座る。
……“ひとりきり”。
……君は、まだいない。
今日は来ないのかな、なんて思いながら、ふと君の席を見てみる。
いつも雑音ひとつしないこの空間が、今日はやけに静かに感じて。
「………」
本も読む気にならなくて、ただぼうっと窓の外を眺める。
目を合わせることもなければ、話すこともない、
そんな…言ってしまえば、“他人”の君。
それなのにどうしてか、君が来ないこの部屋が、君の居ないあの席が、どうしようもなく寂しく見えてしまう。
私のこの立場でありながらよくそんなこと思うなあ、と自分でも呆れる。
………でも、もし君も。
もし君も、私と同じ感情だったらな、と考えて、ハッとする。
「……だめだめ、何考えてんの、私っ…」
考えれば考えるほどに自分の気持ちがわからなくなってしまいそうで、今日まだ一度も開いていない本に慌てて手をかけた。
……ときだった。
がら、と。
控えめに開かれた扉の音が耳に届いて、反射的に入り口に目を向ける。
瞬間、目が合った。
『……あ、』
トーンの少し違う2人の声が一緒になって、静まり返ったこの部屋に響く。
行き場のなくなった視線が、ただただ絡み合って。
そのまま、時間が過ぎていくのを待つ。
まだ明るい夕方の空、そこに差し込む太陽の光と、ふわりとカーテンを揺らす微かな風。
そこに、私がいて、
__君がいる。
意味もなく重なった視線が少しくすぐったくて、ぱっと不自然に目を逸らしてしまう。
短いようで長い沈黙のあと、コツ、コツ、とゆったりとしたローファーの音が鳴り響いて。
その音が段々と大きくなっていくのが、私にもわかった。
その音が止まったのと私が顔を上げたのとは、ほぼ同時だった。
……君がいた。
そこには、目を細めて優しく微笑む、君の姿があって。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……ねえ、そこさ、」
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「…座っても良い…?」
私が座るすぐ隣の席を指さしながら、君は首を少し傾ける。
一瞬、時が止まったような気がした。
まるでこの世界に、君と私、2人だけの時間が存在しているような。
「……へ、、」
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……嫌、だったらいいんだけど、」
「…あ、いや、ううん、」
「……どうぞ…っ」
慌ててそう言えば、
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「ありがとう」
ほっとしたように微笑んだ君が、いつもは誰もいない、空っぽだった隣の椅子を引いた。
心臓がいつもよりずっと速く脈打って、妙に苦しくて。
静かでゆっくり過ぎていく、君との時間。
いつもと同じ時間、同じ空間。
でも、今日は。
今日だけは。
少し、変えてみても良いかな。
「……あの、名前…、」
絞り出した声は、異様なくらいに弱々しくて。
私って、こんなに話すの苦手だったっけ。
多分、そうじゃないけど。
これはきっと、君がすぐそこに居るせいだけど。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「キムデヨン。友達からは、ジェヒって呼ばれるけど。」
初めてだった。
君の声を聞くのも、君と話すのも、
こんなに、緊張するなんてことも。
「ジェヒって呼んで」とにこやかに笑いかける君が、
どうしようもなく私を狂わせて。
静かでゆっくり過ぎていくこの時間が、とてつもなく騒々しく感じて。
「……あ、っと、そうだ、私は__」
そういえばまだ名乗ってなかった、と思って声を出せば、
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……○○」
「………へ、」
君の口から聞こえたその名前に、思わず情けない声が出る。
だって、だって。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……知ってるよㅎ、○○さん。」
「………なんで、」
私知らないうちに自己紹介してたかな、と記憶を遡ってみるけど、そんなことをした覚えはなくて。
困惑した私を察して、君……ジェヒくんは、「ふは、」なんて笑う。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「名札。見てたら覚えちゃった」
「………っ、」
「……そっか…」
一瞬にして顔に熱が集まっていくのが、自分でもわかってしまう。
“見てた”なんて。
君はきっと、その一言にどんなに深い意味が込められてるのか、それを知らない。
視線すら感じなかったのに。
ただ、私が一方的に見ているだけだとばかり、思っていたのに。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……照れてるの?」
「……そんなこと、ないけど…っ」
ああ、本当に。
ずるい。
ずるいよ。
早くこの空気をどうにかしたくて、とっさに話題を考える。
……って言っても、多分自分の気持ちを落ち着かせたかっただけだけど。
「……ジェヒ、くんは、」
「よくここ、来るの?」
そう話しかけてみれば、君は。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……ふ、」
そう優しく微笑んで。
ᴶᵃᵉʰᵉᵉ「……○○さんが一番知ってるでしょ」
風が優しく舞うように言った。
「……私が、」
きゅ、と。胸が小さく高鳴って。
なんとも言えない感情が押し寄せてくる。
「……うん……そうだね、ㅎ」
私は、知ってる。
君がいつもここにいて、本を読んで、それがどんなに綺麗なのか。
それと同じように、君も。
君も知っててくれたらな、
……なんてね。
2人居座るにしては十分すぎる図書室に、
ときどき、ぱら、とページを捲る音が聞こえる。
私は君のことも、自分のことさえも何もわからないけど。
これだけは、わかる気がするんだ。
私が君に、もう随分と前から心を奪われていたってこと。
コメント
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やっぱり語彙力すげぇな(ドヨンちゃん?)重なった目線が少しくすぐったいとか、どうやったらそんな言葉出てるんですか!?(褒めてますよ?)