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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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翌日、俺は田舎の中古建物の物件をいくつか見て回り、小さめのログハウスを買うことにした。一人で住むのだからそんなに大きな家は要らない。その選択には、新たな人生への覚悟が込められていた。


部屋は一部屋。キッチンがついていて、トイレと風呂が奥にある。玄関の前はデッキとなっており、イスとテーブルを置いたら森の景色を快適に楽しめそうだった。その光景を想像するだけで、心が少し和らぐ。


契約が終わった夜にさっそく拠点にまで移築する。玄関に腰掛けると目を閉じて、ログハウス全体に飛行魔法を行き渡らせていく。黄金色の光を帯びていくログハウス――――。


「さぁ、行こう……」


俺は目を開けるとニヤッと笑った。


ギシギシッと家鳴りがして、家全体がふわりと浮かびあがる。


「いいぞ、いいぞ……」


徐々に飛行魔法の魔力を上げていくと、月夜の空高く、黄金色の光を纏うログハウスは舞い上がって行った。


「いいね、いいね!」


月の光を浴びながら、村の上空を御嶽山へと旋回して行くログハウス――――。


俺は冷たい夜風を浴びながら村の家々を見下ろしていた。


それぞれの家の窓から漏れるランプの優しい灯り。それは幸せの光だった。


前世で失敗し、今世でも届かないその灯りに俺は深くため息をついた。一体みんなはどうやって幸せを手にしているのだろうか?


俺は肩をすくめて首を振ると、魔力を全開にしてログハウスを一気に加速していった。





家具や食料、日用品も揃えないといけない。ベッドにテーブルに椅子に棚を運び、日用品は自宅から持っていく。その一つ一つの作業が、新たな生活の始まりを実感させた。


水回りも大切である。裏の貯水タンクには水魔法で生成した水をため、排水は簡易浄化槽経由で遠くの小川まで配管を伸ばした。


一週間くらい忙しく作業して何とか生活できる環境が出来上がる。暇な時間ができるとドロシーのことを思い出してしまうので、忙しくしていた方が気が楽だったのだ。


早速コーヒーを入れるとウッドデッキに座って飲んでみる。まだ木の香りの漂うログハウスにコーヒーのかぐわしい香りが素晴らしいハーモニーを奏でた。


「ほぉぉぉ……」


俺は高原のさわやかな風を受けながらゆっくり首を振った。新居一発目のコーヒーは極上の体験を届けてくれる。


見上げれば雄大な御嶽山から噴煙が真っ青な空めがけて一筋昇っていた。


そんな風景を眺めながら俺は深く息をついた。





翌日、俺は久しぶりに孤児院を訪れる。懐かしい風景が、記憶の奥底を揺さぶった。


俺は早速屋根に上り、ドロシーが見つけていた瓦の壊れているところを直す。これで雨漏りは大丈夫だろう。


降りてくると院長が待っていた。ニッコリとほほ笑むその姿は、変わらぬ温かさを放っている。


「ユータ!」


俺をハグしてくる院長。昔は見上げるばかりだった院長も今や俺の方が背が高い。その事実に、時の流れを痛感した。


俺は院長の背中をポンポンと叩きながら聞く。


「お久しぶりです。お元気ですか?」


「元気よ~! ユータのおかげで助成も増えてね、悩みの種も解消したのよ!」


ハグを解いた院長は、最高の笑顔で俺の手をギュッと握りしめた。


「それは良かったです」


俺も嬉しくなる。長らくお世話になってばかりだった俺も、少しは恩返しできたようだ。その事実に、小さな誇りを感じた。


「実は今日は相談がありまして……」


「分かってるわ、部屋に来て」


院長は真っ直ぐ俺を見つめた。


さすが院長、全てお見通しのようである。


俺は静かにうなずいた。





俺は院長室で、事の経緯と今後の計画について話す。言葉を紡ぐ度に、胸の奥で複雑な感情が渦巻いた。


「ユータの考えはわかったわ。でも、その計画にはドロシーの気持ちが考慮されてないのよね」


「いや、おたずね者と縁があるのは凄い危険なことですよ」


俺は力説する。その言葉には、ドロシーを守りたいという強い思いが込められていた。


「ユータ……、リスクのない人生なんてないのよ。人生はどのリスクを取って心を熱く燃やすかという旅なのよ。ユータの判断だけで決めるのは……どうかしら?」


俺は静かに首を振った。


確かにそうかもしれない。でも、腕だけになってしまったドロシーを見ている俺からしたら、そんな理想論など心に響かない。たとえ【光陰の杖】があっても二連続で攻撃を浴びたら死んでしまうのだ。人は死んだら終わり。その現実が、胸を締め付けた。


「いやいや、本当に命が危ないんです。実際ドロシーは一度死にかけているんですから」


「分かるわよ。でも、それをどう評価するかはドロシーの問題じゃないかしら?」


「何言ってるんですか! 次、ドロシーに何かあったら俺、正気じゃいられないですよ!」


俺は深い愛情と恐怖に突き動かされ、半分涙声で叫んだ――――。


院長は目をつぶり、大きく息をつく。


窓の外から子供たちの遊ぶ声が響いてくる。その無邪気な笑い声が、状況の重さを際立たせた。


「分かったわ……。そうしたら、武闘会の後、またここへ寄って。そこでもう一度ユータの気持ちを聞かせて」


院長は深い理解と慈愛が宿る優しい目で俺を見た。


「……。分かりました」


俺は大きく息をする。


窓から差し込む陽光が、二人の間に落ちている。


俺はつい声を荒げてしまった自分の至らなさに思わず首を振った。
















91. 天空の祝福


武闘会当日――――。


「さあて……、行きますか……」


俺は真っ青な空に向かって思いきり伸びをする。寝不足気味の朝の空気には、期待と緊張が入り混じっていた。


武闘会は二日かけて予選、そして最終日の今日に決勝トーナメントがある。トーナメントといっても勇者はシードなので決勝にしか出てこない。そして俺は王女の特別枠で準決勝のシードとなっている。予選を勝ち抜いた四名の中で勝ち残った者が俺と戦う段取りだ。


闘技場へと歩いて行くと、街全体がお祭り騒ぎになっていた。その熱気は、俺の心の中の不安をも押し流すかのようだった。


ポン! ポン!


どこまでも透き通った青空に魔法玉が破裂し、武闘会を盛り上げる。それは最強となった俺の晴れ舞台を祝う、天空の祝福のように見えた。


石畳いしだたみのメインストリートの両側は屋台がずらりと埋め尽くし、多くの人出でにぎわっていた。武闘会はこの街アンジュー最大のお祭りであり、街の人たちみんなが楽しみにしているイベントなのだ。特に今年は優勝特典が絶世の美女リリアン姫との結婚となっているため、街の人たちは口々に優勝者の予想やリリアンの結婚について盛り上がっていた。


「結婚相手はやっぱり勇者様でしょ!」「勇者様最強だもん!」


優勝候補ナンバーワンは何といっても勇者だ。人族最強の称号を欲しいままにする圧倒的強者、その強さに子供たちは憧れ、大人たちも頼りにしているのだ。


ただ……。実際に会えば幻滅してしまうような最低の男なのだが。


現実を知っている俺は首を振り、ため息をついた。


集合場所の控室へ行くとすでに四名の屈強な男たちが万全の装備で座っており、鋭い眼光で俺をにらみつけてくる。その視線には、敵意と軽蔑が混ざっていた。


受付の男性は、普段着のままのヒョロッとした貧相な体格の俺を見て驚く。


「え? あなたがユータ……さんですか?」


その声には、明らかな失望が滲んでいた。


「そうですが?」


俺はにこやかに答える。


「えーと……これから戦うんですよね? 装備とかは……?」


「装備なんていりませんよ、こぶし一つあれば十分です」


ニヤッと笑うとこぶしを握って見せた。


「おいおい!」「ちょっと待てやーー!」「どういうつもりだよ!」


四名の男たちはバカにされたと思い、ガタガタっと立ち上がってやってくる。


いかつい金属製のよろいに身を包んだ男が俺の前に立ち、血走った目でにらんでくる。


「なめんのもいい加減にしろよ! なんでお前みたいなのがシードなんだよ!」


「俺が一番強いからですね」


俺はにこやかに淡々と返す。彼らのレベルは百そこそこ。確かに上位冒険者ではあるかもしれないが、俺とは一桁差がある。もはやこの差は何を持っても埋められない。


「じゃぁ、今お前ぶっ倒したらシード権くれるか?」


鎧兜かっちゅうの中でギラリと眼光が光る。その目には、獲物を狙う猛獣のような輝きがあった。


何だか面倒なことになってしまったが、ちょっと気持ちがクサクサしていたので挑発に乗ってみようと思う。対人戦の経験が浅い自分にはいいトレーニングになりそうだ。


「倒さなくてもいいです、一太刀でも入れられたらシード権はプレゼントしますよ。来てください」


俺はニヤッと笑って、控室の裏の空き地に歩き出す。


「えっ!? ちょ、ちょっと困りますよ!」


受付の男性は焦って制止しようとするが男たちは止まらない。


ゾロゾロと俺の後をついてくる男たちの足音が、張り詰めていく緊張感を高めていった。


空き地の開けたところへと足を進めながら、俺は四人を索敵の魔法でとらえていく――――。


みんな殺気がかなり高い、やる気満々だ。この武闘会で上位に入るということは大変に名誉なことだし、仕官の口にもつながるという、ある意味就活でもあるわけだ。必死なのは仕方ない。その熱い思いが、空気を重くしていた。


その時だった。一人の男の殺意が一気に上がる――――。


鎧の男はいきなり奇襲攻撃で俺の背後を袈裟けさ切りにしてきたのだ。


「もらいっ!」


その声には、勝利を確信した高揚感が込められていた。


しかし――――。


剣が俺に届く直前、彼の視界から俺は消える。それはまるで幻のようだった。


空を切る剣。


「えっ?」


男は一体何が起こったのか分からずに凍りつく。


俺は瞬歩で彼の背後に移動していたのだ。


「残念! 遅すぎだな」


俺は男の耳元でそうささやくと、手刀で後頭部をしたたかに打った。


ぐふっ!


男は気絶し、無様に地面に崩れ落ちる――――。


と、その向こうから二刀流の長髪の男が、中国の雑技団のパフォーマンスのように巨大な刀をビュンビュンと振り回し、迫ってきた。


「当てりゃいいんだろ?」


男はまるでカマキリのように刀剣を振りかぶると、俺めがけて左右両側から挟み撃ちにしてくる。


「有効打ならね?」


俺はニッコリと笑って避けることもなく、気合で体表を硬化させると男の攻撃をそのまま受けた――――。


















92. お客様は神様


パリーン!


俺に触れた刀は体表を纏う魔力に耐えられず、刀身が粉々に砕け散る。陽の光を浴びてキラキラ輝きながら辺りに散らばっていく破片――――。


は?


武器を失い唖然とする男に、俺は瞬歩で迫った。


「武器屋は選ぼう!」


俺はニヤッと笑いながら手の甲でパン! と、男の頭を小突いて意識を奪い、吹き飛ばす。


と、同時に後ろから声が上がった。


「マジックキャノン!」


振り向けば眩しく輝く魔法の球が吹っ飛んでくる。その輝きは、まるで小さな太陽のようだった。


俺は手のひら全体に魔力を纏わせ、黄金色に輝かせると、その球を平手ではたき返す。


ソイヤー!


輝く球はそのまま、放った魔剣士に向かって一直線に光跡を描いた。


「な、なぜだ!?」


生まれて初めて魔法がはじかれる現場を見て、魔剣士は唖然としながら魔法をまともにくらった――――。


ズン!


激しい爆発が起こり、魔剣士は吹き飛んでいく。


ぐはぁ!


気絶し、もんどり打って転がっていく様は実に滑稽で、俺はクスッと笑ってしまった。


あっという間に三人の男たちが戦闘不能になる。その光景は、まるで嵐が過ぎ去った後の惨状を思わせた。


剣を構え皮鎧に身を包んだ四人目の男は、その圧倒的な力の差を唖然あぜんとして見つめていた。そして、首を振りながらゆっくりと剣をしまうと両手を上げる。実に賢明な判断だろう。


「あれ? かかってこないんですか?」


俺はニッコリと話しかける。


「こんなの……勝負になりませんよ……。棄権します」


ガックリとうなだれる男の声には、敗北の苦さと同時に、強者への敬意が込められていた。


戦いが終わり、三人の男たちが転がる空き地に静寂が戻ってくる――――。


俺は深く息を吐き、自分の力を改めて実感した。強すぎることは罪なことである。転がる男たちを見下ろしながら俺は静かに首を振った。





「一体どうしてくれるんだ!? 試合ができないじゃないか!」


受付の男性は頭を抱え、天をあおぐ。その声には、計画が狂った焦りと怒りが混ざっていた。


「ごめんなさい。今日は決勝だけやればいいじゃないですか」


俺は頭をかきながら苦笑する。


男は俺をキッとにらむ、その目には非難の色が浮かんでいた。


「もうっ! そんな簡単に……。くぁぁぁ……。大会委員長に報告しないと!」


男は駆け出して行ったが、途中でクルッと振り返って俺を指差し、叫ぶ。


「決勝はちゃんと闘技場でやってくださいよ!」


なんだか本気で怒っている。悪いことしてしまった。


「善処します」


俺はペコリと頭を下げる。段取りをぶち壊したのは申し訳ないとは思うが、因縁つけてきたのはあいつらだし、俺のせいじゃないのでは? と釈然としない思いが残った。


「あの……武器屋のマスターですよね?」


棄権した男性が話しかけてくる。まだ若いその声には、畏敬の念が滲んでいた。


持っている武器を鑑定してみると、俺が仕込んだ各種ステータスアップが表示された。どうやらお客さんだったようだ。その事実に、ほっとするような温かさを感じた。


「そうです。ご利用ありがとうございます」


俺は自然と腰が低くなる。お客様は神様です。


「そんなに強いのになぜ……、商人なんてやってるんですか?」


瞳に敬意を浮かべながら、心底不思議そうに聞いてくる。


彼は理想を超えた強さを俺の中に見出したようだが、そんなはるか高みにいる俺が商人なんてやっていることを、全く理解できない様子だった。


「うーん、私、のんびり暮らしたいんですよね。あまり戦闘とか向いてないので」


「向いてないって……、さっきの技を見るに勇者様より強いですよね? もしかして勝っちゃう……つもりですか?」


男は心配そうに聞いてくる。


「勝ちますよ……、勇者にはちょっと因縁いんねんあるので」


俺はニヤッと覚悟の笑みを浮かべた。


「えっ!? 商人が勇者様に勝っちゃったらマズいですよ! 捕まりますよ?」


「分かってます。残念ですが、貴族が支配するこの国では貴族に勝つのはタブーです。でもやらんとならんのです」


俺は目をつぶり、グッとこぶしを握った。


彼は俺のゆるぎない信念を悟ると、大きく息をつく。


「なるほど……。素晴らしい剣をありがとうございました。また、どこかでお会い出来たらその時は一杯おごらせてください」


右手を差し出す男の仕草には、敬意と親愛の情が込められていた。


「ありがとうございます。こちらこそご愛用ありがとうございます」


俺は固く握手をする。その瞬間、二人の間に不思議な絆が生まれたような気がした。


「ご武運をお祈りしています」


彼は深々と頭を下げ、会場を後にする。最後にもう一度頭を下げるその姿には、俺への期待と応援の気持ちが込められているように見えた。


静寂が戻ってきた空き地で、俺は深く息を吐く。これから始まる決戦への覚悟と、商人としての穏やかな日々への郷愁が胸の中で交錯した。


俺は静かに目を閉じ、風が頬を撫でるのを感じていた。














93. 一方的なお仕置き


ガランとなってしまった控室で一人、お茶を飲む。その静寂は、嵐の前の静けさのようだった。


会場にはすでに多くの観客が詰めかけているようで、ざわめきが響いてくる。その音は、遠くに轟く雷鳴のように俺の心を揺さぶった。


いよいよ運命の時が近づいてきた。一世一代の大立ち回りをして、俺はこの街を卒業する。その決意が、胸の奥深くで固まっていく。


トクントクンといつもより早めの心臓の音を聞きながら、ただ、時を待った――――。





バン! と、ドアが乱暴に開けられ、受付の男が叫ぶ。


「ユータさん、出番です!」


その声には、緊張と興奮が混ざっていた。


俺は一つ大きく息をすると、フンッと言って立ち上がる。


いよいよ、俺は引き返せない橋を渡るのだ。ありがとう、アンジューのみなさん、ありがとう、俺のお客さんたち、そして、ありがとう……ドロシー――――。


万感の想いが、胸に広がっていく。





ゲートまで行くと、リリアンが待っていた。


その優美な姿は、武骨な闘技場に似合わず、凛々りりしさと気高さを漂わせている。


「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


俺はひざまずいてうやうやしく挨拶する。


「ユータ、任せたわよ!」


リリアンは上機嫌で俺の肩をポンポンと叩いた。


「お任せください。お約束通りぶっ倒してきます!」


俺はこぶしを見せてグッと力を込めた。ゆるぎない勝利への確信を示すかのように、こぶしはヴゥンと黄金色の輝きを纏う。


「お願いね! それから……、勝った後『私との結婚は要らない』とか……やめて……よ?」


伏し目がちなリリアンの眼差しには、不安と期待が混ざっていた。俺が結婚を辞退すると勇者に口実を与えてしまうのが嫌なのだろう。単に大衆の前で辞退されることにプライドが許さないのかもしれないが。


「配慮します」


逃避行を覚悟している俺の返答には、微妙な余韻が含まれていた。


「ふふっ、良かった……でも、勝った後どうするつもりなの? 今からでも……、騎士にならない?」


リリアンは懇願するような眼で俺を見つめる。


「ご期待に沿えず申し訳ございません。俺には俺の人生があります」


俺は毅然と言い放ち、頭を下げる。権謀術数飛び交う貴族社会より、御嶽山のふもとでのんびり暮らす方が圧倒的に魅力的なのだ。


「そう……」


リリアンは少ししょげて俺のシャツのそでをつまむ。その仕草には、単なる社交辞令を超えた別れの寂しさが滲んでいた。


その時だった――――。


ウワァーーーー!


大きな歓声が闘技場に響き渡る。その数万人の叫び声は、地響きのように大地そのものを揺らしていた。


見ると、向こうのゲートから勇者が入場してきている。


勇者は金髪をキラキラとなびかせ、聖剣を高々と掲げながら舞台に上がり、場内の熱気は最高潮に達した。その姿は、まさに英雄譚の主人公そのものである。しかし、俺の目には、その輝かしい外見の下に潜む闇が見えるのだ。


「いよいよです。お元気で」


俺はリリアンのクリッとしたアンバー色の瞳を見つめた。


瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。その輝きは、宝石のように美しい。


「もっと早く……知り合いたかったわ……」


リリアンはそっと目を閉じるとうつむいて言った。


『対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?』


司会者がメモを見ながら俺を呼ぶ。その声には、少しの戸惑いが感じられた。


案内の男性は俺の背中をパンパンと叩き、舞台を指さす。


いよいよその時がやってきた――――。


俺はリリアンに深く一礼をし、会場へと入っていく。


リリアンは真っ白なハンカチで涙を拭きながら手を振ってくれる。その姿は、王女というより、別れを惜しむ純粋な少女のようだった。


豪奢な石造りのゲートをくぐると、そこはもう巨大なスタンドがぐるりと取り囲む武闘場で、中央には特設の一段高い舞台が設置されている。スタンドを見回すと、超満員の観客たちは俺を見てどよめいていた。


決勝なのだからどんな屈強な戦士が出てくるのかと期待していたら、まるで会場の作業員のようなヒョロッとした一般人が入場してきたのである。防具もなければ武器もない。一体これで勝負になるのだろうか? と皆首をひねり、どういうことかと口々に疑問を発していた。


俺は何とも居心地の悪さを感じ、手をパンツのポケットに突っこんだままスタスタと歩いて舞台に上る。俺の目的は勇者をコテンパンに叩きのめす事だけ。観客へのアピールなど無用なのだ。


勇者と目が合う――――。


ドロシーを虫けらのように扱い、最後には仲間ごと爆破をさせたロクでもないクズ野郎。俺は腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。その怒りは、まるで火山の溶岩ようがんのように熱く、激しかった。


二度と俺たちに関わらないように、圧倒的な力の差を見せつけ、心の底に恐怖を叩きこんでやるのだ。全身にいまだかつてないパワーが宿ってくる。その力は、正義の怒りから生まれた、純粋で強大なものだった。


そして、試合が始まる――――。


空気が張り詰め、観客の息遣いさえ聞こえるほどの静寂が訪れる。俺は深く息を吐き、全身の筋肉を緩める。これから始まる戦いは、単なる勝負ではない。傲慢で思い上がった勇者に対する一方的なお仕置き、そして、理不尽な貴族社会への抗議の一石なのだ。


勇者が聖剣を構えた――――。


聖剣は青く美しく輝き、勇者は勝利を確信したように笑う。そこには、幾多の戦いを勝ち抜いてきた自信が滲んでいる。しかし、俺には悪ガキがオモチャでイキがっているだけにしか見えない。


さぁ始めよう、お仕置きを――――。


このクズに平民の怒りを見せつけてやる……、心の奥底に恐怖を刻み付けてやるのだ!















94. 一番大切


超人的な強さを見せる勇者、それは確かに『人族最強』だった。だがそれでもレベル千を誇る俺の前には赤子同然なのだ。


怒りを込めた俺のこぶしがズン! ズン! と勇者の身体にめり込み、勇者は顔を歪ませる。俺のこぶしが入るたびに観客席からは悲鳴が漏れた。


圧倒的なワンサイドゲーム。俺は勇者を完膚なきまでにボコボコにし、勝利のコールを得た。


が――――。


その瞬間、闘技場全体が困惑に包まれてしまう。


彼らのヒーロー、王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。その事実は、彼らには衝撃的だった。


ここに俺は、おごり高ぶった勇者とそれをチヤホヤする貴族社会に痛烈な一撃を加え、歴史に残る大番狂わせを打ち立てた訳ではあるが――――、俺の心は晴れなかった。胸に去来するのは達成感ではなく、どこか虚無きょむのような感覚だった。


そして、出る杭は打たれる。俺は予想通りおたずね者とされてしまう。ただ、俺にとってはその宣告は想定内、新たな人生の始まりを告げる鐘のようだった。


全てが終わった後、俺は闘技場を後にする。警備兵が追ってくるが、俺は空へと飛んで振り切った。全てを捨てたその飛翔に俺は、限りなく自由になった解放感を感じ、クルクルと曲芸飛行を舞った。


ヒャッハー!


青空のもと、気持ちよく大空を舞うと、次に孤児院めざし、全魔力を全身に込めた――――。


ドン!


あっという間に音速を超え、衝撃波がさわやかな空に放たれた。





孤児院につくと孤児がワラワラと集まってくる。可愛い奴らだが今日は『また今度ね』と、断りながら奥の院長室へと急ぐ。最後の別れの挨拶をせねばならない。


ノックをしてドアを開けると、院長が待ちかねたように座っていて、ソファに目をやるとなんとドロシーがいた。一か月ぶりのドロシーはすっかり憔悴しょうすいしきってせこけており、悲しそうにうつむいていた。その姿に、俺の心臓がズキッと痛む。


「待ってたわ、まぁ座って」


「いや、ここにも追手が来ると思うので、長居はできませんよ」


「分かったわ、手短にするから座って」


院長ににこやかに諭され、俺は大きく息をつくとドロシーの横に座る。その瞬間、ドロシーのふんわりと柔らかな匂いを感じ、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、そっと胸を抑えた。


「武闘会はどうだったの?」


院長は、俺の向かいに座りながら聞く。その声には、好奇心の色がある。


「問題なく勇者をぶちのめしてきました」


「はっはっは、すごいわね。【人族最強】をあっさりとぶちのめすって、あなたどんだけ強いのよ」


「人間にはもう負けませんね。でもこの世は強いだけではどうしようもないことの方が多いです」


俺の言葉には、人間の限界を悟った者の諦めが滲んでいた。


「うんうん、そうよね。で、これからどうするの?」


院長は優しく微笑みながら身を乗り出す。


「お話した通り、しばらくは山奥に移住します」


院長はうなずくと、優しく静かに言った。


「あのね……」


その声音には、重大な言葉の前触れが感じられる。


「ドロシーがね……、ついていきたいんだって」


ドロシーは静かに俺の手に手を重ねた。その温かくやわらかな手のひらには、言葉にできない想いを感じる。その感触が、ふたをしかけていた感情を呼び覚ます。


しかし――――。


危険な目に遭わせるわけにはいかない。その思いが、胸を締め付けた。


「連れていきたいのはやまやまですが……、とても危険です。俺には守り切る自信がありません」


ドロシーがキュッと俺の手を強く握り、俺はいたたまれない気分に陥る。


ヌチ・ギは不気味だし、王国軍だってバカじゃない。逃避行に女の子なんて連れていけない。その現実が、俺の心を苦しめる。


重い沈黙の時間が流れた――――。


ドロシーがか細い声で切り出す。


「ねぇ、ユータ……。あの時、私のことを『一番大切』って言ってくれたのは……本当……なの?」


「もちろん、本当だよ。でも、大切だからこそ危険にはわせられない」


俺はドロシーの手を取り、両手で優しく包む。この愛しい温もりを危険にさらすことはとても耐えられないのだ。


「やだ……」


そう言ってドロシーはポトリと涙を落した。その一滴に、彼女の全ての思いが込められているようだった。


「ドロシー……、分かってくれ。俺についてきたらいつかまたひどい目に遭う。殺されるかもしれないよ」


俺の声には、懇願と恐れが混ざる。


「構わない……」


ドロシーの返答は、覚悟と決意に満ちていた。


「か、構わない? そんなことあるかよ! 本当に、比ゆなんかじゃなく、殺されるんだぞ!」


俺の声が高くなる。なんとしてでも、ドロシーには安全でいて欲しいのだ。十八歳の女の子として、平凡な幸せに包まれた暮らしで笑っていて欲しい――――。


しかし、ドロシーは首を振る。


「殺されたっていいわ! このまま別れる方が私にとっては地獄だわ」


ドロシーは涙いっぱいの目で俺を見る。その瞳には、揺るぎない愛情と決意が光っていた。


「ドロシー……」


『殺されても構わない』と言われてしまうと、もう俺には返す言葉がなかった。その言葉の重さに、俺の心が揺れ動く。


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