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あの夜から空気は変わった。誰も口に出さないけれど、全員が分かっていた。
亀裂はまだ塞がっていない。
ーー三日後。
街の地下鉄構内。
コザカシーの大量発生。
閉鎖されたホーム。逃げ遅れた会社員が数名。
「数多いな……!」
リトの雷が走る。
マナが高速で切り裂く。
ウェンの大剣が地面を震わせる。
だが、奥から現れた個体は異様だった。
通常より細長い黒い頭部。 牙が二重構造。 そして——妙に“狙い”が正確だった。
「こいつ、学習しとる……!」
マナが息を呑む。
コザカシーが、逃げ遅れた一人の女性の足を掴む。
距離がある。
間に合わない。
イッテツは、一歩踏み出した。
リトがそれに気付く。
「待て」
低い声で。
「今回は使うな」
「でも」
「使うな」
命令口調だった。
その一瞬の迷い。
女性の悲鳴。
イッテツの胸が軋む。
——“僕が死ねば間に合う”
合理的な答えが、頭を満たす。
チョーカーに手を伸ばす。
リトがイッテツを掴む。
「やめろ!!」
強い力が込めれられる。
「離して。今ならまだ——」
「それ以外の方法考えろ!!」
時間がない。
イッテツは、初めて焦る。
“死なない方法”で救う選択肢。
今まで真剣に探したことがなかった。
ウェンが叫ぶ。
「イッテツ!左三メートル、柱使って跳んで!」
マナが続く。
「俺が速度上げたる、合わせぇ!!」
リトが歯を食いしばる。
「俺が道作ってやるから」
雷が一直線に走り、床を爆ぜさせる。
その衝撃波を利用して——
イッテツは跳んだ。
爆発ではなく、踏み込みで。
煙草の煙は出ない。
残機猫も現れない。
コザカシーの牙が頬をかすめ、血が滲む。
痛い。
ちゃんと、痛い。
でも、 女性を抱え、転がり込む。
マナのレイピアが敵を貫く。 ウェンの大剣が叩き潰す。 リトの雷が焼き払う。
静寂。
戦闘が終わる。
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イッテツは座り込んだまま、震えていた。
息が荒い。
怖かった。
“死ななかった”からこそ。
リトが近づく。
「……ほらな」
マナが肩に手を置く。
「できるやん」
ウェンがにっと笑う。
「生きたままでも、ヒーローでしょ?」
イッテツは、頬の血に触れる。
消えない。
傷は残る。
でも——
「……怖かった」
ぽつり。
三人が目を見開く。
「死ぬ方が、楽だったかもしれない」
本音だった。
「でも……」
煙草を取り出す。
火はつけない。
「怖いのは、僕だけじゃなかったんだね」
リトが鼻で笑う。
「やっと分かったか」
マナは少し泣きそうな顔で笑う。
「アホやなぁ」
ウェンはいつもの調子に戻る。
「カスカスコンビ、減煙推進だね?」
イッテツは小さく笑う。
まだ理解しきれていない。
でも、
“自分の命を軽く扱うことが、三人を傷つける”
それだけは、初めて実感した。
地下鉄の照明が白く瞬く。
見えないはずの残機猫が、六匹。
静かに揺れている。
それは“保険”じゃない。
それは“命”だ。
イッテツは初めてそれを考え始めた。