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「腹ヘラナイ。助カル!」
ゴブリンたちは喜びに満ち溢れていた。卑下た笑いではない純粋な笑顔。その感情は人間のそれとなんら変わりない。
「マスターもよろしいですか?」
「ああ、構わない。彼等が望んだ事だ。その意見を尊重しよう」
「わかりました。では、最初なのでちゃんとやります」
ということは、ちゃんとやらなくてもいいのだろうか? よくわからん……。
「では、マスターはここに立ってください。ゴブリンの皆さんはこちらへ」
なにやら手順があるようで、あーだこーだと指示を飛ばす百八番は、手際よく儀式の準備を進めていく。
「あ、ワンちゃんは邪魔なんで、あっち行ってて下さい」
「ワンちゃんだと!?」
抗議の声を上げるコクセイを華麗にスルー。百八番はあっちこっちと大忙しだ。
しばらく睨み続けていたコクセイであったが、まったく相手にされていないことを悟り、仕方なく部屋の隅へと移動すると不貞腐れるように寝そべった。
「よし。こんなもんですかね」
汗なんてかくはずがないのに、片腕で額を拭うような仕草をして見せた百八番は、両手を腰に当て満足そうに頷く。
ゴブリンたちは部屋の中央へと集められ、それと向き合うように棒立ちする俺。
「では、始めましょう。久しぶりなんで気合い入っちゃいますね!」
百八番は緊張を解すためなのか、気を落ち着けるためなのか。目を深く閉じると胸を大きく膨らませ深呼吸。
精神体が呼吸をするのかという疑問はひとまず置いておいて、少なくとも俺にはそう見えた。
そして、百八番が次に目を開けた瞬間。その雰囲気がガラリと変わった。
全てを見透かしているような冷酷な目。張り詰めた空気。その視線がゴブリンたちへと向けられる。
「王の前へと跪きなさい」
急にそんな目で見られようものなら体も強張ってしまうだろう。
しかし、ゴブリンたちはそれを当たり前のように受け入れ、静かに跪く。
百八番はゴブリンたちに向け両手を大きく広げると、天を仰いだ。
『虚ろはざる深淵の迷宮、怨嗟払いし魔の王は我が迷宮の主なり。
偉大なる王の器に導かれし迷える魂よ。今ここに指し示す道しるべは運命。
王が与えるは慈悲。寵愛を受けし汝等は、敬い崇め平伏し生涯を捧げよ。
祖たる汝の御心が、王の礎に成り行くことを魂に刻め……』
百八番が言葉を紡ぐごとに引き込まれていく自分がいた。その姿が面妖でもあり神秘的でもあり美しくも見える。
広げた両手の片手にダンジョン中の魔力が集まっていく。それは視覚というより、感覚で捉えていた。
耳に入って来た言葉の意味は理解出来ず、俺はそれをただボーっと眺めているだけ。
祝詞のような呪文を言い終え、ゆっくりと振り向いた百八番の表情は見たこともないほどに真面目な表情。凛として冷たい雰囲気は、なんというか近寄り難い。
そんな顔が僅かに緩みを見せた瞬間、百八番の右手が俺の胸を貫いた。
それを見たコクセイは驚き、立ち上がる。
「——ッ!? 九条殿!」
「いや……、大丈夫だ」
いきなりすぎて身体が跳ね上がるも、痛みがないことはわかっていた。
百八番は精神体。そもそも物に触れることすら出来ないのだ。とは言え、気持ちのいいものではないのも確か。
そして、その手がゆっくり引き抜かれると、百八番が手に持っていたのは何かの円柱の塊。それを、俺に差し出した。
百八番の手のひらに乗っているそれは、ガラスなのか水晶なのかわからないが、透明な素材で出来た大きめの印鑑のような物。
これを俺の体内から取り出したということなのだろうか?
その印面に彫られているのは文字ではなく、見たことのない何かのシンボル。
それを手に取ると、百八番は元の百八番へと戻っていた。
「いやー、久しぶりだったんでちゃんと出来るかわからなかったんですけど、出来ましたねぇ」
あまりの変わり身の早さに唖然としたが、そんなことよりも受け取ってしまったこれのをどうすればいいのかが気になった。
「これは?」
「それは|魂印《こんいん》です。これを登録する魔物にポンっと押せば契約完了。ダンジョンの魔物と認定され、マスターの魔力を糧に活動することが出来ます」
百八番がゴブリンの一匹に目配せすると。そいつは俺の目の前で跪いた。
どこに押せばいいのか悩むことはなかった。跪くゴブリンの背中――首筋のあたりがまるでここに押せと言わんばかりに淡く光り輝いていたからだ。
どれくらいの力で押せばいいのか……。痕が残るくらい強くか? 朱肉は必要なのか?
助言を求め百八番を見るも、無言で頷くだけ。
戸惑いながらも、そーっとゴブリンの首筋に|魂印《こんいん》を押しあて、その反発が指先に伝わった瞬間、それは消えてなくなった。
残ったのはゴブリンの首筋にある|魂印《こんいん》の痕。
「どうだ? 何か変わったか?」
「ワカラン。痛クハナイ」
「そうか……」
とりあえず成功ということでいいのだろうか。見た目にはほとんど何も変わっていない。
「この後はどうすれば……」
俺の言葉は、盛大な拍手で遮られた。
「おめでとうございますマスター! これで契約は成りました。いやー、これを皮切りにどんどん仲間を増やしていきましょう! 昔のような賑やかなダンジョンを目指して頑張りましょうね!」
「……断る」
「チッ……やっぱダメですか……」
恐らくその場のノリで「うん」と言わせたかったのだろうが、そうはいかない。
そんな理由でゴブリンたちを住まわせるわけではないのだ。恐らく護衛としても役には立たないだろう。
ではなぜなのかと思うかもしれないが、最初から俺がゴブリンを見逃しさえしなければ、村がゴブリンに襲われる事もなかったのだ。
一度助けた命。無下にするのも忍びない。ならば最後まで面倒を見るのが筋というもの。
例えは悪いが、やっていることは野良猫の保護と何ら変わりない。これは自分に対する戒めなのだ。
幸いダンジョンには管理者の百八番がいる。魔物の扱いなら百八番に任せるのが良いだろう。
それに、契約すれば腹も減らないときたもんだ。下手に解放するより目の届く場所に置いておいた方が無難。
まあ、そう悲観することでもない。ダンジョンに使用人を雇ったと思えばいいのだ。メイド服でも着せてやれば見れないことも……。いや、それはよそう……。
「これを全員分やればいいのか?」
「いえ、もう全員分の契約は完了です。同じ一族で、契約を望んでいればまとめて契約出来ますので」
跪いていたゴブリンたちを見ると、確かに首筋には皆同じ模様が刻まれていた。
違和感を覚えているのか、ぺたぺたと触っては不思議そうに感触を確かめている。
「よし。じゃあ最後に一つだけ言っておく。よく聞いてくれ」
それを聞いたゴブリンたちは、わちゃわちゃと慌てはしたものの、またしても俺に対し跪く。
正直聞いてくれれば跪く必要はないのだが……まあいいか。細かい所まで指摘していたら何時まで経っても話が進まない。
「俺はお前たちに人間に迷惑を掛けるなと言った。だが、外で人間に見つかれば容赦なく襲われるだろう。それを理不尽だと思うかもしれない。だが、そこは耐えてほしい。ダンジョンに逃げ込めば追いかけてくる輩はいないはずだ。どうにもならないようなら百八番に俺を呼ぶよう伝えろ」
「ワカッタ。腹減ラナキャ外出シナイ。ダイジョウブ」
本当に大丈夫かと確認の意味を込めて百八番に視線を送るも、偉そうに腕を組み胸を張って答える。
「大丈夫です。任せてください!」
「ああ。頼む。……あと掃除もな」
「ヌルヌル床、綺麗ニスル!」
ゴブリンたちの元気な返事を聞いた俺とコクセイはダンジョンを離れ、村へと戻った。
これでバイスの言っていたダンジョンの問題は解決したと言っていいはずだ。
気になるのは第二王女の動向だが、果たして相手がどう動くのか……。
グラハムの時のように強引に来るようなら、また村の人たちの力を借りることになるかもしれない。
ひとまず帰ったら皆に相談するべきだろう。
そして俺たちが村へと戻ったのは、ちょうどお昼を過ぎた頃であった。