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さんま
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#北添尋
さんま
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電子音だけが、静まり返った玉狛支部の作戦室に響いていた。
三雲修は、暗闇の中で一人、モニターの光に照らされていた。画面に映し出されているのは、先日のB級ランク戦のログデータだ。何度も巻き戻し、一時停止を繰り返し、視点を変えて再生する。 画面の中の三雲修のトリオン体は、あまりにも脆く、そして遅かった。敵の放った一撃を避きれず、レイガストを展開するも、トリオン量の圧倒的な差によって容易に撃ち破られる。緊急脱出の光が画面を白く染めるたび、修の胸の奥に、冷たい針が突き刺さるような痛みが走った。
「……また、ここか」
修は眼鏡を外し、疲弊した両目で目頭を押さえた。分かっていたことだ。自分が「持たざる者」であることなど、ボーダーに入隊したその日から、いや、それ以前から嫌というほど思い知らされている。近界への遠征艇に乗り込むためには、B級上位に入り、遠征選抜試験を勝ち抜かなければならない。空閑遊真という圧倒的なエース、そして雨取千佳という規格外のトリオン怪獣。二人の天才を擁する玉狛第2において、隊長であるはずの修自身が、明らかに最大の足枷であり弱点 だった。どんなに机の上で完璧な戦術を組み立てても、実戦の理不尽な現実の前には、簡単に瓦解する。相手もまた、人生を賭けて、死に物狂いで勝利を掴みにきているのだ。教本に書かれているような正攻法だけでは、けっして届かない領域がある。
周囲の才能あふれる隊員たちが、華麗に、あるいは圧倒的な力で戦場を支配する様子を見るたび、修は自分が激しい濁流の中で、ただ溺れないように必死にもがいているだけのような錯覚に陥った。
「踊らされている、な」
ぽつりと、自嘲気味な言葉が口をついて出た。周囲の期待、チームの重圧、そして強敵たちの思惑。それらすべてに翻弄され、自分の意志で動いているつもりが、実は戦況という大きな手のひらの上で、ただ無様に踊らされているだけではないのか。正解がどこにあるのか、誰にも分からない。自分が下す一つひとつの決断が、遊真や千佳を、そして玉狛の仲間たちを最悪の結末へと導いてしまうのではないかという恐怖が、夜の静寂に乗じて修の心を蝕んでいく。その時、自動ドアが静かにスライドする音がした。
「やっぱりここにいた。オサムは本当に真面目だな」
聞き馴染んだ、少し低くて飄々とした声。振り返ると、白い髪を揺らした遊真が、両手をポケットに突っ込んだまま立っていた。その目は、暗闇の中でも不思議なほど澄んでいて、すべてを見透かしているようだった。
「空閑……。どうして起きてるんだ?」
修が慌ててモニターを消そうとすると、遊真は「いいよ、別に」と手でそれを制し、修の隣にあるパイプ椅子に勝手に腰掛けた。小さな体躯を椅子に預け、ぼんやりと暗い画面を見つめる。
「おれは寝る必要がないって言っただろ。作戦室の明かりが見えたから、オサムがまた自分をいじめているんじゃないかと思って来てみた」
「いじめてなんかいない。ただ、次の試合に向けて反省を……」
「それを『自分をいじめてる』って言うんだぞ、日本の文化では」
遊真はくすくすと笑った。その笑顔には棘がない。だからこそ、修の頑なな心が少しだけ解れるのを感じた。
「オサム。おまえ、また『自分が弱いから』とか考えてるだろ」
「……隠しても無駄だな。おまえには嘘が通じない」
修は諦めて、背もたれに深く体を預けた。眼鏡をかけ直し、天井の冷たいスレートを見上げる。
「どうしても考えてしまうんだ。ぼくがもっと強ければ、もっとトリオンがあれば、おまえや千佳に無理をさせずに済む。今のぼくは、ただおまえたちの足を引っ張っるだけで、戦場では誰かの作戦に躍らされるだけの駒にしかなれていないんじゃないかって」
理不尽な現実への抗い。しかし、抗おうとすればするほど、自分の足元が泥に塗れていくような感覚。修が抱えるその泥臭い葛藤を、遊真は静かに聞いていた。
「なあ、オサム」
遊真は視線を天井から修の横顔へと移した。
「おれはさ、たくさんの戦場を見てきた。そこには、圧倒的な力で敵を蹂躙する天才もいれば、効率よく立ち回る秀才もいた。…… でも、オサムみたいな奴は、あっちの世界でも見たことがないよ」
「ぼくみたいな、弱くて、往生際の悪い人間か?」
「違うよ。自分の弱さを完璧に知っていながら、それでも一歩も引かない、めんどくさい頑固者を持ってる奴のことさ」
遊真の言葉は、熱を持たない。しかし、確かな重量を持って修の胸に落ちてきた。
「普通、自分に才能がないって気づいたら、人は踊るのをやめるか、誰かの後ろに隠れる。でもオサムは、どんなに格好悪くても、泥まみれになっても、自分の足で踊り続けようとする。他人の作ったステップじゃなくて、自分だけの歪なステップでさ」
遊真は立ち上がり、修の肩をぽんと叩いた。
「おれは、その不格好なステップが好きだから、おまえの後ろについていってるんだ。おまえが隊長だから、おれと千佳は安心して暴れられる。躍らされてるなんて思う必要ない。おまえが戦場を引っかき回して、新しい正解を作ればいいだけの話だろ?」
遊真が去った後、作戦室は再び静寂に包まれた。しかし、修の胸の中にあった冷たい霧は、いつの間にか晴れていた。
「自分だけの、歪なステップ……」
修はもう一度、モニターの電源を入れた。画面に映し出される、自分の不格好な戦いぶり。そうだ。教本通りに戦って勝てるなら、とっくに誰かが勝っている。トリオン量が少なく、身体能力も凡人以下の自分が、A級やB級上位のバケモノたちと渡り合うためには、綺麗に勝とうなんて思ってはいけないのだ。泥に塗れることを恐れるな。恥をかくことを恐れるな。修は、自分が新しく取り入れたトリガー_スパイダーのデータを画面に呼び出した。これ自体には、敵を殺傷する能力はない。ただのトリオンのワイヤーだ。他人の目から見れば、地味で、姑息で、弱者の足掻きにしか見えないかもしれない。理不尽な現実に対する、あまりにも小さな抵抗。しかし、この目立たないワイヤーを戦場に張り巡らせることで、あの天才たちの華麗なステップを狂わせることができるとしたら。自分の意志で踊っているつもりの強者たちを、自分の張り巡らせたワイヤーの上で躍らせることができるとしたら_。
「正解なんて、最初からどこにもないんだ」
学校の授業のように、用意された答えを導き出すのではない。この不条理なボーダーという世界で、持たざる者が生き残るためには、泥水をすすりながらでも、自分で新しい答えを、新しい道を切り拓くしかない。教えられたものだけじゃ、いまいちピンとこない。自分の身体と、自分の知略と、自分の執念だけが、この暗闇を進むための唯一のランタンだった。
修はキーボードを叩き、次の対戦相手のマップデータを呼び出した。地形、建物の配置、天候、そして相手のトリガー構成。すべての要素を頭の中に叩き込んでいく。自分が泥まみれになって這いつくばるための、最高の舞台を作り上げるために。時計の針は午前3時を回っていた。しかし、修の目に宿る光は、これまでになく熱く、そして鋭かった。
翌朝、玉狛支部のリビングには、いつものように賑やかな声が響いていた。
「修くん、おはよう! 昨日はよく眠れた?」
千佳が心配そうに、朝食のトーストを運びながら声をかけてくる。
「おはよう、千佳。うん、おかげさまで、よく眠れたよ」
嘘だったが、修は努めて明るく笑ってみせた。目の下に少し隈があるのを、眼鏡の奥に隠しながら。
「おす、オサム。準備はいいか?」
遊真が、いつものマイペースな調子で声をかけてくる。その目が、一瞬だけ修を見て、悪戯っぽく細められた。
「ああ。いつでもいける」
胸に刻まれた玉狛第2のエンブレムが、朝日を浴びて鈍く光った。これから向かうのは、再びあの理不尽で、容赦のない戦場だ。そこでは、自分よりも遥かに強い者たちが、牙を剥いて待っている。自分の弱さに絶望し、また足がすくみそうになる瞬間が、何度も訪れるだろう。それでも、三雲修はもう迷わない。綺麗に踊る必要なんてない。正解のレールを進む必要なんてない。どんなに泥にまみれても、どんなに不格好だと笑われても、自分が選んだこの道を、仲間たちと共に最後まで足掻き続ける。その覚悟こそが、彼を突き動かす唯一の原動力だった。
転送ブースへ向かう修の背中は、決して大きくはなかった。しかし、その足取りは、大地をしっかりと踏みしめ、未来という名の泥濘を力強く蹴り出していた。彼らの戦いは、ここからまた、新しく始まっていく。
コメント
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読了しました…🌙 修くんの内面の脆さと、それでも前に進もうとする執念がすごく伝わってきた。自分の弱さを知ってるからこそ、泥臭く足掻くしかないっていう覚悟にじんわり来た。特に遊真の「歪なステップ」って言葉が刺さる…。正解がない戦場で、自分だけの踊り方を見つけようとしてる姿がカッコよかった。続きも読ませてほしいです🤍