昼下がりの鍾会の執務室、出陣もない日だったからか、鍾会は思わず声を漏らした。
「暇だな·····」
竹簡も全て書き終わり、少量だったから空いた時間を勉強で埋めようと思ったが、明日の分まで終わったしまった。それくらい暇なのだ。
何を暇つぶしにするか、どこか適当に兵卒でも捕まえて手合わせでもするか、と考えていたら、コンコンと2回扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ。·····おや、賈充殿。どうかしました?」
「いや、特に用事は無いのだが·····。子上の仕事を少しだけ引き受けたと聞いてな。·····ふむ、子上の字体を真似たのか?」
机上の小さな竹簡の山から一つ、賈充は紐を解いてカラカラと中身を見る。その中に書いてある字は司馬昭そっくりで、言われなければ見分けがつかないほどだ。
「私は人の字体を真似るのに長けていますからね。勿論、賈充殿の真似もできますよ。·····ほら、こんな感じで」
そこら辺の紙を取り、筆に墨をつけて短い文章を書く。その字は賈充の字によく似ていて、賈充は「おぉ」と声を漏らす。
「じゃあ、こんな事はできるか?」
賈充は鍾会に耳打ちをする。内容を聞き終えた後、鍾会と賈充は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「へぇ·····貴方、そういう趣味をお持ちなのですね?」
「クク·····意外か?」
「えぇ、ずっと真面目な人だと思っていましたから」
これを実行した結果を想像して、ニヤケを抑えながら鍾会は筆を持ち、紙を用意して筆を滑らせた。
「できたか?」
「えぇ、完成しましたよ。では、これを配ってきてください」
数枚の紙にはそれぞれ王元姫を真似た字、文鴦を真似た字、司馬昭を真似た字、鄧艾を真似た字、辛憲英を真似た字、郭淮を真似た字、賈充を真似た字、鍾会のそのままの字が書かれていた。その内容は全て恋文で、この手紙をそれぞれ適当に被らないように配る。あぁ、どうなるか楽しみだ。自分の手紙が誰の手に渡るのか。
賈充は部屋から出て、手紙を配りに行く。鍾会はソワソワと落ち着きを取り戻せずにいた。今まで以上に楽しい暇潰しだ、と鍾会は抑えきれなかった笑みを零した。
待っている間、鍾会は適当に今までやってきた勉強の復習をすることにした。
「ーー会、鍾会」
「ん·····?」
どうやら、勉強中にいつの間にか寝てしまっていたらしい。肩には賈充の上着が乗っていて、少し重い。目線を上げれば、優しげな目でこちらを見つめる賈充と目が合った。上着を着ていないから、普段見えない肩から下が見えていて、そこも顔色と同じく真っ白だ。
「·····寒そうですね、その格好」
素直に心配すれば、賈充は驚いたような表情をした後、下を向いて「クク·····」と笑った。
「あの鍾士季が俺の事を心配するとはな。明日は飛翔剣でも降りそうだ」
その発言に鍾会は思わず手を上げるところだったが、賈充の様子に気づいて上げそうになった手を下げた。
ー照れている。
賈充は照れると顔が紅潮したりする訳ではなく、その代わりに眉尻が下がる。意外とわかりやすい男だ。
「それで、誰にどの手紙を渡したんです?」
ずっと気になっていた事を鍾会は口にする。
「文鴦の手紙を司馬昭に、司馬昭の手紙を鄧艾に、鄧艾の手紙を辛憲英に、辛憲英の手紙を王元姫に、王元姫の手紙を郭淮に、郭淮の手紙を文鴦に」
「·····?私と、賈充殿が出てこないじゃないですか」
鍾会が不思議そうに首を傾げると、賈充は懐から二通の手紙を取りだして、片方の手紙を鍾会に渡した。
「そして、鍾会の手紙を俺に、俺の手紙を鍾会に」
「··········は?」
思わず手紙を見ると、そこには鍾会が書いた手紙の文は無く、代わりに違う文が書かれていた。
『お前のことが好きだ。もし良かったら、俺と色の関係になってほしい。』
鍾会が書いたのは、『お前のことが好きだ』の1文だけ。賈充の方を向くと、賈充は「してやったり」というような表情をしていた。
「どうだ?鍾会」
その表情は、鍾会の好いている人を見透かしていたようで。
「··········なら、その手紙を書き直させて欲しい。まさか、本命の男の手に渡ると思わなかったから」
そう言われた賈充は、快く手紙を鍾会に渡した。
そんな中、城の中では軽くパニックが起こっていた。
「ちょっ、なんか文鴦から恋文届いたんだけど!!」
「司馬昭殿·····貴方には、王元姫という素敵な女性がいるというのに·····」
「鄧艾殿からの恋文·····意外すぎて、駄洒落が思い浮かびませんでしたわ」
「あら、可愛らしい恋文ね。·····字もそっくりだけど、私の目は誤魔化せないわよ」
「王元姫殿から恋文·····!?ごふっ、あのお方には司馬昭殿がおりますのに·····げほっごほっ!」
「郭淮殿から恋文!?ど、どういう風の吹き回しだ·····!?」
けれど、賈充と鍾会はそれに気づくことなく甘い時間を過ごした。
が、結局バレてしまい、賈充と鍾会は少しの期間だけ謹慎処分を受けた。
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