テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
190
ぷち
230
天使狩りが終わって世界には平和が訪れた。執事達は悪魔との契約を破棄して普通の人間に戻ったし、私の主様としての仕事も終わり。もうこの世界に私の存在は必要ない。それなのに指輪を外す気になれなかった。だって、指輪を外したらきっともう二度とこの世界に来ることができないと悟っていたから。だって、この世界に来られなくなるということは大好きな執事達とお別れすることになるということだから。
でも、今まで天使狩りや貴族からの依頼でしか役に立っていない私がこの世界に留まってもいいのかな?私がこっちの世界でできる仕事とかあるのかな?
私がひとりベッドの中で悶々と考えていると微かにノックの音が聞こえてそっと誰かが部屋に入ってきた。緑の短髪で癖っ毛だったのですぐにハナマルだと分かった。
「よぅ、主様。眠れないんだろ?ちょっと飲みながら話さないか?」
ハナマルは酒瓶を片手に掲げてにんまりと笑う。
『どうして眠れないこと、分かったの?』
ベッドから起き上がるとハナマルは酒瓶をテーブルセットに置いて懐からお猪口を取り出して並べながら、うーんと唸る。
「俺が眠れないから主様も眠れてないんじゃないかと思ったんだ、なんとなくだけどな。でも勘が当たったわけだし、ハナマル様が来たんだからもう主様は眠れない夜に独りぼっちじゃないぞ?この際だから腹を割って話そうぜ?どうして眠れないのか、主様はどうしたいのか、一緒に考えるのも悪くないだろ?」
『…そうだね、確かに私一人で決めようとしても決まらない気がするから』
私がベッドから降りて椅子に座ると、ハナマルはブランケットを肩から羽織らせてくれた。
そしてお猪口にお酒を注いで二人で軽く乾杯した。日本酒なら甘いのが好きと言っていたのを覚えていたらしく、とても甘くて飲みやすい味だった。
お猪口一杯でも飲んだら体がポカポカして顔が少し熱くなるような感覚になる。意外とアルコール度数は高いみたいだ。
「…それで、主様はどうしたい?…なんて訊いても分からないから困ってるんだよな。主様、俺の独り言って思ってくれていいから聞いてくれないか?これからのこと…」
『…うん』
ハナマルはお猪口にお酒を注ぎながらぼそぼそと話し始める。
「俺はさ、教会で育てた子供たちを見守りながら暮らせればそれでいいと思ってたんだ。一生食うに困らない程度の金は貰ったし、教会で墓守しながら老いていく…そんな人生でもいいなって思ったんだ。だけどな、同じくらい主様と一緒に居たいって気持ちもあってさぁ…屋敷を出て行く決心がつかないんだ。主様が元の世界に戻るっていうのなら俺は教会で適当に仕事見つけて暮らしていこうかな、と思った訳だ。でも主様は元の世界に帰るつもりじゃなさそうだよな?この世界に未練がある感じ?」
『…未練…なのかな…?私は執事達が幸せになってくれたらそれでいいの。私には私の人生があるように、皆にも皆の人生がある。それを邪魔してしまうのは嫌だけど、私も…この屋敷を離れる決心がつかないの。それに指輪を外したらもう二度とこっちに戻れないだろうからずっと迷ってるの。皆の幸せを邪魔したくない、でも私は皆が幸せそうに笑ってるのを見守りたいの。…言ってることぐちゃぐちゃだよね、ごめん』
ハナマルはそんな私の頭を撫でてやさしく微笑んでくれる。
「主様がこっちの世界で暮らすってんなら、俺と一緒に働くのはどう?ユーハンちゃんを誘って美容室を開くとか…俺がカットとかヘアアレンジをして、ユーハンはパーマとかメイクとかを担当してもらうんだ。悪くないだろ?」
『えっ…ユーハンも誘うの?そしたらハナマル、毎日めちゃくちゃ怒られない?』
「…そうだな。でも同室の仲だし、カットとヘアアレンジだけじゃなんか味気ないっていうか…と思ってさ。それに「手切れ金をギャンブルに突っ込んで全部使い切るのは許しませんよ。ちゃんと働いて社会貢献をしなさい」って言ったのはユーハンちゃんの方だしな」
『ふふ、ユーハンは厳しいね。私達この世界で定職を見つけることから始めないといけないから、お店開くのは良いと思うけど…ユーハンは故郷に戻りたいって言ってなかったの?』
「それもまぁ俺と一緒で主様がこっちに留まってくれるなら主様の役に立ちたいって感じだったな。ユーハンだってさ、皆殺しにされた村に戻ってもつらいだけかもしれないしな」
『…そうなんだ。…それで、私はお店で何したらいい?お会計とかシャンプーとか掃除とか?』
「あぁ、大体そんな感じの仕事をしてほしいって思ってる。乗ってくれるか?」
『ハナマルがちゃんと働きたいって思ってるなら応援したい。ユーハンも一緒なら私も安心だし』
「そっかそっか…じゃあこっちで暮らすことで決まりでいいか?そしたらまずは、ユーハンを説得して店と家を探さないとだな」
ハナマルはお猪口にお酒を注いで私にも勧めてくる。もう一度乾杯したいらしい。
私はこれが最後だから、とお酒を貰ってお猪口を掲げた。
「それじゃ、主様と暮らせることに乾杯!」
『ふふ、乾杯』
その夜はお酒のおかげかぐっすりと眠ることができた。
翌日、別邸の周辺の掃除をしていたユーハンを二人で捕まえて一緒に働きたいことを伝えた。
「ハナマルさんが働くとこの短期間で決めるだなんて思っていませんでした…なるほど、美容室ですか。確かに私のメイクの技術が活かせるのであれば嬉しいところではありますが、主様以外にメイクをした経験が少ないのでもう一度メイクの勉強をしなくてはいけませんね…でも、私と一緒に働いていればハナマルさんがギャンブルで店の金に手を付けることもないでしょうから安心ですね」
ユーハンからすんなりOKを貰って、ホッとしてハナマルを見上げて笑い合うとユーハンの微笑みが怖くなった。怒る要素あったけ?とハナマルも思ったらしく、背中に冷汗が流れる。
「ハナマルさん」
「な、なんだよ…」
「主様と同棲するおつもりでしょう?酒、煙草、ギャンブル…この三つを辞めるというのなら同棲も結婚も許して差し上げます。ですが、一度でも約束を破れば私は主様を連れて故郷に帰りますから。私と主様を雇うというのなら、そのくらいの覚悟がおありということですよね?」
「……酒も煙草もギャンブルも禁止なの?」
「えぇ、禁止です。このくらいできますよね?主様のためだと思ってスパッと辞めてください。できないというのなら主様を連れて故郷に帰らせていただきます。どうしますか?」
「あーーー…分かった、酒も煙草もギャンブルももう辞める。だから主様と同棲するのを許してほしい」
「いいでしょう。その覚悟ができるのなら主様に家事を押し付けたりせずに仕事も家事も分担してやってくださいますよね?」
「わかった、家事も仕事もちゃんとやるから…」
「まぁ酒を辞めれば飲んだくれて家事もせずに寝てしまうこともないでしょうから、信じましょう」
ユーハンからかなり厳しい条件が課せられたが、ハナマルは私と暮らすためなら頑張ってくれるだろう。それにお酒はユーハンの監視のもとなら飲ませても良いんじゃないかなぁと私はちょっとハナマルに同情した。
ユーハンとハナマルはそれから街で不動産屋を回っていろいろな店舗や住居の見取り図を貰ってきて家賃や工事費用がどのくらいかかるかなどを考慮してどんどん候補を絞っていき、数日でお店にできる物件を契約してハウレスが働き始めたという工事業者に工事を依頼して設備を整え始めた。
工事している間に今度は住居を探し始める。ハナマルはファミリー向け物件、ユーハンは単身向け物件を探して店から近くて比較的治安が良い場所を選んだ。
私はハナマルにトイレとお風呂は別がいいな、とだけは伝えていたがハナマルはにやっと笑って「だと思って最初からそういう物件しか選んでないから安心しな」と最終候補に残った三つほどの紙を見せてくれた。どれもファミリー向けで夫婦の寝室と子供部屋にできそうな部屋がある物件で、寝室を分けたいと私が言っても大丈夫なように考えてくれているのが分かった。
『私はハナマルと一緒に寝るの嫌じゃないよ?ここまで広くなくても良いんじゃ…』
「いや、ユーハンが絶対泊まりに来るから一部屋多いほうが良いだろ?それに、いつか子供ができたら子供部屋は必要だろ?」
子供が生まれてくるのは考えていなかったな、と私はハナマルと二人暮らしということは同棲で、エッチなことをするかもしれないんだ、という事実に今更ながら恥ずかしくなる。
今まで恋焦がれて、でも表に出せなかった恋心が燃え始めるようだった。そうか、もう私達は一人の人間なんだもんね。もう何も我慢する必要なんてないんだ、と気づいて間取りで悩んでいるハナマルに抱き着く。
「お、主様ってば大胆だなぁ」
そう言いながら抱きしめ返してくれるハナマルのことが愛おしくてたまらない。だらしなくて酒好きでギャンブル好きなところも全部が好きで、私と暮らすために酒も煙草もギャンブルも辞めると約束してくれたところも私を愛してくれていることが伝わってきて、嬉しくて幸せで涙が出てくる。
「おいおい、主様…まだ家も決まってないんだから俺の理性が効かなくなる前に離れたほうがいいぞ?主様の声も涙も乱れた姿も…全部俺だけが知っていればいいことだからな」
そこでここが別邸の小上がりで、ユーハンも一緒に物件の検討をしようと言っていたのを思い出した。
「…ハナマルさん?主様をここで襲うというのなら私の剣の錆にして差し上げますよ?」
「違う違う!!主様から来てくれたらユーハンだって抱きしめ返すだろ!?」
「……否定できませんね」
そんなこんなでとりあえず物件も決まり、荷造りをしてお世話になったパレスを出て新生活が始まった。
店はアモンが用意してくれた花飾りでオープンを大胆に行って、料金も割とお手頃な価格に設定して、そこまで裕福でないけれど月1くらいなら通える、というお客さんを増やしていこうという方向で始めることにした。
最初の数ヶ月は赤字だった店の売り上げは、ハナマルのトーク力とユーハンの丁寧な接客のおかげでリピーターがついて黒字に転じた。
私はその間レジや掃除を主に任されていて、カットして床に落とされた髪の毛などをすぐに綺麗にしないといけないしレジの機械の使い方が分かるようになるまでかなり苦労した。
それでも数ヶ月もずっと続けていれば手元を見なくてもレジを打てるようになって、お客さんと話すこともできるようになった。
イケメンでトーク力が高いハナマルと丁寧で優しいユーハンの人気はかなりあったようで、お客さん同士でどっちが好きかと話題になることも珍しくない。
店が繁盛するのは嬉しいけれど、ハナマルが私以外の女の子を好きになったらどうしようとちょっと不安になった。
『そういえばさぁ、元の世界で付き合っちゃいけない3Bっていうのがあって、美容師、バンドマン、バーテンダーだったなぁって思い出したの。でもハナマルは浮気とかしないよね?』
「…なんでその話題になったのか聞いていい?」
夕飯を食べながら思い出したことをハナマルに伝えるとハナマルはちょっとむせてから聞き返してきた。
『…だってハナマルって可愛い女の子からもミドル世代からも結構アタックされてるじゃん?目移りしたら嫌だなぁって思ったの』
「心配しなくても俺は主様以外を見ることなんてないぞ?…それなのに主様に浮気を疑われるだなんて流石のハナマル様でも傷ついちゃうぞ?…でももっと主様にアプローチしていいってことだよな?主様が不安にならないように、俺の愛が伝わるように、今夜分からせてやるよ。明日はちょうど休みだしな」
その夜はベッドに入るまでずっとドキドキが止まらなくてお風呂で悶々と考えてハナマルから体調が悪いのかと心配された。でもベッドの上でのハナマルは優しくて沢山甘い言葉をかけてくれて、何度もキスをしてくれた。この人はきっと他の女の子にせがまれてもここまで優しく熱く抱くことはないのだろうなと感じられた。
しかし、酒、煙草、ギャンブルを禁じられてストレスの発散方法は性欲という形で現れたらしく、かなりの頻度で誘ってくるようになってしまったので、私は翌朝ハナマルが作ってくれた朝食を食べてから、火照って重怠い身体で仕事をすることも日常になりかけていた。
「今月で酒、煙草、ギャンブルを禁止してから一年ですね。もうそろそろハナマルさんは主様を幸せにできるようになってきています。婚約までは許して差し上げましょう。結婚するときは執事達を全員集めて盛大にお祝いしますから、皆さんの都合のつく日を聞いてみることにしましょう」
仕事終わりに店の片づけをしているとき、ユーハンがハナマルにそう囁いた。
「えっ、マジで!?ユーハンってずっと俺がボロを出して主様を奪おうとしてると思ってたんだけど」
「主様が貴方を選んだ…その事実は変わりません。あれは半分脅しのようなものですよ。もう半分は本気でしたが、ハナマルさんも本気で、主様も貴方を好いていらっしゃる。それの邪魔をするなど無粋ではないですか?」
「ユーハンも人の心があったんだねぇ…」
「私を何だとお思いで?もし主様に負担をかけすぎるようならうちに避難させるつもりではいますが、己の恋心の為に思い合っている二人を引き裂くほど卑劣ではありませんよ。
それより婚約を許してあげたのですからさっさと指輪をプレゼントして薬指に嵌めさせた方がいいですよ。主様目当てのお客様もいらっしゃいますからね。そんなぽっと出の野郎に取られては私も諦めがつきませんから」
「マジか…すぐ指輪買ってプロポーズするわ…」
「是非そうしてください。主様が変な男に掴まって人生がめちゃくちゃになるよりはハナマルさんに渡す方がまだ安心ですから」
ユーハンは真顔でそう言っているが、本当は自分を選んでほしかったという嫉妬や、どうして自分が選ばれなかったのだろうという疑問が口から零れそうで、ぐっと唇を噛んで耐え忍んだ。
私がハナマルと話をしたいからと先に帰らされたので夕飯の支度をしているとちょうど出来上がったタイミングで玄関が開く音がした。私は『おかえり~』と言いながらすぐに食べられるように皿を出して盛り付け始める。
その間ハナマルはなんだかそわそわしていて、いつもならすぐに手を洗って部屋着に着替えて夕飯の支度を手伝ってくれるのに、玄関とキッチンの間で悩んでいる様子だった。
テーブルにハヤシライスを二人分用意してハナマルに早く食べるように促す。
『どうしたの?ユーハンにまた怒られた?それとも迷惑客の対応を考えてたの?』
「うーん…そうだなぁ…怒られたって感じじゃなくて、何て言うのかねぇ…励ましの言葉を頂いたって感じっていうか…。客の方の話はサクッと終わらせたんだけどな、まだ完全に俺のものにできるわけじゃないけど牽制になるからちょっと奮発してきちゃったのよ」
『何か新しい設備を買ったの?』
「んー…そうだな…食べてからのお楽しみってことでどうだ?」
『…いいけど、ハナマルがお金使うのってほぼ私と出かけた時のデート代くらいなのに、奮発したって聞いたら気になっちゃう』
私とハナマルは少し冷めて食べやすい温度になったハヤシライスを食べながら、私が何を買ったのかあれこれ予想をしてこれだ、あれだ、と言ってもハナマルは違うと言って笑っていた。
食べ終わって食器を流しに置くと、ハナマルは仕事着をきっちり着込んだまま私の前に跪く。
「主様、俺と結婚してくれるか?結婚式は執事たち全員を集めてやるから、正式な結婚の申し込みじゃないんだが、この指輪を受け取ってほしい」
ハナマルが懐から取り出したのは大きなダイヤモンドが輝く婚約指輪だった。
私があまりの突然さに驚いて焦っていると、ハナマルは私の左手を掴んで薬指に指輪を嵌めてくれる。
「なぁ、いいだろ?俺のことが好きだからこっちの世界に留まってくれてるんだろ?俺のものになってくれよ」
びっくりから喜びに感情が振れた私はぽろぽろと涙を流しながら頷く。
ハナマルは嬉しそうに笑って私を抱きしめてくれる。
「好きなだけ泣いていいぞ。でも、泣き止んだら幸せだって顔を見せてくれ」
私はハナマルの腕の中で泣きながら何度も頷いたのだった。
コメント
3件
わあ、ついにハナマルがプロポーズしましたね…!ユーハンの厳しくも愛ある後押しにじーんと来ましたし、「酒も煙草もギャンブルも辞めるから同棲を許してほしい」ってハナマルが真剣に約束したシーンがもう、愛おしすぎます。ブランケットを羽織らせる仕草や、子どものことをさらっと口にするところも含めて、彼の優しさと覚悟がにじみ出ていて胸がいっぱいになりました。お幸せに…!