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隠し通路の螺旋階段を下りるほど、空気が重く淀んでいく。湿った石壁。鼻をつく、薬草の匂い。
そして――。地下の闇の奥から、いくつもの掠れた声が聞こえてきた。
「……た、助けて……」
「もう何日も……ろくに眠らせてもらえず……」
「何をサボっている!」
突然、怒鳴り声が響いた。
「さっさと肥料を撒け! 水も足りていないぞ!」
「も、申し訳ありません……もう、足の感覚が……」
「口を動かす暇があるなら、手を動かせ! この役立たずが!」
苦しげな声が、石壁に反響した。
「……っ」
私は後ろに控えていた捜査官へ、声をかける。
「映像魔石を」
「はっ」
捜査官が即座に魔石を起動する。アレクは何も言わず、私の半歩前へ出た。
片手は、いつでも抜けるよう剣の柄に添えられている。私はその背後から、地下の様子をそっと覗き込んだ。そして――。息を呑んだ。
「……なに、これ……」
そこに広がっていたのは、巨大な地下空間だった。ランプの淡い光に照らされ、地面を埋め尽くすように紫色の草がびっしりと植えられている。
10株、100株。そんな規模ではない。見渡す限り、全部が──睡眠草。
ごく少量であれば、鎮痛や不眠症状を和らげる薬として使われることもある。けれど、大量に摂取すれば、強い意識障害を引き起こす危険な植物だ。そのうえ栽培自体が非常に難しく、王国では特別な許可を受けた者による、ごく少量の生産しか認められていない。
それなのに――。
「こんな量……」
地下いっぱいに広がる光景は、畑なんて可愛いものじゃない。
(完全に、大規模な密造施設じゃない……!)
目を疑ったのは、その規模だけではなかった。睡眠草の間を歩かされている人々。擦り切れた服。やつれた表情。皆、足取りすらおぼつかない。その周囲を、黒いローブを被った魔術師らしき男たちが監視していた。
ドサッ。
一人の男性が、その場に膝をつく。
「もう……無理です……」
荒い息を吐きながら、震える声を絞り出した。
「お願いです……少しだけ、休ませて……」
「休みたい?」
黒魔術師は男を見下ろし、口元を歪めた。
「──休む許可など出していない!」
黒い魔力が、その杖へ集まっていく。男が恐怖で身を縮めた。その拍子に、泥で汚れたズボンの裾がめくれ上がる。
「……っ!」
私は目を見開いた。足首に刻まれていたもの。それは、黒い山羊の頭部を模した不気味な紋様――バフォメット。かつて地下牢で見た、あの禁忌魔法と同じ刻印だ。
映像魔石の記録を終えた捜査官が頷いた。
「……十分です」
アレクが大剣を抜いた。同時に、背後の近衛騎士たちが音もなく左右へ散り、地下の退路を塞ぐ。アレクが物陰から、大股で一歩前へ踏み出した。
「――そこまでだ」
「誰だ!?」
黒魔術師たちが一斉に振り返る。
「王室命令だ!」
「全員、武器を捨てろ!」
後ろから、近衛騎士団が雪崩れ込んだ。
「くそっ!」
黒魔術師の一人が杖を掲げる。黒い光が、一気に膨れ上がった。
次の瞬間――。
パキィィンッ!!
「……え?」
黒魔術師の杖が真っ二つに折れ、宙を舞った。その目の前には、すでに大剣を構えたアレクが立っている。
「遅い」
「なっ……」
アレクが氷のような目で見下ろした。
「その程度の魔法が、俺に通じると思うな」
「ひっ……!」
男が後ずさる。ものすごく頼もしいんだけど。
(こうして見ると、アレクのほうが完全にラスボス側の圧なのよね!)
「全員確保しろ!」
アレクの号令とともに、騎士団が一斉に動く。
「離せ! 誰の息がかかった場所だと――!」
「大人しくしろ!」
魔術師たちは次々と取り押さえられ、魔力封じの手枷を嵌められていく。勝負は――あっという間についた。
私はすぐさま、倒れ込んでいる使用人たちのもとへ駆け寄った。
「もう大丈夫よ!」
「……え……? バイオレッタお嬢様?」
怯えた目を向ける人々に、できるだけ優しく声をかける。
「あなたたちを助けに来たのよ」
「本当に……?」
「ええ」
「……助かった……」
一人が、崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。泣き出す人までいる。
「水と食料を! 歩けない人には毛布を。屋敷へ運んで治療を受けさせて!」
私の声に、騎士たちが動く。
「はっ!」
私は改めて、地下いっぱいに広がる睡眠草を見渡した。
(まさか……こんな方法で大量栽培していたなんて)
そのとき――。
「バイオレッタ様!」
地下の奥を調べていた捜査官が声を上げた。
「こちらへ!」
「何かあったの!?」
私とアレクは顔を見合わせ、足早に駆け寄る。そこには、天井近くまで積み上げられた大量の木箱。そして、その脇の机には――。何冊もの帳簿が並べられていた。
「……これは?」
捜査官が一冊を開く。日付。日ごとの収穫量。取引金額。そして――出荷先。帳簿を確認していた捜査官の眉間に、深い皺が寄った。
「ここまでの量とは……王国で認められている医療用の生産量を、遥かに超えています」
「出荷先は?」
捜査官がページをめくる。
「マレフィカ侯爵家……ギルフォード伯爵家、ロザリア子爵家……」
「……全部、王妃派じゃない」
ベラドンナの生家を筆頭に、王妃派貴族の家名がずらりと並んでいる。さらにページをめくっていた捜査官の手が止まった。
「これは……」
「どうしたの?」
「国王陛下が亡くなられる直前、マレフィカ侯爵家へ通常の数倍にあたる量が出荷されています。王都で押収された証拠との照合は必要ですが……」
捜査官が帳簿へ目を落とす。
「国王陛下の暗殺に使用された睡眠草も、ここで栽培され、マレフィカ侯爵家へ渡った可能性が極めて高いでしょう」
私は帳簿を見つめ、小さく息を吐いた。
「……今度こそ、お義母様には全部説明してもらわないとね」
コメント
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ああっ、めっちゃ痺れた!! アレクの「遅い」からの圧倒的制圧シーン、脳汁出たわ。でもそれ以上に、地下で疲れ果ててる人たちの描写が胸にぐっときたね…バイオレッタが駆け寄って「あなたたちを助けに来たのよ」って言ったところ、本当に良いシーンだった。そして最後の帳簿! 王妃派貴族の名前がずらりって、もうここまで証拠揃ったらお義母様も逃げられないでしょ。次、どうなるんだろう…続きが気になりすぎる🔥