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今日は前々から予定していた【最強無敵連合ギリギリ質問コーナー】を撮る日だった。
予定の時間。ディスコードの通話にぽつぽつと人が集まる。
「おつ〜」
「おつ」
「今日はみんな予定どうり来たね」
「ほんまそれ、ニキとか心配で電話かけようかと思った」
「俺そんなにかな???」
軽く笑いが起きる。
画面は見ていない。
声だけの空間。
だからこそ気が抜けてる。
⸻
「よし、やるか!」
ニキがみんなに声をかける。
“質問コーナー”が始まる。
⸻
視聴者に貰った質問を読んで。
答えて、笑って、また次にいって。
ずっと笑ってる。
そんな中で。
「そういえばさ」
キルシュトルテが少しだけ声のトーンを上げた。
「ニキ上げの話題1個あるよ!」
「え、あぁぜひ!ぜひとも!」
ニキがすぐ食いつく。
「急に何?」
「気になるわ」
はとねとシードが軽いノリで反応する。
キルシュトルテは、少し笑いながら言った。
「こいつさ」
「ずっと裏でボケてるんだよ」
全員まさかの話題に思わず笑った。
そんな中
「あー、でもそれは俺もめっちゃ思うな」
「こいつ、ほんまにすごいで」
「裏でも表でも変わらんし」
「初対面でも距離詰めるの上手いし」
「関係値や慣れがなくてもゲスト喜ばせるし」
「気遣いも自然にできるし」
「場を明るくするのが当たり前になっとる」
言葉がやけに具体的で。
「……何、急に」
ニキが笑う。
「褒めすぎだろ」
「事実やろ」
しろせんせーも軽く笑う。
話を聞いていたキルシュトルテが言う。
「ボケキャバ嬢みたいだよね」
「夜職適正高いと思うでニキ」
一瞬空気が止まる。
「んー、やったぁ」
ニキの反応にみんな笑う。
「そうだよね」
「そうなるよな」
「そういうリアクションになるよな」
しろせんせーが続けて言う。
「お前が男に生まれてきて良かった」
「お前がキャバ嬢で生まれてきてたら末恐ろしい」
「てっぺんとってたってこと?」
ニキが半笑いで聞く。
「そう、とってたと思う」
笑いがまた広がる。
そこから話題はまた別の話になった。
⸻
撮影終わり。
ニキが軽いノリのまま言った。
「え、じゃあさ」
「試しにやってみる?笑笑」
冗談だった。
「え、何を?」
「ボビーが言ってた夜職?てかキャバ嬢?」
「は?」
「やめとけって」
シードが止めに入る。
「いやいや冗談だって笑」
ニキは笑ってる。
みんなも笑ってる。
でもしろせんせーだけ。
一瞬、黙った。
ほんの数秒。
「……やめとけ」
低い声。
「向いてるけど」
「やらんでええ」
その言い方だけは少し違った。
「何それ笑」
ニキは気づかずに笑う。
「どっちだよ」
「知らんわ」
すぐにいつもの調子に戻る。
また笑いが続いて通話はいつも通り終わった。
⸻
そして。
ニキが一人になった部屋。
静かすぎる空間の中でふと、思い出す。
“夜職適正高い”
“向いてる”
“やらんでええ”
「……なんだよそれ」
小さく呟く。
笑い話のはずなのに。
妙に残ってる。
「試しにって言っただけだしな」
スマホを手に取る。
少しだけ指が止まる。
でも。
そのまま打ち込む。
“夜職 バイト”
(……別に、やるわけじゃねぇし)
(ちょっと見るだけ)
軽い気持ち。
そのはずだった。
なのに。
画面から目が離せなくなる。
(男でもキャバ嬢って意外といけんだなー、時給もいいし、)
“向いてる”と言われた世界が。
思ったより遠くなく見えた。
その一言がただの冗談じゃなくなったことに。
まだ、気づかないまま。
ニキは少しずつ。
夜の世界に踏み込んでいった。
⸻
あの日から数日。
最初は本当に“見るだけ”のつもりだった。
スマホの画面に並ぶ求人。
軽い言葉。
簡単そうな説明。
(……まぁ、体験だけなら、いいよな)
自分でも驚くくらいハードルは低く感じた。
「すぐ終わるだろ」
誰に言うでもなく、呟く。
その一歩は本当に軽かった。
⸻
夜。
ネオンが滲む街。
見慣れないはずなのに、妙に馴染む空気。
「……ここか」
小さく息を吐く。
扉の前で、少しだけ立ち止まる。
でも。
(試すだけ)
そう言い聞かせて扉を開けた。
⸻
それから数日。
変わったのは、ほんの少しだけのはずだった。
帰りが遅くなる。
連絡が雑になる。
それだけ。
それだけのはずなのに。
「……」
鏡の前で自分の顔を見る。
いつもと同じはずなのに。
どこか、違う。
目が合わない。
無意識に視線を逸らす。
「……別に、平気だろ」
そう言って、顔を洗う。
シャワーの音だけが響く。
何も考えないようにする。
⸻
ディスコードに入る。
「おつ〜」
いつも通りの声。
でも。
「……おつ」
少しだけ反応が遅れる。
「今日遅かったな」
シードがニキに言う。
「まぁな」
短い返事。
「大丈夫?」
はとねが心配そうに聞く。
「平気平気」
笑う。
ちゃんと、いつも通り。
しろせんせーは何も言わなかった。
⸻
数日後。
実写の撮影があった。
スタジオにみんないる。
カメラが回っている間は問題ない。
ニキはいつも通り笑う。
ボケて、ツッコまれて。
空気を回す。
完璧に、いつも通り。
でも。
休憩に入った瞬間。
「……ニキ」
聞き慣れた低い声でそう呼ばれた。
振り向くと、しろせんせー。
少しだけ距離が近い。
「なんだよ」
「最近、なんかあった?」
「は?」
「いや別に」
視線が合わない。
「……ほんまか」
「なんだよ急に」
「別に」
それ以上は聞かない。
でも、その目は逸らさない。
⸻
その日の帰り。
偶然。
本当に偶然。
しろせんせーは見てしまう。
ネオンの下。
知らない店の前で。
見慣れた後ろ姿。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
ニキ。
笑ってる。
知らない誰かに向かって。
距離が近い。
その距離が。
“俺の知ってる距離”じゃない。
「……っ」
足が止まる。
でも。
次の瞬間には歩いていた。
「ニキ」
名前を呼ぶ。
その声で、振り向く。
「……え」
明らかに動揺していた。
「何してんねん」
低い声。
笑ってない。
「……いや」
言葉が詰まる。
「ちょっと、バイト」
軽く言う。
でも。
その軽さが逆におかしい。
「……それが?」
「……」
沈黙。
「なんでそんなとこおるん」
「別にいいだろ」
少しだけ強く言う。
「試しただけだし」
「……試す?」
声が低くなる。
「何をやねん」
「だから、バイト」
「やめとけって言ったやろ」
その一言で。
空気が変わる。
「……は?」
ニキが顔を上げる。
「冗談だろ、あれ」
「冗談やった」
「でも」
一歩、近づく。
「ほんまにやるなとは思っとった」
距離が詰まる。
逃げられない。
「……別に、いいだろ」
「俺の勝手だし」
目を逸らす。
「平気だし」
その一言でしろせんせーの表情が変わる。
「……平気?」
「何がや」
「……全部」
静かな声でニキは答える。
「お前、自分のことどうでもよくなっとるやろ」
「…なってねぇよ」
声が少し揺れる。
「じゃあなんでそんなことすんねん」
「……」
答えられない。
沈黙。
そのまま腕を掴まれる。
「帰るで」
「は?」
「こんなとこおらんでええ」
「離せって」
振り払おうとする。
でも力が強い。
「お前は」
低い声。
「そんな軽く扱われてええやつちゃうやろ」
その言葉がニキの胸に刺さる。
「……別に」
「何が別にや」
「誰に触られとんねん」
「……っ」
言葉が出ない。
「なんで平気そうにしとんねん」
「……平気だって言ってんだろ」
強がる。
次の瞬間。
強く引き寄せられる。
「嘘つけや」
耳元で低く。
「顔見たら分かるわ」
息が止まる。
「……」
やっと出てきた言葉は
「…向いてるって言われたし」
その一言。
空気が変わる。
「……誰にや」
分かってるくせに聞く。
「……お前だろ」
視線を逸らしたまま。
ぽつりと。
「お前が言ったから」
「いけるって」
「向いてるって」
その言葉がしろせんせーの胸に刺さる。
「……っ」
一瞬、言葉を失う。
「だから」
ニキが続ける。
「ちょっとくらい、いいかなって」
「別に俺なんて——」
その瞬間。
強く、抱き寄せられる。
「それ以上言うな」
低く、抑えた声。
「……っ」
息が止まる。
「お前がそんな軽く言うなや」
腕の力が強い。
逃げられないくらい。
「……俺が言ったんは」
少しだけ、声が揺れる。
「褒めたかっただけや」
「……」
「お前がすごいって」
「ちゃんと伝えたかっただけや」
ぎゅっと、さらに力がこもる。
「そんなとこ行けって意味ちゃう」
「……でも」
「でもじゃない」
即座に遮る。
「向いてるんは分かっとる」
「でも」
一瞬、言葉を探して。
それでもちゃんと口にする。
「……他のやつに触られるん、無理やねん」
静かな本音。
「……は?」
ニキが顔を上げる。
しろせんせーは視線を逸らさない。
「想像しただけで腹立つし」
「なんで平気そうにしとんねんって思うし」
「……何より」
少しだけ、息を吐いて。
「なんでそれ、俺以外に許しとんねん」
その一言に全部持ってかれる。
「……っ」
言葉が出ない。
「お前」
少しだけ距離を離して。
目を合わせる。
「俺が思っとる以上に、自分のこと軽く見とるやろ」
「そんなこと——」
「あるやろ」
優しくない断言。
「顔見たら分かるわ」
逃げ場がない。
「……」
ニキの肩が少しだけ震える。
「……だって」
小さく、零れる。
「別に、どうでもいいんだろ」
「俺なんて」
「何しても、変わんねぇし」
その言葉に一瞬、しろせんせーの表情が崩れる。
「……は?」
信じられない、みたいな声。
「何言うとんねん」
そのままもう一度強く引き寄せる。
「変わるわ」
「めちゃくちゃ変わるわ」
「お前がそんな扱い受けとったら」
「俺が一番おかしなるわ」
顔が近い。
逃げられない。
「……っ」
「お前は」
少しだけ声を落として。
「俺の前でだけ、そういう顔しとけ」
「……え」
「他で無理すんな」
「他で壊れんな」
「……全部、俺にだけ」
その言葉があまりにも重くて。
でもどこか、安心してしまう。
「……なんだよそれ」
少しだけ笑う。
涙が滲んでるのに。
「重すぎだろ」
「知っとる」
「でも、それくらいでええ」
迷いがない。
「お前が戻るなら、なんでもする」
静かな覚悟。
「……」
ニキは何も言えなくなる。
でも逃げなかった。
少しだけしろせんせーの服を掴む。
「……じゃあさ」
小さく呟く。
「ちゃんと見とけよ」
「俺が変なことしないように」
「……お前の責任だからな」
その言葉に。
しろせんせーが少しだけ笑う。
「任せとけ」
短い、でも。
絶対に離さない、みたいな声で。
⸻
その夜。
ニキはもうその店には戻らなかった。
全部が解決したわけじゃない。
簡単に戻れるわけでもない。
それでも。
“戻る場所”は、ちゃんとあって。
“離さないやつ”が、そこにいた。
だから。
もう一度だけ。
やり直せる気がした。
⸻
あの夜から数日。
ニキは、もうあの街には行っていない。
でも全部が元に戻ったわけじゃなかった。
ニキの家。
夜。
ソファに座って、ぼーっとスマホを見ている。
指は動いているのに内容は頭に入ってこない。
「……」
ふと、画面が止まる。
“俺なんて”
頭の中に勝手に浮かぶ言葉。
「……はぁ」
小さくため息をつく。
その瞬間。
ガチャと扉が開く音が玄関の方から聞こえた。
「鍵くらいかけろ、入るで」
聞き慣れた声。
「……どうぞー」
しろせんせーがやってきた。
「何してんの」
「別に」
短い返事。
それだけで。
「嘘やな」
すぐに見抜かれる。
「顔、死んどるで」
「うるせぇ」
軽く返す。
でもどこか弱い。
しろせんせーは何も言わずに隣に座る。
距離が、近い。
逃げない。
逃げられない。
「……なぁ」
低い声。
「最近、また考えとるやろ」
「……何を」
「“俺なんて”ってやつ」
「……っ」
言葉が詰まる。
図星だった。
「別に」
「隠すな」
即座に遮られる。
でも。
怒ってるわけじゃない。
逃がさないだけ。
「……」
沈黙。
そのまましろせんせーがぽつりと呟く。
「それやろ」
「お前があんなとこ行った理由」
「……違う」
「そうやろ」
「自分で自分のこと、雑に扱っとる」
「そんなこと——」
「あるやろ」
逃げ場がなかった。
「……」
視線を落とす。
「だって」
小さく声が漏れる。
「俺、別にすごくないし」
「誰でもできることしかしてねぇし」
「……誰でもいいんだろ、ああいうのって」
その言葉に。
しろせんせーがはっきりと眉を寄せる。
「誰でもええわけないやろ」
少しだけ強い声。
でも。
すぐに落とす。
「……ちゃんと聞け」
そう言って。
ニキの顎に手をかけて軽く上を向かせる。
無理やりじゃない。
でも目を逸らさせない。
「お前な」
真っ直ぐ見て。
「誰でもできることを、誰よりもちゃんとやるやろ」
「……」
「空気作るのも」
「人笑わせるのも」
「気遣うのも」
「全部、当たり前みたいにやる」
一つずつ、噛みしめるみたいに。
「それがどれだけ難しいか」
「分かっとらんの、お前だけやで」
「……」
何も言えない。
「“誰でもいい”なんて」
少しだけ、声が低くなる。
「一番言うたらあかんやつや」
「……っ」
胸が痛かった。
「お前はな」
少しだけ近づいて。
「誰でもよくないから、ああなるんや」
「……え」
「お前やから、ああなる」
はっきりと。
逃げ道を塞ぐみたいに。
「俺も」
一瞬間を置いて。
「お前やから、こんななっとる」
「……」
息が止まる。
「他のやつやったら、こんな必死にならん」
「探さんし、止めもせん」
「……でもお前やから」
「無理やねん」
その言葉が重くて。
でも。
優しくて。
「……なんだよそれ」
少しだけ笑う。
「めちゃくちゃじゃん」
「知っとる」
しろせんせーも少し笑う。
「でも、それくらいでええ」
そのまま軽く頭に手を置く。
撫でる。
ゆっくり。
「お前、思っとるより全然すごいで」
「……」
「思っとるより、ちゃんと好かれとるし」
「思っとるより、大事にされとる」
「……」
「俺が一番好きで大事にしとるけど」
ぽつりと付け足す。
「はいはい」
ニキが少し笑う。
その目は少しだけ潤んでる。
「……じゃあさ」
小さく呟く。
「ちゃんと見とけよ」
「俺がまた変なことしそうになったら」
「止めろよ」
その言葉にしろせんせーは即答する。
「止めるに決まっとるやろ」
「何回でも」
「何してでも」
迷いのない声。
「……ほんと重いな」
「知っとる」
また同じやり取り。
でも今度は。
少しだけ、安心して笑えた。
⸻
その日からしろせんせーはやたらとニキを褒めるようになった。
「今日のボケ、キレよかったな」
「さっきのフォロー助かったわ」
「ほんま空気読むの上手いな」
何気ないタイミングで。
当たり前みたいに。
「……うるせぇよ」
ニキは顔を赤くする。
でも前みたいに否定はしない。
少しずつ。
その言葉が、ちゃんと残るようになっていく。
「……ありがと」
小さく、言えるようになる。
“俺なんて”って思ってた場所は。
少しずつ、埋まっていく。
全部じゃなくても。
少しずつ。
ちゃんと。
隣にいるやつが、埋めてくれるから。