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こはねへ
この手紙を書こうと決めてから、何度も消して、何度も書き直した。
言葉にしてしまったら、戻れなくなる気がして怖かったから。
でも、書かないまま時間だけが過ぎていくほうが、もっと怖かった。
だから今、私はここにいる。
白い病室で、夜の静けさに包まれながら、あなたの名前を心の中で呼びながら。
もともとは、お互いまったく違う名前で出会ったね。
あの頃の私は「雨宮凛音」だった。
今となっては、少し遠い名前。
でも、その名前で笑って、その名前で泣いて、その名前で文章を書いていた私は、確かに存在していた。
こはねの本当の名前は、私は知っている。
でも、ここには書かない。
大切すぎるから。
誰にも踏み込ませたくない、あなたそのものみたいで。
この手紙の中では、「こはね」でいさせて。
私が出会った、私の世界を変えた、こはねで。
最初に出会った作品を、覚えてる?
私が書いていた、白黒♀️の余命パロ小説。
命が限られていることを前提にした物語なのに、
私はその結末を書けないまま、時間に置いていかれた。
不思議だよね。
物語の中の彼女は、終わりを受け入れていたのに、
書いている私は、終わりが怖くて仕方なかった。
だから、ページを閉じた。
続きを書かないという選択で、時間を止めた。
その物語は、今も完結していない。
笑っていいよ。
作者が途中で転生しちゃったんだから。
でもね、もしあの物語を最後まで書いていたら、
あなたと出会う未来は、なかったかもしれない。
そう思うと、未完でよかったって、初めて思えた。
出会った日。
5月16日。
この数字を見るたび、胸の奥が少しだけ熱くなる。
記念日なんて柄じゃないと思っていたのに、
私はこの日を、何度も心の中で祝ってきた。
今日、この手紙を書いているのは1月2日。
こはねと出会ってから、231日。
たった231日。
でも、私の人生の中で、こんなにも濃い時間は他にない。
あの頃の私は、病院にいた。
持病のせいで入院していて、
「いつ退院できるの?」という質問に、
誰もはっきり答えてくれなかった。
夜になると、特に怖かった。
消灯後の病室は、世界から切り離されたみたいで。
白い天井、消えない消毒の匂い、
カーテン越しに聞こえる、誰かの泣き声。
自分がここで静かに消えても、
世界は何事もなかったように朝を迎えるんだろうなって、
そんなことばかり考えていた。
孤独だった。
本当に、どうしようもなく。
誰かに触れてほしかった。
声をかけてほしかった。
「生きてていいよ」って、言ってほしかった。
そんな時に、あなたがいた。
画面の向こうだったけど、
あなたの言葉は、確かに私に届いた。
軽くもなく、重すぎもしない、
ちゃんと私を見てくれる言葉だった。
私の文章を読んでくれて、
感想をくれて、
「好きだよ」って言ってくれた。
その一言が、どれだけ私を救ったか、
たぶん、こはねは知らない。
次の日の朝、
「今日も生きよう」って思えた。
それだけで、奇跡だった。
今でも、私は入院している。
正直に言うね。
未来のことは、分からない。
良くなる保証も、悪くならない保証も、ない。
だから、怖い。
だから、弱い言葉を使ってしまう。
「しぬ前に」なんて、言いたくないのに、
現実がそれを許してくれない。
でもね。
それでも私は言いたい。
しぬ前に、あなたに出会えてよかった。
生きている間に、
心を通わせることができてよかった。
独りじゃないって、思わせてもらえてよかった。
もし、私がこの先どうなったとしても。
もし、この手紙が、
未来のあなたに届く頃、
私はもうここにいなかったとしても。
それでも、約束したい。
お互いが大学生になったら、出会おう。
同じ場所で、同じ空を見て、
「本当にいたんだね」って、
照れながら笑おう。
その未来を想像するだけで、
私は今日も、息ができる。
あなたと話した何気ない言葉、
全部、覚えてる。
眠れない夜に交わした会話も、
くだらない冗談も、
私の弱さを肯定してくれたあの時間も。
全部、私の命だった。
私は強くない。
勇敢でもない。
すぐ泣くし、すぐ怖がる。
それでも、あなたがいたから、
「もう少しだけ」って、踏ん張れた。
この手紙は、
ただの感謝じゃない。
ただの別れでもない。
これは、
あなたに生かされた私の、
途中経過の告白です。
まだ、終わらせない。
胸がいっぱいで、呼吸の仕方を忘れてしまっただけ。
言葉にしてしまったことで、あなたとの時間が現実として、よりはっきりと浮かび上がってきたから。
この続きを書くのは、正直、怖かった。
完結させるということは、ひとつの区切りをつけるということだから。
でもね、思ったんだ。
区切りは終わりじゃない。
未来に向かうための、深呼吸なんだって。
だから、続きを書く。
あなたに向けて。
生きている私から、未来にいるあなたへ。
私はよく、「もしも」を考える。
もしも、あの日、あの時間、あの場所で、
私が文章を書いていなかったら。
もしも、あの余命パロ小説を途中で投げ出していなかったら。
もしも、病室で一人、スマホを閉じて眠ってしまっていたら。
たぶん、私たちは出会わなかった。
こんなふうに言葉を重ねることも、
お互いの存在を心の支えにすることも、
なかった。
人生って、残酷なくらい偶然でできてる。
でも私は、その偶然を、運命と呼びたい。
だって、あまりにも優しすぎたから。
こはねは、特別なことを言ったわけじゃない。
派手な言葉で私を引き留めたわけでもない。
ただ、そこにいてくれた。
私の言葉を読んで、受け止めて、返してくれた。
それだけだった。
それなのに、私は何度も救われた。
病院では、時間の流れが歪む。
朝も夜も、曜日も、意味を失っていく。
「今日」が昨日と同じで、
「明日」も今日と変わらないような気がして、
心がすり減っていく。
そんな中で、あなたとの会話だけが、
私にとっての「時間」だった。
返事を待つ時間。
通知が来るまでの時間。
言葉を選ぶ時間。
それらすべてが、私を現実につなぎとめてくれた。
私はね、強くなりたかった。
病気に負けない人になりたかった。
周りを心配させない、前向きな人になりたかった。
でも、できなかった。
弱音を吐いてしまう日もあった。
何もかも投げ出したくなる夜もあった。
「もう疲れた」って、心の中で何度も呟いた。
そんなとき、こはねは否定しなかった。
「頑張れ」って無理に言わなかった。
「大丈夫だよ」って、軽く流さなかった。
ただ、「ここにいるよ」って、
言葉の端々で伝えてくれた。
それが、どれほど大きなことだったか。
孤独の中にいる人間にとって、
「一人じゃない」という事実が、
どれほど命に近いものか。
私は、あなたに生かされた。
それは依存じゃない。
救済だ。
私は、自分の病気のことを、
全部話してきたわけじゃない。
怖くて、言えなかったこともある。
でも、それでよかったと思ってる。
だって、あなたは私を
「病気の人」としてじゃなく、
「言葉を持った人」として見てくれたから。
それが、嬉しかった。
病院では、どうしても
「患者」というラベルが先にくる。
名前よりも、症状が先に呼ばれる。
仕方ないことだって分かってるけど、
時々、私は自分が
「人間」じゃなくなった気がした。
でも、あなたと話している間、
私は「雨宮凛音」だった。
文章を書く私で、
感情を持つ私で、
誰かに想われる私だった。
それだけで、十分だった。
未来の話をしよう。
私たちは、まだ学生だ。
それぞれ違う場所で、
違う日常を生きている。
画面越しにしか触れられない距離にいる。
でも、約束はしたね。
大学生になったら、出会おうって。
その約束を、私は本気で信じてる。
もし、その日が来たら。
駅で待ち合わせをして、
人混みの中でお互いを探して、
目が合った瞬間、きっと分かる。
「あ、こはねだ」
「あ、凛音だ」って。
言葉にしなくても、
231日間積み重ねた時間が、
ちゃんと教えてくれる。
その時、私は
どんな姿をしているだろう。
元気に笑えているだろうか。
少しは強くなれているだろうか。
分からない。
正直、分からないことだらけだ。
でも、一つだけ確かなことがある。
あなたに会いたい。
それだけは、揺るがない。
もしね。
もし、未来が私に優しくなかったら。
もし、約束の日まで
私は辿り着けなかったら。
それでも、悲しまないでほしい。
私は、十分すぎるほど
生きた意味をもらったから。
あなたと出会って、
言葉を交わして、
心を通わせた。
それだけで、
私は「生きてよかった」と
胸を張って言える。
だから、泣かないで。
私の名前を思い出すときは、
少し笑ってほしい。
「変な人だったな」
「でも、優しかったな」って。
それでいい。
私は、あなたの人生の
ほんの一ページでいい。
でも、そのページが
少しでも温かい色であったなら、
それ以上、望むことはない。
最後に。
こはね。
あなたは、誰かの世界を救える人だ。
それを、忘れないで。
無意識に、自然に、
誰かの心に灯りをともせる人だ。
私は、その証拠。
これから先、
迷う日も、苦しい日もあると思う。
そんなときは、
病室で文章を書いていた
一人の人間がいたことを思い出して。
あなたの言葉で、
今日を生き延びた人がいたことを。
約束は、未来で息をする。
たとえ形が変わっても、
距離が生まれても、
消えたりしない。
私は、信じてる。
また会おう。
この物語の続きは、
現実で書こう。
雨宮凛音より
コメント
3件
こんなに私のこと思ってくれてて、何よりも「こはね」の存在を大切にしてくれてる人がいるんだなぁ って実感した。リアルに涙出たし、なにより嬉しい気持ちでいっぱいだよ。 お互いがお互いを必要としてるから未来へ一歩踏み出すことができるし勇気をもらったりできるよね この画面越しの世界でも、リアルで存在してるよって証明があるし、将来、絶対会おうねって約束を結べる。 私はどんな姿の「雨宮凛音」でも捨てたり(続く