ニーナちゃんに身体の動かし方を教えていると、1時間くらいして『セイレーン』が薄くなって消えた。
急に『身体強化』が消えて、身体が重くなった。途端に動きが鈍る。
俺は身体を動かすのを止めてから、ニーナちゃんに尋ねた。
「あれ? セイレーンは?」
「これ以上は続けれないの。もう一回出すわ」
そう言って再び魔力を練ろうとするニーナちゃん。
妖精って1時間で消えるのか。
思わず知った事実に俺は少し考え込む。
消える時間は妖精を作る時に込めた魔力量によるんだろうか?
それとも『妖精魔法』は1時間しか持たないんだろうか。
これ、どこかでちゃんと検証した方が良さそうだな。
そこまで考えてから俺はニーナちゃんに呼びかけた。
「ううん。1時間経つし、そろそろ休みにしようよ」
「……ん。分かったわ」
ニーナちゃんはそう言うと、息を深く吐く。
そして縁側に座ると、ぐでー、と身体を伸ばした。
ニーナちゃんが人前でここまで身体をだらけさせた姿は初めて見た。
よっぽど疲れていたのだろう。
とは言っても、本当にまだ身体の動かし方について初歩の初歩しか一緒にやってないんだけど。
俺がニーナちゃんの隣に座ると、彼女は寝転んだまま口を開いた。
「イツキは凄いわね。全然疲れてないんだもの」
「普段ずっとやってるから。ニーナちゃんも続ければ疲れないよ」
「……そうね。頑張るわ」
そう言ったニーナちゃんは空を見上げる。
今日は雲ひとつない快晴。
身体を動かすには絶好の天気だ。
俺もニーナちゃんに釣られて空を見ていると、隣に寝転んでいたニーナちゃんがぽつりと漏らした。
「ねぇ、イツキ」
「どうしたの?」
「私、どうしたらママに追いつけると思う?」
「……うーん」
ニーナちゃんの問いかけに、俺は少しだけ唸った。
確かに階位で言えばニーナちゃんとイレーナさんは同じ『第四階位』。
そこだけ見れば追いつけるポテンシャルは全然ある。
あるけど、ニーナちゃんには色んなハンデがある。
年齢とか、経験。そして、モンスターに対するトラウマ。
だから、俺は少し迷ってから答えた。
「頑張ればいつかきっと追いつけるよ」
「それっていつになると思う?」
「……ん」
ニーナちゃんの問いかけに俺は少しだけ考えると、
「まだまだかかるかな」
そう答えた。
ニーナちゃんは何も言わない。
多分、ニーナちゃんが一番分かっている。
分かっているからこそ俺に聞いてきたんだろう。
だから、俺は続けた。
「でも、ニーナちゃんなら追いつけるよ」
「ほんと?」
「うん。本当」
ただ、ニーナちゃんを励ますためのお世辞じゃない。
俺は心の底からそう思えるのだ。
だって、ニーナちゃんは自分の夢を叶えるために動き続けられる強さを持っているから。
俺はそんなニーナちゃんのあり方を尊敬しているし、だからこそニーナちゃんはいつかイレーナさんに追いつけると思うのだ。
そんなこと恥ずかしくてとても言えない。
言えないけど、真似したいと思う。
それは前世の俺が持っていなかったんだから。
「追いつくためには、頑張って訓練しないとだね」
「分かってるわよ」
ニーナちゃんは言うが早いと起き上がった。
起き上がってから、庭に向かった。
「もう大丈夫。続きやりましょ」
「そうだね。じゃあ、次は足の運び方を練習しようか」
俺が身体を起こしてニーナちゃんの後を追いかけると、その間にニーナちゃんは『セイレーン』を呼び出した。
さっきと同じように人魚が現れると、俺たちの周りを回る。
そして、歌を歌いはじめた。
「これってモンスターも強化されるの?」
「ううん。されないわ。人だけ」
「便利だね」
ということは、逆にモンスターの力だけを落としたりとか出来ないんだろうか。
バフがあるならデバフがあっても良いと思うんだけど。
と、そこまで考えたが使い所を考えてみて……ぱっと思いつかなかった。
自分より階位が1つ高いモンスターと戦う際でも単純に魔力量で30倍の差がある。もし半分にできても15倍の差だ。
だから、格上相手には使えない。
逆に自分より階位が下のモンスターだと、その反対になる。
もしデバフ魔法というのが存在するとして、格下相手にそれを使う猶予があるのであれば祓ってしまった方が早い。
だから、使い所としては自分と同等のモンスターと戦う時くらいしか無いのかも知れないな、なんてことを考えた。
そして、考え方を改めてニーナちゃんに向き直った。
正午を回ったくらいに母親から呼ばれて、俺とニーナちゃんは昼ごはんを食べた。
食べていると、珍しく家の固定電話が鳴ったので出てみると父親からだった。
『元気にしていたか、イツキ』
「うん。僕は元気だよ。パパは?」
『こっちも仕事の目処が付きそうでな。増えていた“魔”の数も減ってきたのだ』
「減ってきた?」
『あぁ、目立った“魔”はあらかた片付けた。この調子なら来週中にでも帰れそうだ』
さらっと来週まで仕事がかかることに思わず俺は顔をしかめてしまった。
祓魔師、過労すぎる。
『聞いたぞ、イツキ。劇団員アクターに会ったと。大丈夫だったか?』
「うん。大丈夫。それにちゃんと姿は見てないんだ。ぬいぐるみに乗り移って出てきたから」
『依代よりしろか。随分と古い魔法を使うな』
「知ってるの?」
『あぁ。昔、祓魔師たちが遠方と連絡を取り合う時に使っていた魔法だ』
「パパも使えるの?」
『使えるが……使う必要もあるまい。電話の方が手軽だ』
父親の言葉に、俺は『なるほどなぁ』と心の中で静かに相槌を打った。
何でもかんでも魔法の方が便利とはいかないらしい。
というかインターネットをほとんど使わず、スマホのデータ契約すら最軽量プランにしている父親をして『電話のほうが楽』と言わせる依代よりしろの魔法、どれだけ面倒なんだ。
『いま他の祓魔師たちが劇団員アクターを探している。“隠し”を使っているだろうから、探すのには難航しているのだが……』
電話の向こうで父親の声が響く。
「ねぇ、パパ。劇団員アクターが日本にいない可能性ってあるの?」
『国外か? あぁ、“魔”をばら撒き日本から既に離脱している可能性はある』
「……そうなんだ」
『そうなると国外の祓魔師に引き継ぎとなる。“魔”を生み出す“魔”は早々に祓う必要があるからな』
俺はその言葉に静かに唸る。
もし国外に逃げていたら面倒だなぁ、とそんなことを考えた。
それから父親と適当な雑談を交わして電話を切った。
そして午後からは魔法の練習でもしようかと思って縁側に向かおうとすると、聞こえてきたのは雨音とニーナちゃんの足音だった。
「イツキ。雨が降ってきたけど、午後はどうする?」
「んー。身体を動かそうとは思ってたけど……」
そう言いながら窓の外を見る。
そこにはさっきまでの快晴と打って変わって信じられないほどの曇天と、まるでバケツをひっくり返したみたいな大雨。
「魔法の練習にしようか」
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