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コムム
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数日後。
緑谷はまだ雄英に戻れていなかった。
カーテンの閉まった部屋。
消したままのスマホ。
机の上には、途中で止まったヒーローノート。
以前なら毎日書いていた分析も、もう何週間も白紙だった。
母親が「ご飯だけでも」と声をかけても、
「あとで食べる」
そう返すだけ。
でも、その“あと”は来ない。
夜。
緑谷は布団の中で目を開けていた。
眠れない。
閉じたら夢を見る。
教室で笑われる夢。
机に書かれた言葉。
誰も助けてくれない夢。
耳の奥で何度も声が蘇る。
『最低』
『消えろ』
呼吸が浅くなる。
胸が苦しい。
その時、
ピコン。
スマホが一度だけ光った。
緑谷の身体がびくりと跳ねる。
震える手で画面を見る。
送信者は、爆豪だった。
『明日行く』
短い一文。
それだけ。
でも緑谷は、その文字を見ただけで怖くなった。
会ったら失望される気がした。
“前みたいなデクじゃない”と思われる気がした。
──翌日。
玄関のチャイムが鳴る。
緑谷は部屋の隅で膝を抱えた。
出られない。
足音が怖い。
誰かと会うのが怖い。
すると部屋のドアが少し開いた。
「……出久」
母親が困った顔で言う。
「勝己くんが来てる」
緑谷の肩が強く震えた。
「……むり」
かすれた声。
「会えない……」
母親は何も言えなくなる。
その時。
廊下から爆豪の声が響いた。
「聞こえてんぞ」
乱暴な声。
でも今日は怒鳴っていなかった。
「別に無理して出てこなくていい」
緑谷は黙ったまま。
「……でも逃げ続けんな」
静かな沈黙。
爆豪はドア越しに続ける。
「お前、今一人で全部抱えてんだろ」
返事はない。
「だったら半分くらい寄越せ」
緑谷の目が揺れる。
「……なんで」
消えそうな声。
「なんで、そこまでしてくれるの」
ドアの向こうで、少し間が空いた。
それから爆豪は吐き捨てるみたいに言った。
「幼馴染だからだろ」
緑谷の喉が詰まる。
「あと」
爆豪の声が少しだけ低くなる。
「お前が死にそうな顔してっから」
その瞬間。
緑谷の呼吸が止まったみたいになった。
死にそう。
そんなふうに見えていたんだ。
爆豪だけじゃない。
母親も。
クラスも。
先生も。
皆、自分を見て苦しそうな顔をしていた。
そこまで追い詰められていたことに、緑谷自身が一番気づいていなかった。
ドアの向こうで爆豪が言う。
「……俺、お前がいねぇと気持ち悪ぃんだよ」
「っ……」
「だから戻ってこいとか今は言わねぇ」
その言葉は不器用だった。
でも本気だった。
「ただ、生きてろ」
部屋の中で、
緑谷の目から静かに涙が落ちた。
怖かった。
苦しかった。
消えてしまいたいくらい辛かった。
でも。
“生きててほしい”と誰かに言われたのは、
あの日々が始まってから初めてだった。